episode2
妹が死んで早一年。悲しみはどこへやら。案外人って悲しんでいられるのにも限界があって良くも悪くもいろんなことを忘れていく。いや、そもそもわたしは妹が死んで悲しんだのか。妹っていっても実はわたしたちは双子、それも一卵性の。見分けがつくように普通みんな髪型を変えたりするのかもしれないけど、わたしたちは全く同じ髪型をして、似たような服を着て(時々交換したりした)周りがわたしたちの名前を間違って呼ぶのをこっそり楽しんでいた。たまに本当に入れ替わったりして数時間後にネタばらし。気づかなかったーって言われればわたしたちの勝利。ふたりで笑い合う。
妹が死んだのは見通しの良い交差点。そんなに暗くもない夕方、横断歩道を横断中、運転を誤ったスピード違反のトラックに電柱との間に妹は挟まれた。そのまま彼女はぐしゃぐしゃになって、反対側にいた、わたしと妹の彼氏のヤスくんはただ呆然と、何が起きたのかわからないまま、息を吸うのも忘れて口が開いたまま閉じることがしばらくできなかった。妹は即死。まだ苦しまずに死ねただけマシかもしれない。痛がりな妹だったから。ただ妹の細くて白い腕に赤い血が垂れてるのが不思議ときれいで息の根は絶えていたけれど、まだ生きているみたいに指先は薄い桃色に色づいていた。
唯、唯、ってヤスくんは堰を切らしたかのように妹の名を繰り返し叫んだ。何だか悲しくて、苦しくて羨ましくて、わたしはそのまま妹にかけよって、お姉ちゃん!って呼んだ。
「え、唯じゃないの?」
「わたしが唯で、こっちが瑠衣」
ルイ、はわたしの名前。死んだのが瑠衣だってわかったらヤスくんはちょっと安堵した様子で携帯を取り出して警察に連絡を入れた。
ヤスくんは気づいていない。唯にはなくて瑠衣にはあるもの。それは太股の内側にある一センチ近くのホクロだ。
「ヤスくん、気づかない、わたし変わったこと」
「ん? 唯は唯だろ」
ばかなヤスくんは瑠衣だと気づかず唯の体を抱く。
ヤスくんがわたしの中入ってくる。荒い息が耳元を掠める。ねぇ、今ヤスくんとえっちしてるのは唯じゃなくて瑠衣なんだよ。なんて言えば彼はどんな顔をするのか。わたしの思案なんて気づくはずもなく、ヤスくんは神妙な顔をして腰を振り続ける。わたしはヤスくんが好きだった。ただバレンタインのチョコをわたしのじゃなくて唯のを彼が選んだから、唯の彼氏になっただけ。同じ双子でも唯はみんなから人気でわたしはそれを一歩引いて見つめていた。わたしは唯の引き立て役。つまらないし双子なんて嫌だったし、本当は唯が大嫌いだった。
瑠衣が死んでも当たり前だけど世界はなに一つ変わらないし、悲しんでくれた家族や友達も一年も経てば普通にテレビを見て笑う。勉強してそれから恋もする。優等生の唯が死ななくてよかったね、ってママに言いたくなる衝動を堪える。唯ほどじゃないけどまぁわたしも成績悪い方じゃないから、それに双子なので唯のコピーはすんなりうまくいった。唯の成績が少し落ちたのは、お姉ちゃんが死んでつらいんだろうって周りが勝手に解釈してくれたし。お葬式のときは無理やり唯との思い出を引っ張り出してはるい、るいって頑張って泣いた。笑える。感傷は灰となって消える。
「ね、唯、もう一回したい」
「まだするの?」
「だって若いから」
ヤスくんはわたしの返事を待たずにいそいそとコンドームの袋を開けた。今唯一生産的な活動をしているのは彼の精液を受け止めるこのぺらぺらなゴムだけのような気がしてならない。
ゆい、ゆい、とヤスくんは妹の名前を呼んでわたしとセックスをする。ああ、ばかな男。それでも、歪で狂っていても、わたしはいとおしい日常を手放すつもりはない。嘘で固められた、真実を。