1-25『もっと知らないと』
「――それはお断りする」
容赦なく浴びせられた袈裟切りを長剣で受け流し、距離をとる。
しまった。
……反撃できたし、すべきだった
――名前、セフィ。性別、女性。所属同盟、なし。所属国家、テオドラ王国冒険者ギルド登録の冒険者。
この完全に灯里の外見と情報を持つ眼前の人物が《敵》の変身したものだと理解しているし、この展開を予想してもいたのだが、いざ体面するとこのザマだ。
《雪氷の影人》。この世界に三種存在が確認されている、周りの人間に変身するモンスターの一。見ると死ぬなどと言われるドッペルゲンガーだが、幸いこのダンジョンに出現するそっくりさんは本人の前に姿を現すことはない。
このようにパーティの相方に化けて襲ってくるわけだ。
「――――シンデエェェェェ」
紛れもない美少女の顔が本人に断りもなく底なしの狂気で歪んでいる。それを見せつけられるのは正直気分が良くない。さっさと倒そう。
「――灯里はそんなこと言いませんッ」
振り下ろされる刀に真正直にレギンレイヴの刃をぶつける。明らかに雑な反撃だが、これで十分。
「その刀、錆びてるんじゃないか?」
「ア――?」
パキィン、と強烈な音をたて、ユニークである《真打・政宗》からすると模造刀に等しい刀装備は交錯部分からポッキリと折れ、断片を彼方に飛ばしていた。
また偽灯里の握力は衝撃に耐えられなかったようで、柄を取り落としていた。刀も使い手も本物だったら、あんな適当な反撃はさらっと跳ね除けられ逆にやられていたかもしれない。
「じゃ」
あとは無防備な胴体に長剣をぶち込むだけ。黒く輝く刀身がヒュッと空気を裂く。さらば――。
――あれ。
……刃が敵の肉体に到達する寸前で、俺の腕の動きが止まってしまった。
「これは、マズい……」
斬れない、だと……。
理由は一つしかない。敵が灯里の姿をしていること。たったそれだけで……?
「――ウウウウアアアアアアア!」
「はっ!?」
もはや獣のような唸り声をあげて突貫してきた偽灯里。掌底打ちから肘鉄、回し蹴りのコンボ。
愕然とした気分が抜けきらない俺はそれに何の対処もできず、地面に打ち据えられあまつさえ綺麗な回転蹴りが肩にもたらした衝撃に剣を手放してしまった。
戦闘エリアでは常時かけているダメージカット魔法《プロテクション》。その効果で俺はある程度の痛覚を遮断できているわけだが、プロテクションは一定量のダメージ蓄積を連続で受けると効果が切れる。
クリーンヒットの二発目で『恩恵』は打ち切られ、鋭い蹴りのエネルギーは俺の左肩で爆発し、えぐり取られたかのような痛みが拡散する。
「っぐっが……いってえ……」
最初に痛覚の恐怖を味わってからも何度か攻撃範囲を見誤ったりで手痛い思いをしてきたが、未だに慣れない。痛みに慣れる訓練などしていたわけがないので致し方ないことだが……。
「――シイネエエエエ!」
――のたうち回ってる場合じゃない――
「ガッ――」
捕まった。完全なマウントポジション。さらに敵の両手が俺の首にかけられ、ギリギリと締め付けられる。俺の生命力がジリジリと減少していく……。苦しい……。
銀髪の長いツインテールが垂れて、俺の両肩に触っている。その眼は生気が感じられず、俺を向いてはいるが、見てはいない……。
「シイィ……ネエェ……」
「……」
ミチミチと軋むような音をたてて頸部が圧迫され、酸素が不足してくる感覚と引き換えにして冷静さが回復していくような気がした。
――なぜ、相手が灯里本人でないとわかり切っているのに、攻撃できなかったんだろう。その強さも装備も、全てが紛い物と確認できているのに。
この『見た目』だけが俺の攻撃を止めているんだ。
例えばこれが別人だったらどうだろうか。――想像してみる。
アーサーやエイブル。余裕だ。むしろ三秒と生かしておかない。
マツリ。灯里と同じ女の子だ……でも偽物だとわかっていれば斬れるだろう。この違いは……。
「ウウウウウグウウウウ」
「……」
全くもってコイツの変身は完璧に再現されている。綺麗な顔だ。部屋は薄暗くて、差し込む月明りだけではその全身を眺めることは出来ない。
だが透き通るように白い肌は少ない光を十分に反射して、俺はその形の良い鼻梁や、ぷっくらとした桃色の唇を捉えることができる。
そういえばマツリも、なんやかんや結構可愛かったな。確かまだ十六歳だったか?灯里と張り合うには、もう少し身長か、落ち着きが必要か……。
……何が言いたいのかというと、灯里の容姿がずば抜けているからダメとかそういうものではない気がする。
――友人の姿をした敵を攻撃できるのは単純に、それが本人でないと分かっているから。
つまり俺の思考の奥底では、中央広間で別れた灯里本人と、目の前の偽物に完全が区別できていないということ。そこに躊躇いが生まれる。
――仲間の、灯里のことをもっと知っていれば。灯里はあんなにもいろいろ訊いてきて、俺のことを知ろうとしてくれたのに、こちらからはあまり尋ねなかった。失敗だ。
俺はまだまだ灯里を知らない。だから彼女の存在を識別するにあたり、見た目の要素が欠かせないものになってしまっているんだ。
――本当に重要な『人の識別子』は、五感で測り得る情報を取り除いてなおその人に残るもの。
名前、性別、その他何もかもが現実世界のそれらと同一視できない仮想空間で、俺が信頼していた人々のどこにその要素があったかというと、まさに人の識別子がしっかりしていたからだ。
見た目なんてアイテムを使えば変更できる些細な要素でしかないんだ。
訊こう。教えて貰おう。灯里だけじゃない、アイツらのことも。これから関わる人たちのことを。
いざというときに判断が鈍り、それが原因で仲間が傷つく。そんなことがないように。
――とりあえず、プロテクションを再発動。俺の身体は再び魔法の膜で保護され、首を絞めつけていた物理的圧迫は消え失せた。
声が出せない状況では、やっぱり無詠唱魔法が必要だな。
「――ウウウウウグウウウ?」
首にかかる手をゆっくりと引き剥がし、まだ俺に掴みかかろうとするその勢いを利用して相手の身体を投げ飛ばしてマウントポジションを解除する。
――転がりざまに長剣を拾い、投げられてすぐ反転してきたドッペルアイシアを斬り伏せた。
躊躇は、まだあった。
「……ありがとな」
気付けてよかったよ。教えてくれてありがとう。
――もう一つの起動装置も程なく解除し集合場所であるボス部屋に戻ると、果たして『ホンモノ』の銀髪の美少女は既にそこにいた。
っく……流石だ。これこそ戦士灯里。
「――私の勝ちだね? 賞品はなにかな?」
「考えといてくれ……」
『何にしようかなー』とにんまりとするのを見て、なぜか全体的に得したなと考えてしまった。モノならなんとかしよう……。
王座の間を守護するバリアはしっかりと消失し、起動装置が再起動するまでの時間出入り自由になっていた。
ここで何か訊いとくか。なんだ……年齢か?
「なあ灯里って――何歳?」
「んー? ……十八歳。高校三年生。受験生だったんだよ」
灯里も俺と同じ時期にAOを開始したはずだから、中学生の頃からやってるわけか。マツリは小学生か。何だかなかなか凄いことのように思える。
「……受験生なのに平日休日問わずゲームやってたのか? もしかしてお父さんとケンカって……」
「そうそう。 成績もあまり上がらなかったからカンカンだったよ」
そりゃお父さんも心配するよ。
「ハハハ……まあニートの俺には何も言えないんだけどな。あの……ボス戦終わったらもっといろいろ訊きたいんだけど……いいかな?」
『いいですよ?』と待ってましたとばかりに答える灯里に安心する俺。
お互いボス戦の準備が出来ていることを確認し、パレッサに異変をもたらす元凶が待っている場所へ繋がる扉を開ける。
今まで感じた中で最強の冷気が噴き出してきた。
――さあ、先へ。
漫画を読んでいたら遅くなってしまいました。すみません。
なろう勝手にランキングのタグを貼ってみました。よろしくお願いします。
次は……木曜?




