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1-16『レッドアイズダブルアックスワーウルフ』

 

 ――その大斧は発泡スチロールで出来ているのではないか?そう思わせるほど赤フードが描き出す二振りの軌跡は速く長い。しかして切り口が生む風切り音は激しく、斧の重量をしっかりと物語っていた。

  通り魔の振るう斧はなぜか《参照》が効かない。モンスターの使う武具一つ一つでさえ個体値が存在し、それは誰でも読み取れるはずなのだが――。


 右の斧を避け、左の斧を弾いて隙を作るべく長剣レギンレイヴでそれを受けると――想定以上のパワーが衝突部分から伝わり、受け流す間もなく俺は明後日の方向に吹っ飛ばされた。

 きりもみ回転をなんとか制御して頭からの落下を防ぐが、大斧使いは武器の重量を無視したような速度で俺との距離を再び詰めると、俺に体勢を立て直す暇を与えないようスイングを再開してくる。

 

 これは――。いくら斧と剣で重量やダメージ補正値に差があるとはいえ、今の吹き飛び方は異常だ。

 俺は、この襲撃が異常現象に関連してるとかこいつが新種のモンスターだとか、そういう可能性を早々に切り捨てていた。

 ――これはあの斧が持つ特別な効果エフェクトか、やつの持つスキルに由来する現象に違いない。


 そう考えるのは実際心当たりがあるためだった。というより声を聴いた辺りでうすうす気づいてしまっていた。


「そうなると」


 とりあえず逃げる。相手に背を向け一本の狭い路地に飛び込む。

 そして意識の回路を戦闘モード(オン)から中立モード(オフ)に切り替える。アレを倒す必要はない。命を大事に。と自分に言い聞かせていく。

 どうやら俺は自己暗示がまあまあ上手いらしい。急速にある種の興奮状態が収まる。


「逃げるなーっ」


 追いつかれた。答え合わせのためにどの一撃を受けるべきか、戦斧の乱舞を見極める。路地の横幅のおかげで、あの巨大斧を振る方向はだいぶ制限される。

 ――片方の斧が軌跡の後半に至り、次なる斧が垂直に振り下ろされるその瞬間。

 俺は長剣を水平に保ち、その峰を右手で支える。完全なる防御の構え。

 グワァン!と剣が折れるのではないかと思えるほどかち合った部分が響き、その衝撃に靴底が摩擦音をたてる。

 だが今度は、しっかりと受け止めることができた。


「……ふむ」


 ――わかった。未だアイテム名は見えてこないが、間違いない。あれはユニーク双斧《ラブラウンダ》だ。

 その固有能力は攻撃力の強奪。あの斧で攻撃が行われるとき、その対象が使い手に敵対していれば、攻撃力を問答無用で半分奪う。奪った攻撃力は斧のダメージ補正に加算されてターゲットを襲う。

 つまり単純計算、アレに真っ向勝負で勝つのは不可能。打ち合いにおいて最強の武器だ。

 中立の相手には力の強奪こそ発動しないものの、斧本来の攻撃力が失われるわけではないので攻略法というものでもない。


 ――ただ使い手が()()なので、今は付け入る隙がある。


「くっ――」


 バックステップで大きく距離を取る。苦戦のふりをしたつもりだったが、相当わざとらしくなってしまい己の演技力を呪う。しかし猪突猛進な赤フードはそれに全く気付いていないようで、姿勢をさらに低くし突進してくる。


 ――足元の石畳に触れ、ヤツが通る位置を予測する。マナを伝わらせ、遠隔でトラップを生成する。巨大な石壁(ストーンウォール)。それを縮小した石の杭(ストーンポール)。を縮小した、ストーンブロック。というかレンガ。

 ちょうど地面を五センチ盛り上げたそれは、一応地面と一体になっているため意外に危ない。

 足元がおろそかになっている襲撃者はまんまとレンガにつま先をひっかけた。


「へっ――――?ふぎゃあああぁぁぁずべべばばば」


「ほう」


 相手が相手だったが、思った以上に上手くいった。戦いのさ中死角に障害物を生成するのは対『人型』でかなり成果をあげそうだ。こちらも対策も考えないとな。


 うつ伏せで唸っている襲撃者はコートが派手にめくれ、ショートパンツから伸びるしなやかな太ももの裏と、背中の一部を俺にさらけ出している。


「もごごご…………」


「もう終わりで良いか?――マツリ」


 一応反撃を警戒しつつもまたまた現れたかつての仲間を助け起こすと、少女はフードコートを脱ぎ去って怒りからか理不尽にもそれを投げ捨て、深紅のたれ目を無理やりつり上げて俺を睨む。

 赤みがかった黒髪はざっくりカットのおかっぱ。

 灯里のときも思ったが、元の世界の彼女たちの髪や眼の色が銀やら赤だったりするはずがない。明らかにゲームの容姿アバターが受け継がれている。

 しかし体格に関しては元々の情報が引き継がれているようで、ゲーム上では長身かつグラマラスだったマツリの体型は、今ではこじんまりとした平野へいやだった。

 

「なにすんだよぉ!」


 体当たりしてきたマツリの頭をグリグリと抑えつける。

 どう考えてもそれはこっちのセリフだ……。


「……お前こそ、なんでいきなり斬りかかってきたんだよ」


 そう訊くと俺の拘束ロックから飛び退いてくるりと回転し、今度はなぜか照れだす。慌てているように見えなくもない。


「は、ハルに会えたのが嬉しかったんだけど、どうしていいかわからなくなってつい……」


「い、意味がわからねえ……」


 アホであっても物騒サイコな性格ではなかったはずだが……。

 灯里セフィと違いマツリとは同盟クランが解散した後も頻繁に交流していたし、リアルではボイスチャットで毎日のように通話していたので、実際に会ったのが今日初めてという気はまるでしない。

 実にやかましいが自然体で一緒にいられる親友か、もしくは年の近い妹みたいなやつといった感覚だ。


「お前メインクエストやってたよな……まさかもうディアンマをクリアしてここに?」


 そうなると結構な差を追いつかれてしまったことになる。俺達は確実な一歩先を進んでいたはずなので、果たしてどんなカラクリが……。


「んー?飽きた」


「そうですか」


 あっさりと進行放棄ギブアップを告げられた。非常に熱し易く冷め易い性格。長年AOを続けられていたのが不思議なくらいだ。


「そういえば、どうしてラブラウンダが参照できなかったんだ?」


 俺が疑問を口にすると、マツリは凄いでしょ、と薄い胸を張った。


「……マルの発見だろ?」


「うん!」


 やはりか。まるで自分の手柄のように誇っている。

 混乱の魔法(コンフュージョン)をアイテムに使うと、参照が阻害されるというものらしい。対人でもあまり効果のなさそうな発見のように思える。

 特徴的な(ユニーク)武具は外見や性能ですぐ何かわかってしまう場合が多いので、マツリのような使い方は特に有効性がない。そこのとこわかってるんだろうかコイツは。



 マル――マルグレーテはAOアーヴオンライン最大規模の総合(オールマイティ)同盟(クラン)、《ベルセルク》の盟主リーダー

 メインクエストを進行する冒険者にはベルセルク所属が相当数おり、レースの上位を走っている者の半数はベルセルクの幹部を担う実力者だ。

 盟主の彼女はメインクエスト攻略を同盟メンバーに任せ、自身はこの世界の仕組み(システム)を把握するために日夜実験を繰り返している――らしい。混乱魔法の新たな使い道も、無数の試行錯誤によって生まれた発見のほんの一欠片なのだろう。


「マツリはメイン投げ出してよかったのか?マル怒ってるんじゃないか」


 こう見えて彼女はベルセルクの副リーダーなのだ。対モンスター戦闘における双斧の強力さ、物怖じせず前線で体を張る姿勢、そしてもう一つの戦闘向けユニークスキルの存在から《ベルセルクの狂犬》などと呼ばれ恐れられている。


「マルちゃんが行っていいよって言ったんだよぉ。面白いことが起きそうなんだってさー」


 そう言ってその場でくるくると独楽のように回り続けている。マルはメインクエスト攻略――その先にある杖の効力に、あまり期待していないのかもしれない。

 しかし彼女の語る面白いこととは何だろうか。マツリをここに派遣したことに関連しているのだろうか?


「ねえねえ、ここ寒いし別のところで遊ぼうよ。一緒に魔族の領域見に行こうー?」


 今度は俺の背中によじ登り、人の計画を完全に無視した提案をしてくる。お子様が……。確かに魔族の領域は気になるが。


「キミ僕が今何してるかご存知ですかね……。これからもっと寒いニヴル地方に行く予定だし、もう相方も決まってるよ」


「んーんんーー?」


 マツリは理解できない部分があるという態度を隠さず、後ろから俺の首を抱きしめる。絞まっている。


「だからマツリとは――」


 ――俺達以外の誰かが近づく気配がした。俺は言葉を打ち切り、そちらへ振り向く。


「――――ハルくん?」


 ――現れたのは灯里だ。彼女は街に入ってからは人目を気にしたのか、翼ではなくブランケットで寒さから身を守っていた。色はやはり黒がお気に入りらしい。

 今は食料品を詰めた紙袋を抱きかかえている。荷物などインベントリに放り込んでしまえばいいものを、着替えの件といいこの雪風がよく似合う女の子は型破りな発想の持ち主のわりに、形式を好む人物のようだ。


 まず視線が結ばれたのは、二人の少女の間。


「え、セフィ?」「……マツリさん」


 ――その時俺が感じ取った空気は、予想外の再会に対する喜びではなく、緊張。それは磁場のように俺達を取り巻き、周囲に広がっていくような気がした。

 ……なんで?



マツリの一人称はボクです。



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