1-27『虚構で満ち溢れた空間』
「はーあ。これがホンモノだったらなあ」
そう呟く謎の組織《アインズ》のメンバー、エスの姿を部屋のスペースを占領している龍の薄く透ける身体越しに捉えることができる。
そう。魔族の召喚師程度の召喚スキルでは伝説上の、ホンモノの怪物を呼ぶことなど到底不可能なのだ。ここにいる龍と狼はその模造品の亡霊。
自然に出現する幽体モンスターよりも『密度』の濃い体を持って顕現しているものの、世界に氷河期をもたらすような力を有しているとはとても思えない。
灯里と視線を交し合い、ハンドサインで俺の初動を伝える。『――タゲ取る』。あとは流れだ。
「――こっちだっ!」
《フィンブル・ファントム》が攻撃開始の合図をするかのように再び咆哮をあげたのに合わせて、敵集団全体を包み込むように聖属性魔法を叩き込む。
幽体に対して有効な属性の魔法。しかし修練が足りなかったか……攻撃範囲をとにかく重視したためこの攻撃で消滅した敵はわずかだ。
でもこれでいい。総勢四十体の敵モンスターの全視線は俺に向いた。これで灯里を戦場から切り離すことで選択肢を増やすことになり、俺は俺で自分の戦いがしやすくなる。
「――」
戦いは力と技術と、そして数だ。これだけの敵の攻撃を無策に受け続ければ、個々のステータス比で優位に立つ俺も一瞬で粉みじんになる。
一対多の戦闘の鉄則は技術をもって直面する『多』を限りなく減らし、できれば一にし順次撃破していくことにある。
よって、まず俺は敵との間に壁を生成した。選んだ素材は環境に最も適した、雪。
幅高さともに十メートルのそれは敵の侵攻を妨ぐ効果は全くない。通行不可領域を移動できる幽体モンスターにとって壁は空気と変わりない。
ただし空気と違って光は通さない。つまり視線は遮られる。
これによって俺を見失った行動規則にバリエーションがない、つまり頭の悪いモンスターがとる行動は三つ。
――何もしないか、他の敵、この場合灯里にターゲットを移すか、俺のいるだろう位置に移動するか。
灯里の所持するユニーク背中装備|《片翼の堕天使》は当然ただの防寒具というわけではない。
基本能力として隠蔽スキルへの高レベル補正があり、常在型スキルの《察知》、起動型スキルの《索敵》を減殺する効果がある。現れる敵達がまず俺に目を付けるのはそのためだ。
これらのスキルに関わる『気配』というものは視覚、匂い、音、温度、空気の流れなど、五感が受け取るあらゆる要素から成り立つ。
探知系スキルの得意分野も種族によって異なり、不得意分野の情報のみで索敵を行おうとするとそれが高レベルであってもなかなか上手くいかない。
幽体の特性は変身対象に寄るので、狼種である《フェンリル・ファントム》は匂いや音に対し高い感受性を持つ。視線が封じられようとも、敵は俺の大まかな位置を捉えているはずだ。
だがどんなに嗅ぎつけようとしても、閃光に乗じて上手く気配を絶った灯里を発見することは出来ないだろう。それゆえ彼らのターゲットは依然俺に向いている。
――俺を確認しようと分厚い壁を通り抜けてきたのは狼が四体。彼らが最期に目撃したのは頭上に落下してくる俺の姿だったろう。
雪で出来た壁は三方からはただの垂直にそり立った平面だが、俺に向いた面には上部に登るための取っ手が付けてある。相手が飛行能力を持っていなければ、これを伝って上に退避することもできる。
便利だし、他にいくらでも使いようがある気がしてきた。例えばデザインを変え取っ手でなく階段上の構造物にして、一気に向こう側に奇襲を仕掛けることも可能。
ただの障害物でしかなかった壁生成魔法に万能とも思える使い道がありそうで、なんだか楽しくなってくる。
戦況に合わせてどんどん創意工夫していく。数値化できないスキルを鍛えていくには実践を積み重ねていくしかない。
遅れてやってきた雑魚幽体モンスターを何体か始末したところでびゅんっ、と何かがしなる音がした。
「――っ」
反射的に危機感を捉えた俺が後方に飛び退くと、鞭のように振るわれた龍の尾が目の前を通りすぎ、デカくも脆い雪の壁は粉々に吹き飛ばれ跡形もなくなってしまった。
「グルルルゥゥゥルルァァ……」
さらに龍は口を大きく広げ、空気を盛大に吸い込み始めた。龍種によくある範囲攻撃の前段階行動。
――もしあのブレスの属性が氷属性であるなら、今俺の氷属性耐性はダメージとそれに付随するバッドステータス付与を確実に無効化し得る『完全』にしてあるので、全く問題ない。
しかしあれがそれ以外――例えば風か、幽体だから冥属性、単純に龍種だし火属性の可能性も考えられるか――だった場合、威力と持続時間を考えれば手ひどい被害を受けることは間違いない。
安全圏は二十メートルほど後退するか、龍の足元に肉薄するかだ。ブレスのチャージ中は無防備になっているため、これは結構なチャンスなのだが手下どもにまとわりつかれ龍に近付くことができない。
……後退か。
そう判断しかけたそのとき、視界の端に銀色がちらついた気がした。
……後退はなしだ。この位置でいい。この先の展開をやりやすくするため少しでも雑魚を減らしておこう。
「――頼んだ」
「ガアアアアアアアァァ!!」
――龍の吸い込みが最高潮に達しまさに広範囲ブレスが吹かれようとするまさにその瞬間。
ズッコケた。龍が。幽体が高い密度を有しているために盛大な衝撃音をたてて倒れこむフィンブル・ファントム。
「…………うん?」
そのもう止めることのできないブレスが放たれた先には、すまし顔で両腕を組み戦況を眺めていたエスがいた。
「ぎゃあーーーーーーーー!!」
ブレスの属性は風属性だったようで、エスは暴風の塊に呑まれる形になった。
「灯里ナイスだっ!」
「今だよっ!」
聖属性の魔法力を付与した日本刀で龍に斬りかかる灯里の周囲をふよふよと回転するのは、バスケットボール大の三つの黒い球体。
――あれは《片翼の堕天使》の固有能力によって生み出された力場だ。球体の干渉によって引っ張ったり押したり、重さ軽さを変更したりできるらしい。いわゆるサイキック。
単純ゆえに汎用性溢れる効果によって敵の立ち位置や速度まで自分の管理下におき、戦況を思うがままに操作する。
ソロプレイでも十分強力なスキルだが、その真価が発揮されるのは多数のプレイヤーが一つの敵を取り合う状況。
競争相手から敵を引き離し、攻撃スピードを調整して蹴落とす。そのような形で『セフィ』はフィールドレイドボス戦闘において無類の強さを誇っていたのだ。
……俺の所持ユニークは効果量が大きいけど条件が絡んでくるし応用も利かないから、汎用性抜群の灯里のユニーク群はちょっと羨ましい気持ちもある。隣の芝生ってやつか?
二人がかりで攻撃を加え続けると、伝説の龍の劣化コピーはあっけなくライフをゼロにし、消滅した。
フェンリルはひるまず襲い掛かってきて剣閃の前に消えたが、低級の幽体モンスターは親玉の消滅にオロオロしやがて消え去った。
「私、ハルくんの剣にもエンチャントしたと思ったんだけどなあ……」
「これエンチャントも吸って無効にしちゃうんだよ」
――残されたのはズタボロで倒れこむ道化。大の字になってぼーっと天を仰いていたようだが、ショックから立ち直るとしゅっと起き上がってこちらを向いた。
「ふふふ……とりあえずキミたちが卑怯――いや狡猾――違うな巧み――だということはわかったよ」
「なんでもいいよ。逃げるのか?」
できれば本体を攻撃しここで禍根を絶っておきたいところだが……。近くにいないのならどうしようもない。
「その通り。今度の相手も厄介だということがわかったから、次に会うときまでにはどうするか考えるとするよ。ハルとセフィ。それでは――」
「おい待て――」
答えるかはわからないが訊きたいことがいろいろあったのだが――。
「……ギギ?」
引き留める間もなく謎の組織所属の謎男はこの場からいなくなり、デスサイズサモナーと確かに表示されるモンスターがそこにいた。
呆然とする俺達。流れていく時間。
「ギギ!」
――ソイツが召喚を始める前に倒せたのは僥倖だったというしかない。
とりあえず、クエストクリアだ。
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次回は木曜にしたい……ですね。あの男(?)が出ます




