1-7『メインクエスト』
最初にこの世界に来た時に確認した、インベントリ内の異物。それは《女神の白き羽》だった。これをログアウト以前の俺が持っているはずはない。
なぜなら白い羽はゲーム開始時にプレイヤーに付与される、メインクエストへの導きであり、その第一章が完全クリアされると同時に消失してしまうからだ。俺は実装済みのメインクエストを全て達成していた。
そのクエストアイテムはあのリブルク北門にいたプレイヤー全員が所持していた。それゆえに逆説的に俺達は考えた。
――『メインクエストが復活しているのではないか?』と。
メインクエストはアーヴオンラインの世界観を彩るいわゆるストーリーモードだ。その基本的枠組みは実装部分においては『魔王復活を目論む魔族と、それを阻止せんとする女神が遣わす冒険者の戦い』である。
冒険者の設定はアーヴに暮らす一青年が女神の啓示によって覚醒するというものであり、俺達のような他世界からの闖入者というわけではなかった。
メインクエスト第一章はゲームのチュートリアル的な意味合いもあり、六つ用意された各ダンジョンをクリアすると特別報酬としてその段階のレベル上げに役立つアイテムが手に入る。
適正レベルも一から六十と控えめであり、スキルをしっかり使いこなし適切なパーティプレイができれば完全クリアもそう難しくはなかった。
しかしこの世界において、その適正レベルは爆発的に上昇していた。第二のダンジョンである《ディアンマ灼炎洞》で百十。元の適正であるレベル二十の冒険者が侵入し、ドレッドラヴァに挑んだところで一瞬で消し炭かミンチになる以外ない。
攻略の難易度が上昇は俺にとってはそれほど問題ではない。俺はさらに高難度のパーティ向けダンジョンですらソロでクリアできるスキルを有している。
問題は特別報酬が初回達成者一人にしか与えられないという点だ。繰り返すが各ダンジョンの報酬が欲しいわけではない。今更ウォーバードから氷結耐性しか上昇しない指装備を受け取っても、インベントリの枠を圧迫するだけだ。
これは『この世界を識っている者に会う』という俺の第一目標に関わってくる問題なのだ。
まず、この世界の識者とは誰か。俺が即座に思いついたのは二名。
一人は元王宮賢者にして世界最高峰の軍略家かつ、自身も最強クラスの騎士――という噂もある――男《クーメイン》。だがこいつはメインクエスト第三章で初めて登場するキャラクターで隠遁生活中の現在はどこにいるか知れたものではない。また世界の仕組みそのものについては知識の及ぶところでないかもしれない。
もう一人は安直な発想だ。《女神アルマ》。魔族との闘争の先導者にして人間世界の管理者。AOでは女神はキャラクターとしては存在していなかった。複数いたゲームマスターを束ねる長が冠する呼称であり、最高の調停権や懲罰権を有していた。
この世界に女神が実在するかは今のところ不明だ。《アルマ教》及び《アルマ教団》なる宗教集団は存在し、住民の信仰率は十割近いのだが……。白き羽が、女神の存在を証明していればいいが気休めにもならない。
しかし女神はこの世界の謎に関して最も詳しいと考えられる人物の最有力候補だ。さらに俺達をこの世界に呼んだ人物でもある可能性は十二分にある。
よって俺はこの女神アルマとの邂逅をひとまずの目標にすることにした。
目撃できるかさえ怪しい人物だが、望みはある。
――《宿願の魔杖》。メインクエスト一章全体におけるキーアイテムの一つ。
魔族に伝わる神器級のアイテムであり、中身をマナで満たしたとき持ち主の願いを叶えるという能力を持つ。
一章における魔族暗躍は、人間領域に多く産出される巨大なマナ結晶でそれを達成し魔王を復活させよう、というところから始まっている。
なんと、それは手に入る。一章の完全クリア報酬なのだ。そして実際に願いを叶える能力を持っていた。使用限度は一回切りだがどんな願いもほぼ実現した。
アイテム、装備、ペット、能力――ただしユニークは除く――、地名やキャラクター名を指定すればその地点に移動でき、街中でモンスターを呼び出すことさえできた。
MMOゲームにあっていいのかというアイテムだが、例えば素材アイテムであれば一つのアイテムの製造に百から千単位の素材アイテムが必要であり、モンスターからのドロップは数から百単位で得られるのに対し杖から得られる素材は一つ。
また『杖産』の装備品は何の付加能力も持たないいわゆるプレーンなものであり、ダンジョンの周回で得られる多くのエンチャントが施された装備に比べ無価値に等しい。
一般的に入手できるペットに高レアリティのものはない。移動に貴重な効果を使う馬鹿はいない――いたから効果がわかっているわけだが――。
よってアイテムパワーの強力さに反して必然的に用途はその時点で取得が難しい能力か、お祭り的な街中でのモンスターの召喚に限られていた。
この杖の検証は有志によって日夜行われ、その中には『ゲームマスターの呼び出し』も確認されていた。
接触不可能に思える人物とも、杖の力があれば会えるかもしれないということだ。
ここで『特別報酬は一つのみ』という問題が首をもたげてくる。このルールはダンジョンの報酬だけでなくあらゆる報酬に及んでいるに違いない。
もし俺が杖の効果を使いたいのなら、一番最初にメインクエストをクリアするか、クリアした人に譲ってもらうしかない。
現に俺に先んじて二つのダンジョンを攻略している何者かがいる。その人物が果たして自分の願いを放棄して杖を差し出すだろうか?
あり得ない。
結局俺が目的を達成するためには、一番最初にゴールへ辿り着かなければならないというわけだ。
「ウォーバードさん……俺より前にこの依頼をこなしたのは何人?それがいつかってのは教えてもらえる?」
「問題ありませんよ。一名です。いらっしゃったのは昨日の――ちょうど閉館前でしたか」
未だ友好的な笑みを崩さないギルドマスターは訊いて差し障りのない情報であれば快く提供してくれる、冒険者の味方だ。
「――そいつはドレッドラヴァの核片を納品した?」
「いいえ。その方が持っていらっしゃったのは――《ディアンマ魔鉱》でした」
ディアンマ遠征のクエスト達成条件は『二つ』ある。一つはドレッドラヴァの核片の納品。ドレッドラヴァを倒すことで獲得できる。
もう一つはディアンマ魔鉱の納品。この鉱石は灼炎洞の最奥で採取できる。最奥とはまさしくドレッドラヴァの棲み処であり、鉱石の採掘に五分はかかりその間は無防備なのでボスのマグマ潜伏期間の隙をつくのも難しい。
実質的にボスが出現しておらず異変がないことを確認した証拠なのだ。この世界でボスが再出現するかはわからないが、そのクールタイムは一日二日ではないだろう。
俺とその冒険者とのタイム差を考えるにそいつはドレッドラヴァの強烈な攻撃をかいくぐり、わざわざ鉱石を取ってきたというわけだ。一体どんなヤツが……。
「ちなみにそれがどんな人物かは――」
これを訊くのは二度目だ。
「申し訳ございません。お教えできません」
これが帰ってくるのも、二度目。
傍らのエイブルが肩をくすめて鼻息を漏らした。
「……無理言った。ありがとう。次俺が行った方がいい場所ってあるかな?」
行くべき場所の予想はついている。ディアンマ灼炎洞をクリアしたことで次のクエストが開放されているはずだからだ。
ウォーバードの眼尻が待ってましたと言わんばかりに持ち上がる。
「ございます!現在《ニヴル地方》において問題が発生しているという報せが届いているのです。詳細はこちらになります」
差し出された附票。
『《パレッサ宮》を中心にして異常降雪が確認されている。魔族が原因の可能性が十分考える。至急、周辺及び内部を探索し問題を取り除いて欲しい。』
適正レベルは百三十。
炎の次は氷。よくあるパターンだ。次の行き先が決まった。
お読みいただきありがとうございます。
説明が長くなってしまいました……。
ときどきこういう話が挟まれるかと思います。
ご指摘ご感想ありましたら是非よろしくお願いします!