さぁ!海だ!後編
「今度こそ海だ!」
「そうだな、唯は砂浜で寝てろ。」
「なんだよ~莉奈、海だぞ~楽しいぞ~」
「まずはその波打った伸ばす棒的口調をやめろ、イラッとする。」
「ちぇっ、つれないな~」
【イラッ】
やばい、まじでイラッとしてる…
音として聞こえるくらいイラッとしてる……
そっとしておこう、うん
「じゃ、じゃあ美月、一緒に行こー」
「私は疲れたからもう少し休むよ。唯ちゃんは先に遊んででいいよ。」
「え~、まだ着いたばっかだよ~?」
【イラッ】
「い、いや、やっぱ私も休んでくよ、うん、あー疲れた、海まで長かったもんねー」
「やっぱり唯ちゃんも疲れたんだねー。」
「う、うん、うんうん、まぁ……うん」
「そっかーじゃあみんなで休んでこうか」
「同意」
「う、うんそうしよー」
やばい、やばいやばい、なんかやばい、莉奈がやばい
なに?なにあの獲物を狙うような目!?
私なんかした!?
……あー!したわ、莉奈をイラッとさせたわ
うん、なんとかしないと!私の命が危ない!
「あーそうだ!なんなら海の家でも行かない?取り敢えず水着に着替えて」
莉奈がキッっとこっちを見る、怖い!
「あーそうだねー、じゃあ行こうか、莉奈ちゃん」
莉奈は無言のままスッと立ち上がる
やばい、これはやばい、一刻も早く逃げないと…!
『ガシッ』
あっ、捕まった、もうだめだ、dead endだ…
せめて、一思いに……
「ナイス」
そう耳元で囁き、右手でグッドサインを出しながら美月の方へ走っていく
私は立ち尽くすしかなかった
*
で、海の家、なんだけど……
ズルズルと美月が焼きそばを食べている
私と莉奈は既に食べ終えこうして美月を待っているのだが、一向に食べ終わる気がしない
美月の食べるのが遅いのではなく、量が多すぎるのだ
莉奈と言えば水着姿の美月を見てずっとニヤニヤしている
(……なんだこの空気!?)
ん?もしかして莉奈は美月の水着姿が見たかったのか?
なるほど、それで「ナイス」なのか
女子の水着姿見て興奮する女子ってどうなんだろ……?
まぁ男子から見たら百合みたいで嫌なもんでもないかもしれないけど…
美月の水着姿を見て興奮する莉奈と
水着なんて気にせず食べ続ける美月
……異様な光景ではあるが、だんだん『美月』と『水着』がごちゃごちゃになってきたので考えるのをやめ、机に突っ伏す
しばらくして、美月が焼きそばとその他諸々を食べ終えた
「さて、じゃあせっかくの海なんだしみんなで遊ぼうか」
「イエーイ!ってか美月食べたばっかで大丈夫なの?」
「え?八分目で抑えたから大丈夫だよ?」
「あの量で!?」
とんでもない胃袋をお持ちでした
「うん、じゃあ行こうか、莉奈ちゃん行くよー」
「はーい!」
(!?)
莉奈が普段はしない表情で普段はしない返事をしている
……なんか怖い!
それはともかくやっと海に入れる!
海に着いてから一時間経ったけど……
*
「あはははははは!」
ビーチボールみたいなものは持ってきてないので水を掛け合って遊んでいる
相変わらず莉奈は妙にテンションが高い
「あー疲れた…」
少し疲れたので小声でそう言う、すると…
「テンション下げるようなこと言うなよ~♪」
莉奈が満面の笑みを向けてそう言う
(怖えぇぇ!!!)
莉奈は表情を変えぬまま、水面で手をバッと突きだす
莉奈の手に押された水がこっちに向かって小さな津波を生む
「え、ちょっ……」
小さいと言っても私の顔を呑み込むくらいの大きさの津波に私は一歩後退る
──ぐにっ
「え?」
なにかを踏んで滑ると共に莉奈の津波が襲いかかる
バッッシャァーン!!
顔と背中を叩く衝撃の中で私はぷかぷかと浮いてゆくナマコを見た
「~~~~!!!」
声にならない叫びと共に口内の空気が海水に溶けていく
気絶こそしなかったが、私は美月と莉奈に助けられるまで動けなかった
「唯ちゃん!大丈夫!?」
「え?あ、うん、大丈夫」
「なんともないならなんで立たなかったんだ!バカ!」
莉奈は自分のせいだと思ったのか少し涙目だ
「莉奈……ごめん」
「バカ!バカ……!」
莉奈の頬を伝う水は海に落ちて消えてゆく
感動的なシーンではあるが、
私はただ海を流れてゆくナマコを見ることしかできなかった
*
その後、時間も時間だったので私たちは海から帰ることにした
帰りの電車の重い空気(私のせいではあるが)の中で私はあのナマコのことを考えていた
電車が駅に着き、いつまでもナマコのことを考えても仕方がないと思った
「ほ、ほら!ふたりとも元気出して!私なら大丈夫だから!」
「う、うん。そうだね。莉奈ちゃんも元気出して」
「うん、唯、あんまり心配ばっかさせるなよ」
口を尖らせながら言う莉奈を少し笑ってしまったが
美月と莉奈、このふたりは私の大切な、大切な友達だと改めて思った
「へへっ大丈夫だよ、莉奈もあんまり泣かないでね~」
「な、泣いてないから!」
いつもと同じで楽しい日常
この時私は、鞄の中で動くナマコなぞ気づきもしなかった