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なんとか他の先生に変な目で見られずに初日を迎えることができた。全く、最近は何故か焦っている気がする。なんとなくいつも心が浮いている感じだ。しかし仕事にはそんな変な気分は出してはいけない。
中2の学年は、みんながなる中だるみというものがある。思春期女子の行動は読み取るのに苦難した。
ただやはり教師という職業は楽しかった。何かを教え、生徒に視野を広げさせることはなんとも嬉しい。
そんなこんなで、目まぐるしい日々が着々と去っていった。ある日の帰り、俺はまた怜に会った。
「こんばんは先生」
「…こんばんは」
俺が電車から降りた途端怜は急に隣にやってきた。
「怜ちゃんなの?」
俺は昔の彼女への呼び名で尋ねた。もう、今は先生と生徒の関係ではない。…ことにする。
「うん、そうだよゆうくん」
うふっと笑みをこぼし、すぐに黒河せんせと付け足した。
「俺の記憶だと、怜ちゃんは引っ越したと思ってた」
「はい、引っ越しましたよ。あれはお父さんの転勤だったのでまた帰るっている予定だったんです」
怜はさらっと敬語を使った。
「もうゆうくんはいないだろうなと思ってたんです。でも戻ってきたらなぜか転校した学校にいたから…びっくりしました」
怜にとって俺は、お兄ちゃんだ。あの時急に好きだと言った怜のことがやっと分かった。
「こっちもびっくりしたよ。大人っぽくなったから分からなかったよ」
あ、俺ちょっと変なこといったかな。
「そうですか」
きっぱりと怜は言った。なんだか少しギクシャクした。
「家は前と同じ?」
「はい、すぐそこを曲がったとこに」
怜はクリーム色の、大きな一軒家を指す。この辺は割と田舎の住宅街で少し歩かないとコンビニも無い。不便なこともあるが、俺はこの穏やかな雰囲気が好きだった。
「そっか…」
「じゃあ、ここなので、また」
「うん、さよなら」
怜が家に入るまで、俺はぼうっと見ていた。彼女は振り向かなかった。あの、好きだと言った意味を、直接聞いてみたいと思った。背中に一筋汗が垂れてぞくっとし、我に返った。なんだろう、これ。