1-15『銀の抱き枕と紅い戦斧』
――寒い。
意識は不鮮明だが目を覚ますには早い。まだまだ寝足りないし、太陽が昇ってる感じもしない。
手を動かしてみて原因はすぐわかった。掛布団がかかってないのだ。
どこだどこだ……。目の前にはない。後ろか……。
反転して手を伸ばすと熱源に触れた。あったあった。
掛布団にしてはなんだか重すぎるふわふわを引き寄せるとじきに寒さは薄れていき、俺の意識は再び彼方へと飛び立っていった。
――――――――――――
窓から覚醒するに十分な陽の光が差し込んできた。身体が布団から出たくなるまでぼーっと窓の外を眺めていると、そういえばいつの間にか寝る前と逆を向いていることに気付いた。
灯里に触れてしまってなければいいが……。彼女はもう起きてしまったのだろうか?と思いながら、掛布団を取り除くべく右手を動かすと何かやわらかい障害にぶつかり、胸の前辺りからくぐもった声が聞こえた。
……うん、実は何かやけに温かいものを抱いているなとは思ってたんだ。
恐る恐る布を持ち上げると、そこにはボリュームたっぷりの銀髪があった。
完全に俺の抱き枕になっていた灯里は既に起きていた様子だ。俺は身動きが取れないほどホールドしていたのだろうか……。
「おはよう」
胸元から灯里の声が響く。
「はいおはよう。――スマンッッゴガッ」
後方に跳ね避けるとそこは当然床だった。痛え。
「ハルくん――大丈夫?」
ベッドの上から見下ろしてくる灯里。その顔に怒りや失望などの感情は込められていなさそうで、俺は一安心してしまった。
「謝ってばかりだけど、ゴメン」
深々と土下座をする以外ない。
「多分私が布団を取り上げちゃったからだよ。寒かったし、しょうがないよね」
個人的には極刑も免れないのかなと思っていたが、銀髪の天使は少し頬を紅くしつつも俺を赦免してくれた。
――時間は朝七時。俺は民宿の表で練習用の木剣を振るっていた。灯里はもう少し寝たいようで、まだベッドの中だ。
昨夜の灯里の戦い方を思い出し、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。木剣を振るってすぐに精密性が向上するわけでもないのに。
基本属性の魔法を組み合わせてもあの炎の影のような化学変化は起きないだろう。結局俺が考えるべきは魔法をどう近接戦闘と組み合わせるか、という発想に落ち着く。
単なる攻撃手段としてでなく、魔法が起こす現象を利用する。
例えば風属性。この属性の性質は『斬属性の継続ダメージ』、『吹き飛ばし』などだが、地面に向かって放てば――。
俺は小さく調整した竜巻を足元に向けて放ってみる。風の渦は予想通り地面を削り、穴を空ける。
――これで敵までの通り道を作って下から攻撃するのはどうだ!?
……戦闘状況がひっ迫する中で利用できるとはとても思えない。これはボツか。
その後も様々な魔法の活用法を考えてみたが、明らかにダメそうか、一人稽古ではいまいち実用性がわからないものが多かった。今度会敵したときに試してみるとするか。
――――――――
プラウルグを追加の手数料と共に厩舎に預け、普通の馬を借り受ける。並走するならこっちの方がいい。俺が独走してもダンジョンは攻略できないしな。
次なる旅路へ。俺達はノーゼルンの街を発ち、街道をひたすら北上した。
「空気がどんどん冷たくなるねぇ」
灯里の吐息が白くなっている。王国の豪雪地帯であるニブル地方にまだ入っていないにも関わらず、大気は季節感を無視した冷気を強め、細かい氷の粒が時々飛んでくるようになってきた。
「そろそろこれの出番か……」
俺はエイブルから譲り受けた蒼い外套を羽織る。断熱性に優れるその内部は冷気を完全にシャットアウトしてくれている。これなら氷点下のその先まで進んでいけそうだ。
灯里はというと、世界に一つだけの背中装備《片翼の堕天使》を広げ、身体に巻き付けていた。あれで防寒機能があるのかいささか疑問だが、本人は平気そうな顔をしているので大丈夫なのだろう。
途中に存在する村で馬の休息を挟む以外は一心不乱に街道を北へと北へと走り、なんとか陽光が尽きないうちにセントレア地方の北端に位置する商業都市、《オータル》にたどり着けた。
オータルはニブル地方の西、テオドラ王国と魔族の領域を分ける『山脈』から脈々と流れる水源、その中継地点である《オータル湖》に人々が集まって出来た街だ。
王国の避暑地であるこの都市は普段なら数多くの商人や観光客、そして冒険者によって賑わいを見せていたが、今は北方から吹き寄せる絶え間ない雪風によって湖を望む景色は台無し。閑古鳥の状態だ。
俺達はこの街を出たら中央と北部を区分けする峠と、パレッサに続く広大な雪原を越えて行かなくてはならない。この街での準備は重要だ。
ノーゼルンと違い、宿泊先はほどなく見つかった。今度は間違いなく二部屋だ。この時点で十七時。明日は朝一番に出発したいので今日のうちに準備を終えてしまいたい。
観光都市でもあるオータルは広い。二人で手分けしてアイテムショップを回っていくことにした。
街の東側担当となった俺は閑散とした店々を回り、主に光源鉱石や熱源結晶などの消耗品を補給していく。
一通り自分の担当の品を揃え終えた俺は街の女神像が建っている広場へやってきた。この街の女神像は豊満な妙齢の女性だ。その身体はびっしりと雪で化粧されており、相当寒そうだ。
ここより北に帰還ポイントである女神像はない。よってパレッサでクエストを終えれば俺達はこの場所へ戻ってくることになるはずだ。
しかしすっかり暗くなってしまった。周りには人っこ一人いない。この街を中心にして生活を営んでいる人たちがいなくなってしまうと、こんなものだろうか。早く異常気象の原因を取り除き、活気を取り戻さなくては。
さて、自分の仕事は完了したわけだし宿に戻るか、それとも灯里を探しに街の西側にでも行こうかと考えつつ視界を反対方向に移すと――、
「――っ」
――そこにが紅い人が立っていた。
正確には赤いフード付きコートを着る人物だ。その赤は強烈な原色で、裾からは素足が伸び、それを見るとこちらが寒くなってくる。
フードは深く被られていてその中身を窺い知ることはできない。背丈は百五十センチ弱で、体つきからして女性か、少年のように思える。
今初めて気付いたのだが、顔がわからないとステータスが《参照》できないらしい。よって名前もわからない。
――ソイツはインベントリの中を探り、取り出す。二本の戦斧。金と銀。柄の両側から生えた刃がバカでかい。合わせて俺の胴ほどはある。両手持ちにしか見えないそれを、小柄な赤フードは左右の手に一本ずつ握っている。そのまま軽々と持ち上げて見せた。
俺はコトにすぐ対応できるよう、バッグから対抗手段を出せるよう構える。
――コイツは一体……モンスター?冒険者?クエスト?
「――――こんばんわー」
暫定解を出す前に、かなり気の抜けた挨拶と共に襲来者は戦斧に勢いを載せてこちらに迫ってきた――。
好き→女の子とデカい武器。
近々第一話を再編集したいと考えています。よろしくお願いします。
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