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1-13『セフィというアバターと灯里という私』

 

 『――俺が女神の戦士(ソルジャー)としてこの世界に君臨する限り、魔操の傀儡共に仲間たちを傷付けさせはしない』

 『俺の意志を妨げる者に与えられるものはただ一つ――絶望だけだ』

 『俺が――最強ファーストだ』


 AO(アーヴオンライン)の『セフィ』はその実力と共に中二病全開のキャラクター性で親しまれていた。

 常にこんな口調だったので相当イタいヤツだと裏では思われていたようだが、その言動に見合う能力を兼ね備えていたのでむしろ人気を博す要素になっていた。


 ――たゆたう焚き木の明かりが、だだっ広い部屋の中心にぬくもりのベールを作り出している。

 戦闘を完全に終了した俺達は、炎を中心に向かい合って座っていた。

 夜が深くなるにつれ、外部から流れ来る空気の涼しさが季節にそぐわないほどの冷たさに変化しているような気がした。

 

 今俺の目の前にいる美少女――セフィの中の人――は明らかにゲーム上の人格セフィと違う性質を持っていると思えた。

 今彼女はバッグから取り出した豚のホットサンド――俺が街で買ったものと同じだ――を焚き木の熱で温めている。

 戦闘の緊張感が抜け、よりぽんやりとした印象が強くなったこの銀髪の女の子があの暗黒時代の権化のようなキャラクターを演じていたとはなんとも驚きだ。


「――はい」


 十分に熱せられたらしいサンドを割って、大きい方を俺に差し出してくる。


「……ありがとう」


 より表面がこんがりしたサンドは味わい深い風味を増していた。



「ところでセフィさん――さっきの『違うよ』って、どういう意味?」


「……」


 彼女はなぜか俺を非難するように目を細めると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 ……どういうことだろうか?まるで理解できない俺が大いに混乱していると、横目に俺を見続けていた彼女は真剣な表情で俺に向き直った。


「ハルくん――ハルくんの本当のお名前は?」


 本当の名前――俺が両親に付けてもらった名前か。


「ハルだよ。天気の晴れではる


 そのまんまだ。本名をネットゲームのプレイヤーネームに使う人はそう少なくもないだろう。


「そっか。ハルくんはハルくんなんだね……」


 そう言って彼女は伏し目がちになる。

 まだ彼女が何を言いたいのかよくわかっていないが、その質問に応えたならこう返すのが礼儀というものだろう。


「――キミの名前は?」


「――あかり。みなと灯里あかり

 

 俺の問いに対し、銀髪碧眼の少女『灯里』はその発声に単に名を名乗る以上の意味を込めている気がした。俺はそれが何か考える必要がありそうだ。

 少しの間の沈黙。灯里は思案の結果を待つように、俺の顔を見ている。


 ――――そうか。


「キミは灯里なんだな」


 戦士ソルジャーセフィではなく。

 灯里の若葉色の瞳がキラリと輝く。――正解。


 オンラインゲームをプレイする人は、自らが作り出したキャラクターに名前を授ける。 それは自分の名前と同じだったり、違ったり、あるいは滅茶苦茶だったりする。

 そしてそのキャラクターでゲームの世界に降り立つ。

 仮想現実における自らの分身は、実際には『自分以外のもの』になる場合もある。それがRPGロールプレイングゲームならなおさらだ。

 

 彼女はAOでは確かに最強の暗黒騎士セフィだった。しかしこのアーヴの大地に引き込まれてしまったのは、どうしようもなく灯里そのものなのだ。彼女の振る舞いがセフィのように見えないのも当然のこと。


「セフィは私の理想なの」


「強くて、みんなを守って導いて……私はセフィを動かしてはいるけど、見ているだけの存在」

 

 灯里の独白。


「あの日突然ここにきてモンスターが襲ってきて――私の名前と装備を見てみんな頼りにしてきたけど、セフィじゃない灯里にはそんな強さも想いもなくて――」


「――みんなから逃げ出して羽に誘われるままクエストを進めて、でも街で会う私を知ってる人はセフィを知ってる人で――灯里の居場所はないのかなって」


「でもさっきの合成魔法は凄かった。あれはこの世界でキミが創り出したモノだろ?」


「うん――想った通りに動けるこの世界ならって色々試してみたら出来て――そうしたらやっぱり、私自身もアーヴをちゃんと好きなんだなって思えた」


「……そっか」


 灯里は、セフィでない自分がここに来てしまったという葛藤からは既に脱していて、ただ周囲が灯里という人格の存在に気付かないことに悩んでいたのだろう。

 ゲームのハルが完全に自身と同一の俺には、一生体験し得ない悩みだ。


「灯里――さんはどうしてここに?」


 彼女は俺の礼儀としての『さん付け』に一瞬、再び眉をひそめたような気がした。


「――ここには何度も何度も来たよね。みんなで」


「……うん」


 その通りだ。何十回?いや百回かもしれない。


「あの頃はセフィも見習いで、ユニークとかレイドボスの一番争いとは縁もゆかりもなくて」


 そうそう。


「ヒカルさんにアーサーくん、マツリさんとセフィと……ハルくん」


「……」


 それは俺が唯一所属していた同盟クランの、たった五人のメンバーの名前だ。今はもうない。一人はある日突然消えてしまった。残りはこの世界にいる。

 エイブルにもらったリストにきっちりと名前が刻まれていた。あいつらの実力なら当然だ。


「もしかすると一番楽しかったかもしれない時の、想い出の欠片に触れられるかなって……ハルくんは?」


「同じだよ。全く一緒」


 他の冒険者も時間があれば必ずここに来るはずだ。それだけの記憶がここにはある。

 そっかぁ……と彼女はなんだか嬉し気にしている。焚き木の熱が思いの外暑くなってきた。


「そしたら馬が留めてあってキミがいて――なあマグマリングゲットしたの、灯里さん?」


 その問いに彼女はインベントリから証拠の宝石指輪を取り出す。


「うん」


 やはりそうだったか。俺は納得した。

 どうやってドレッドラヴァを避けて鉱石を採取したのかと訊くと、敵がマグマに逃げ帰るのを魔法で足止めしその隙に、といとも簡単そうに解説してくれた。

 もちろん普通の魔法でそんなことはできない。


「流石だよ……」


 俺が天を仰いで彼女の強さに感銘を受けていると、いつの間にか灯里は座ったまますすっと移動し、俺のすぐ隣に来ていた。


「ね、ねえ……次のダンジョン一緒にやる人って、決まってる?」


「ん……?――いや一人ソロでやろうかなと」


 メインクエスト第三、第四のダンジョンは二人パーティ用なのだ。

 ダンジョンにはソロ用以外にパーティ推奨とパーティ用があり、前者は一人でも侵入可能だが、後者は規定の人数を集める必要がある。

 一応救済策は用意されており、運営の用意したトークンがパーティメンバーの代わりを務めることで侵入自体はできるのだが、AIがお粗末なトークンではパーティプレイ用に構成されたダンジョンでは足手まといになるばかり。

 一人二役をこなせる実力がなければクリアには時間がかかってしまう。


「観測役の兵士が一緒に入ってくれればだけどな。……灯里さんも一人ソロ?」


「う、うん」


 そう言うと灯里は口を閉ざし、何かを要求するような眼でこちらを睨み始めた。


「じー……」


 彼女がどんな言葉を期待しているのか流石の俺でもわかった。

 『パーティを組んであげてもいいですが、申請はそちらからお願いします』といった感じだろう。申請を俺にさせ状況の優位性イニシアチブを保つ誘導技術。


 いや、多分『灯里』は自分から言い出せないだけだ。俺から誘ってほしいんだ。


 これは渡りに船としか言いようがない。パレッサに到着したとして冒険者の代わりに組んでくれる兵士がいなければ、後続の冒険者を待つしかなくなってしまう。

 さらに最強の実力者リソースである灯里を独占できるのだから、一石何鳥になるかわからない。


「……一つ確認したいことがある。もし《宿願の魔杖》が手に入ったら、どうする?」


「……杖に願ったら、帰れるかな?」


 その願いはこの世界に巻き込まれてしまった人の多くが今も抱き続けているものに違いない。メインクエストを進行する冒険者の中にはそれを目的にしている者も多くいそうだ。


「灯里さんはやっぱり、帰りたい?」


 多分、ムリだ。

 杖の検証結果では特定地点に移動するためにはその場所の正確な名称か、『座標』を唱える必要がある。たとえ杖に俺達を元の世界に戻す力があったとして、俺達は自分たちがいた世界の名前や、ましてや座標など知らない。


 例えば『地球ちきゅう』と唱えてそれが正確でなかった場合、杖はその文言に近い代替の願いを叶えるので地中ちちゅうに飛ばされたり、鶏肉チキンが出現するかもしれない。

 おそらく灯里も、それをわかっているはずだ。


「もし少しの時間だけでも帰れたら……お父さんと仲直りだけしたいな。ずっとケンカ中だったから。ハルくんは?」


「――俺は、帰らない。杖を入手したらこの世界を知るためにその力を使いたいと思ってる。それが俺達のスタートラインだと思うから。俺達が最後のダンジョンまで一緒にパーティを組むかはまだわからないけど、その時は俺に願いを使わせて欲しいんだ。これが俺の条件。――どう、かな?」


 俺と組む場合、メインクエストのクリアで元の世界に戻るという一縷の可能性はなくなってしまう。

 残酷な提案だ。だが俺の目的を果たすため、たとえ相手が誰であろうと妥協はできない。


 それにもかかわらず灯里は穏やかな表情のまま、しっかりと頷いた。


「うん。――いいよ。その時は私もそこに居させてね」


 合意。俺達の協力を阻む障害はなくなった。


「……じゃあ改めて。灯里さん、俺とパーティ組まないか?」


 俺の誘い文句に、灯里は何故か呆れに近い顔をし、両腕を小さく胸の前で交差した。


「……イヤです」


 えええええ。なんで?


「――呼び捨てがいいです」


 ――――、そこかいっ!

 さん付けに特にこだわりはない。すぐさま訂正させて頂こう。


「ゴメンわかった!俺と組んで欲しい――灯里」


 意を決して左手を差し出すと、今度こそ灯里は了解の笑みを満面に浮かべて、俺の手を握り返してくれた。


「はい。よろしくお願いします、ハルくん」


 かつての仲間が、姿を変えて俺の元に舞い降りてきた。


マイルドに改題しました。

ようやく女の子だぜ。



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