1-8『期待を背負って』
ギルド会館を退出しエイブルと並び歩く。
「このリストの中で俺より速いやつがいたってのは、有り得るのかな」
エイブルのまとめてくれた紙のリストをパラパラとめくる。
現時点で第二のダンジョン攻略に挑んでいる冒険者は率先してメインクエストを進行する勢力と言い切っていい。
そのほとんどはAOにおいて勇名を轟かしていたプレイヤーや同盟の所属者。
彼らは押しなべてこの世界にやってきて、誰も強制されたわけでもないのにメインクエストをせっせとやっているわけだ。クエストジャンキー。それは俺も同じ。
同類の存在に嬉しいような呆れるような気持ちで、見知った名前が現在どの位置にいるのかを把握していく。
「ないっしょ。神獣持ちじゃなきゃハルくん追い越すの無理無理。そんなかいないし」
その指摘に俺は頷くしかない。
俺が移動に使用した『馬』は通常使える移動手段として最速だ。ユニーク以外の動物でも短時間であれば馬より速い物はあるが、長距離の旅となると各町に駅が設置されている馬を上回るものはない。
街道は広く良く整備されていて、距離が騎乗スキルの差で詰まるものでもない。
「じゃあ……AOプレイヤー以外――つまりこの世界の冒険者の可能性は?」
この世界にも職業冒険者はいる。地上で入手できないアイテムを求めダンジョンに潜るのだが、この世界のダンジョンは一般人が軽く鍛えた程度では命取りになる場所ばかりのため、素材アイテムを採集するだけでも一苦労だ。基本的にはハイリスクハイリターンの夢追い人といった立ち位置。
「それはあるかもわかんねーけど……オレはナシだと思うぜ。実際王宮軍の千人長ってのは、大したことなかったね」
……アンタ、どこまで侵入したんだ。
身体が好奇心で出来ている男はけろりとした顔で口笛など吹いている。
現実には階級の高い者が強いとは限らないし、この世界でもユニーク装備に類する強力な武具防具を得られるとすれば見た目のレベルは問題にならなくなる。
しかしエイブルの実感からすると、この世界で強者とされる存在は稀なのかもしれない。
「ならやっぱりリストに抜けがあるんじゃないか?何人かこの人なら、って名前が入ってないし」
あの日偶然ログインしておらず、転移に巻き込まれなかっただけかもしれないが。
しかしそうでもなければウォーバードが架空の冒険者をでっちあげて報酬を横流ししているとか、超常的な存在が絡んでるなどの荒唐無稽なものしか考えられなくなってしまう。
「閉館前だから二十時前後だろ。その時間ほんとに誰も来なかったか?」
「ヲイヲイヲイもっと信頼してくれよぅ閉館前なら確かに待合ソファで寝そべって決死の張り込みをさあ――――あ」
――おい。
「――――あああああぁ美少女!」
「は?」
エイブルは重大な忘れ物を思い出したかのような顔をしている。
しかし突然意味不明なことを叫ぶものだから、周囲の怪訝そうな視線を思い切り集めてしまっている。
……逃げたくなってきた。
「だから美少女よ! うぉっ!? コイツァ美しいっ! 衝撃走る! んー……ちょっと胸と尻の盛りが少ないかな? けどやっぱめちゃんこかわいい女の子! つまり美少女! わかる?」
アンタが豊満派ということはわかったよ。
「……その子が凄腕の冒険者ってことか?」
「知らァん! ぅぉあっぶなッ」
ためらいなく顔面に裏拳を放ったが、熟練のシーフは軽やかな身の捻りによって躱してしまった。追撃の代わりに失望を込めた視線を送ってやる。
「スマンスマン! 見たことない顔だったしすぐ人混みに紛れちまったから装備を参照するスキもなかったんよ。でも有り得ると思うぜ」
……つまりは俺達の把握していない冒険者に先を行かれているということか。
――負けるわけには、いかないな。
「……早めに出発するか」
昨日の夜にギルド会館に立ち寄っていたということは、既にここを出立していたとしても今朝以降のはずだ。
夜間の移動に著しい制限があるわけではないが、日中に比べてどうしても遅くなり、また疲れやすい。
休息や睡眠は不可欠なので効率を考えれば強行軍に走ったりはしないだろう。
――天を見上げると陽が傾き始めている。今出発しなければ旅の条件はどんどん悪くなっていく。
「おっハルくん行くワケねー。陰ながら応援してる……ぜっ」
いつの間にか離れた位置に移動していたエイブルは振りかぶって何かをこちらへ投げてきた。
畳まれていたのだろうそれは空中で自然に広がり、ひらひらと舞い降りてきた。
つかみ取るとそれは蒼い外套だった。丁寧になめし加工された小竜鱗の裏地を厚手の布――高レベルダンジョンに出現する巨大蜘蛛が産出する糸から織られたものだ――で縫い合わされている。
明らかに今日そこらで購入したものではなく、優れた裁縫師が製作した一品だ。エイブルの所持品の一つらしい。
「――センベツってやつ。キミ防寒着持ってなさそうだったからあげるぜ」
「あ……ありがとう。……いいの?」
今の軽装のまま寒冷地帯に行くのはマズいと考えていたのでエイブルの気遣いは大変ありがたい。
しかしこれは気軽に人に差し上げられる品質のものではないはずだ。俺が彼にそれだけのことをした記憶はない。
「ハルくんなんとも思ってないかもだけど、今までさりげなく情報提供してくれてたキミにめちゃ感謝してたし、今期待してるんだぜ? トップは《円卓》か《ベルセルク》のリーダーってハナシが一般的なもんだけど、オレが思うにトップはキミ! だから使ってくれよな?」
エイブルが力強く俺を指差す。餞別はこの杖を巡るレースで俺にトップとしてのパフォーマンスを見せてみろというある意味依頼。その期待の大きさから来るものってことか。
他人から直接、このような期待を受けたのはいつぶりか。
――応えないわけにはいかない。
「わかった。……大切に使わせてもらう。そっちは、これからどうするんだ?」
「オレはもっかい王宮潜入にチャレンジしたら次は東の王国でも見学してくるかなぁ。あっちの城の中も拝むしかないっしょ」
どうやらこの男は、一般人には隠された情報を知りたくてしょうがない様子である。
「……ほどほどにな」
「うす。今度女神の話聞かせてくれよな。あと美少女! じゃあの。頑張れよ」
そう言ってエイブルは俺に背を向け歩き出した。
「ああ。また!」
振り向かずに右拳を挙げ、人差し指と中指を揃えて立てるサイン。そのまま人混みへと消えていった。
「……行くか!」
今からひとっ走りすれば日が暮れるまでに次の駅が設置されている街にたどり着けるはずだ。
エイブルの餞別をバッグに仕舞い、馬の駅へと駆け足を始めた。
投稿時間をいつにすればいいか悩んでいるところです。
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