1-22『雪中会話その②』
――食事を終え、現在は二人で焚き木を囲んでいる。
「灯里がいなかったら、今晩の食事は肉と豆だったかもしれないな……」
もしかすると炒り豆も美味いのかもしれないが……なんだか良い予感がしないので、できる限り避けたい。
「……どうしてみんな、旅をしてるんだろう?」
「どういうこと?」
唐突な灯里の疑問。今の食事で、何か思うところがあったのだろうか?
「皆競ってメインクエストに参加しているけど、別に商工ギルドに入ってセントレアの料理屋さんとか、村の雑貨屋さんになってもいいでしょ? そうすればモンスターと戦うって危険な目にあう必要もないし、ご飯だって街のおいしいものをいつでも食べられるのに。なぜなのかなって」
現在どれほどのAOプレイヤーが西の王国テオドラにいて、どれだけがメインクエスト攻略に参加しているかわからないが、エイブルの熱心な観測によるとその数は千人を下らないらしい。
「まあ、そうだな……既にそうしてる人もいるんじゃないか?」
相場師の大男はさっさと東の果てに逃げてしまったし。
「うん。この《黒骸布》を仕立て直してくれた裁縫師の子は、戦わないって言ってた」
「仕立て直しなんて、そんなことできたのか……」
灯里の纏うひらひらの黒いドレス。ゲーム上では確かに女の子が身に着けるに堪えない、ただのボロボロの布きれだった。妙だなとは思っていたが……。
「アイテム名から大きく形を変えなければ大丈夫みたい。《黒骸布・ドレスフォーム》って感じかな」
「なるほどね。まあアレそのまま着てたらヤバいしな……メインクエストの話しますか」
「――まずは《宿願の魔杖》の力で元の世界に帰るって明確な目標がある人だな。ただこれに分類される人達の、競争における今の順位は、第二集団とその後ろくらいだと思う」
なぜなら転移による混乱への適応に時間がかかり、スタートが遅かったからだ。どうしようもないことだが。
「トップ集団の杖の使い道は多分もっと現実的で、例えばアーサーなんかは……俺が思うに『剣術スキルの上昇』かな」
アイツならこれで間違いない。全金貨を賭けてもいい。
「スキルの上昇って、『一』しか上がらないのに?」
「アイツの剣術は二千五百越えだから、一でも十分意味があるよ」
剣を振るだけで上がる剣術スキルだが、スキル値二千を越えるともはや『振るだけ』などとは言えなくなる程に経験値が上昇しない。
一段階上昇させるためには約百時間もの戦闘が必要。よってアーサーにとって一のスキル値は黄金にも勝る恩恵だ。
「この世界で最初に出会った男――タカユキって人が言ってたんだけど、今の俺達にとってこの状況は『ゲーム』の延長なんだ」
「……ゲーム?」
「ゲームといっても『遊び』という意味じゃない。ルールがあって、それを通じて勝ち負けがあって、そして自分の進退が決まる……上手く形容できないけどプロスポーツ選手にとってのスポーツとか、そんな感じかな……?」
「俺はAOが世間的には決定的に遊びよりの存在だったのを否定できないけど、その中でも特に熱中していた人々にとっては少なからず自分の意義を賭けて行われていたと、俺はそう思う」
「ハルくんみたいな?」
「……そうそう。そういうクエスト脳のヤツらが突然ゲームと同じ世界にやってきたら、第一に考えてしまうのは『何をしたらリザルトが良くなるのか?』ということだ。バカだろ? ――灯里はこの世界に俺達を呼んだヤツがいるとして、それは誰だと思う?」
偶然世界に穴が開いて、偶然AOプレイヤーが飲み込まれてと、そんなことは有り得ない。なんらかの意図と俺達が今ここにいる理由は繋がってなくてはならないはず。
「へ? ええと――かみさま?」
「うん、それが正解だと思う。正確には人間側の、かな――呼ばれた領域からして。ソイツが俺達を呼んだ理由は簡単に推測できる。『魔王』を倒すためだ」
魔王。それはAOのサービス終了がなければゲーム上で冒険者の前に立ちはだかるべきだった存在。
「それって……ゲームで実装予定だった?」
「ああ。王国はめちゃくちゃ平和だから魔王なんてまだいない。ただ『上』のヤツらが考えてる、これからの冒険者の役割はきっとそれなんだ。まあ、そんなのあっちの勝手な押し付けでしかないけど」
「確かにいきなり呼びつけて魔王倒せはないよねえ」
「そうだよな。でもこの『クエスト』はやらなきゃマズい類のものって俺は考えてる。ゲームではそんなもの当然ありえないけど、この世界では魔族の侵略がこの瞬間も実際に起こってて、それを解消しなければ良くない結果が待っている」
例えば現在パレッサを中心にして起こっている異常気象を放置しておけば、この寒気はいずれ世界を覆いつくしてしまうだろう。御伽話に出てきた龍の寝息が如く。
「トップ集団は内心それに勘付いてて、だから真っ先に戦おうとしてるんだよ。新しい自分たちの居場所を守るために。多分。……俺は違うけど」
「えええ? いちばんにクリアしようとしてるのに?」
「だって戦いたくないか?魔王。俺アップデートかなり楽しみにしてたんだよ」
ゲームでは、ほとんどの敵は俺のパターン化された狩りの対象でしかなかった。例外もあるにはあるが、あそこは敵の強さのわりに収穫が少なすぎて通う気にもならなかった。
魔王がモンスター最強の存在だというのなら、その戦闘は相当『理不尽』で、白熱するものになるはず。ゲームでは。
「……じゃあハルくんはどうして頑張ってるの? 確か女神さまに会うんでしょ?」
「ああ。で女神にカミサマってヤツを呼んでもらって、文句の一発を入れる。それが俺の目標だ」
「……なんで? かみさまに攻撃だなんて、それって凄く危ないよね?」
灯里様が胡乱な目つきになってしまわれた。
「ぐ……、それは……やつあたりだよ」
俺は語った。転移直後、敵の襲来、魔導士――ノームズの消滅を。
「俺の弱さが許せない。あのとき俺がいろんな意味で強ければ、ノームズを助けられたはずなんだって……どうしても考えてしまうんだ」
「うーんでもそれは……ハルくんのせいじゃないよね? 逆にハルくんがいたからその場がなんとかなったんだよ」
連弩使いの男を思い出し、苦笑いしてしまう。同じことをその場で言われたよ、と返答する。だが魂の残り火が砕け散るあの瞬間は今も俺の記憶に焼き付いて消えてくれない。
「で、こんなことで文句言えるの神くらいしかいないだろ? やり場のない怒りをどこかで発散しようとしてるバカのしょうもない意地。それがほとんどすべてだよ」
「そう、なんだ……うん。そろそろ、寝よっか?」
灯里は俺に背を向けて、用具箱から束ねられた木の棒と、接続用の金具を取り出した。あれでハンモックを作るのだ。
――態度がかたくな過ぎて、呆れられてしまっただろうか?
振り向いた彼女は手をぐいっと伸ばして、取り出した棒と金属のうち俺が使う分を押し付けてきた。その眼は真っすぐ俺を見据えている。
「――キミの今までの後悔は、背負ってあげられない。それにハルくんがどんなに強くなっても、またどこかで誰かを守れないって場面、きっと来ると思う。……でも、そのときは私が守るから。だからこれからは大丈夫だよ」
そう言って笑った。
穏やかだが、決意の込められた表情。やっぱり灯里は……強い。強い理想が生まれるわけだよ。
「……ありがとう。俺も灯里の大切なものを守れるよう、頑張ってみるよ」
そう返すと灯里は『だったら……』と言った後なんだか怒ったような表情になってしまい、ハンモックの組み立てに集中し始めてしまった。
だったらの先に何か呟いていたはずだが、聞き取れなかった。仕方がないので俺も寝床を作ろう。
ちなみにハンモックを作るスキルは、ない。
次回は土曜日に投稿できたらいいなと考えています。
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