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1-14『女子と一緒のベッドか床』

 


 ボス部屋の奥はダンジョンのクリア報酬が転がる部屋だった。金貨や糸素材アイテムなど。

 ボスから直接ドロップするはずの討伐報酬は俺のインベントリには追加されていなかったので、灯里の物になったのだろう。

 

 戦利品をありったけ回収し、部屋の中央に描かれている複雑な模様の上に乗ると、人のマナに感応した転移魔法陣は即時に起動し俺達をダンジョン入口へと運んだ。

 

 ――洞窟を抜け出ると、一層冷たい空気に身体が包まれる感じがした。今は夏が終わって秋が深まりつつある時期なので、これほどの冷気はおかしい。

 この季節外れの冷風は北の方角から流れている。もし誰も北方方面の異変を解決しなかった場合どうなってしまうのだろうと思いつつ、俺達を待ち続けてくれた馬を労うように撫でて騎乗する。


「そういえば、少し進行遅くないか?もう少し先に行ってるかと思った」


 今日の朝一にセントレアを出発していれば、今頃もっと北の街で宿を取っていてもおかしくはないはずだ。


「起きたら十一時過ぎだったんだよぅ……あと途中で馬がね」


 落胆気味に寝坊の報告をする灯里。朝は弱いらしい。


「ゴブリンに?」


「――見たんだ。ううん、あの馬は私の借りた子じゃなくて、ノーゼルンからセントレアに行こうとしてた人の。とぼとぼ歩いてるあの子に私の馬を渡しちゃったから、そこから歩きだったの」


 二人乗りで街に戻るよう促すか、最悪帰還の青い羽を渡し、使わせて安全地帯に返してやればいいものを、その人の目的を優先し自らの馬を渡してやったというわけだ。……お人好し。


 蒼馬と葦毛が並走する。スピードを出すと向かい風が余計冷たくなり、速く暖かいベッドの中で休息を取りたいという欲求を増幅させる。


 ノーゼルンに到着したのはちょうど二十三時を回ったところだった。最終受付時間が迫っていた厩舎に再度プラウルグを預け入れ、予約を入れてあった民宿へ向かう。

 既に先客のチェックアウトも済み、部屋も整えられているはずだ。


 俺達は街の各街路を結ぶ中心地に着いた。灯里がどこに宿泊するかは訊いてないが、今日は一旦ここでお別れだろう。


「――じゃあ、俺こっちだから。明日の集合はここで――」


「私もそっち」


 俺の言葉を遮ってまだ一緒だと伝えらえる。道は五本あり、まあそういうこともあるだろう。

 俺が幸運にも予約を取れた宿は街の外周に近い位置にある。そこに至る路地の前に至り、再び灯里に向き直る。


「それじゃあ俺はこっち――」


「私も――」


 もう分かれ道はないぞ。……まさかな。


 最終的に、俺達二人は同じ建物の前で目的地への歩みを止めてしまった。


「もしかして二十二時じゅうじ過ぎだったら部屋空くって言われた?」


「……うん」


 そう言って灯里は俺が持っている物と瓜二つの予約票を取り出した。


「ま、まあ部屋が同じってだけだ」



「遅かったじゃねえか」


 一秒でも早く業務を終えてしまいたい、という表情を隠そうともしない禿げ頭の主に二人分の予約票を渡し、部屋の鍵を受け取る。階段を上り、奥の部屋へ。


 ドアを開けて中を覗くと――東向きの部屋に机と、ベッドが……一つ。

 ドアを閉める。


「ちょっと待ってて」


 灯里に鍵を渡し、階段を全部飛ばす勢いで降りる。全速力で受付カウンターへ。

 最後の客を招き入れた男は戸締りの支度をしているようだった。


「――どうなってる!? ベッド一つって!」


 他の宿泊客の迷惑にならないようできるだけ声を殺して問う。


「ああん? 二つあるとは言ってねえぞ」


 ……確かに。


「で、でもあの子女の子だぞ……」

 

 俺の狼狽ににやり、と男は胡散臭い笑みを浮かべた。

 

「――そいつのドコが悪いんだ? 寝るだけじゃねえか」


「ぐぬぬ……」


 こいつめ……。何も言い返すことができない。俺達が交わした契約条件に問題はないのだ。


 ……すごすごと二階へ戻るしかない。既に灯里は部屋の前にいなかった。

 きっと中にいるのだろう。ドアを開ける。


「……ぁ」


「すいませんでした」


 閉める。着替えてた。かろうじて下着姿だったが、バッチリと彼女の透き通った白い肌を拝んでしまった。――下着は黒だったな……。

 下から白、黒、白、黒、碧、銀……。宿の石壁に頭を打ち付けて思考を追い払おうとするが、先ほどの光景の脳内侵掠から逃れることができない。

 

「……ハルくん? もう……いいですよ?」


 お許しを得た俺は意味もないのにドアをノックしてから入室する。

 寝巻姿の灯里はベッドの端に腰かけていた。銀髪は一本の太い三つ編みにチェンジしている。

 見渡すがソファなどの、代わりに横になれそうな物品はない。

 

「灯里、本当にゴメン。とりあえず、他にどこか泊まれないか確認してくるよ」


 深々と頭を下げて謝る。

 おそらくどこも空いてないだろう。この部屋が空いたのも偶然宿泊客が街を出る必要があったからで、今からそういうケースが出てくるとは考えづらい。


「ハルくん」


 最悪、床か……。実際床でも野宿よりかなりマシだ。

 以前森の中で野宿した時地面は硬いわ生き物の嘶きは騒々しいわ、背中に虫が入ってくるわで最悪だった。


「ハルくん」


「――ん?」


 思考が巡りすぎていて声が聞こえていなかった。


「もし他に泊まれるところが見つからなかったら、どうするの?」


「その時は同じ部屋で悪いけど、床、かなぁ……」


 灯里は少し考えたあと、ベッドをぽんぽん叩いて予想外のことを言い出した。


「ハルくんもここで寝ればいいよね?」


 彼女からそのような提案があるとは。


「いやそれは……良いのか?」


 もしかしてマズいと思ってるのは俺だけなのか?

 灯里は突然ベッドの上に立ち上がると腕を組んで俺を見下ろす。どうした?


「ではハルくん、あなたが今夜床で寝たとします」


「はい」


 何か始まった。


「目覚めはどうですか?」

「……最悪です」

「次の街でまた部屋が一つしか見つからなかったからどうしますか?目覚めはどうですか?」

「床です。最悪です」

「その状態で全力で戦えますか?」

「善処しますが……難しいです」


「それはパーティメンバーに迷惑をかけていることになりませんか?」


「……むむむ」


 その通りだ。


 おそらく彼女は、俺が感情的な良し悪しの面では折れなさそうだとみて、パーティの利益という数値的な側面で説得しようとしているのだろう。

 再びベッドに座りなおした灯里は、掛布団を引き寄せて体にまとった。


「それとも……何かしちゃうの?」


 ……灯里は自分がセフィではないと言っていたが、彼女の状況掌握術はセフィを超えているんじゃないだろうか。


「……それはない。わかった。甘えさせてもらうよ」


 一瞬で軽装に着替える。着替えの仕方にこだわる人もいるようだが、基本的にこの世界では装備を一瞬で仕舞い一瞬で装着することができる。


「……寝るか」


「うん」


 天井から吊るされている光源鉱石マナランプの灯りを消す。

 ベッドの横幅は二人が大の字になれるほどではないが、不十分な広さでもない。掛布団が一枚しかないが大きめなのでこれも問題はない。

 

 当然お互い背中を向けあう。大きく身じろぎすると背中が当たってしまいそうだ。灯里の体温が伝わってきているような気がする。

 俺の心臓の高鳴りが伝わってなければいいが……。


「ハルくん、明日から頑張ろうね」


 背中越しに声が響く。灯里と一緒ならどんなダンジョンも余裕に違いない。


「ああ。頑張ろう」


 緊張で眠れないのではないか心配していたが、ベッドは主のやる気のなさに反してよく整えられていて、暖かくやわらかい。一日がとても長かったので入眠に十分な疲れが溜まっていた。

 思考のコントロールを解放すると、間もなく意識は闇へと飲まれていった。


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