1-24『氷鏡の宮殿が冒険者にもたらすものとは』
「――やっぱりダメだったか」
冒険者ギルドに提示されたクエストのクリア条件は『巨大魔力結晶が暴走する原因を取り除き、証拠となるアイテムを提示する』、または『巨大魔力結晶の周囲にのみ咲く薔薇《ロス・パレッサ》を採取し提示する』のどちらか。
魔力結晶は王座の間にある。
正面玄関口北の連絡通路を渡り、中央広間のさらに北側の通路、その先の扉を開ければもう目的の部屋に入ることができる。
その間の障害といえば自然発生するモンスターくらいなものなので、俺達は侵入後十数分で中央広間にたどり着けていたのだが、それでボス部屋に入らせてもらえたかというとそうは問屋が卸さなかった。
――魔力障壁。宮殿内の各地に設置されている起動装置からの信号を受け、魔力結晶からの持続的な動力供給を受けて稼働している。
元は外敵の侵入を防ぐための装置だったのだろうが、それが外敵に利用されているのは皮肉な話だ。
「レギンレイヴで斬れたときはいけるか、と思ったんだけどなあ……」
「……アリさんなら通れそうだったね」
この場合壁さえ取り除ければ通行可能なのでなんとかズルできないかと色々試してみたものの、圧倒的に物量が足りないらしくすぐ再構築されてしまい無駄に終わった。
やはりというか、力なきものがダンジョンを攻略するにあたってギミックを避けて通ることはできないのだ。
「じゃあ中央広間に戻ろうか。西側と東側どっちがいい?」
「……東側で」
「ちなみにどうして?」
「……明るいからだよ。西側は月明りだけって、怖すぎない……?」
通路を戻りつつ攻略の分担を決定する。
この宮殿を俯瞰するとアスタリスク記号かあるいは雪の結晶のような外観で、中央広間を中心にして、正六角形の対角線上に太い通路が走る形になっている。
王座の間とエントランス以外は上下階に分かれていて、各階で四方に通路が伸びている。
東側は二階、西側は一階。廊下の突き当りにある部屋に起動装置が鎮座しており、バリアを解除するためにはそれら全てを一定時間内に停止させなければならない。
「暗いのダメなんだ? 俺なんかいつも部屋真っ暗だったから慣れっこだ――よっと」
ガラスの壁から飛び出てきたモンスターを切り払う。手応えはあまり感じられなかったものの、一撃でライフ全損したそれは瞬時に空気中に溶けていった。
パレッサの自然出現モンスターの種類は《幽鬼系》。肉体を持たず、通行不可領域をすり抜けて冒険者を襲う。
一体一体の攻撃力は痛くないのだが物理攻撃に対する耐性がとてつもなく高く、脳筋戦士が無数の霊体に襲われた時は悲惨だ。
もしかするとあのトーレスとかいう宮廷剣士は、その類なのかもしれないな。
「……お、お化けが出てもですか?」
震える灯里。もしかしてホラーが苦手なのか?
「コイツらはお化けじゃなくてモンスターだよ。もし《参照》して何もわからないのが出てきたら……そのときはまあ怖いけど」
相手が何かわかっている限りはどんな敵が来ようとも倒してみせる。
俺は一人であらゆるダンジョンを攻略できるようまんべんなくスキルを鍛えてきた。そのように考えられたのも、俺が手にしてきたユニークによるところが大きいのだが。
このダンジョンで俺達が相対することになる敵のほぼ全てが物理攻撃に強い幽体モンスターだ。
俺がその女性のシルエットをした幽鬼――《レイディ・アン》を単純な剣の一振りで倒せるのは、物理耐性を上回るほどの攻撃力があるとかそういうことではなく、ひとえにこの黒剣の特性のおかげだ。
レギンレイヴは俺がAOで最初に手に入れたユニーク片手長剣装備であり、俺が今の戦闘スタイルを選択しているのに大きく寄与した存在といっていい。
その基本能力はマナ吸収。
長剣の刃が捉えた空間に存在するマナをしこたま吸いとり、一部を俺自身のマナに還元する。
マナを吸収する装備は他にもあるがレギンレイヴは桁違いの吸収率を持ち、これがいくつかの作用をもたらす。
一つ目はマナ回復薬なしでの継続戦闘が可能になるという冒険上の利点。魔法を使わないモンスターでもそれなりのマナを持っているので、マナ切れに困ることはない。
「お化けはお化けだよ……幽霊を切れる剣持ってるから怖くないのかな? ……いいなあ」
「実際は掃除機みたいに吸ってるんだよな」
なぜ無用のマナを持つ者たちが存在するのか。
それはこの世界のあまねくからだを構成するものの源が、マナであるかららしい。
俺達冒険者の血肉も、魔物の肉体、霊体までもがマナを元にして作られている。
だからこそ人と魔は争っているのだ、とゲームの設定紹介のページに書いてあった。
固定化されたマナが形作るものが肉体でありライフ、貯蔵されていて流動的に使用できるものがマジックポイントたるマナ、という感じだろうか。
魔法を使用するときにマナが足りないときがある。その場合絶対に魔法が使えないというとそういうわけではなく、自らのライフをマナ代わりにすることができる。
これを《代償マナ》と呼び、危険だが使いこなせれば起死回生の一手を放てる。
そしてレギンレイヴは敵のマナを吸い尽くした後、この『代償マナ状態』を強制的に引き起こし、次に敵の肉体を喰い始める。
それを本来の剣の威力に加えて敵に押し付けまくるというのが高レベルモンスターに対する俺の戦闘スタイルなのだ。
「――さて、それじゃあ二階はよろしく」
階段のある中央広間まで戻ってきた。
「はい、任されました。集合はボス部屋前でいいかな?」
「ああ。どっちが速いか、競争だな?」
俺の言葉を皮切りに二人とも走り出す。灯里には悪いが階段の昇り降りの分こちらが有利。
これは負けられない!
まずは南東の部屋だ。月明かりのみが差し込む薄暗い連絡通路を爆走する俺に、無数の幽鬼が覆い被さってこようとする。
それらは可能な限り無視。倒した分だけ再出現するし付き合うだけ時間のロスだ。灯里も同じ戦法をとるはず。
幽体の波を置き去りにし、廊下の突き当たりにある部屋へ扉をぶち破る勢いで侵入する。
後ろ手に扉を閉じしばらく声を潜め身構えたのだが、出入り自由な幽霊たちもこの部屋には入ってこないようだった。
「ふう……出現範囲に忠実なのか、この部屋自体の影響か――あ? ぬわあっ!?」
びっくりした。決して怖がったのではない。ただ驚いただけだ。本当だよ。
誰もいなかったはずの眼前に人形が――いや人間だ――立っていた。
日光を弾く雪原のように輝く銀髪。
その前髪に半ば隠された若葉色の瞳は、どことなく虚ろ。
漆黒のゴスロリ。黒のタイツ。黒のブーツ。
右肩から拡がりしダークグレーの翼。
つまり――
「……灯里」
「ねえ、ハルくん――――」
「……なんだ?――」
よく聴こえなかった。
彼女が両手で握るは確認するまでもない、恐ろしい刃渡りと紋様を持つ日本刀、正宗。月光を反射し神秘的に輝いている。
下から上へと切っ先で半円を描くように持ち上げていく――
「――――シンデ?」
ブックマーク、大変嬉しいです。
次回は……土曜日。だと嬉しいですね




