魔王に絶望する異世界の少女が勇者を召喚するだけのつまらない話です
「いよいよ、なのか……?」
「えぇ……」
ある世界のある国は、絶望に打ちひしがれていた。
「決心は変わらぬのか……?」
謁見の間で臣下たちに見せることはない、為政者として見せてはならない疲れた顔を、私室だからと王は浮かべる。
「はい。お父様……私は決めました」
平均寿命が短いここでは、結構な年齢と言えてしまうだろう。中年の域に達した王に、少女は微笑みを向ける。
繊細な細工のような、慈愛に満ち溢れた、たおやかで無垢な微笑。美貌を綻ばせる儚げな笑顔を前にすれば、きっと女たちは憧れに頬を染め、男たちは歓喜に打ち震える。
「このままでは世界は、きっと滅ぼされてしまうことは、想像に難くありません……それを率いる魔王と呼ばれる者が、我が身を欲するならば、喜んで捧げましょう。王家に生まれた者の定めとして、国のため、民のため、礎になることに、なんら躊躇いは御座いません」
見るからに彼女は美姫だが、声もまた印象を覆すことはない。決して大きなものではないがよく通る、湧き清水のような澄明の声で、心中を吐露する。
「しかし、私一人犠牲で終わるとは、到底思えません。我が身と引き換えに侵攻が止まろうと、彼我の力の差は一目瞭然……私たち人は、闇の者たちにとって、残念ながらちっぽけな存在でしかありません。いつまた気まぐれな死が振りまかれるかと、決して安寧することのできない、暗黒の日々が訪れるでしょう……」
少女は若木のような繊手を、簡素なれど品と品の良さが窺える衣装に包まれた、胸の前で組む。
体つきはまだ女性らしい隆起に乏しいが、決して貧相という印象はない。数年の後には美しい花を咲かせると、誰もが予感する。
「ですから、禁忌に手を染めてでも、私は希望を残したいのです……魔の者たちを討ち滅ぼせる、強い光を……!」
略式の小さな冠を頂いた頭を振り、陽の光を糸にしたような髪をわずか揺蕩わせる。白貌に浮かべた憂いを、その身でも表現してみせる。
決意を改めて聞き、重厚な椅子に座る王は、諦めたように細く長い息を吐く。
「どうしても、行うというのか……」
「はい……お気持ちは嬉しいですが、止めてくださいますな」
少女は瞼を閉じ、やや下を向く。
「いや……止めると言うよりかだな……というか、もうなのか?」
そして一呼吸の後、王の口を閉ざさせるように、頤を上げ、宝石と見紛う輝きを放つ瞳で、決意を新たにするように言い放つ。
「私の力を以ってして、勇者召喚の儀を執り行います」
△▼△▼△▼△▼
――そして。
聖剣の間とそのままに呼ばれる石造りの室が、朗々たる少女の祈りの高まりと共に、光が満ちた。
「え…………?」
普段は女神像が見守るだけの、王族以外の立ち入りは厳しく制限された場所。今は万一のためにと構えるする槍を持つ兵士たちが、ローブを着て杖を手にした魔法使いたちが、補助するための白いローブを着た神官たちが、そして儀式を執り行った少女と見守る王と、大勢の者達が存在している。
光が収まり、金気と静謐さが漂う空間に現れたのは、どこにでもいそうな平凡な一〇代半ばの少年だった。
ただしこの国では滅多に現れることのない、黒い瞳と黒い髪を持ち、カッキリした印象の黒い装束に身を包んでいる。それが学ラン・詰襟などと呼ばれる服だとは、この場の誰もが知識を持っていない。ただ絹とも皮とも異なる質感を放ち、崩れの見えない縫製の素晴らしさだけは伝わった。
「ようこそ……異世界の勇者様」
儀式を終えた疲れをわずか笑顔に滲ませて、少女は少年に近づく。
「ここは一体……確か学校帰りに商店街に寄って、トラックに轢かれそうな子供がいたから、思わず飛び出して……?」
彼の感性からすると、理解不能な光景だろう。歴史的建造物のような場所に立ち、映画の中でしか見ることのできない格好の人物たちが、公演中の舞台にでも紛れ込んだような場違い感を味わう。
「死の因果律を捻じ曲げました……」
だが戸惑いながら記憶を反芻する少年に構わず、少女は鈴の音で簡潔に説明する。
「勇者様は、元の世界では死ぬ運命にあったのです。ですのでここは勇者様にとっては、死後の世界……とでもお思い頂ければ、ご理解が早いかと」
「僕、死んだ……?」
「死後は喩えであって、本当に死んだわけではありません。違う世界で死ぬ運命だった勇者様の生は、この世界で続ける宿命となった、ということです」
少年の頭上に疑問符が浮かんでいる風情であるから、理解したわけではなかろう。言葉としては理解できても、突然別の世界に転移した、などという実感が生まれるはずはない。
「あの、さっきから僕のことを勇者って……?」
加えて別の疑問が存在するだろうから、世界のことをさて置いて、少年は問う。
それももっともだと、少女は細い首を縦に小さく動かし、桜色の唇を動かす。
「この世界は、魔王と呼ばれる存在が率いる、闇の勢力の手に落ちようとしています……兵は当然、幾多の武人・賢者たちが、彼の存在を滅ぼすために旅立ちましたが、その行方を断ち……依然として闇の侵攻は留まることを知りません……」
紡ぎ出される鈴の音には、哀しみと無力感が含まれている。
「本当ならばこの国とも、軍とも、この世界とも関わりのない貴方様にお縋りするなど、間違っております……しかしもう頼りは、異界の勇者となる方以外にないのです……」
しかし小さな希望が付け加えられた。
「お願いです……勇者様。この世界を救って頂けないでしょうか……」
少女はドレスのスカートが石の床に触れるのも構わず、少年の足元に片膝を突く。
少年は困惑を露にする。無理もないかもしれない。一〇代半ばと思われる年代で、このような態度を受けて平然としている者などごく僅かだろう。それも外見年齢からはさほど差のない、見るからに高貴そうな金髪碧眼の少女が跪くともなれば。
更に言うならば、少年の雰囲気も体付きも、戦士のものではない。血色もよく、肌もさほど陽に焼けておらず、内気な貴族の子弟のようにも思える。
「差し出せる全ての物を差し出しましょう……財も、力も、城も……」
そんな困惑を断ち切らせようと、少女は小さいながらも決意の声を出す。
「お望みであれば、私の身も……と言いたいところですが」
「…………? なにかあるんですが?」
ようやく少年が声を出した。少女が身を差し出せない理由を、好色からではなく、純粋な疑問として。
彼の性根に悪意を感じられないためか、彼女は寂しげな微笑を浮かべ、素直に教える。
「魔王は、私の身を要求しております……引き換えに軍勢を退かせると言っておりますが、どこまで守れられる約束事がわかりません……それに、魔王が私を要求したのは、王家に伝わる禁忌の魔法故のこと」
「禁忌って……」
「異界への干渉……つまり、貴方様に行った勇者召喚です。魔王はこれを警戒をしたために、私をどうにかしようとしたと思います。それに先じて儀式を行ったので、そう遠くないうちに、殺されるかもしれません……」
「そんな……」
悲壮な今後を少女は笑顔で伝えるために、却って少年の方が痛ましい顔を作る。
「いいのです……私の命のひとつで、希望を残せるならば……一人でも多くの民が救われるのなら……」
少女はその表情を否定するように、花冠の如く儚い笑みを浮かべる。
しかし茨を編んで作ったかのように、まだ幼さを残す少年の心に、深く刻み込ませる。
「お願いです、勇者様……この世界を、救って頂けないでしょうか……?」
「………………………………わかりました。僕にどこまでできるかわかりませんが、精一杯頑張ります」
だから再度の言葉に、迷いながらも少年は頷いてしまった。
それはもう、不幸なことに。
だが、そこに居る誰もなにも言わない。なにも言えない。
「ならば、勇者様……証である、あの聖剣をお抜きになってください」
だから少女は、細い腕を掲げて、少年の背後を手で示す。
そこには膝ほどの台座に、両刃の剣が突き刺さっていた。上を向く柄や鍔はシンプルで、宝剣と呼ばれるような豪華さはない。けれども言ってしまえば金属の塊でしかないはずなのに、窓から差し込む光を受ける様は、武の素人でも『力』を感じる神々しさを放っている。
夢に誘われるような足取りで台座に近づき、少年は皮らしきもので巻かれた柄を手にする。
そして、力を込めて。
「ふん……!」
抜けない。
「ふぬぬぬぬ……っ!
力いっぱい引っ張ったが、抜けない。
「ふぅんぬううううぅぅぅぅぅ……!!」
全身全霊を込めて引っ張ったが、やはり抜けない。
「あれ……?」
少年が首を傾げる。当然だろう。勇者となるべく異世界に召喚させられたはずなのに、その証と説明を受けた聖剣が抜けないのだから。
そして焦る。なにかの間違いがあったのかと。どこからが、どこに間違いがあるのか。聖剣になにか問題があったのか、それとも勇者として召喚されたそのものが間違いで人違いかなにかあったのかと、混乱をし始めた頭で考え始める。
そんな少年の狼狽に、少女も台座に近づいて、剣の柄に手をかける。
「え?」
すると抜けた。スポンッと。あっけなく。
「さぁ、これをお持ちになってください」
「え? え?」
少女に手を取られ、泡を食いながらも、少年は無理矢理聖剣を握らされた。
「さぁ、剣を掲げてください」
やや興奮したかのような少女の言葉通り、少年は慣れぬ手つきで荘厳な剣を両手持ち、斬るための重さに戸惑いながらも、切っ先を天に向けた。
「………………………?」
が。なにも起きない。
「……少々失礼致します」
「?」
少女が言うので、少年は素直に腕を下げて、剣の柄を向けて手渡す。
すると少女は、細い腕で剣を振り回し。
「えいっ」
なんだか可愛らしい掛け声と共に、剣を振り下ろして、剣の腹から台座に思いっきり振り下ろした。
日常聞く音とも、楽器の音とも、鐘の音とも異なる、強いて言うなら厨房で料理を盛大にひっくり返したような盛大な金属音が空間いっぱいに広がる。
「さぁ、もう一度どうぞ」
「…………………」
いやどうぞと言われても。古い家電製品じゃあるまいし。
そんな言葉を心中で呟きつつついでに顔にも浮かべつつ、ちょっと曲がって刃こぼれしたような気がしなくもないが素人目にはよくわからない剣を、少年は言われるがままに掲げる。
途端、鏡の如く磨かれた諸刃が光を放つ。
「まぁ……! やはり貴方様が勇者様……!」
神が祝福を授けるかのように。意思を持つ剣が扱い手を選んだ祝福のように。
少年のこの世界に迎え入れた時と劣らぬ純白に満ち溢れた光景に、少女は押さえきれぬ喜びの声を上げる。
「いや、これ、なんか違うような……?」
剣は激しく明滅しているため『テメェはお呼びじゃねぇんだよ』的非難の色を帯びているような気がしなくもないが、きっと少年の勘違いということにしておく。正真正銘勇者の誕生なのだ。少なくとも少女の中では。
その時、明かり取りの窓から差し込んでいた光から、一切消えた。ガラス窓など存在しない屋内であるから元より暗いが、その分明かりが用意されていたために、暗さなどは感じなかった。
今は、時を計るために灯される火時計は昼間の時刻に関わらず、夜かと間違う暗さになった。それも夕暮れなど経ず瞬時に。
『フハハハハハハハハ!!』
更にはくぐもってはいるが、大音響のバカ……否、高笑いが、屋内にまで届いてきた。
「陛下……! 魔王が……! 魔王が……!」
そして荒々しく扉が開き、息せき切った鎧を着込んだ男が飛び込んできた。
△▼△▼△▼△▼
空は分厚い雲によって覆われ、闇の緞帳を形作っていた。
聖剣の間にいた一行は、少女を先頭に慌しく、少年は腕を掴まれ引きずられ剣を持ったまま引きずりながら、中庭らしき屋外にやって来た。
「あぁ……とうとう魔王が……」
そして少女は空を仰ぎ、悲観を漏らす。
宙には人影が浮かんでいた。
男としては少年も背が高い方でははないが、この世界の男でも、ほとんどは見上げなければならない。
なのに黒衣を纏う体は、巨漢という印象は少ない。貧弱な印象はありえないが、過度に筋肉隆々という印象もない。
それは首上の印象のせいだろう。聡明と無情をこねて形作ったような、冷酷な整った顔。女性も羨むのではないかと思える光沢ある鉄色の長髪から、捩くれた角が生えていなければ、ただの人と思うかもしれない。
しかし違う。浮いているだけではない。男が放つ気配は邪悪すぎる。それは戦いの場に立つ男たちが察するだけでなく、なにも知らない女子供や獣たちでも、生存本能が刺激される危うさを孕んでいる。
それでも兵たちも陣形を組み、槍を天に構える。少年も切っ先は地面に触れさせたままだが、無意識下で聖剣を両手に持ち替えた。
「クックックッ……」
男たちが戦う意思を見せる中、魔王と呼ばれた存在は、黒いマントをはためかせ、悠然と地面に降り立った。
一層濃くなる闇の気配に、自然と包囲がジリジリと下がる。槍衾を形成する兵士たちは雑兵ですらない。路傍の石と変わらないとばかりに、魔王は悠然とした足取りを止めることはない。
「約束通り、貰い受けに来たぞ」
彼が足を止めたのは、少女の前に立った時だった。
少女も決して背が低くはないが、男でも見上げる長身と比較すれば、大人と子供の構図だった。ただ見下ろされるだけで威圧感を感じるだろうに、冷笑を浮かべる魔王の顔を、少女は毅然と睨み返す。
「……我が身と引き換えに、約束を守って頂けるのでしょうね」
覚悟を新たに、少年がこの世界に来るより以前にされたであろう取り決めを、改めて持ち出す。
「……………………?」
すると魔王は表情を空白にし、固まった。
直後、ドゴッと地面に砲丸でも落としたような音が鳴った。
「なに固まってるんですか」
「す、すまぬ……一瞬頭からセリフが飛んだ……」
囁き声で少女と魔王が会話したような気もするが、本当に小さな声だったので、周囲には聞こえなかった。
「……?」
勇者として召喚されたはずの少年以外には。
「あー、あー。ウホン。約束であったな……代わりに我が軍勢の侵攻を、一年ばかり遅らせると」
だが幸いか不幸なことに、魔王は気づかず、咳払いで取り直して話を再開させた。
「そんな!? 手を引くという取り決めだったではないですか!?」
「笑止! なにを言うか! 今ここで人の世を滅ぼしてもよいのだぞ? 三日もあれば充分であろう」
「く……!」
「それを一年もの先延ばしにしてやろうと言うのだ。涙を浮かべて跪いて感謝を伝えるがいい。人の子よ」
直後、足元でまたドゴッと地面に砲丸でも落としたような音が鳴った。
「調子に乗るな……」
「はひ……! すまぬ……! だが爪先グリグリは止めよ……!」
そしてまた少女と魔王による囁き会話があったような気がしなくもない。いやきっと気のせいだ。気のせいだったら気のせいだ。
少年はなにやら理解不能な顔をしていることに魔王が気づいたため、気のせいと断言するのは無理やもしれないが。
「そこの小僧が手にしているのは……よもや、聖剣か?」
少年は顔色を変える。理解不能な会話はさておいて。
先ほど少女から、魔王に狙われている理由、殺されるかもしれないという話を思い出したからだろう。
「く……っ!」
少女の前に飛び出し、切っ先を魔王の喉元に向けて、慣れぬ手つきで構える。
力の差を理解をしているが、それでも少女を守ろうと、咄嗟といった風に。
「勇者様……」
少女がその背後で、複雑な感情がこもった声を発する。庇われる喜び。この後の展開への恐怖。およそ三対七くらいの割合か。
「……ハハハハハハハ! 異界より勇者を召喚したか!」
それを見て、魔王は破顔し、腹の底から笑う。
「足掻くか! 人間どもよ! そうか! ハハハハハ!」
人間と変わらないながらも、爪が刃物のように長く伸びた手で、魔王は切っ先を掴む。
すると剣が、明滅していた光が失い、刃が黒く染まっていく。
「…………!?」
「そんな……! 聖剣が闇に蝕まれて……! 光の加護が……!」
少年も少女も息を呑む。
それは正に救いのない光景。光が闇に飲まれる。希望が絶望に潰される。
「人の子らよ。これは余興のついでだ」
言葉と共に魔王は、黒いマントを翻す。
その裏地から、どんな物質で構成されているか皆目不明な、人よりも巨大な黒い怪腕が伸びる。
「きゃっ!?」
おおよそ生物の肉体では不可能な伸縮を行い、腕は少年の横合いから接近し、背後に庇う少女の体を掴み取った。瞬時に縮んだ次の瞬間には、華奢な体は魔王が片腕で抱えていた。
「もはや聖剣と呼べぬ剣を持たせ、魔力の欠片も感じぬ小僧を勇者に仕立て上げ、我に抗うがよい! 暦で一年の後、我は軍勢を率いて人の国を蹂躙しつくす! それまでに我を滅ぼし、この姫を取り戻してみせよ!」
魔王が少女を抱えたまま宙を浮き、高らかに宣言する。
そして空の右手を開き、手の平を向ける。黒衣とは裏腹な白い肌に、黒い炎としか呼べない揺らぎが発生する。
少年の生活環境下では、炎とは赤いか青いもの。無色に近い炎は存在するが、逆に地獄を連想する黒炎など存在しない。
塊となって発射されるのか。蛙の舌のように伸ばされるのか。投網のように大きく広がって飲み込むのか。
いずれにしても、一瞬後の光景を予想した時、その場の誰もが絶望視する暗黒だった。
「ぷぺっ!?」
抱えられた少女によるショートレンジの拳が、魔王の鼻っ柱に叩き込まれなければ。
「なに考えてます?」
「いや、去り際を派手に……」
「余計なことしなくていいです」
「しかしだな……」
「なにか?」
「…………イエ。ナンデモナイデス」
当人たちは周囲に聞こえないよう会話したのかもしれない。いやきっとそうだろう。風の方向が悪ければ、きっと小声と言えども少年の耳には聞こえなかった。
だが少年には聞こえてしまった。意味不明の内容が。
「楽しみにしておるぞ。小僧よ」
そんなことは露知らず、魔王は空中で身を翻す。鼻血をタラリと垂らしながら。
「勇者さまあああぁぁぁぁぁぁ……!」
そして悲痛な声の尾を残し、連れ去れた少女は暗黒の空へと消えてしまった。
「………………?」
魔王に少女が攫われた。
展開だけ見ればそうだ。どこにも否定しようがない。
しかし少年は、つい先ほどまでの様子が窺えない晴れ渡った空を見上げて、腑に落ちないといった風に小首を傾げる。
「おお。なんということだ。姫が攫われてしまった」
王様が嘆く。もんのすんごく棒読みに。
「大変なことになってしまった」
「王女様が。王女様が魔王の慰みものになってしまう」
「あぁ、王女様。お労しや」
兵士たちも動揺の声をあげる。もんのすんごく棒読みに。
だが。
「…………勇者よ。魔王を倒し、姫を助けてくれ」
少年に呼びかける時は、本気の色を帯びていた。
「あやつが言った通り、望みのものはなんでも取らそう! 特にアイツを! いや姫をやる!」
「は、はい……」
血走った目で肩を掴みガクガク揺する王に、勇者となった少年はドン引きしながら頷いた。
△▼△▼△▼△▼
ところ変わり。
「ねぇ、魔王……私、どこで間違ったのかしら?」
少女はドレスから着替えた簡素な服で、空にしたカップをテーブルに置き、だらしなく豪華なソファに体を沈みこませる。
「強いて言うなら、この世に生まれたことが間違いだったのではないか? 『勇者』よ?」
魔王も気張っていない普段着で、カップに蜂蜜酒を注いでやりながら、全否定する。
ここは人が暗黒大陸と呼ぶ、魔の領域。その中心地に存在する、魔王の居城の一室。
少女を連れた魔王は、転移魔法で一気に王都から跳び、自分のお膝元でくつろぎモードに入っていた。
もっとも連れの方が、くつろぎモードどっぷり浸っているような気がしなくもないが。王都で少年に見せたような神々しさや儚さは微塵もなく、肘掛けに背中を預けて逆の肘掛けに足を乗せて、グデ~ッとだらけきっている。
「いやぁ、うっかり聖剣って呼ばれてるもの抜いて、魔王倒す旅に出ることになって……そこまでは私の運命ってことで、諦めるわよ?」
「諦められるのか」
「色んな人から言われたからだけど、結局は旅に出たのは、私の意志じゃない?」
「ほぅ。それを責任転嫁しないのは、素直に素晴らしいと思うぞ」
「だけどさぁ? 邪神の復活とか魔族の活性化って言われてたのが、大量発生した魔物を狩る遠征って真相はどうかと思うのよ」
「仕方なかろう。この大陸の食糧事情は、決して豊かとは言えぬのだから」
「食べるの? 人間より大きい虫とか」
「食うぞ? 揚げ物はなかなか美味だぞ?」
「アンデットも?」
「骨系は直接は食べられぬが、スープの元になかなかよい。非実体系は味はないが、冷やしてすする時の喉越しは逸品である。腐ってるのは美味くない」
「食べたのかよ。ゾンビ食べたのかよ」
「あれを食べるのは飢饉の最終手段であるな」
「魔族にしてみれば狩りかもしれないけど、人間にしてみれば、魔物引き連れて攻め込んで来てるようにしか見えないから。特に猟犬として頭が三つあるようなのを連れて行くのはどうかと思う」
「魔都では愛玩用として一番飼われてる種だぞ」
「魔都の住民逞しいなぁ! ケルベロスがペットって! 他にも鷹狩りの代わりに竜で狩ったり、牛とか馬の代わりに竜を連れたりとか、そりゃ人間ビビるからね?」
「大人しいし、力はあるし、言うことを聞くし、あと美味いのだが」
「え? そこも牛馬感覚? 竜も食べるの?」
「一昨日のステーキ、竜だったが?」
「あのすっごくいい感じで霜降り入ってて、ナイフいらないんじゃないかってくらいに簡単に切れて、食べるっていうか口に入れたら溶けた、あのすっごくいい肉?」
「うむ。あと、これも竜の肉を燻製にしたものだ」
「お。ありがと」
酒のアテとしてドラゴン・ジャーキーを薦められたので、少女は一切れ口に唇に挟み。
「……話がズレた気がするけど、どこまで話したっけ?」
「お主がどこで間違えたのかという話だ」
「あぁ、そうだったね」
モソモソ行儀悪く噛んだジャーキーを飲み込み、少女はちゃんとソファに座り直してから、自分で切り出した話の核心に触れる。
「魔物の活性化が出稼ぎ部隊って真相を知った時、どうしたものかなって考えたのよ?」
「なにを迷う?」
「いやだって、人間側じゃ、魔族の侵略ってことになってるのよ? それが獲物仕留めればさっさと帰りますって、私の旅はどう片をつけて、帰ってどう報告すればいいのよって話じゃない?」
「我々の間では、お主は既に伝説的な狩人であったのだが…………お主がこの大陸に来るまでは」
「アンタたちが狙ってた魔物を横取りするような形でぶっ倒したり、狙ってたって知らなかったから因縁つけてきた魔族をボコったりしたけど、だから困るというか」
「我等も困るが、お主のなにが困ると?」
「私、アンタたちみたいな戦闘狩猟民族じゃないの。強さとかモテる基準が倒した魔物の数みたいな世界に生きてないの」
「獲物を取れるということは、それだけ多くの家族を養えるということ。それが憧れに結びつかぬ人間の慣性は理解できぬ」
「いや、お金とか権力とかドロドロしたのが絡まないから、いっそ魔族みたいに単純な基準っていいかもしれないけど。とにかく違うから。これでも都会っ子だから。それに女だから。狩猟せずに家守る方だから」
「我等を未開人扱いするな」
「うん。ちゃんと文明あるね。そこが不思議なんだけど」
そして少女はグラスを煽り、一気に蜂蜜酒を飲む。
「で。なにか間違ったかというと……やっぱり魔王を殺してないのが間違いなのかしら?」
「蒸し返して今更恐ろしいこと言うでない……それに、今やお主の方が『魔王』と呼ばれてる身であろう」
「いやぁ、自分でもちょっとやり過ぎたかなーとは思うんだけど……」
「どこが『ちょっと』だ」
魔王はため息をつき、自分のグラスに口をつけて。
「それで、勇者よ? この茶番はなんだ?」
これからしばらく前からここへの居候し、厄介事を始めた少女にため息混じりに問う。
「本気で嫁き遅れになりそうだからよ」
そんな魔王に、少女はドラゴン・ジャーキーを咥えて、再びダルそうな姿勢になる。
「魔王とか魔族の真相を知れば、英雄扱いしろなんて高望みしてなかったよ? だけどさぁ、国に帰って偉い人に報告したら、あれよあれよという間に、魔王を倒した英雄ってことに祀り上げられて」
「政争の道具にされたな」
「そんなところだと思う。で、そこまではいいのよ? え? なにこの状況? 英雄ともなればこのまま王族の誰かと結婚して玉の輿? とかちょっと期待したし」
「微妙に下衆だな」
「女の子なら誰でも抱く、庶民のささやかな野望よ」
お姫様願望が誰でもあるやもしれないが、そこまで具体的ともなるとゲスいと言われても仕方ないやもしれない。
魔王は小さな刃物を取り出し、テーブルに盛られていた果物の皮を剥き始める。質感といい透明感といい色合いといい、手の平サイズほどの目玉にしか見えないが、皮を向けば水晶体ではなく香り高い果肉を覗かせる。
「しかし実際は違ったと」
「あれよあれよという間に国家反逆者扱い」
重いため息を吐き、少女は足をパタパタと動かす。その仕草は子供っぽく、王都で見せていた可憐な王女然は存在しない。
「わからないでもないのよね~? 戦う度に成長したっていうか、自分でも人外の領域に踏み込んじゃったかなーって思うし」
「人が住まう大陸と、魔の大陸とを分け隔てる、常に荒れている海を泳いで渡る馬鹿は立派に人外だろう」
「だって、古代魔法王朝の遺産でどこかに埋まってる浮遊船なんて見つけるの面倒くさかったし」
「だから泳ごうという発想は、我等にもない。可能な者は魔法で飛び越えるし、不可能な者は諦めるか努力する」
「大丈夫だって。泳げば」
「死ぬ。我でも死ぬ」
またも話が脱線しそうな予感を覚えたか、魔王様でも「死ぬわ」と言わしめた行為を行った少女は、気を取り直して軌道修正が計られる。
「やっぱり王様的には、私は邪魔になるってこと?」
「為政者というのはそういうものであろう? というか普通の人間であれば、お主に恐れを抱くであろう。だから本当に反逆される前にと、抹殺を企むのも当然の帰結だ」
「だからって何の説明もなく、魔封じの首輪つけられて、地下牢に投獄って……いくらなんでもそれはないでしょ? 壁ブチ抜いて出たけど」
「魔法を封じられて素手で牢を破壊するなど、我等でもできぬ」
「しかもその理由のひとつが、私がアイテムボックスに放り込んでたお金目当てなのよ? 信じられる?」
「魔法と戦闘後の拾得でアイテムを買う必要がなくなり、世界で発行された金貨の半分近くを溜め込んでおれば、致し方ないという見方もできる」
「ちょっと王様のところに文句言いにいこうとして、衛兵に囲まれたけど、切ったはったしたわけじゃないのに」
「その際、指で剣を受け止めて、火炎の魔法を気合で吹き飛ばすヤツを、恐れぬ方がおかしい」
「仕方ないから寝てた王様を叩き起こして、『国政に関わる気ないから放っておいて』ってお願いして、壁蹴りつけて穴空けただけなのに」
「それは人だけでなく、我等も脅迫と呼ぶ」
差し出された手に八等分した果物を乗せて、魔王も自分でも赤い果肉にかぶりつく。
少女も一口かじり、多い汁気と共に繊維質を飲み込んで、息を突く。
俯き加減の憂鬱そうな表情は絵になる。かつて生き血をどうしても吸いたいと、数多のストーカー気質な吸血鬼が追い、あの手この手で部屋に招き入れられようとした、掛け値なしの美少女なのだ。そいつらは例外なく口に拳を叩き込まれて牙が折られたが。
「もう煩わしいのはたくさん。貴重な時間をつまらないことに使いたくないの。田舎で暮らすの。白い家を建てて、ペットを飼って、旦那様と一緒に、平凡だけど決して退屈とはいえない結婚生活を過ごすの」
「なんだそれは」
「乙女の夢よ」
「乙女……か」
「なによ? 私は違うっていうの? これでも花も恥らう乙女よ?」
「あぁ……花が恥らう乙女であるな」
魔王様は頷く。花も乙女の美しさに負けて恥じてしまうという意味ではなく、コレを乙女と呼ぶことを花が恥ずかしがるだろう的な意味を込めて。間違ってコレを乙女と呼ぶ花は、瘴気の濃い魔の森に咲く食獣植物の類だろう。
いや実際のところ乙女と差し支えない。そんな戯言を臆面なくのたまうようでは、男性経験はもちろん交際経験だってあるか怪しい。それに少女はかつてユニコーンを捕らえたはずだ。清純な乙女の香りを嗅ぎ付けて近づくという、処女厨の真性変態のアレが近づいたので間違いはないはずだ。霊薬を作るための角を叩き折られて『もう女なんて信じられない』と嘆いていたが。
そんな具合だから、自称乙女はきっと誰も賛同しないと魔王様は考えて問う。
「まず、難易度の低そうなとこから問おうか? 愛玩動物になに飼う気だ?」
「え? 普通に犬。ちゃんと頭ひとつのだよ?」
「火を吐くのか? 雷を纏うのか?」
「だから普通の犬だってば」
「食うのか?」
「食べないってば!? 私をなんだと思ってるの!?」
魔王様は心底意外だという顔を作る。
まぁ、それはいいとしよう。そう言わんばかりに別の質問をする。
「家はどこに建てる気だ」
「どこの領地も断られたから、仕方ない新しく土地作ろうかと」
「作る……だと? 土地をか?」
「えぇ。海の底で火山を爆発させて島を作るか。人里離れた奥地の山を空に浮かせるか。ねぇ、どっちがいいと思う?」
「空だけはやめよ。お主が作ったとなると、いつなにが降ってくるかと怯える不吉の象徴になる」
「となると島かぁ……本当になにもない土地になるし、移住まで時間もかかりそうだけど……」
作れることには突っ込まない。魔王様は、少女はそういう次元の違う存在だと知っているから。
まぁ、それもいいとしよう。
難易度順に問うているのだ。最大の問題は、まだ問うてないのだ。
「誰と結婚する気だったのだ?」
「それなのよね……」
自覚はあるらしい。どうやって身の丈よりデカい両手剣を振り回すのかと言いたくなるいや力ずくでオーガ投げ飛ばしてるところ見たことあるが無理だろと魔王は思う薄い肩をしぼませて、少女は重くて粘性の高いスライムのようなため息をつく。
「勇者よ。お主の好みの伴侶とは?」
「私より強い人」
「具体的には?」
「大陸真っ二つにできるくらい?」
「今すぐこの世界から巣立ち、異界へ探しに逝くがよい」
「ヘンな響きに聞こえた気がする」
「気のせいだ。含みなどない」
この少女よりも強い者などいないと思うから、異界――具体的には天国辺りに探しに行って欲しいとは思わなくもなかったりするが、口に出さない。そんなことを口にしたら、魔王様が逝ってしまわれるので。あと天国に行けるか怪しいが、かといって地獄に行かれると魔王様が信仰する邪神様が大変迷惑しそうだから、なんとも言いがたい。
「あと、元から贅沢言ってるつもりもないけどなぁ?」
「お主な……勇者より強い輩を望む時点で、相当な贅沢だと思うぞ」
「そこは目をつぶって、まずはその人を知ってからって思うようにしてるのよ」
「かなり目標が下がったが、現実的になったとも言えるな」
「だからさ。王都出てから、出会いを求めて色々なところを周ったのよね」
「英雄として祀り上げられただけでなく、王都でお主が行った脱獄が広まっておったのではないか?」
「そうなのよ~。似顔絵入りで広まってるから、私の顔見た途端に誰もが逃げるのよね。例外は威張り散らすことしか知らない、ちょっと頭が残念なお兄さんたちばっかりだったし」
「そういう輩を全て半死半生の目に遭わしていけば、一般人でも魔族でも引くぞ」
「一生独身で修道院とか嫌だし」
「お主がどう思うか以前に、教会と神が嫌がるであろうな」
「アンタと結婚したいと思わないし」
「我こそご免だ」
「友達としてなら、結構いい関係築けると思うのよ?」
「今こうしてここに居候されていること自体、結構な迷惑だから、我は思わぬ」
「でも、アンタとの結婚生活想像したら、なんか違うのよねー?」
「我もご免だと重ねて言うが……なにを根拠に言っておるのだ?」
「魔王って結構細かそう」
「勇者がだらしないからだ。いつも言っておるだろう。水浴びした後タオル一枚でうろつくのは止めよ」
「見せて恥ずかしくなる仲でも、見て欲情するような仲でもないでしょ?」
「あと日を跨いで同じ下着を裏返して着るのは止めよ」
「それは旅の知恵。洗濯なんて滅多にできないし、服なんて何着も持ち歩けないから……まぁ、洗濯が面倒で、魔王城でもやってるけど」
「我が楽しみに取っておいた保冷庫の氷菓子を勝手に食べるでない」
「だって名前書いてなかったしー?」
「あと厠を使った後は水を流せ。いや使う時に水を流す音で誤魔化せ」
「それは素直にゴメン。私の実家、水洗じゃなかったから忘れるの」
「あと女としてかなり恥な話をしていると思うのだが、なんの感慨も持たないのはどうかと思うぞ」
「だから、アンタのそーゆーところが、結婚生活ありえないって思うのよ」
他にも言いたいことは山ほどある。お前独身女性以前に自称乙女のクセしてなんだよと思うことありまくるぞ。
そんな顔をしたが口に出すことなく、魔王は改めて確認した。
「だから勇者は、異界に伴侶を求めたと?」
「うん」
つまりは勇者召喚はそういうことだった。ここに辿りつくまで長かったが。
「だってさ、異界から来たなら、私に対する偏見ないじゃない?」
「かと言って誤解させるような偽情報を植え込むのは良いのか?」
「私は自分のことを王女だなんて一言も言っていないわよ?」
「他の連中はどうだか怪しいであろうし、『婚活に協力しなければ国を物理的に潰す』などと脅迫してストーリーを仕上げて、我に攫わせるのはどうかと思うがな……」
「悪党に攫われたお姫様が、白馬に乗った王子様が助けに来る。これも乙女が一度は夢見るシチュエーションよ」
「そうか。勇者は漢女であるな……」
低年齢制限のある漢娘と呼べきかもしれない。しかし『漢』の割合が突出し、『女』の部分には見た目以外に疑問符をつけたくなる人物相手では、こちらの方が適切かもしれない。漢娘は割合『勇ましい女の子』という正しい意味で使われるが、漢女は『イケメン女子』『雄んなの子』を越えた、筋肉隆々たる婦女子や逆にオネエキャラ(つまり♂)を指すことも多いために。
「というか勇者よ。どうやって新たな勇者を召喚したのだ?」
「私が強くなりすぎたせいなのかしら? 時空神とかいうのが『このままでは世界の危機』とかって襲い掛かってきたから、返り討ちにしたの。そしたら召喚魔法教えてくれた」
「とうとう神にまで……」
「世界征服とか考えてないのに……なんて言いがかり」
それはそうだろう。猜疑心に囚われて普通だろう。宝箱に擬態したミミックが『ボク安全ダヨ。タダノ宝箱ダヨ』などと語りかけて、誰が信用するものか。
「で、魔王? 考えてくれたんでしょ? 新しい勇者に、どんな冒険をさせるプランなの?」
「言われたから、仕方なく考えたぞ……最初は王都から手近な村で、魔物が水を枯らしたとでもしておこうかと。新たな勇者が出くわす最初のイベントは、その魔物を倒して、水を復活させることだ」
テーブル上の物を脇に寄せて、魔王はどこからか、ビッシリと書き込みがなされた大きな紙を出して広げた。
身を乗り出して少女もそれを覗き込む。
「仕方なくって割には、かなり気合入れて考えてくれてるのね」
「手抜きしていたら、我はどうしていた?」
「とりあえず一発殴る」
「であろう。まぁ、予算はお主の懐から出るのだから、こちらとしても悪い話ではない」
「えーと……途中で山賊に襲われる商人助けるお約束イベントも入れてるのね」
「意外と重要であるぞ。中盤以降でその商人が深く関わるイベントも入れておるから」
「『山の神に生贄として送り出されることになった娘を勇者が助ける』……娘って誰よ?」
「お主の伴侶を作ろうというのはわかっておるから、嫌な顔するでない。婚約者がいる設定だから、誰であろうと問題はないが……変装してお主が演じるか?」
「うーん……この次に『聖剣復活イベントその①』ってのがあるし、それは私の鍛冶スキルを唸らせないと無理だし、ちょっと時間的に……横恋慕しないように、婚約者の男とアツアツなところを見せ付けるしかないわね」
「そこは『その⑥』まで行って一気に聖剣復活として剣を交換するかと考えてたが……勇者、鍛冶スキルを持っていたのか」
「あるわよ。あの聖剣、私が作った贋物だもの。やっぱり鍛冶神が『このままでは世界の危機』とかって襲い掛かってきたから、返り討ちにしたの。そうしたら教えてくれた」
「お主の話を聞いておると、神って大したことないって思ってしまうな……間違いだとはわかるのだが」
「それで……この辺りで山場っていうか、壁になるのかしら?」
「あぁ。このイベントのボスには、ゴーレムを使おうと思うておる」
「ゴーレムの素材は?」
「そこは新たな勇者の成長過程を見てから、とした方がよかろう。剣の習得が先にならば、ここで強力な魔法の習得が必須として、硬い金属製のものを。逆ならばルーンを掘って耐魔力を高くした木か骨、陶器といったところか」
「……イベントボス、全体的に魔法生物系が多くない?」
「我の部下共を新たな勇者の贄にしろとでも言うつもりか?」
「私のワガママで魔族の誰か死んだら、さすがに目覚め悪いから、そこまで言わないけど。戦ってテキトーなとこで逃げるとか、手段はある気するんだけど」
「それを行うのが二人もいるからな。ひとりはお約束的に要所要所で出て、もう一人は逃げ帰るのは一度だけの、終盤の重要ボスだ。だからこれ以上戦って逃げるボスを作るのも好ましくあるまい」
「ふん、なるほど…………ところでこの『幼なじみ』ってなに? 二人もいるし。あと『生まれ育った村が焼かれる』って」
「男の幼なじみは中盤で裏切り、女の幼なじみは冒険を重ねて愛を育み、中だるみ回避のためにここらで劇的なイベントを……と考えていたが」
「目的、わかってる? 私イコール攫われた姫様を助けること。女幼なじみ不要。あと、生まれ育った村って? 異界から召喚したのに、こっちの世界にそんなのあるわけないでしょ」
「『どちらのヒロインを選びますか?』を入れてみたい気もするが、それ以前に、これを考えたのはお主が伴侶を異界から召喚するとは知らなかった時だ。修正する」
「お願いね。それで、この『王国滅亡の危機』って、大丈夫なの?」
「そこは住民の頑張り次第であるな。古竜の襲撃という設定に対し、迫真の演技を期待している」
「ここ、私が直に行って発破かけた方がいいのかしら?」
「む……判断の難しいところであるな。勇者が空から魔法を打ち下ろした方が命の危機を感じて、迫真の演技になるであろうが……」
「でもイベント後半だし……順調に行って半年後くらいでしょ? もう関係ないんだーって演技されて、この計画が新勇者にバレでもしたら困るのよね」
「ではここは古竜ではなく、最強の魔族ということで、変装した勇者が本当に襲撃とするか? しかしその場合、被害は大丈夫なのか? あまり加減したら現実味がなく、新たな勇者とて企みに気づくであろう? かと言って本気で暴れるのはやり過ぎであろう?」
「大丈夫大丈夫。この間生命の神ってのが『このままでは世界の危機』とかって襲い掛かってきたから、返り討ちにしたの。そうしたら復活魔法教えてくれたから、本気で暴れて犠牲者出ても復活させられるから」
「神についてはもう触れぬぞ。建物の被害は?」
「そこは予算つぎ込む。王都の再開発計画もあるし、それに便乗する。半年あるなら住民の移転もなんとかなるでしょ? 復興は公共事業にすれば、建築業が潤う。その労働者で飲食業も潤う。結果として国庫も潤う。それで結婚できれば私も幸せ。立ち退きと建築に必要なお金は私が出んだから、誰も不幸にならない」
「……下手にゴネると不幸になりそうであるがな」
「ところで、やっぱりラスボスって魔王?」
「先ほどの発言からすると、お主がラスボスとしか思えぬが、そうするしかなかろう」
「三段変身なんてできたの? 『ラスボス三連戦』って書いてあるけど。これ勝って姫が助けられてキャーなんだから、ここ予算ケチって興醒めにされた元も子もないんだけど」
「変身などできるわけなかろう。一戦目は我自身が普通に相手せねばならぬだろうが……二戦目は我の変身っぽい魔法生物と交代。三戦目はその死と引き換えに、封印された古代の獣が復活という体で――」
「古代の獣ってなによ。そんな設定あった?」
「む? おかしいな? 確か伏線となるイベントをどこかに入れたはずであるが……」
「あ、ゴーレムとかどう? 巨大ゴーレム。二戦目で召喚したオトモと合体してグレートマオウカイザーに」
「思いつきで面倒を増やすではない。それに振り回される現場の苦労を少しは――あぁコラ! 紙に果物の汁を飛ばすでない!」
「あ、ごめん」
こうして魔王と少女により、冒険という名のイベントテーブルが整えられていく。
さぁ。王よ。兵士たちよ。村人ABCよ。魔族たちよ。
死ぬ気で演技をするがいい。
今は『元』と付く勇者と呼ばれた魔王の婚活は、君たちにかかっている。
さぁ、異界から召喚されし犠牲者よ。
真相に気づかず気づいてもしなかったフリをして、英雄譚に偽装された壮大な茶番劇を終わらせて、元勇者の束縛から解き放つがいい。
結婚するか否かは救った後に考えればいい。断る場合は元勇者という真のボスと戦う必要があるかもしれないが。
世界平和の行く末は、君にかかっている。