1-28『出る杭は打たれる』
「突然辺りが揺れて風が止んだとき、すぐにお二人がやってくれたのだなと分かったでありますよ! 流石であります!」
「お疲れ様でした。凄いです……いつか僕も……」
「おつかれさーん」
クエストアイテムを回収してダンジョンを抜け出した俺達を出迎えたのは、三様の賞賛だった。
俺は宮殿の奥で遭遇した未知の敵について、トーレスに報告した。何か情報を持っていないかと期待したが、残念ながら彼もその存在を知らないようだ。
「《アインズ》、《エス》、ね……。聞いたことねえ。だが俺が読んだ文献によれば魔王アインの特徴は『不滅』かつ『適応』にあるとあったな。そいつらが何らかの適応の形として現れたっていうんなら、王宮の書庫に眠ってるかび臭い紙切れから何かわかるかもしらん。……というわけでセントレア帰るわ!」
パレッサを覆う嵐が晴れて早速宮廷剣士トーレスが連れてきていたのは、人の身長を遥かに上回る大きさの鷲に似た生物――『神獣』《アエルガ》。
「こいつ風が吹き始めたら急に飛ぶの嫌がってなあ」
苦笑して鷲のふかふかの首筋を撫でつけるトーレス。
――その飛翔速度は『女神の翼』が人を運ぶ風に匹敵し、スタミナは尽きずどこまでも飛んでいけるという。
ユニーククリーチャーで無いにせよ超稀少種のそれを所持しているということは、やはりこの男は一方ならぬ地位にあると判断して間違いないか。
「異常な吹雪は止んだけど、普通に天候が変わったりはしないのか?」
「ニヴルの雪風は決まったときに吹いて、それ以外は静かなんだよ。ん、あんまり詳しくないんだな。どっから来たんだ? 南か、東か? 皇帝の容態は今どんな感じなんだ?」
――確かに普段のニヴル地方に吹雪くというイメージはなかったが……。
というかマズいな。
「こ、この国に来る前はリブルクが拠点だったから東の王国についてはわからないよ。異変が起きてるから稼ぐなら今って仲間に誘われてさ」
『世界の外から来ました』なんて言ってどうなることやら。公権力に近そうなこの男がよしんば俺達の事情を信じたとして、何かが良い方向に向かうとは考えづらい。
「ふうん。リブルクか。あそこはメシが美味くて良い街だ……まあいっか。冒険者ハル、セフィ!」
「ん?」「は、はい!」
急にかしこまった表情になり、右手を左胸にあてるジェスチャー――王国式の敬礼らしい――をするトーレス。後ろに立っていたヴェステとユーグリアも慌ててそれに倣う。
「この度は不甲斐ない私に代わり異変を解決して頂き、感謝する。この働きは我らが王女に報告し、何かしらの恩賞を与えられるよう図ろうと思う」
「いやいやいや」
「たまたまですから!」
「――そうか? ならいいか。頑張ってお仕事しようとしたけど謙虚な凄腕冒険者に手柄取られちまったわーって伝えとくわ」
――おい。
ケロッとした顔でアエルガに跨り、今にも出発しそうなトーレスは兵士二人に金色の硬貨を投げた。
「これボーナス。すぐ交代派遣するよう言っておくから、お前たちはもうちょい頑張れ。そんじゃあな」
「はっ! であります!」「ありがとうございます! よろしくお願い致します!」
どこまでも適当な宮廷剣士が手綱を引くと神鷲は助走を始め、窪地の高い位置から中心に滑空してから高度を上げて飛翔していき、やがて見えなくなった。
「ささ、観測所の中へ入りましょう! 嵐がなくなったとはいえやはりここは寒いであります」
「食事にしましょう。蔵にあるとっておきも出しますね」
トーレスはよっぽど急いで王都に戻らなければならなかったのだろうが、時間的に今すぐ出発して得がないと判断した俺達はその好意に甘えることとした。
――とっておきとはニヴルウォームの肉のことだった。
――――――――
早朝、青年兵士二人の見送りを受け、俺達はセントレアへの帰路へ発った。といってもオータルまでは蒼い羽でひとっ飛び。
太陽が天辺に昇り切る前にオータルに到着し、馬による南下を開始した俺達が目撃したのは、一体どうやって情報を得たのか、中央からオータルに逆流していく商人たちの集団だった。
あの湖畔の街に活気が戻るのはすぐのことに違いない。
「……《アインズ》」
「うん? あのエスって人?」
「ああ。アイツに仲間がいるとして、テオドラ王国以外でも何かやってるかもしれない。エイブルに連絡入れておこうかなって」
今再び復活しようとする魔王に連なる組織。その規模はなんとも言えないがあの口ぶりからするとメインクエストとは別軸で動いている。
「……冒険者全体であたったほうがいいかもしれない」
「今メインクエストを進めてる、上位クランの人たちには伝えておいた方がいいかもしれないね……」
そんな会話を取り交わしつつ馬休めにオータルとノーゼルンのちょうど中間にある小農村――《ノットー》に入ると、宿屋の隣にある厩舎は既に満員で何頭かは外に繋がれている有様だった。
仕方がないので許可をもらって俺達も厩舎の外に馬を繋がせてもらい、宿屋の一階で営業している飯屋に入ると果たして混雑の原因はそこにあった。
「……ハル」
「……よっ、朝次」
「……それは止めろ」
逆立つ、くすんだ金髪。キリッとつりあがった目の形におさまる瞳は髪と同じ金色で、しゅっとした顎のラインと合わせて、いかにも二枚目といった感じだ。
立ち上がった彼の身長は俺より頭一つ高い。百八十センチ後半くらいだろうか。その縦幅に相応しいがっしりとした肩幅は重鎧のラインがそう見せるものらしく、実際には細見の体型をしているようだ。
――アーサー。AO最強の戦闘系同盟《円卓》のリーダーにして、それを率いる実力を十二分、いや二十分ほどに兼ね備えている最強の剣士。
俺と灯里とマツリのかつての仲間で――今でも果てしない天井を目指して競い合うライバル……と俺は思っている。
俺達の来訪にしんと静まり返ってしまった飯屋のスペースを占拠しているのはアーサーの仲間、《円卓》のメンバー――。
「……」
――いや、それだけではなかった。総勢十六名。そのうち十名は間違いなく《円卓》所属。知らない名前は一つもない、全員がサーバー最強クラスの猛者だった。
《円卓》のメンバー数は確か二十九人。そこから考えると少し少ない気もするがここにいるのは上位メンバーばかりなので、メインクエストを迅速に攻略するために少数精鋭を更に突き詰めた結果がこうなのだろう。
あれ、あの人確か女性アバターだったよな……。気にしないことにしよう。
残りの六名の名前も、俺は全部わかる。だが彼らの所属は――。
「――《ベルセルク》、だね」
そう。マツリが所属する大規模同盟、《ベルセルク》の上位メンバー。彼らがこうして《円卓》と同席しているということは、つまり――。
「……マジかよ」
エイブルの調査票にはこの競争において《円卓》と《ベルセルク》の脅威になる冒険者の名前なんてありはしない。
――俺達を除き。
よってトップ同盟ゆえにそれほど仲の良くない両者が手を組んだのは、驕っていると言わざるを得ないが俺達に対抗するため以外にない。
「……詳細はセントレアにいるマツリに訊いてくれ」
基本的に無口な男、アーサーは連合について言及を避けた。
――乗り気じゃない。ということがなんとなく伝わった。コイツは言葉数は少ないのになんとなく気持ちがわかってしまうタイプの男なのだ。
その静寂をぶち破るように立ち上がり床を踏み鳴らしたのはアーサーの向かいに座っていた大男、名はバルクホルン。
もしかして二メートルはあるんじゃないかという巨躯がズンズンと歩いて来て俺の前で仁王立ち。バルクホルンは不敵な笑みで厳つい顔を崩すと、俺に握り拳を差し出した。
「よお、俺と一勝負しねえか?」
日曜に更新したい!




