episode5
ほんとにいいの?って訊かれたから、うんいらない、って渡されたお金をオジサンのスーツのポケットに押し込んで、ほっぺに軽くキスをした。ねぇ、オジサン、会社は?んー、今日は行かない。アオちゃん学校は?んー、オジサンがここにいるならわたしも行かない。だるま式ストーブがシュポシュポ鳴る。使われなくなった工場の端、運良く見つけた古いストーブに火をつけて、だれにもないしょのひめごと。わたしのシャツをまさぐるオジサンの手はひんやり冷たく、なのに触れられた部分はどこか熱を帯びたみたいにひりひりする。会社でさぁ、ってオジサンはわたしに言うけれど、何のことかわからないし、興味もあんまりない。けれど、わたしがわかんない、って言えばみんな悲しい目を向ける。ママにわかんないよ、って言ったら真っ赤な顔をして怒鳴られて顔をぱぁんって叩かれて泣きながら抱き締められて、どうしてあなたはそうなの、って言われた。わからないから、ママごめんね、って謝ったら益々泣き声が大きくなって、それからわたしはわからないという言葉をあまり使わなくなった。オジサンもたぶんわたしの答えなんか期待してなくて、ただ相槌を打つのだけ欠かさなければいい。
「アオちゃん、ひとりでしてみてよ」
「え?」
「ひとりでさわってごらん。見てるから」
え〜、やだえっち。恥ずかしいもん。笑って抵抗するけど、オジサンは頑なに引かない。別にオジサンはいいけど、今日は挿れるだけだからね、自分で濡らさないと痛いよ。そう言って意地悪く笑う。すごくえっちな顔してるよ、って言えば、だっていまそういうことしてるんじゃん、と。まぁそれもそうかなあなんて、制服のシャツのボタンを外してごそごそ触ってみる。一緒にした方が絶対気持ちいいのに、男の人は恥ずかしがる女の人を見るのを好むみたい。ね、お願い、っておねだりしたら、オジサンがわたしの上に覆い被さってきた。体のどこかが冷える感覚がする。誰かが来るかもしれない、工場の隅っこで、朝からこんなことをしてるわたしたちはどこか現実離れしている。
「どうしてアオちゃんは俺みたいなクズと寝るの? 可愛いからモテるでしょう」
「アオはモテないよ〜。可愛くないから、アオを可愛がってくれる優しいひととお付き合いするの」
あ、でもオジサンとお付き合い、はしてないかも。でもすごくえっちは上手だ。元カレのカズくんは下手だったけど優しくて、その前のカレの仲吉くんは他の男の子と話してたらわたしを殴った。更にその前に付き合ってたタカシくんは彼女がいたけど、アオがいいって彼女と別れたみたいで、後日タカシくんの彼女だった隣のクラスの三好さんに平手打ちされた。わたしだって、タカシくんに彼女がいること知らなかったんだけど。
「アオちゃん、もう俺死んだほうがいいのかなあ」
オジサンのスーツは清潔な匂いがする。きちんとアイロンがけがされたカッターシャツ。そして手作りのお弁当。すべてオジサンの奥さんがやってくれたんだって。
「なんで?」
「仕事もせずに、女房に黙って女子高生と朝からこんなことしてるし」
「じゃーやめる?」
「そうはいっても、やめられないんだよなぁ」
オジサンの息が首筋にかかる。微かにくちびるの端から空気を揺らす声が漏れる。視界の右端に、ママが持たせてくれたお弁当袋が見えた。たぶん、わたしもオジサンと同罪。
アオちゃんは俺に同情して付き合ってるんだよ、ってオジサンは言う。ドウジョウ、ってなに?かわいそう、って思うこと。かわいそう?ああ、わたしも言われたことがある。かわいそうだから、アオと付き合うんだって、男の子に言われたの。やっぱアオがぶさいくだから、みんなかわいそうに思って付き合ってくれたんかなあ。
「アオちゃんは可愛いけど、少し頭が足りないね」
「う〜ん」
オジサンもドウジョウしてアオと付き合うの?って訊いたらオジサンはおもしろそうに声をあげて笑った。この世は、わたしのわからないことでたくさん溢れている。