黒い鎖
大魔導師アンリエッタの作りだした球形の結界の内部で、〈氷竜〉が、荒れ狂った。
氷の竜が結界内で暴れ狂い、大気さえも破壊する。
絶対零度の吹雪が結界内を満たす。
(やったか?)
大精霊レイヴィアは、結界内を見た。
球形の結界内は、〈氷竜〉によってブリザードで満たされ、視界がきかない。
「〈氷竜〉が、直撃して生きていられる筈がない」
勇者エヴァンゼリンが、呟いた。
半分は、自分自身を安堵させる為の呟きだった。
直後、白い結界の内部から、黒い鉄鎖が二つ飛び出した。
黒い鉄鎖が、閃光のような速度で宙空を走り抜け、大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタの肉体に絡みついた。
「なにっ」
「!」
大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタが驚愕する。
瞬く間に、黒い鉄鎖は大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタの肉体に蛇のようにまとわりつき、二人の肉体を縛り上げた。
「ぬうぅ!」
「……力が抜けていく」
大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタは、黒い鉄鎖をほどこうと藻掻くが取れない。
黒い鉄鎖に魔力を封じ込める力が付与されており、魔力が操作できないのだ。
勇者エヴァンゼリンが、聖剣を振り上げた。
「シャッ!」
鋭い呼気とともに聖剣を一閃して、黒い鉄鎖を切断しようとする。
だが、黒い鉄鎖に聖剣が弾かれた。
「なんだ。この黒い鎖は!」
槍聖クラウディアも、大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタを捕縛する黒い鉄鎖を槍で断ち切ろうとするが、切断できない。
恐ろしく硬い。
「それは、〈黒鎖の拘束〉だ。魔神から貰ったアーティファクトでな。魔神と同等の魔力がなければ切断は不可能だ」
カエサルが、大魔導師アンリエッタの結界内から出て来た。
勇者エヴァンゼリン、槍聖クラウディア、大精霊レイヴィア、大魔導師アンリエッタは、瞠目した。
カエサルには傷一つ付いていなかった。
カエサルは、何時の間にか巨大な盾を持っており、その盾はボロボロになっていた。
疑問に思う四人の女性にむけて、カエサルはボロボロになった盾をむけた。
「私が、なぜ無傷なのか疑問のようだな。答えはこの盾だ。『アレスの盾』という。これも魔神から貰ったアーティファクトでな。一度だけだが、敵の攻撃を完全に無効化できる。もう使い物にはならんがね」
カエサルはそう言うと、『アレスの盾』を地面に放り捨てた。
(しまった。そんなモノを隠し持っていたのか!)
勇者エヴァンゼリンは、カエサルの狡猾さに舌打ちした。
「当然、私の切り札の一つだからな。〈誓約〉によって話さずに隠しておいたよ。秘密は時として最大の武器になる」
カエサルは、剣を構えた。
「今ひとつ話すことがある。大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタを捕縛している〈黒鎖の拘束〉は、敵を1時間ほど完全に戦闘不能状態にする。その代償として、私も2人を攻撃できない。つまり、互いが攻撃できない状態になるわけだ。大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタは、1時間は戦闘不能である代わりに、私に攻撃される心配はない、というわけだ」
カエサルは淡々と説明した。
「さて、説明は終わりだ。もっとも厄介な敵が2人消えて、私は相当有利になったというわけだ。いくぞ」
カエサルは、勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアに襲いかかった。
「くそっ!」
勇者エヴァンゼリンが、カエサルの剣を受け止める。
(魔法を得意とする2人を失ってしまった)
大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタの強みは、超位魔法による多彩な戦術である。
あらゆる攻撃と防御の魔法を駆使して、敵を翻弄できるのが2人の強みだ。
多彩な攻撃と防御方法があれば、勝てないにしても時間を稼ぐ事ができる。
カエサルの『天蓋の速力』が、効力を失うまでの30分間、カエサルを牽制し続けるだけでも勝機はあった。
だが、カエサルは狡猾にもそれを予測し、大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタを無力化してしまった。
(私とクラウディアで倒すしかない!)
勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアは、カエサルにたいして猛攻を仕掛けた。
勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアの戦闘能力は高い。
この黒曜宮に突入してからも、多くの難敵を倒し、大きくレベルアップした。
だが、カエサルもまた強い。
勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアの聖剣と槍聖の攻撃をかわし、的確に攻撃してくる。
勇者エヴァンゼリンが、横薙ぎ、袈裟斬り、突き、逆袈裟の斬撃を聖剣でふるう。
槍聖クラウディアが、聖槍で、刺突、石突きでの薙ぎ、足への斬撃などで波状攻撃する。
カエサルは、勇者エヴァンゼリンの聖剣と槍聖クラウディアの聖槍の攻撃をかわし、受け流し、弾き返す。
カエサルの剣、勇者エヴァンゼリンの聖剣、槍聖クラウディアの聖槍が、閃光のように縦横無尽の軌道を描いて剣光を放つ。
互いの武器が衝突する度に衝突音と火花が散る。
(やりにくい!)
槍聖クラウディアが、聖槍を振りながら思う。
カエサルの異能である『アポロンの月桂冠』が邪魔なのだ。
カエサルに触れられただけで支配されてしまう。
よって、どうしても意識がカエサルの手の動きに敏感になり、その分だけ意識が削がれて攻撃も防御も鈍くなる。
くわえて、カエサルは『天蓋の速力』で、ドンドン、速力を上げている。
カエサルの速度は、既に勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアを上回っていた。
刹那、カエサルの剣が、毒蛇のようにうねって槍聖クラウディアの左の太股を切り裂いた。
「ぐう!」
槍聖クラウディアの太股から血が飛び散った。




