1-5『火山洞』
「ゴウウウゥガァァァ!」
「……暑いっ!」
ばちゃっという破裂音を伴って迫りくるは巨大な岩塊。その全体は灼熱色に輝き、亀裂からは時折溶岩が噴き出す。
「ふんっ」
勢いをつけたサイドステップでそれを避けると、目の前を燃えたぎる溶岩塊の『腕』が通り過ぎる。顔が熱風に煽られ、汗がどばどばと放出される。
視覚を集中して『弱点』を探ると、ちょうど肘にあたる盛り上がりにそれはあった。
「はあぁっ!」
禍々しい紫光を放つ結晶体に気合いを込めた一撃をお見舞いすると、破壊された弱点を起点にして亀裂が拡大していき、肘から先の腕が溶岩をまき散らして地面に落下した。
「ゴウウゥウウゥン……」
全身が硬化したマグマで構成された巨人は憤りの唸りを漏らす。熱量を回復させるためなのか、反転して逃走体勢に入ると近くのマグマ湖へと潜り込んでいく。その背中は隙だらけだが、俺は見送るしかない。
一気に動くものの気配が消え去り、マグマの煮えたぎる音だけが響いている。
――現在俺がいる場所は《ディアンマ灼炎洞》。同じ名前を持つ火山の内部にあるダンジョンだ。
戦っているモンスターはその最終ボス。高さ、横幅ともに十メートルはある溶岩でできたゴーレム――《ドレッド・ラヴァ》。
このモンスターに闇雲に攻撃しても意味はない。奴の『肉体』である溶岩石は周囲に無限に存在するマグマを利用して造られたものであり、その本体は魔の力が集まってできた結晶体だ。
敵の攻撃後に表出してくる弱点を叩いてダメージを与え、そのたびに逃げるので再出現を待ち、と時間のかかる相手だ。
《アーヴオンライン》においては序盤のダンジョンボスとあって強敵ではなかったが、この世界のドレッドラヴァはそれに比べはるかに強い。
このダンジョン攻略の鍵である《火炎耐性》は『完全』にしてあるとはいえ、溶岩拳の威力は直撃すれば《プロテクション》の痛覚遮断を貫通しかねないものがあるので、慎重に戦闘を進行する必要がある。
「暑い……」
洞窟内を漂う凄まじい熱気が俺の精神に継続ダメージを与えてくる。火炎耐性は敵の火炎攻撃が帯びる熱は防ぐのだが、空間の暑さには効果を発揮しない。
間違いない、バグだ。俺はこの世界の神を呪った。
「グゴオォォォン……」
ようやく地面が揺れ始めると、マグマ湖が沸き立つ場所からドレッドラヴァが七度目の登場を果たした。
その本体かつ弱点でもある結晶体はもはや体内に隠されてはおらず、巨人の眼にあたる位置で輝いており、戦闘が最終フェイズに入っていることを示していた。
敵が俺に顎を向けると、口に相当する開きっぱなしの穴から充填されたマグマが放射状に発射された。
俺は敵が動作を確定した直後に接近を開始していた。よってマグマ弾は俺の初期位置に一歩遅く到達し、地面に染みをつくるのみ。
走りながら右手に感覚を集中させ、目標である眼と線分を結ぶイメージで解き放つ。右掌から生まれた光が疾走し、敵の弱点に直撃する。聖属性貫通魔法――《ホーリースピア》。
試行錯誤の結果、詠唱は魔法発動における補助動作に過ぎないということが分かった。
最も重要なのは全ての動作に共通している、それぞれのスキルに対応したイメージだ。
単純な魔法であればマナを集中し放出する器官に意識を寄せ、使用する属性の色を決定し、《ナイフ》なら点、《スピア》なら線、範囲攻撃なら対応する形といった具合で指定してやれば、詠唱なしでも成功する。
もちろんイメージが難しい魔法や集中力が保てない場合などでは詠唱は有効だが、隠密性という戦闘における優位性から俺はなるべく発声なしで魔法を使うようにしている。
「グッゴオォゥガアァァァ!!」
「うおっと」
敵は遠距離から攻撃する俺を非難するかのような呻き声をあげ、直接打ち倒すべく前進し両腕をハンマーのように合わせ、振り上げてきた。
一時停止してハンマーを躱すと、巨人は持ち上げた拳をそのまま勢い良く俺に向け落としてくる。
左方向に飛び込む。回転してすぐさま立ち上がると、ダッシュで地面に下ろされたままの腕に飛び移る。
腕に入っているヒビからマグマが流れ出ているものの、表面のほとんどは冷めて固まっている。腕伝いに肩まで駆け上がると、ゴーレムはイヤイヤするように体を振り回す。
だが、もう遅い。肩を蹴ってさらに上に跳ね上がり、左手に持つ長剣――《レギンレイヴ》を垂直に構える。マグマの灯りを受けて赤黒く輝く剣は重力に導かれ――ドレッドラヴァの本体である結晶体に突き刺さった。
魔の力を宿す結晶体は唸りような響きを剣先から俺に伝えた後、勢いよく破砕し、霧散する。
「うわっと!」
動力源を失った巨人の身体が崩れる。崩壊する溶岩石の中身を満たしていたマグマがあたりにぶちまけられる。……グツグツのままだったので、素早く退避していなかったらマグマダイブと相成ったことだろう。
「……帰ろう」
ともかく、これでクエストクリアだ。インベントリに無事ドレッドラヴァ討伐の証であるクエストアイテムが追加されているのを確認し、一刻も早くこの灼熱地獄から脱出することを決意した。
灼炎洞の出入り口へと歩を進めながら、バッグの中から一本の青い羽根を取り出す。《女神の蒼き風》。最後に立ち寄った、女神像の存在する場所へと瞬間移動できる帰還用アイテムだ。
AOでは最も基本的で廉価な移動用アイテムだった羽だが、この世界においては有用性に対し供給量が恐ろしく少なくなっているために超レアアイテムの域に達していた。
今使おうとしているのはAO時代にストックしてあったものだ。そのまま持って来られて需給の法則的に大丈夫だったのだろうかと思いつつも、この洞窟までの道のり――西の王都からディアンマ火山脈まで馬で三日、登山に丸一日――を考えれば、遠慮する気にはならない。
洞窟の外に出ると、生ぬるい風が全身に吹き付けてきた。普通なら不快な部類に思えるこの空気も、マグマのそばよりは百倍マシだ。
「――帰還!」
アイテムを起動すると、手のひらに収まるほどの羽は青い粒子に分解されると渦を作り出して俺を取り囲む。渦の高速回転が最高潮になったそのとき、強烈な勢いで頭から体が引っ張られるのを感じ、視界すら青に包み込まれる。
――このアイテムを使っても移動にはそれなりに時間がかかる。この先のプランを思案しながら俺は目を閉じ、休憩を取ることにした。
話を区切って投稿間隔を短くするようにしてみます。それに伴い一、二話も分割しました。




