表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/198

恐怖

「来てくれたか、ナギ」

 

 レイヴィアは安堵の表情を浮かべた。


「八神光輝は、倒したようじゃな」

「ええ」

 

 ナギが、神剣〈斬華〉を油断なく構えて、エリザベートを見る。


「あの女吸血鬼……、強いですか?」

「とてつもなくな」 

 

 レイヴィアが答える。


「正直、手に負えないよ。なにせ、ボクの剣が届かない」

 

 エヴァンゼリンが、ナギの隣に立つ。


「私の聖槍も、アンリエッタの魔導も、無効化された。攻撃できないのでは勝ち目がない」

 

 クラウディアも、ナギの隣に移動した。


「空間操作による防御。瞬間移動。時間遅延。これ程厄介な相手はおらん。ワシには倒すが思いつかん」

 

 レイヴィアが悔しそうに言う。


「分かりました。俺が倒します」

 

 ナギが、数歩前に出た。


「倒せるのかい?」

 

 エヴァンゼリンが、端麗な顔に驚いた表情をたたえた。


「倒せる」

 

 ナギは、微笑を浮かべて神剣を脇構えにする。


「……任せる」

 

 アンリエッタが、後方にひいた。応じて、レイヴィア、エヴァンゼリン、クラウディアも後方に下がる。


「ナギ様、どうかご無事で……」

 

 セドナが、最愛の人の武運を祈り、後ろに下がる。    


「ああ。心配いらないよ。すぐに終わる」

 

 ナギが、セドナに答える。  

ナギとエリザベートが、1対1で対峙した。

 二人とも、高度一千メートルの宙空に飛行の魔法で浮かび、互いに隙を見いだし合う。


 エリザベートは、内心で安堵していた。

 レイヴィアたちの連続攻撃で体力と精神力を消耗していたのだ。

 ナギ達が会話している隙に、わずかだが回復できた。

 エリザベートは、三十メートル先にいるナギに碧眼を向けた。


(この男が相葉ナギか)

 

 魔神軍最大の敵。数多の十二罪劫王を倒した猛者。

 だが、眼前にいる相葉ナギの姿は、華奢にすら見える端正な顔立ちの少年で、とても強そうには見えない。


「私を倒すとは随分と自信家のようね」

 

 エリザベートが、細剣レイピアを構えた。


「自信家というわけではないな。たんに事実を言っているだけだ」

 

 ナギが静かに言う。


「ほざけ。ガキが」

 

 エリザベートの碧眼が不気味に光った。

 エリザベートが、【空間圧縮】を発動した。

 敵のいる空間を圧縮し、敵を空間ごと圧殺して殺害する技だ。

 エリザベートの魔力に呼応して、ナギの周囲にある空間が圧縮されていく。

 一千分の一秒にも満たない時間で、ナギの周囲の空間がねじ曲がる。 ナギは機敏に悟り、即座に上空に退避した。


「逃げられると思うな! 空間と時間を操作する私は無敵だ!」

 

 エリザベートが吼えた。

 エリザベートが、次々に【空間圧縮】を放ち、ナギを圧殺しようとする。

 不気味な轟音とともに、【空間圧縮】が連続してナギを襲う。 

 ナギは飛行の魔法で【空間圧縮】から逃げ続ける。


「ナギ様!」 

 

 セドナが、夢幻的な美貌に緊張の色を浮かべた。

 そして、ナギを助けるため駆けつけようとする。

レイヴィアが、すかさずセドナの肩を掴んで止めた。


「待て、セドナ。心配いらぬ」

「で、ですが……」

「大丈夫じゃ。ナギは『倒す』と言った。その言葉を信じよ。やつは己の言葉を裏切るような真似はせん」

 

 レイヴィアの桜色の瞳に強い確信が浮かんでいた。


「好いた男の言葉を信じてやれ。良い女は、黙って待つ時を弁えているものじゃぞ?」


 レイヴィアが、微笑をたたえた。

 セドナは頬を染め、そして、ナギの勝利を祈りながら戦いを見守った。






「ネズミのように逃げるだけか!」

 

 エリザベートが、嘲弄した。

 ナギはエリザベートの周囲を飛行して【空間圧縮】から逃げ続けている。

 エリザベートは嘲弄しつつ、内心では焦りを浮かべていた。


(まさか、【空間圧縮】から、ここまで逃れるとは……)

 

 【空間圧縮】は、エリザベートの攻撃魔法の中でも最強レベルの魔法である。地味だが、相手を魔法障壁ごと圧殺できる技であり、汎用性が高く、攻撃力は非常に高い。

 それを相葉ナギは易々と躱している。


(なぜ、かわせる? 何故、私の【空間圧縮】からここまで逃げられる?)

 

 エリザベートは疑問に思う。

【空間圧縮】の最大の武器はその発動の速度にある。

 千分の一秒に満たない速度で、敵を空間ごと圧縮して押し潰す。

 それを相葉ナギは易々と避け続けている。


(一体どういうことだ? なぜ、相葉ナギはここまで私の攻撃をかわせるのだ?)

 

 エリザベートの心に焦慮が広がる。

 ナギが、エリザベートの【空間圧縮】を避けられる理由は、『津軽神刀流の武芸』の応用である。 

 武道家は、攻撃をかわす時、相手から発する殺気や闘志、微妙な筋肉のゆれ、顔の変化、眼球の移動。

 あらゆる側面を瞬時に分析して、対応する。

 

 幾千と稽古をしていく内に脳と身体が、敵の攻撃を先読みする能力を会得するのだ。

 ナギは、津軽神刀流の武芸と、圧倒的な魔力。

 双方を組み合わせて戦っている。

 どちらか一つでは、エリザベートの【空間圧縮】をかわせない。

 だが、二つが合わされば、避けるのは容易かった。

 そして、攻撃する隙を見いだす能力も同様である。

 ナギは、エリザベートのわずかな心身の乱れを的確に読んだ。

 

 ナギが、神剣を握りしめてエリザベートの後背から襲いかかる。

 エリザベートはナギが攻撃に転じてきたことに驚いた。

 いつの間にか、後方に回り込まれ、間合いを潰されている。

 武道の歩法を利用した踏み込み。

 敵に距離感と速度を見誤ませる歩法だ。


(いつの間に、ここまで私に接近した? どうして、こんなに速い?)

 

 エリザベートはパニックになった。

 ナギの神剣が、上段になって自分に振り下ろされている。


(このままでは斬られる!)

「くそ!」

 

 エリザベートは時間遅延を発動した。

 ナギの速度を遅延させようとする。

 だが、ナギはこの時を待っていた。


「メニュー画面!」


 ナギがメニュー画面を呼ぶ。


『了解です』

 

 メニュー画面が刹那に答える。

 メニュー画面は、《食神の御子ケレスニアン》を発動した。

 

 《食神の御子ケレスニアン》の広範な能力の一つを利用して、エリザベートの時間遅延を相殺して、無効化する。

 無効化された時間はわずか、百分の一秒。

 だが、それで十分だった。

 

 ナギの神剣が、閃光となってエリザベートに襲いかかった。

 津軽神刀流の基本技。基礎の中の基礎の技。

 相手を袈裟懸けに斬る。

 『袈裟斬り』。

 

 数多の剣術流派に存在する技。

 その技をナギは静かにエリザベートに叩き込んだ。 

 数千、数万と、幼少から剣を振るい続け、細胞レベルにまで染み込んだ。『袈裟斬り』。

 その技は教本通りの美しい剣閃を描いてエリザベートに叩き込まれた。

 エリザベートの左肩口から、ヘソを通り抜けて、右の腰骨まで切り裂いた。

 エリザベートは痛みを感じなかった。

 斬られたことすら気付かなかった。

 絶命する瞬間、エリザベートはナギの袈裟斬りを見て、


(なんて美しいのだろう)

 

 と思った。

 ふいにエリザベートの脳裏に走馬灯が浮かんだ。

 前世のエリザベートの記憶。

 エリザベート・バートリーは、1560年8月7日。

 ハンガリー王国の貴族の令嬢として生まれた。

 幼い頃から、その美貌を讃えられ、すぐれ叡智をもつ神童と称された。

 裕福な家系に生まれ、何不自由なく育った。

 すぐれた美貌と教養を兼ね備え、不満などなかった。

 だが、いつしか、黒魔術に傾倒し始めた。


(どうして私は、黒魔術を始めたのかしら……)

 

 エリザベート・バートリーは思った。

 そうだ。美しくなりたかった……。

 私は永遠の美貌が欲しかった。

 そして、数多の書物を読んでその方法を見つけた。

 それは吸血鬼になること。

 

 私の祖国では、お伽話で、永遠の生命をもつ怪物がいるというお話があった。

 人間の血しか飲めなくなるが、その代わり不老不死になるという伝説だ。

 私はそれを求めた。

 吸血鬼になるという夢想に取り憑かれた。 

 黒魔術の本を買い漁り、日夜、研究した。

 だが、吸血鬼になる方法を記載した本はなかった。

当然だ。

 吸血鬼などお伽話なのだから。

 

 しかし、私はどうしても吸血鬼になりたかった。

 そのために、血を欲した。

 無数の美しい処女を殺してその血を飲み、全身に浴びた。

 殺して、殺して殺し続けた。

 私は貴族であり、財力と権力を使えば容易いことだった。

 だが、吸血鬼にはなれなかった。

 

 美貌は日々衰えた。

 皺が増えた。黒子がふえた。

 肌に張りがなくなった……。

 私は恐怖した。

 醜くなることを恐れた。

 怖かった。

 ただ、ひたすらに怖かった。 

 そうだ、私は美貌を求めたのではない。

 老いて、嘲弄されるのを恐れたのだ。


(恐怖が私を堕落させた……)

 

 だが、吸血鬼になれば本当に、恐怖がなくなるのだろうか? 

 永遠の美貌と生命があれば、怖くないのか?

 いや、有り得ない。

 間違っている。

 

 永遠の美貌と生命があっても恐怖がなくなることはない。

 その後は、また次の恐怖が訪れる。 

 違うモノが怖くなる。

 金がなくなる。

 他人の評価を気にする。

 権力がなくなる。

 地位が脅かされる。

 ありとあらゆることで人間は恐怖し、怯える。


(なんて無意味な……)

 

 エリザベート・バートリーは、相葉ナギを見た。

 一切の迷いなく、私に剣をふるった少年。

 相葉ナギの剣は美しく強かった。

 剣も心も体もまったくブレていない。

 芯の通った真っ直ぐな美しさ。


(私も……。彼のような強さと美しさがあれば迷わずにすんだだろうに……)

 

 私は間違えた。

 恐怖は、外見を美しくしても消えない。

 恐怖は心と魂を強く美しくすることでしか無くせない。

 私はどうしてそれに気付かなかったのだろう。

 


 なんという愚かな……。

 私は、なぜこの事に気付かなかった……。

 

  

 生まれ変われたら……。

 心を美しくしよう……。

 そうすれば怖くない……。

  


【読書の皆様へのお願い】


下にある星をクリックすることで評価を入れることが出来ます。


作品を見て面白いと思われた方、続きが気になると思われた方、大変お手数をおかけしますが、評価をぜひよろしくお願いします。

評価が頂ければ励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ