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1-3『窮地への対抗』

「「「ギュルルリリリィィ」」」


 新たに堕ちてきたらしいガーゴイルの集団に、再び取り囲まれていた。

 

 俺は長剣の切っ先を先頭の敵に向けて威嚇を試みるも、だらりと垂れ下がった右腕から発せられる危機信号が全身の制御力を乱し、小刻みに震える剣先はガーゴイルに対する抑止力を生み出していないようだ。

 敵の握る湾刀はさっきよりずっと大きく、威圧感を放っているように見える。


「ギュリリラァ!」


 突進。


「っちくしょ……」


 ――剣は上に構えすぎで腰も引きすぎだ。先ほどの流麗な動作など見る影もなく、もはやこれが防御姿勢か回避姿勢かさえもわからない。


 初撃で体勢を崩され、振り上げられた二刀目が俺の長剣を弾くように通り過ぎる。

 その狙い通り俺は剣撃の威力を受け止めきれず、剣を手放しをしなかったものの地面に尻を預けてしまう形になった。

 追撃からばたばたとした側転後転でなんとか逃れ、立ち上がる。

 能力値の優位性が噓のような劣勢。最初の戦闘と今の状況の違いを決定づけているもの――それは『闘う意思』の差に違いない。

 反撃しようと思っただけで知りもしなかった剣技を使えるわけだが、それがなければやはり何もないということだろう。


 ズキズキと痛む傷口からは未だ流血が続き俺の生命力《HP》も共に失われているはず。この状況が続いたときに訪れるかもしれない最悪の結果が俺を震わせた。


 ――今の状態を確認する必要がある。戦い方やアイテムを取り出したときのことを考えるに、ここで何かをなすにはそれに則したイメージが重要なのだと俺は直感していた。


 ステータス表示を見るイメージとは……。ガーゴイルから距離をとりつつ、俺は今まで散々見てきたゲーム画面を思い浮かべた。

 左上だ。

 すると視界の片隅左上部に、それまで見えていなかったステータスパラメータが表示された。上から赤青黄三色の棒と模様が描かれたアイコンがいくつか。


 生命力を示す赤色のゲージは――


「――え?」


 なんとまるで減ってない。一割どころか一分さえ削られていない。

 流血は《出血》のバッドステータスという形で表れていて、継続ダメージが発生しているようだが微々たるものだ。これで今すぐライフ全損になるとはとても思えない。

 つまりガーゴイルの攻撃がもたらした傷は、長年の冒険で高められたこの肉体の全生命力にとってはごく些細なものでしかないということか。

 俺としては三割は持っていかれたような感触だったが……。痛覚とダメージの量に直接的な関係はないのかもしれない。


 俺を切り付けたガーゴイルを注視すると、その頭上に敵の情報が浮かび上がってきた。――レベル九十。三倍。こいつは普通のガーゴイルではないのか。

 だがそれでも、このガーゴイルは『雑魚』だ。こいつらに何百回切り付けられようとも俺の肉体は滅ぶことはない――痛みで発狂死しそうだが――そして俺は一撃で相手を倒すことができる。

 そうなのだ。


「こいつは雑魚あいつは弱い俺は勝てる……」


 不安を打ち消すように入念に自己暗示し、感覚の中心を右腕からガーゴイルへ。愛剣レギンレイヴを握りなおす。敵は、もう小さく見えた。


「いくぞっ!」


 ――数度の瞬きのうちにガーゴイルは全滅した。

 一度しゃがみこんで右腕を確認する。流血は止まらない。この《出血》のバッドステータスがいずれ《大出血》、《失血》と上位の物へ悪化していくと無視できないダメージが生まれるだろう。


「……ヒーリング!」


 ――できた。左手を広げて傷口にかざし下位回復呪文の名前を唱えると、掌中に緑色の輝きが生じた。優しく触られる感覚と共に傷口の断面が合わさり、次第に塞がっていく。

 やはり――この世界ではAOアーヴオンラインに存在し、俺が会得したスキルのすべてを、自分が想像した通りに使いこなせるようだ。


 今起こっているこれは一体何なのか。ここは本当にアーヴの大地なのか。なぜ暗い自室から突如この場所に来てしまったのか。いつこれが終わるのか。何が――。

 それを考えるには、まずこの事態を収束させなければならない。


 周囲のあちこちでモンスターとの闘争もしくは恐怖からの逃走が繰り広げられている。遠く街道の先にいたモンスターの大集団も着々とこちらに迫りつつある。あれらのモンスターのレベルも大幅に上昇していることだろう。


「ひいいいぃぃやめてくれえぇ!」


 まずはガーゴイルに包囲されつつあるあの大男からだ。彼は戦闘が始まるや否や逃げ出していたがすぐ回り込まれてしまったようだ。


 最速の足運びで敵の集団に肉薄し、長剣の閃きを連続させて片っ端から葬っていく。


「スペル・ナイフ!」


 的に物を投げるイメージ。やや右に外れる形で放ってしまったが、最も基本的な単体攻撃魔法は自動で軌道修正され、少し離れた位置で様子を窺っていたガーゴイルの胸部に突き刺さった。


 AOでは好きなスキルを好きなだけ取得し鍛えることができる。しかしスキルを成長させる方法はそのスキルを使い続ける以外になく、その必要経験値は指数関数的に増大していくため時間の制限から自然と人それぞれのスキル構成ビルドが形作られていく。


 俺は戦闘と冒険に役立つスキルばかりで何かを産み出すタイプのものに関してはからっきしだが、一方で採集師も戦闘は専門外のようで逃げ回るばかりだ。……その動きは見た目からは想像できないほど機敏だが。逃走用のスキルは念入りに鍛えてあるらしい。


「スマン、速くこっちも頼むゥ!」


「わかってる!」 


 大男は逃避の進路をこちらに向け、横を通り過ぎたのちに白煙玉を地面に炸裂させた。自分からモンスターの敵対心ヘイトを剥がすことで半ば俺に敵を押し付ける形――一般的には完全に悪質な行為《MPK》だがこの場合は――


「――手間が省けた!」


 近くの魔物は輝く黒刃で分断し、手の届かない場合魔力の小刀を投げていく。


 殲滅はすぐさま完了し、近辺の安全確認を済ませると男は荒い息を吐いて大地に四肢を投げ出していた。まだまだ敵は残ってるんだが――手を貸して体を起こすのを促す。


「――俺はハル。おっさんケガしてないか?」


「……まずありがとう。本当に助かった……。そしておっさんではなくタカユキだ。やはり、そうなのか……」


 採集師の大男……タカユキは合点がいったようで深くうつむいた。先ほど俺に声をかけてきたこの男は、俺より早くあの夢のような状況に疑問を感じていたようだ。


「タカユキさんは……ダメージ受けたか?」


「いいや?どうなるんだい」


「すげえ痛い。俺はそれで気付いたよ。ならどうして――」


「――違和感を持ったかって?私も最初は幻覚の類と思ったが……。実をいうとAOでの私はいわゆる相場師でね――」


 ――基本的にはアイテムの価格差で利ざやを稼ぐプレイスタイルの一つだが、買い占めによる吊り上げを行う相場師も少なくないので、ユーザーに嫌われている場合が多い。

 俺も冒険で手に入らないものに関してはマーケットを頼る以外になかったので、被害の数は片手に収まらない程度にある。


「――アイテムの知識はそれなりにある。そしてその剣――」


 ――ゲーム上相場師にも扱えないアイテムはある――


「――《レギンレイヴ》。《参照》しないとアイテム名がわからないのはユニーク装備くらいだ。ただレギンレイヴとその持ち主の名前は知っていたよ。いろいろとね」


 俺の異名はいろいろある。


「しかし君の姿形を見かけたことはないし、その――《アルテミス》の存在までは聞き及んでいなかった。それがこうして目の前にいるんだ、おかしいだろう?」


 俺の存在がこの人の疑問の切り口だったというわけか。


「それで私は考えた。これは何らかの《延長》ではないかと。……それを確かめる前に、この事態になってしまったが」


 戦いはまだ終わっていない。今すぐにでも援護に行かなくてはならない。


「しかし私たちがいくら考えてもわからないだろうね。答えを知る人物に訊ければ、それが一番なんだろうが……君は、戦いに戻るのかい?」


 俺が頷くと大男は頷き返し、城門へ振り向いた。


「私は門の中に逃げさせてもらうよ。そのまま《ポート・エスタル》に行かせてもらうかな」


 ポートエスタルは自由都市同盟の東端にある港湾交易都市だ。そこがタカユキという相場師の本拠地ということか。


「では、また会うことがあるといいね。幸運を祈るよ」


 俺がここにいざなわれて最初の知り合いとなった男は、そそくさと門の中を目指し走り去っていった。

 

 ――敵を倒そう。敵のレベルは少なくとも九十以上。レベル『三百九十四』の俺にとってはどれも強敵になり得ないが、ここにいる人々の中には戦闘行為自体が『マズい』段階の人や、向いてない者もいるはずだ。


「……ヒロイック、コンセントレート、ヘイスト、プロテクション――コンバージョン」


 攻撃上昇、命中上昇、速度上昇、ダメ―ジカット――ともう一つ。即時に戦闘準備を済ませると、俺は駆け出した。

 劣勢の戦闘から優先して介入していく。状況をクリアしてから、転んでひっくり返っていた魔導士系の男を助け起こす。


「いいか、俺の後ろについて援護してくれ。狙いをつけて、唱えれば、魔法が出て、当たる。わかったか?」


 ジェスチェーを交えての指南。魔導士はまだまだ状況についていけていないようだがコクコクと頷き、新たな戦力となる。

 これを集団毎に繰り返すと間もなく全体の状況は好転した。十数名の臨時パーティはもはや魔物におびえることなく、前衛後衛をきっちり構成してモンスターに対抗できている。


 俺は一番最初に助けた魔導士――彼に注目して《参照》すると、名前、所属、ステータスなどが表示された。ノームズというらしい――に集団の指揮権を預けると、北門付近への行軍を終え今は街道を占拠しているモンスターの大集団に向かった。


「――ありがとう!」


 後ろからのノームズの声には振り向かず、突撃を開始する。


 プレイヤーの中には何も気にしていないのか、はたまた気付いていないかはわからないがほとんど混乱せず魔物との戦いを繰り広げている人々もいて、彼らは既にこの大集団と交戦状態に入っていた。

 ゾンビやオーガなど、形は違っても強さはガーゴイルと大差ない。たとえレベルが上がっていてもだ。

 同じように一刀のもとに討伐して回る。黒い竜巻と化してひたすらに長剣を魔物に叩き込んでいく――


――後方から発せられた音。


 弓矢を装備したダークオークの攻撃。ヒューッと音を鳴らして飛来する物体を確認し、どうすればいいか考える前に矢は俺の左肩に到達した。


 あの痛みを思い出し、全身に鳥肌が立つ。


 ――が、矢じりは俺の身体に突き刺さることはなく、衝撃で回転してどこかへ飛んで行った。

 

 ――プロテクションの効果だ。ダメージは貰ったようだが痛みはない。安堵のため息を盛大に漏らし、その偉大な働きに感謝した。

 補助魔法をかけ直し、優先度を遠距離攻撃を行う可能性のある(MOB)に切り替えさらに殲滅の刃を振るう。他の交戦プレイヤーも完全に戦いに慣れたようだ。


 この戦闘の趨勢は、決定的だ。



「――うわあああぁぁあああぁぁ」



 突然叫び声をあげたのは、後方のプレイヤー集団の幾人か。


 ――彼らの中心に、闇の柱が降り立っていた。影から現れたのは長躯。青白い肌に土気色のオールバック。黒甲冑に黒マントの男の口からは特徴的な牙が突き出ている。


 ――エルダーヴァインパイア。上位ダンジョンの最終ボスモンスター。レベルは、二百五十、だと……。

 通常の敵を倒すのに必要なプレイヤーの『討伐適正レベル』はそのままその敵のレベルと同じだが、多人数で戦うボスモンスターはその限りではない。

 あのレベルだと『まとも』に戦えば俺でもソロ討伐できるかどうかのステータスを持っている。つまり相当強い。

 あいつがこの突発クエストの目標か。魔物の大集団を減らしたことがトリガーとなっていたに違いない――

 あ――?


「――まずい!」


 ――遠すぎる!


ありがとうございます。


ようやく書けました。ストック等はなく話を考えつつダラダラと書いているので

週一話アップできたらなあという感じです。シャドウバースが止まらない。


長いとか読みにくいとか、ご指摘いただけると非常にありがたいです。


10/9:2話を分割しました

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