第一話 新たな人生ならぬ、猫生の始まり
最近、チーレム?が流行っているそうなので取り敢えず流行に反攻してみました。
* * *
生き苦しいと常々思っていた。
何と言うか、自由がないと言うか。取り敢えずそんな想いだった。
風に憧れた。好きなところを目指して吹く風に。
猫に憧れた。好きな時に好きなことをする猫に。
でも、現代社会に生きる俺達にそこまでの自由はあるのだろうか?
命を掛けて冒険をして、好きな場所を目指すことはできるだろうか?
いや、無理だろう。
そんな想いを抱いて俺は今を生きていた。
* * *
どうも家を出る前から不吉な予感はしていた。
朝、カーテンを開ければ向かいの屋根からカラスが部屋の中を覗き込んでいるのが見えた。
テレビをつければ海外のどっかで黒ヤギが爆走したとかなんとかのニュースがやっていた。
家の外に出ればカラスの糞が大量に落ちていて最悪の気分だった。
学校を休もうかどうか悩むくらいには嫌な感じがしていた。
だけど、そんな理由で学校を休むのもどうかと思って結局行くことにしたことがいけなかった。
どんよりと曇った空を見上げる。
「雨降りそうだなあ…」
傘を持ってきていないことに気付いたが今から家に戻ると遅刻が確定してしまう。面倒だからいいかと視線を前に戻す。
横断歩道の前で信号待ちをしていると、寒さで震えがくる。もう冬は目前だし、こんな天気なら仕方がない。
そう思って足を踏み出すと黒猫が足にじゃれついてきた。
「うお!」
驚きのあまり声を上げてしまう。幸いにも遅刻ギリギリの時間で誰もいなかった。誰かいたら恥ずかしい思いをしていた。
人懐っこい黒猫だと思う。転びそうになったのも忘れてゴロゴロとのどを鳴らす黒猫に心が和む。ああ、猫みたいに生きれたらいいのに。
それにしても全く、誰が黒猫を不吉の象徴とか言いだしたのだろうか?こんなにも可愛い生き物を捕まえてなんてことを言っているんだ…!猫にあこがれやしないのか!?
そんな考えを引き裂くように鳴り響くクラクション。ハッとして顔を上げると目前に迫るトラックがそこにあった。
視界の端には未だに青く光る歩行者信号が見えた。
――このままだと死ぬ!
この状態で逃げるのはもう無理だ。
だけど、せめて!
俺は足元にいた黒猫を抱きかかえる。黒猫はクラクションの音で驚いていたせいで硬直していたから暴れもしなかった。
俺が黒猫をしっかりと胸元に抱き抱えると同時に背中にドンッと凄まじい衝撃があった。
視界が急速に流れる。俺は轢かれたんだろう。
どうやら車に轢かれた瞬間ってそんなに痛くないのな。驚きのほうが強くて脳が理解しないみたいだ。
そんな無意味な考えが頭を過る。それも一瞬の話でもう一度背中に衝撃。地面に落ちたんだろう。
よかった、前から落ちてたら猫を潰してたからな…。
胸元で猫がニャーニャー鳴いている。
怪我は無いか?なんて言葉は出なかった。
あ、俺死ぬのか。
不吉な予感はしてたけど死ぬとは思わなかったな…。
あーあ。俺のせいで黒猫が不吉な動物のイメージが強くなっちゃうんじゃないかな…。
色々な想いが溢れ出てくる。
そして、どんな想いよりも強い想いが奥からあふれ出てくる。
死にたくない。
でも、現実は冷たくて。俺の生きる世界に自由はなくて。結局その鎖からは逃げられなかった。
俺の身体はその冷たさと鎖に熱を奪われてずるずると意識を引きずり落とされていく。
胸元の猫の温もりだけが暖かくて優しかった。
お前は自由に生きろよ…。
ニャー。
黒猫は抗議するように鳴いた。なにに抗議をしたのかはわからない。
死ぬな、か?それともそんなに自由じゃない、か?
疑問に対する答えが帰ってくるわけがない。
死にたくない。最後はやはりそんなありきたりな想いがわき出る。
自由でなくても、冷たくても、俺はまだ生きていたい。
そんな想いも虚しく、身体はどんどん冷えていく。
ニャー。
もう一度、猫の鳴き声が届いた。
生まれ変わるなら、猫がいい。最後の思考はそんなものだった。
そして俺は死んだ。
* * *
眩しさに目を覚ます。
あれ?俺死んだんじゃなかったっけ?もしかして夢?
ほっと安堵するのも束の間、最初に視界に映ったのが病院の白い天井でも、見なれた自分の部屋の天井でもないことに気付く。
えーっと?ここはどこですかね?
なんというか、簡単で説明すると現代社会とは思えない景色が広がっています。
一言で説明するなら田舎、だろうか?いやいや、流石にこれは田舎に失礼だろう。
だって、馬小屋みたいな家なんだもん。
俺が寝てたのはどうやら大量に敷かれた藁の上のようだ。よく乾燥した藁は暖かい。藁独特の匂いも嫌いじゃない。
窓にはガラスが嵌めこまれているわけでも無く、ただ木枠で囲まれた場所に穴があいているだけで、観音開きの木製の扉がついているだけだ。随分と不用心である。そこから見える景色は森。どこだよここは。
まあいい。
俺は事故に遭って死んだはず。と思っていたら実は生きていて良くわからないところに運び込まれた?
いやいや、そんなわけがないでしょう。もっと冷静になれよ、俺!
とりあえず、現状を確認しよう。そう思って立ち上がる。
そこで違和感に襲われる。
なんか、視線が低い。
そこで、俺がいま四つん這いになっていることに気付く。
確かに立ち上がったはずなのに、両手だけじゃなく、両足までしっかりと足が付いている感覚があるのだ。
視線を下に向ける。するとそこには黒い毛むくじゃらの足があった。
手を上げる。その毛むくじゃらの前足が上がる。可愛い肉球が目前にある。
え?え?
軽く混乱。いや、大分混乱。俺淫乱。大丈夫か俺。落ち着け俺。
そんな馬鹿な!そう言ったはずの俺の喉から聞えたのは
「にゃー」
だった。
嘘、マジかよ。
つまるところ、俺は目を覚ましてみると吾輩は猫状態であった。
吾輩は猫である。名前はまだな…いやちゃんとある。瀬尾雄介だ。
何処で生まれたかは日本で、東京の23もある区の一つであるN区の某所にある病院で生まれた。
なんでも生まれた時にオギャーオギャーと泣いていたことだけは親から聞いている。
余りの混乱っぷりに吾輩は猫であるの冒頭が出てくるくらいには焦っているようだ。
まさか、リアル吾輩は猫であるになるとは思わなかった。いや、別に吾輩は猫であるが猫になる話ではないんだけども。
一度は猫になりたいと考える人はいるかもしれないけどまさか本当に猫になってみるとそれはもう大層驚く。
驚きを通り越して訳がわからん。とりあえず混乱している事だけは確かだ。
目が覚めて 身体を見ると、何故か猫。 ――雄介心の俳句。
咄嗟に一句読んでしまった。勿論俺の喉からはニャーニャー言ってるだけなんだが。
さて、どうしたものか。
まさか猫になるとは思わなかった。もしかして、事故の直前に俺が助けた黒猫が何かしたのだろうか?
鶴の恩返しならぬ、猫の恩返し。それだったら某映画の紳士的な猫みたいな身体にして欲しかった。というか一言くれよ。こういうのの定番だろ!?
しかし、折角の好意(?)だ。大人しく受け取っておこう。嫌がらせかもしれないけど置いておこう。取り敢えず生きてるし。
実際、俺は死んでいたっぽいし。なら第二の人生ならぬ猫生!いやにゃん生?いやこの際どうでもいい!
取り敢えず第二の命を大切にしないとな!
よし、そうと分かれば猫の人生楽しんでいくか!
そう思って顔をあげると。
「ハッハッハッ!」
目の前に犬がいた。多分柴犬。
え?なにこれいきなりピンチじゃね?
なんで主人公が猫なのか、それは僕が猫が好きだからです。