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1-18『俺の妹妻を越えていけ』

 加速魔法ヘイストの助けがなければ徒歩で登り切ろうなどとは到底考えられない勾配を、一足飛びに駆け抜けていく。

 《シグニュー峠》。今俺達が走っているこの道は、テオドラ王国の代に整備されたものではないらしい。昨日の夕飯の席で、暇そうにしていた給仕が一人の俺に絡んできて、頼んでもいないのに峠にまつわる昔話を披露してくれた。



 『――テオドラ王朝興りし前のそのまた昔、今はセントレアとニヴルと呼ばれる二つの大地は東の世界樹がどこまでも連なっているような壁で分かたれていた。壁の上は魔王の僕《氷邪龍フィンブル》の寝床であり、月が昇る度に漏れ出る寝息は王国を覆いつくし、あまねく御神の子供たちに眠れる夜はなかった。

 十人の王子で最も勇敢なる男シグムンドは兄弟の手を取り立ち上がった。彼が兄弟、配下数十人を引き連れて険しい壁を登ろうとすると、フィンブルの手下のオオカミが群れをなして襲い掛かってきた。両手を封じられた仲間たちは次々と大地へ落とされ、シグムンドがついに壁の上に到達したとき彼の後についてくる者はいなかった。

 シグムンドが女神より賜りしつるぎをもって邪龍に斬りかかると、その怒りが雷鳴となって壁を打ち砕きそれが今日こんにちの峠となった。恐れをなしたフィンブルは北の果てへと逃げ去り姿を消したが、今も大陸の裏に隠れている。いつもより寒い夜は彼のものが怒りの寝息を漏らすからである。

 大陸に安らぎの夜をもたらしたシグムンドは大王となり、のちに妹を妻に迎えるとその女の名を自らが拓いた道に付けたのであった――』



 このような話はゲームでは全く語られなかったが、この世界にはこの類の伝承が腐るほどある。つまりアーヴには俺達のまだ知らない、大陸の始まりから現在までの歴史があるのだ。この旅が終わったら、それを探しに行くのも悪くないかもしれない。


 ――俺達は囲まれている。龍の手下のオオカミではない。鉛色をした無数の翼竜、《ブライバーン》。この峠の守護者たち。

 頂上までの道自体は、馬が通れないということは全くない。しかしこのハンターは乗り手の守備範囲の外、走っている馬の脚を捉えるのが実に上手いらしい。山道は決して広くないのでバランスを崩せばたちまち滑落の危機を迎えてしまう。


フィールドモンスターはダンジョンモンスターと比べあまり強化されていない。なのでレベル七十のブライバーンは体当たりの質量を除けばあまり脅威とはいえない。

 よって俺達は近付いてくる翼竜を斬撃や魔法で落としつつ、時には道ではない斜面を通って短縮を図りながらいわゆる壁の上を目指しているのだった。

 既に半分以上を踏破し、ふもとではびっしりと山肌を埋め尽くしていた木々が次第にその数を減らしているのがよく見てとれた。


「もう、ちょっと、だっ。――大丈夫?」


「ふっ、はっ、うんっ」


 後ろをついてくる灯里は相当キツそうだ。俺もかなり息が上がっていた。今すぐにでも休憩を取りたい俺達だが、それはできない。この杖争奪戦レースにおいてそれぞれが考えていた、そして二人で計算しなおしたスケジュールは絶対だからだ。

 

 ――ついに動植物の姿がない地点まで来た。獲物がいないからかブライバーンもここまでは追ってこないようだ。

 ここから頂点へと続く道で人の通るべき部分は、時間稼ぎをするかの如く右へ左へとうねっている。何百メートル進んでやっと数メートルずつ登れるというわけだ。生真面目に付き合ってなどいられない。


「灯里、真っすぐ行く!頑張ろう!」


「んっ!」


 ――俺はほぼ垂直に近い斜面を蹴り、一気に駆け上がって右手で崖の縁を掴む。見下ろすとまさに灯里が同じようにして飛び上がってくるところだ。

 左手で彼女の伸ばした腕を掴み、上へと持ち上げる!

 灯里が昇り切ったのを確認し、俺も上へ。まだまだ壁はある。灯里を追い抜き次の壁。

 ――昇って掴んで、持ち上げる。これを壁の分だけ繰り返して、俺達は蛇行する通常ルートを完全に無視し、登りの終着点にたどり着いた。地面にへたり込む俺達。


「がっ、はあ、はぁ、はぁー。終わった」


「ふぅ、ふぅ、ハルくん凄いね力持ち……」


 ちょっと前まではもやしの根っこだったのにな。筋力値《STR》を鍛え上げた無限のダンジョン生活に感謝。

 折角稼いだ時間を休憩に費やしてなどいられない。二人の息が整ったところで立ち上がる。冗談めかした表情の灯里が両手を伸ばして補助を求めてきたので、引っ張ってやる。

 急かして悪い、と言うと


「もう、謝るの禁止ー」


 と返されてしまった。それにゴメンと応えてしまう俺。笑われた。

 これからもきっと、何度も謝ることになるんじゃないかな。なぜかそう思った。


 残りのもう勾配とは呼べないちょっとした傾斜を歩ききると、前方を遮っていた土の色は視界の占有率を大幅に下げ、代わりに支配的になったのは圧倒的に、白。

 空気は冷たいが雪風は止んでいて、むしろ蒼空は晴れ渡っている。汗の引いていく感覚が快いくらいだ。

 雪原の遥か先に、白い塊が渦巻いているのが見える。あそこが俺達の目的地、《パレッサ宮》。迷宮近くの観測所では監視の兵士たちがやきもきしながら冒険者の到着を待っていることだろう。


 今のところ計画通りか、ショートカットのおかげでそれ以上だ。ひとまず俺達がすべきは、この山を下りきること。そして陽が落ちるまでに雪原の村にたどり着き、新たな『足』を手にしなくてはならない。

 途切れてしまった加速魔法をかけ直し、先に駆け出した灯里の背を追う。物凄い加速感が俺を包む。

 ――下りは楽しめそうだ。

なんとか書けました。


PVが増えていて、とても嬉しいです。ありがとうございます。

これからもぜひよろしくお願いします。

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