1-12『壁の越え方』
「……なんだありゃ」
この世界での戦闘は、当たり前の話だがゲームの時のそれとまるで違う。
三次元描写とはいえRPGでしかないAOでは、自キャラの剣を振るうモーションが縦切りだろうが横薙ぎだろうが戦術的な差異を生み出しはしなかったし、敵をオブジェクト扱いして上に登ったり、攻撃に合わせて下に潜ったりのアクション要素は運営側が用意するボス攻略ギミックを除けば存在しえなかった。
これは描写力の不足に決してあらず、快感を効率よく発生させるためのデフォルメに過ぎない。
デフォルメされた戦闘によって切った張ったのセンスは優劣の決定因子でなくなり、単純なステータスや知識などの埋められる差がそれに取って代わる。それゆえにこの種のゲームは一定数のファンを引き止め得るのだ。
しかし現実以外の何物でもないアーヴの戦闘でモノをいうのは圧倒的にセンスだった。
戦闘スキルによって半自動的に発生する攻撃をさらに確実に敵の弱点へと持っていくための『精密性』。
環境やスキルの見た目に囚われず勝利を得るために活用できる『独創性』など、多種多様なセンスが作り出す『戦闘感』が俺達の生き死にを明確に分けてしまう。
そして『ユニーク』。それがもたらす特異性は基礎数値にかかる倍率に拍車をかけていた。
状況をパターン化し、勝敗から偶然の要素は排除して単純な数値と数値の比較に持っていく俺のプレイスタイルは現実の戦闘にはそぐわない。
俺もアーヴの大地に降り立った冒険者として、試行錯誤して戦ってきたつもりだった。例えば飛んだり跳ねたり――飛んだりだ。
……どうやら俺には戦闘センスが欠けているらしい。今わかった。
目の前で披露されているセフィさんの真骨頂は――俺に今までの研究不足を反省させるに十分だった。
「ギュガガガガゴブブボボボベバババ」
《ヴェノム・テンタクル・ワーム》が外殻の隙間から煙を吐き出して沸騰している。外殻は全くの無傷。また唯一攻撃が通るはずの鎧の開閉部も閉じたままだ。
セフィさんを取り巻いているのは渦巻く濃密な影。ユニーク体装備《黒骸布》が産み出すその闇の魔力は、本来魔族の魔術師が操るものであって、一般の冒険者は扱うことが出来ない。
闇属性魔法の一種である《拘束の影》は、甲虫の外殻の隙間を通ってボスの肉体に到達することが可能だ。しかし影に敵を燃やし尽くす力などない。
敵の肉体に熱ダメージを与えているのは当然炎属性の魔法。だがどんなに鋭い炎を放ったとしても敵の外殻を通り抜けることはない。
彼女は、炎を影に『混ぜる』ことでそれを見事に達成していた。
二体の奇怪虫は一瞬にして外殻を残し崩れ落ちた。その殻も粒子となってどこかへ消えていく。
――魔法の合成。AOには無かった技術。
それだけでは有効に働かない魔法に次なる性質を付加することで、新たな戦術を作れるのか。
さらに敵を倒すためには開閉部をどうにかしなければならない、というセオリーを無視している。
ボスの攻略ギミックはいうなれば試合のルールだ。ルールを守らなければ得点することはできない。
しかしそれはゲーム上の話。現実の命の取り合いでルールを守る必要などない。
「凄いな……」
元々完璧な状況掌握術と『三種』の固有魔法でレイドボス討伐で他者を全く寄せ付けていなかったが、戦術開発においても才を発揮するとは……。
――だが、俺も、この先を走り抜けるために驚嘆だけしているわけにはいかない。
「…………」
セフィさんは俺と蟲から距離を取るためか、台地の反対側まで移動していた。どうやら最後の一体は俺に倒させるつもりらしい。
俺が何をするのか、観察しようとしているのかもしれない。
――今俺に、今までの俺が出来なかった何かができるだろうか?
俺がセフィさんの妙技を観察している間も、俺と対峙していた蟲は突進による攻撃で俺に詰め寄ろうとしていた。それを大きく躱して敵と正対する。
彼女のような発想で敵を倒すのは、俺には無理だろう。まず闇魔法も使えない。
たがセオリー通りにしないと勝てないという、致命的な壁はどうしても越えていかなければならない。
そうなるとやはり『アレ』に頼るしかないのだ。
「――――ふぅっ」
気合いを入れなおしてコンバージョンをさらに三回発動する。
これで俺のライフは敵の攻撃力に対して本当にギリギリとなる。体当たりを一発、そこに触手の一突きでも貰えば――終わりだ。
ゲーム上でのいつものスタイル。結局こうなってしまったかという感じだ。
敵の動きがよく見える。
《背水の刃》によって向上する『速さ』は運動能力だけでなく、認識力や思考力にまで及ぶらしい。
今や触手一本一本の蠢きを捉えることができる。
――ストレートに突貫する。敵のぴったりと閉じられた口に肉薄し、レギンレイヴを打ち付ける。
ガギィン!と衝撃音が響き、開閉部に見えるか見えないか程度の傷を作る。間髪入れずに二、三切り込む。
俺の周囲を触手が取り囲む。鞭のように襲い来るそれを躱し、切り払い、再び同じ箇所に斬撃を加えていく。
俺の防御から逃れた触手の再襲撃が体スレスレを通過する。触れられていないのだがその部分がチリチリとし、冷や汗が流れ出す。
「うおおおおおおおおおっ!」
ガガガガガッと、絶え間なく斬る。
スキルによって強化された剣閃の重みに、ヴェノムテンタクルの巨体が少しずつ奥へと押しやられていく。
この威力を軟体部分に加えれば一瞬でケリがつくのだろうが、俺の鬼気迫る攻撃に開閉部は硬く閉ざされている。
斬り、避け、斬り、払う。さらに加速していく俺の動きに、猛スピードで動いているはずの触手さえついてこられなくなる。
破壊不能の鎧とぶつかり合う刃から、好い感触が響いてくる。いわゆるダメージを与えている感触だ。手応えを勢いに転じて、沈黙する口に嵐のごとく切り込みまくる。
「いけええええええええ!」
――ついに、その時が来た。
殻にヒビが入る。俺の振るう長剣がもたらすダメージの累積が、とうとう外殻の耐久値を越えたのだ。
最後の一撃を、より強い力で叩き込む。
「ギュオ!? オオオオオオオオ……」
不可侵の盾をぶち破った黒剣が深くボスの肉体を引き裂き、決定的なダメージを与える。
その衝撃で蟲の巨体は台座の外へと吹っ飛んでいき壁面を揺らした。
――土煙が晴れると、このダンジョンの主は跡形もなくなっていた。
ダンジョンクリアだ。
「――っはー……」
肺に溜まっていた緊張感を放出する。
――出来た。これまでに挑戦さえしなかった、セオリーを越える戦い方。
俺の力でも、用意されたルールに逆らえる。それにセフィさんの魔法でもあの外殻を破壊することはできないだろう。俺なりのやり方で解を出せたわけだ。
このパワーとスピードなら――どんな壁でも破っていける。そんな自信が持てた。
しかし終わってから考えるのは今更過ぎるが、あまりに危険だ。とてもじゃないが常用できるものではないな……。
あわやダメージをもらいそうになった場面を思い出し、震えが走る。
――背中にふわっとした温かさを感じ、それが速やかに身体の震えを止めてくれた。
いつの間にやら背後に寄っていたセフィさんが、俺に回復魔法をかけてくれていた。華奢な掌から溢れる緑光がすぐさま俺のライフを完全回復させた。
コンバージョンでライフを削っても体調に影響はない。結局ダメージも貰ってないので何か傷が癒えたわけではないのだが、何故かそのヒールは俺に莫大な安心感をもたらした。
彼女は既に太刀と翼を格納し、完全にリラックスした様子だ。
身長差の関係で、彼女の視線は上目遣いで俺に向けられている。その口がゆっくりと開かれる。
「……お疲れさま。あと……久しぶり、ハルくん」
その労いの言葉と再会の挨拶には、回復魔法では生み出せない異次元の回復効果があった。




