episode3
本当はわかっていたし、あたしはそれに気づかないフリをしていた。先生が好きなのはあたしじゃなくて、このあたしの十七歳の若い肉体だってこと。更に先生には今海外にいる婚約者がいて、その人を愛しているってことも。ベッドの脇にある引き出しの二番目、先生の婚約指輪が隠されている。一度間違って先生がつけてきたとき、ああ、あたしは騙されていたんだなってわかった。先生が眠ったあとこっそり探ってみたら、いとも簡単に指輪が見つかった。ばか。嘘が下手な先生、好き。
「ん、起きたのか」
「まだ寝てない」
あたしを腕に抱いて、むにゃむにゃと先生は寝ぼけたように言葉を発する。いいから、早く寝なさい、なんていかにも先生らしい口調で、それからあたしを抱き締める手に力を籠める。ね、先生、あたしのこと好き?って聞けば簡単に好きと言う。
「先生、愛してる?」
「愛してるよ、奈美」
言葉は大した拘束力を持たない。好きとか愛しているとか、この人にとって呼吸をするのと同じようなもので、意味を成さずただ虚しくからっぽの台詞が漂う。それでもあたしは先生が好きだから、騙されたフリをする。あたしを喜ばそうと吐かれた台詞に、喜んであげる。今あたしに愛を囁くのと同じ温度で、数時間後に先生は黒板で数式を説明するのだろう。
婚約者が帰ったらあたしは捨てられるのだろうか。卒業まであと一年半、卒業したら公に交際できるけど、たぶんその気は先生にはない。あと一年半したら奈美と堂々と手を繋いで歩けるね、ってこの人は平気で言う。あたしもその気ないくせに、早く先生と歩きたいなあって可愛く彼を喜ばす。
先生に捨てられたらあたしは泣くだろうか。先生にあたしを捨てたらふたりの関係ばらすからって脅してみようか。ばれたら先生はクビで、あたしは退学は免れたとしても、同級生から噂の的にされて一年半肩身の狭い思いをするのだろう。そんなのはごめんだ。
少しのスリルと冒険、互いに単調な日常に色を添えるだけの存在でしかない。あたしだって先生と結婚したいとは思わないから。それでも先生は好き。好きだから求められたらセックスもするし、求めることもある。若いあたしの肉体を先生が欲するのと同様、あたしも先生が欲しくなる。だから今日も嘘の愛を交わし合う。先生の唇に自分の唇を軽く重ねて、あたしはおやすみと囁いた。奈美あいしてる、と先生の声。ぎゅっ、としがみつくように、背中に腕を回す。今はただ、それだけで。