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1-20『下振れは記憶に残りやすい』


 ――ニヴルウォームとの鬼ごっこ。

 加速減速をたくみに利用して飛び掛かってくる敵を翻弄し、しばらく逃げ惑うと前方に岩肌の斜面が見えてきた。

 俺達の現在地はおそらく雪原中央部。確かこの辺りにはちょっとした岩石地帯があったはず。だが連夜の猛吹雪で一帯に相当量の雪が積もっていて、目に映る風景は地形図と全く一致していない。

 もしかすると、あの丘に見える斜面は岩山の天辺部分かもしれない。


「しっかり捕まってて!」

「うんっ」


 ソリがデコボコした岩肌に乗り上げると途端に姿勢が安定しなくなり、底面がガタガタと音を鳴らす。

 ある程度の高さまで登ったところで停止し、振り返るとニヴルウォームたちは丘と雪面の境界線手前で旋回していて、そこを越えてくることはない。硬い地面の上では行動できないのだろうか、跳んで追って来たりもしないようだ。やはりこの下は通り抜けすることのかなわぬ分厚い石の壁なのだ。

 獲物にまんまと逃げられてしまった龍族はしばらく雪面をうろうろと蠢いていたが、やがて反転して元々いた地点へと去っていった。


 再び手綱を揺らして前進。この雪原には他にも肉食のモンスターが生息しているが、ニヴルウォームのような質量と速度を持つモノはいない。よって外敵という面での脅威はこれ以上ないと言い切っていいだろう。


「次の中継地点でキャンプにしよう」


「この感じだと目印も埋まってそうだね」


 確かに。中継地点といっても目印となる旗があるだけで休める建物があるとかそういうものではない。あったとしてそれも埋まるが。


「まずは旗掘りからか――――――へ?」


 ――浮遊感?

 床がなかった。丘の向こう側にあると思っていた下り斜面はスパンと切り取られていて、つまり俺達は自ら崖を飛び降りてしまったのだ。


「――うーん」


  高さは十メートルほど。助走はできていたので今は放物線を描くような落下姿勢だ。灯里と一緒に立ち上がって最低限衝撃を緩和できそうな姿勢に。というよりその程度しか時間がない。


 犬たちが無事着地したのを見届けた直後に、全身に衝撃。やはり地面がやわらかいからか、ダメージはそれほどでもない。

 にもかかわらずソリは大きくバランスを崩し、俺は灯里を伴って再び宙へ投げ出された。


「……下振れだ(ツイてない)な」

「あるあるだねえ」


 

 ソリを確かめると、右のエッジが中心からポッキリといってしまっていた。木製の組み立て式だが品質は粗悪というほどでもないはずだが……。不運にもクリティカルなダメージが連続したというところだろう。


「ともかく、灯里の判断は正しかったな」


 予備はソリは一人一つ。またどんな災難に見舞われるかわからないので、この分だと残りの行程も二人乗り確定だ。


 今度は操縦性を考え俺が前に乗る。そして灯里が後ろに乗るわけだが、掴まるにしてはやけに力強く手を回してくるので、なんというか。ふくよかな。

 エイブル、灯里は着痩せするタイプだぞ。


「……やっぱり別々のソリの方が……」

「どうして?」


「……いや」


 言えねえ。

 雑念を打ち払って雪原を進むしかない。



 ――休憩を挟みつつ移動を続け、そろそろ本日の目標地点に近付いてはずなのだが、視界は見渡す限りの白。一体どれだけ雪が積もったのか、決して背の低くない旗なのだがどこにも見当たらない。

 陽は既に沈みかけで、ちらちらと雪風が舞ってきた。心なしか周囲を漂う空気の冷たさが増しているような気もする。猛吹雪の夜が迫っている。


「さて、どこにいっちゃったんだろうねえ」


「うん……」


 探す手段はいろいろある。広範囲魔法で手当たり次第に雪をどかしていくとか。きっとこの広大さではマナが足りなくなるだろうな。

 犬に探させることもできる。匂いさえがわかればだが。今は手がかりとなるアイテムがないので拠点探しには使えない。


 まあ、必ずしも中継地点でキャンプを製作する必要はない。用事があるのは旗の下に埋まっている箱の中身でしかないし、最悪それがなくても不便なだけだ。なんといってもシェルターは自前だからだ。


「……む」


 しかし暗くなってくると共に、『その場所』と周囲の差が浮き彫りになってきた。地面が発光しているのだ。そういえば旗はマナに反応して光を放つ素材でできているのだった。


「私が掘るね! 《ウィンド・ストーム》!」


 位置を確認した灯里が間髪入れずに魔法を繰り出す。強まってきた風さえも蹴散らす広範囲の暴風で重みで固まった雪さえも軽々と吹き飛んでいき、旗を中心にして雪原に円錐状の大穴が開いた。


「……流石」


 俺が剣士よりの魔法剣士ビルドなら、灯里は魔導士よりの魔法剣士。もちろん剣術スキルの値も相当なものだが、彼女の魔力値(INT)は純粋な魔導士顔負けの高さに違いない。

 俺の魔法は牽制や敵の思考(AI)誘導に使うのが主なので、自慢できるほどの魔力値はない。こっちも鍛えないとな……。


 旗の下、雪原の本来の高さといえる更に固い雪を掘ると、金属製の箱が姿を現した。この雪原各地に埋まっている箱には、セントレアとパレッサの観測所を往復する兵士の計らいで調理器具や寝具等の、なんやかんや役立つアイテムが納められているのだ。

 

 箱を持って穴から脱出し、適当な場所を見繕って今夜の宿を作成することとする。


「それでは――《シェルター》」


 シェルター。雪洞かまくらを作る魔法。本当にそれだけのスキル。一応風属性魔法で風属性適正に修練値が入るので、このスキルでトレーニングをするプレイヤーは結構いたという。

 無数の風圧が機械的に地面の雪を切り取っていき、ブロックを螺旋状に積んでいく。     

 この魔法、しっかり出力を管理しないと雪の形が歪になってしまう。思ったより繊細だ。その維持に集中力を使わせられた。結構マナの消費もキツいぞ。

 たっぷり十分ほどかかって、ドーム状の建造物が完成した。


 犬たちも引き連れて中に入る。言うまでもなく白い。雪面を切り取った部分がそのまま部屋になっており、内部は四角い入り口部分と、一段高く造られた円形の居住部分で構成されている。

 街の宿(ホテル)と比べても悲しいだけだが、外気温からは隔離されてる感じはありなかなか過ごし易そうな雰囲気だ。


「ふう」


「……ほとんどハルくんが操縦してたもんね。お疲れ様」



 今日も長い旅を終え、ようやく落ち着くことができる。とりあえずは――

 

「「晩御飯」」


 二人の声が重なってしまった。顔を見合わせ、笑う。腹減った。



ネット小説大賞五参加後初めての投稿。次回は月曜になるかと思います。

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