打算部下、分析する
いい職場に配属されたものだなと思っていた。
俺は少し真面目に取り組めば、勉強もスポーツもそれなりにできる人間だ。
頭と体の効率的な使い方を知っていた。要領がいいんだろう。
幼い頃は頑張った分だけほめてもらうことがうれしくて、それが目的で学年一位をとったこともある。
だが、俺はある時気づく。
現代日本は、頑張れば報われる世の中ではない。
それは実感としてではなく、ありふれたSNSの真偽も確かでない拾い歩きの中からではあった。
ひとつひとつは不確かなものの、その数の多さに、当時中学生だった俺は、世の真理に納得してしまう。
そして俺は即座に方向性を修正した。
いかに“自分にとって”効率的に生きるか。
目立つ好成績は少なくていい。ただしゼロではだめだ。ここぞという時に最大限の効果を持たせるために、実績はいくつか残した。案の定、就活の時に役立ち、無事大企業に就職。
日本は真面目で仕事ができる人間に仕事が集約する。なので俺はそれを避けた。
詰めるところは詰め、それ以外は手一杯の頼りなさを装って手を抜いた。追々は諦めるが、今はまだ新人と言われる部類だから特段問題はなかった。
そして、とても頼りがいがある上司がいる部署へと配属されたのだ。
「しゅ、主任? どうしたんですか、ソレ」
姿勢の良い主任を見上げて、そのあまりに滑稽な姿に呆然としてしまった。
主任の頭部には、薄手のタオルがあごから頭頂部にかけて結ばれていたのだ。冗談を聞いたこともない生真面目な主任の突然の奇行に、俺は対応を決めかねていた。突っ込んだりした方が良かっただろうか。
ほおの膨らみを見て虫歯かと尋ねれば、主任は真剣な表情で頷いたので、対応は間違いではなかったようだ。
虫歯という主任とはかけ離れたイメージに違和感を抱きながらも、ひえ○タでも貼ればいいのにと思った。それを提案する前に、今日のプレゼンについて思考が向く。
「何を言う。田山くん、そのためにきみがいるんじゃないか」
それはそうだ。俺は何かあった時のための進行役の代替として一応リハーサルもしている。体調を崩すことのない主任の代替として。
くそっ、マジかよ。
流れも内容も頭に入っているので進行役をこなすことについては問題はない。
問題なのは、俺がまだ“頼りない新人”を装っていることだ。
そのまま、あたふたとプレゼンをすれば悪い意味で印象に残ってしまう。それは避けたい。普通にすれば今までのキャラと差が出て違和感を与えてしまう。
ほどよい緊張感を見せつつ、そつなくプレゼンをしなければならない。
この真面目なキャラも正直疲れるのに、さらに演技を被せる必要がある。
試しに、何とか逃れられないか主任に頼りなさをアピールしてみたが、今回ばかりは断られた。
この主任は頼られることが好きなようだった。
潔癖症で完璧主義者。部下にも完璧を求める。俺のチームはほぼ優秀な人ばかりだったから、みんなそれについていけていた。そして、その“ほぼ”から外れる先輩がミスをしそうな時は、すかさずフォローに入る。
いい上司だと思う。
俺も頼るようにしたら、とてもラクだった。
とてもいい部署だった。
だがこんな場面で、普段は従順に言われた仕事をしていたせいで、信頼されてしまっている。ミスはしたくなかったので、そこは手を抜かなかったのが原因だろう。
俺は舌打ちをして諦めた。
何故こんな日に虫歯になどなるんだ。
痛いならば、鎮痛剤でも飲めば事足りるだろうに。
あえて馬鹿みたいな姿を選んでいるようにさえ見えてくる。まるで何かを隠しているように。