1-6『セントレアにて』
「……そろそろだ」
青い旋風を纏って飛翔する俺の眼前に、点にしか見えない木々に比べて圧倒的に巨大な、面長の台形が見えてきた。四方を大中小三枚の城壁と、深い堀で守られている大城郭都市――《セントレア》。アーヴ大陸中央北部の王国の王都。
飛翔速度が減速し始め、俺が降り立つべき場所へと導かれていく。セントレア中央部、《女神の庭》。憩いの広場になっているこの場所には多くの人が集まっていて、彼らの生み出す日常のざわめきがだんだんと耳に届くようになってくる。
ゆっくりと広場に降り立つと、空から人が降ってきた驚きから一瞬周囲の注目を集めたが、俺が冒険者らしいということに気付くと関心はすぐに薄れ去った。
傍らを見上げると、青白い光をほのかに放つ巨大なマナ結晶を土台にして、この人間世界の管理者を象徴する像が立っている。《女神の像》。
その造りはなぜか街によって違いがある。身にまとう衣服、背中に折りたたまれた翼、天に掲げる剣などは共通だが、容姿は少女だったりおばさんだったりする。ここの女神は――ふくよかなおばさんだ。
――とりあえずクエストの清算に行くか。
などと考えて目的地へ体を反転させると、まさに今人混みを抜け出して男が手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。
――遠回りしよう。何やら俺を呼んでいるのか寄生をあげているようだが気のせいということにする。踵を返す。
いざ歩行を開始しようとしたところで男の長い腕が俺の肩に回り、不幸にも捕らわれの身となってしまった。
「ようようようよう無視しないでくれよぅおかえりハルくんドレラヴァどうだった?」
矢継ぎ早に言葉を投げかけてくるこの男――エイブル――はアーヴオンラインのプレイヤーの一人。
『向こう』では《エイブルのAO攻略速報》などと称する情報まとめサイトを運営していて、情報取得のスピードも速くそこそこ正確だったためサイトは人気を博し、ゲーム上の本人も馴れ馴れしくも面倒見の良い性格で人気かつ有名プレイヤーだった。
実戦で得る情報を重視し積極的にコンテンツに参加していたため実力も高く、有数の両刀ダガー使いでもある。ビルドは盗賊。
俺との付き合いは浅くも長い。取得した情報をどうするかはプレイヤーによるが、俺は聞かれれば答えるのでエイブルの検証作業に貢献したことも少なくはない。
初めて会ったときダンジョンの出入り口に張り込み、数時間にも及ぶ周回プレイを終えた俺に突然声をかけてきたのでビビったものだ。一応フレンド登録されているが、この世界に来るまで直接話したのはそれきりだ。
「……倒したよ。まず道中の敵はレベル九十だけど非アクティブ。だから全無視。ドレッドラヴァはレベル百三十でパターンは一緒。ただ最終フェイズまでのターン数が三から六に増えてた」
ドレッドラヴァは一撃でどんなにダメージを与えようとも倒せず、一定の回数戦闘を行う必要がある。エイブルは腕を組みふんふんとかなり適当な態度で頷き聞いている。
「防御力が上がったからか、実際に必要ターン数が増えたからなのかの判断はつかないな。攻撃力も当然上がってるんだろうけど、全部避けたからわからない」
「さっすがー。でもキミのパワーから察するにターンっしょ?なるほどまあまあ強くなってるわけねぇあんがとさん。――でどうよ?『一番』だった?」
エイブルの眼が輝く。実際彼の聞きたいことはそこ以外ないのかもしれない。
「それは今から確かめに行くよ。アンタも一緒に来る?」
「たりまえよぉ」
俺が歩き出すとエイブルも横に並ぶ。俺達が目指すのは《王立ギルド会館》。テオドラ王国公認の各産業組合の支部が入る建物であり、職業冒険者にクエストとその報酬を配給している《冒険者ギルド》もその内部にある。
人の流れに従い、そこら中の道端で行われている商いの喧騒を聞きながら歩を進める。これらの商売もギルドに所属していなければ行うことができない。
この都市で生活するのは王族と富豪を除けば商工業を営む者、または冒険者なのでギルド会館は一般市民にとって必須の存在だ。
歩いている間もエイブルはどこどこの食事がマズく文句を言ったら追い出されおかげでタダになっただの、白昼堂々王宮に侵入しようとしたら想像より警備が厳重で危うく捕まるところだったなど、訊いてもいないのにここ数日の体験を話してくれた。
コイツは、そのうち大変な目にあうだろうな……。
「……ちゃんと見張りはしてくれてたんだろうな……?」
「そこはモチロンよ!《円卓》の奴らが二日前に出発したのは確かに目視したぜ。知らせも送ったっしょ?」
確かに。俺が彼にお願いしたのは、ディアンマ灼炎洞に関連するクエストをどの冒険者達が受注したかを確認し伝えてもらうというものだ。その情報が正しく、さらにいい結果が出れば、俺はある大きな安心感を買うことができる。
ギルド会館前に到着した。レンガ造りの長大な建物。俺の背丈の倍はある両開きの扉は、莫大な人の行き来のために開きっぱなしになっている。
人の波を押しのけて冒険者ギルドの受付まで進み、クエスト附票とドレッドラヴァの核片を差し出すと、確認した受付嬢は通常その場で支給される報酬を差し出さずに奥に引っ込んだ。
すぐさま受付嬢の代わりに、さっぱりとしたシャツにベストを着こなした男が現れた。王室治安管理局所属、ウォーバード。重要クエストの場合は彼が対応することになっているらしい。
他のギルドと違い、冒険者ギルドだけは王宮から派遣された役人が管理者を務めている。王国が冒険者という戦力の規模を把握し、効果的に利用するためだろう。冒険者ギルドに所属しない冒険者の徒党は盗賊扱いされ討伐の対象となってしまうほどだ。
地方の町村では大きな街ほど国営ギルドの影響力が及ばず、割とそのような悪人の集団が跋扈していたりするのだが……。
「こんにちは、ハルさん。この度はディアンマ火山遠征、ご苦労様でした」
ウォーバードは胡散臭い緩やかな笑みを完全に維持したまま労いの言葉をかけてきた。
……デジャヴ。嫌な予感がしてきた。
「ドレッドラヴァの核片、確かに拝見させて頂きました。王国軍の代わりに辺境の治安維持にご協力頂き感謝致します」
「ああ……」
「――しかしながら誠に心苦しい話ではありますが、今回のディアンマ火山遠征クエストをハルさんより先に達成された方がいらっしゃいまして……特別報酬に関しては既に配給済みなのです。よって報酬は金貨のみになります。申し訳ございません」
「…………いや、十分ありがたいよ」
とうとう最後まで笑顔のままこの若々しい男は言い切った。俺がこの文句を聞くのはこれで二回目だ。
AOにはクエストに対し初回クリア報酬が存在した。文字通りクエストの初回達成時にプレイヤー全員がもれなく入手できるアイテムだ。
しかしこの世界における初回クリア報酬とはそのクエストの初回達成者に与えられるものらしく、後塵を拝した者は通常報酬を得られるのみとなる。
特別報酬は概ね高レアリティの一品であるためむしろこの方が自然で納得がいくが……。また今回の報酬が特に欲しいというわけでもない。
ただ俺が今進んでいる道において、このシステムに関する一つの懸念があるのだった。
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