1-11『セフィ邂逅』
――彼女は襲い来る妖蟲の巨体や、そこから伸び来る無数の触手をまるで重力を無視したかのように浮遊感ある跳躍で避ける。
時にはその手に構える、彼女の百五十センチ半ばの背丈には大きすぎる刃渡り二尺六寸の日本刀を縦横無尽に振るって、触手の群れを瞬く間に細切れにしていく。
その動きと共にさらさらとそよぐ長髪は月光を浴びて照り輝く銀色。
下ろせば膝の裏にまで到達しそうなそのボリュームは黒のリボンで二つの尻尾に纏められていて、ゆらゆらと猫じゃらしのように動いて何とも言えない魅力を振り撒いている。
前髪の隙間から見えた若葉色の瞳は淡い光を自ら放っているかの如き潤いを湛えている。
醜悪な敵を見据える形の良い眼は、意志の弱さを欠片も感じさせない。むしろこの先の展開を楽しむ余裕さえ映し出していた。
激しい運動によって頬は若干上気しているが、小さな口が規則的な呼吸を保っているため継戦にはまるで影響なさそうだ。
彼女の身体を包むのは黒のゴスロリ。黒のタイツ。黒のブーツ。
更に背中の右側からは彼女の半身を包み込む大きさのダークグレーの片翼が伸び、身体の動きに合わせてパタパタと開閉している。
戦闘でないところにこそぴったりの舞台がありそうな、ビジュアル重視の装備。
一見、そう見えてしまうが《参照》するに彼女の太刀《真打・政宗》、ゴシック《黒骸布》、そして翼《片翼の堕天使》はそれぞれこの世に一つしかない代替不可の性能を持っている――ユニーク装備だ。
「はっ」
――この間十数秒。極限まで研ぎ澄まされた俺の認識力が、彼女の隅々までを観察し情報の分析を完了していた。
「――可愛い」
可愛かった。元引きこもりゆえこんな娘今までお目にかかったことがない。膨大な人口を抱えるセントレアの街にもこれほどの美少女は見受けられなかった。
加えて誰が見てもわかる。彼女は相当な実力者だ。一つユニークを所持していれば相応の努力や幸運が認められるなかで、三つ。偶然を越えなければたどり着けない強者の領域。
俺が手を出さなくとも軽々三体のボスを始末してしまえることだろう。
――だが、こんな子はAOにはいなかった。
『トリプル』以上の冒険者の名前を数えるのは両手で足りる。
そして――あれらのユニーク。勘違いではない。あれはあの人の――。彼女の名前は――?
――ザッ
「――――!」
無意識に一歩踏み出した俺の足音を、黒銀の彼女は敏感に察知した。
二人の視線が交差する。俺が彼女の綺麗な色の眼を見つめ、彼女もまた俺を捉える。
一瞬、刻が止まり、空気も蟲も俺たち以外の全てが動きを止めたような気がした。
「――っ」
「――ええっ?」
はっとした表情の女の子の両目から、涙が流れ出していた。それは頬を伝い、地面に落ちた。
えええええ……。
――わけがわからないが女の子を泣かしてしまった。
俺が、俺が悪いのか?いや視線が交わる寸前まで彼女は泰然とした表情でボスと闘っていたわけだから、あの涙の原因が俺以外にあるはずがない。
だが、だが何故泣く……?
こっちが呆然としてしまいそうになったが、再び動き出した世界がそれを許さなかった。
銀髪の女の子の方は涙こそ引いたものの未だぼうっと立ち尽くしている。
「おい」
――その周囲を、この部屋の主たちが取り巻こうとしていた。
《ヴェノム・テンタクル・ワーム》。根幹となるボディは芋虫だ。それを甲虫の外殻が包み込み、左右の側面から四本ずつ脚が伸びている。
外殻の前面は開閉式になっており、そこに蜂らしき顔がボディに飲み込まれる形でくっ付いている。
芋虫の軟体からは無数の触手が生え獲物を探してジュルジュルとうねっている。
動かなければどんな強力な装備をしていてもいずれはやられてしまうというのに……!
彼女はまだ動かない。俺の存在そんなに衝撃だったか?
「おいっ」
もう待てない。
――《コンバージョン》。体力をスタミナに変換する魔法を詠唱なしで五回重ねると身体は驚くほど軽くなり、俺と彼女とを隔てる距離は限りなくゼロに近くなる。
――三方六方から迫る触手の波が微動だにしなくなった女の子を攫うその寸前に、ギリギリ俺は彼女を捕えることに成功した。
全く余裕がなかったので、半ば抱き着くような形になってしまう。甲虫の脚と脚の間を通り抜けるようなルートを選ぼうとしたものの、体勢が崩れ過ぎてつま先が床に引っかかってしまった。
「きゃああああぁああ!?」「うおおおおおぉおおお!?」
二人してゴロゴロと床を転がる。出来るだけ彼女を抱きこむようにしたおかげで二倍の重量を負った気がした。顎打った。
「うがが……大丈夫?」
腕の中の銀髪に確認する。
縮こまっている女の子は小さく頷いて無事を示してくれた。ショックに関してももう心配ないようだ。
「……ありがとう」
風鈴がゆっくりと鳴ったような、快い声音がした。
「っゴメン!」
いつまでも抱き合ったままで良いわけがない。サッと彼女から離れつつも手を貸して助け起こす。
蟲は既に方向転換を終えて俺達への再ロックオンを完了していた。
「――まずは二人でさっさとあいつらを片付ける……どう?」
落とした太刀を回収した少女は黒服についた土埃を熱心に払っていた。
「うん」
同意の返答を得た俺は、改めて行った彼女のステータスを参照し確信を得た。
「うし。じゃあ、よろしく。――『セフィ』さん」
ユニーク装備は他人に譲ったり、人から奪ったり、たとえ要らなくても自ら破棄することすらできない。呪いの装備にも思えるその特別性は完全なる使用者の識別子となる。
あの三種のユニークを持っている人物の名はセフィ。
かつて俺が交友を深めた『みんな』の内の一人であり、そのユニークの固有能力を存分に発揮してフィールドレイドボス討伐の分野において最強の名を馳せた『男』。
――つまり、セフィさんの中身は女性だったというわけだ。
「……、違うよ」
そう言い残してセフィは敵三体の中心点に飛び込んでいってしまった。
……どういうことだろうか。
彼女があのセフィだということに間違いはないはずだが……。
「まあいいか」
次の瞬間俺は余計な思考を全て投げ捨て、ヴェノムテンタクルの一体に突撃を仕掛けた。
まずはこいつらを片付けてから、だ。
ついに出せましたヒロイン。
毎日この時間に更新しようかなと考えてます。ぜひご感想よろしくお願いします!




