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長田焼きそば

作者: クルトン

                   長田焼きそば


私の小さな話をお聞きください。今、私は大阪で焼きそばの店をしています。商売は順調で常連さんも増えました。しかし私は若い頃、震災孤児で今のように生きていけるとは

思いもよらなかったのです。あるおばちゃんとの出会いが私の人生を変えてくれました。今では、生きていることに感謝しています。


平成23年3月11日、陸前高田に住んでいた私はいつものように高校に居ました。午後の部活中、大きな地震があり私達生徒は学校の裏の高台に避難しました。東日本大震災でした。私はその時、時間が止まったように感じました。幸いなことにみんな無事に難を逃れることができました。

しかし、安堵したのもつかの間、しばらくして大きな津波が私の家を飲み込んだという知らせを受けたのです。その時両親と弟を私は失いました。私は家族を全員失い、茫然となりました。またその後の過酷な避難生活が追い打ちをかけるように私の心と体を蝕んでいったのです。


近所の親戚も他人の世話どころではありませんでした。結局遠く大阪の親戚の所に私は預けられることになったのです。しかし心の傷が大きかったせいか、その家には馴染まず、また学校では苛めに遭い不登校になりました。心が現実から乖離している状態で大阪の繁華街をさまよう日が続いたのです。ある時、周りの喧騒も全く耳に入らずボロボロになりながら道頓堀界隈をフラフラしていると後ろから大きな声で呼ぶ声がしました。

その声は私を現実に引き戻しました。


「おねえちゃん。どないしたん?そんな死にそうな顔して。よかったらおばちゃんに話してみ。」

そこには派手な虎柄入の服と綿パンを履いた、頭の毛がチリチリの40代くらいのおばちゃんが立っていました。その時、私はそのおばちゃんの姿があまりにも面白くて何か月かぶりに笑ってしまいました。久しぶりに素直な気持ちになり、私は自分のことをおばちゃんにすべて話したのです。おばちゃんの優しい笑顔が私の心を開放してくれたのかもしれません。


「おねえちゃん。死ぬほどしんどいなら、わてと一緒に働いてみいひんか。死ぬ気ならなんでもできるやろ。まだ若いんやからこれからなんぼでもいいことあるで。心配せんでもええで。」

私はそのおばちゃんに無理やり引っ張られて小さな焼きそばの店に連れて行かれました。おばちゃんは神戸の長田出身でそこの焼きそばは絶品だそうです。私はその店で働くようになりました。長田焼きそばはけっこう有名で、おばちゃんの店も常連さんなどで毎日流行っていました。


「おや。可愛いバイトの娘が入ったんやな。おっちゃん、ここの常連なんや。このおばはんの焼きそば喰わんと落ち着かへんのや。」

「おべんちゃら言うてもなんも出えへんで。」

こんな客との何気ないやり取りと焼きそばの甘い懐かしい匂いがが私の心を和らげてくれました。


親戚のところには帰らず、私はその店で働き続けました。店は忙しかったのですが、働らき続ける事で私は心の平静を保っていました。おばちゃんはとても気さくな面白い人でしたし、周りの人たちのおかげで私はだんだんと元気をとりもどし、その店に溶け込んでいったのです。


10年が過ぎ私はおばちゃんに店を大きくしようと言いました。

「いいんや、このままで。この小さい店がわてにはお似合いや。わてが死んだらあんたにこの店やるさかい。大きしてや。」と笑いました。


時には、おばちゃんと大喧嘩をする事もありました。私はそんな時いつもおばちゃんに、私の本当の気持なんかわからない、と食って掛かりました。その時おばちゃんはいつもとても悲しそうな顔をしていました。おばちゃんではなく私のほうが分かっていなかったと気が付くまでには時間がかかりました。


さらに10年が過ぎました。おばちゃんはとうに還暦を過ぎ、働き過ぎのせいかある日倒れてしまいました。入院後、肺に癌が見つかり余命半年と告知されたのです。


おばちゃんの死期が近づいてきたある日、病室で私は言いました。

「おばちゃん。死なんといてや。私、なんの恩返しもしてへんやん。もう家族を失うのはいやや。」

「有難う。あんたも関西弁上手うもなったな。もう大丈夫や。長田焼きそばの秘伝も伝えたし、思い残す事ないわ。あんたもつらい思いをしてきたんやろけどあんただけやないで。わてはあんたに助けられてきたんや。恩返しはあんた自身なんやで。有難う。」


その夜、おばちゃんは亡くなりました。私は再び家族を失って泣きましたが、何故かおばちゃんの最後の言葉が心に引っかかりました。私はおばちゃんの事を何も知らなかったのです。何故今までその事をちゃんと考えなかったのだろう。おばちゃんには本当の家族がいなかったのです。


お葬式のため戸籍を見ると、おばちゃんには結婚歴が有りました。しかしご主人や娘さん、またご両親も死亡となっていました。私はハッとし、おばちゃんが昔、家族と暮らしていたという神戸の長田の住所を訪ねてみました。そこは商店街でやっと昔のことを知っている会長さんに話を聞けました。おばちゃんのご主人は長田焼きそばの店をしていて流行っていたそうです。ご主人の両親と小さい娘さんの5人暮らしでしたが、平成7年1月17日早朝、阪神淡路大震災が起こりその時の地震と家屋の崩壊でみんな亡くなりおばちゃんだけ生き残ったそうです。おばちゃんのご両親も近くに住んでいてやはり亡くなっていました。


私はこの刹那、自分の心の弱さを知ったのと同時におばちゃんの心の奥の深い悲しみと私を包んでくれた大きなやさしさと強さを知ったのです。


          


よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 6年前の震災がベースのお話ということで目を引きました。 途中まで創作かノンフィクションか迷いながら拝読しました。 [一言] 長田焼きそばという題材でいくなら長田焼きそばの作り方など入れれば…
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