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バトル

作者: SEIDAI

 どこの会社や企業でも『お局さま』といわれる古株が一人はいるものだ。お局さまの言いつけは飛ばされてやってきた支店長の命令よりはるかに強制力を持つ。

「近々、本社の査察があろうだろうから、大掃除するわよ!」等という号令は、神の予言のような的中率と王のような統制力を発揮する。何といっても、お局さまに転勤はない。

 そして女は男よりはるかにプライドが高い。もし、その怒りのへりにでも触れようものなら、相当な覚悟を持って対処しなければならない。この金物卸問屋『姫川商店』でも壮絶な女のバトルが繰り広げられていた。

 女子従業員三、四名の会社でもいじめや陰口不満が渦巻くというのに女が十人もいるこの会社、タダで済むはずはなかった。まず、お局さま『ヨシコ』率いる年配軍団と『サヤカ』率いる独身軍団とに勢力分布された。従業員総勢百名近い会社なのだが、食堂はなかった。食事時になれば、女子従業員の着替えをする脱衣室とお茶を入れたりする給湯室に分かれ、それぞれの食事と共に作戦会議が行われた。それぞれのボスを中心に、中傷合戦が始まる。

 年配軍団のフミエが口火を切った。

「あの、サヤカ!仕入れ伝票をまだ整理してないのよ! 締め日が近いのに! 」

「きっと、男の事ばかり考えていて、脳みそが足りないのよ!」とトシコが続く。

「アヤも馬鹿よね。焚口の事をヤキグチとか言ってたわ! 商品知識以前の問題よ!」とフミエ。

「若いと思って、何もかも許されると思ったら大間違いよ! ホホホ」とヨシコ。などと楽しくてしょうがないようだ。

 一方、別室の独身軍団は。

「あのクソババア!人が伝票書いているのに、お茶を入れろとか平気で言うのよ!」とサヤカが切り出す。

「自分が、営業に出荷伝票出すの忘れてて、それを私のチェックミスみたいに言うのよ! 頭にくる!」とエリカ。

「眠そうね? 夜、遊びすぎじゃない?なんて皮肉を言うのよ! ババア」とアヤがたたみかける。

「きっと男にも相手にされなくなって、若い子が憎くて仕方ないのよ!」とサヤカが言う。こちらはこちらで発散しまくりである。だがそんな事は、男の社員の前では微塵も出さないのは、流石、女である。仲が良いとは、よっぽど鈍い男でないと思わないが、陰口をたたき罵り合っているとは気付かない男子社員達だった。

 そんな中、毎年夏恒例の慰労会が、街のビアガーデンにて予約開催された。雑居ビルの屋上がその会場である。そこは、姫川商店の従業員百人が充分はいれる広さで、長椅子が数列、縦方向につながれている。小さな商店であれば、着席の配置も問題視されるのだろうが、百名にもなると好きな所に座りなさいという感じだ。業務終了時間が同じだった為だろうか? 女性軍団は隅の席に陣取る事となった。おまけに途中、席を詰めさせられた為、年配軍団と独身軍団が向かい合う形になってしまった。

 やがて、社長の挨拶の後、乾杯となったのだが、仲の良い隣同士の話しかしない女たち。生ジョッキ数杯で調子が上がってきたのだろうか? まずヨシコが喧嘩を売った。

「あらサヤカさん、営業の方々のビールがないじゃない。注文しなさいよ。気が利かないわね」サヤカはムカッ! としたが、取り敢えずお局さまの言うことに従いビールを頼んだ。次に、お局さま派のトシコが、目の前の集合皿からブタバラの串が消えてる事に気付いた。

「エリカさん、ブタバラは一人一本と決まっているのよ、二本食べたでしょ」と、追い討ちをかけるように言う。エリカはブチ切れそうになりながらも、「え~、トシコさん、豚じゃないですよ、太ってるけど。」と返した。これには爆笑の独身軍団。それにトシコが切れた。

「誰が! 豚よ! 」その時、笑って見ていた独身軍団、アヤの手にしていた枝豆の豆が、偶然飛んだ。その豆は、運悪く、お局さまヨシコの鼻の穴に吸い込まれていった。独身軍団は又、大爆笑だ。ヨシコは、鼻にはいった豆をふんっ! と吹いた。飛んだ豆は、これまた運悪く独身軍団総長サヤカのビールの中に沈んだ。

 サヤカは叫んだ。

「これ飲んで死んだらどうするのよ!」

これにヨシコもブチ切れた。

「死ねるもんなら死んでみろ! ボケ!」

次の瞬間、ヨシコはちゃぶ台をひっくり返すようにテーブルをひっくり返していた。バン! というけたたましい音と、唖然とする男子社員をよそに両派閥による取っ組み合いが開始された。男同士の喧嘩なら、たまにはあるが、女同士の取っ組み合いのバトルは、そうそう見れるものではない。 このバトルに深い根っこのあることなど、思いつきもしない男性陣はポカンとしていた。素手で殴り合うなら良かったが、椅子やジョッキで殴り始めたので、男子社員も止めに入らざるをえなかった。社長も唖然とする中、やっと男子社員が中に入り分ける事ができた。

「いつか殺してやる!」と毒づくヨシコ。

「べ~っ」と逆撫でするサヤカ。

 その後、大混乱の慰労会は幕を閉じた。だが互いに腹の虫のおさまらない各派閥は、それぞれに飲み直す事で一致した。それぞれの行きつけのスナックで、再び、敵陣の中傷会が行われた。だが、運の悪い事に、小さなこの街で歓楽街はそんなに広くない。

 再び両雄が出くわしたのは、三角の公園近くの路地だった。さっきまで、ハラワタの煮えくり返る怒りを論議していた張本人達が目の前に現れた。おまけに、互いに酔っ払い正体をなくし始める手前という不幸な状態でだ。まるでホラガイが鳴り響いたようだった。壮絶な女同士の殴り合いが、又、始まった。さすがに、このバトルを止めようとする、勇気のある一般市民はいなかった。その後、通報があった為警官が出動しようやく場をおさめることが出来た。両陣営とも傷は深かった。鼻血を出している者、目に青アザが出来そうな者、無傷の戦士はほぼ無だった。

 翌日、青アザや傷を化粧で隠しても、前夜の戦いの壮絶さを何となく伺わせる彼女達は、外面は何もなかったように仕事をしている。

 げに女恐るべし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白かったです。 [一言] ホントに女って怖いですね。
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