01「狂騒前夜」
一話は若干長いですが、次からはもう少し短いです。
──────目の前に倒れている少女がいた。
本来は平和でしかない学び舎で、少女は伏している。
彼女は静かに空を、星も月もない夜を眺めるだけ。
荒れた校庭へと血が、彼女を構成するすべてが流れていく。
土煙とともに血の匂いが離れたこの場所まで届き、脳に〝命〟を訴えかける。
その黄金の髪は今や血錆に侵され、以前の輝きを失っていた。
その光景を見て、誰かが言うだろう。
──────なんて、痛ましい……思わず目を覆ってしまいたいほどの悼ましい光景だろうか。
それでも、吸い付いたようにその光景から目が逸らせない。
まぶたは乾燥など構うことなく開き続け、目は彼女の姿を脳に焼き付けんばかりに血走っていた。
先に反応した体に、後から脳がその理由を探した。
──────なぜ?なぜ、ここまで少女に惹かれる理由はなんだ?
まるで、分からない。頭が理解を拒んでいた。
それでも、目が離せない──まるでそれがずっと前から定められていたかのように。
戦場のような周囲の爆音は極限までカットされ、少女と俺以外の世界に誰もいないと錯覚する。
少女と目が合って、初めて気が付く……
──────ああ、そうか俺は彼女を助けたいのか、と。
あの時、助けを求める誰かを見逃していながら、これまで平然と生きてきたツケが回って来たのだと。
故に──彼女に行うことは、自身の欲による傲慢だ。
けれども、きっとここで見なかったことにすれば……もうあの頃には戻れないだろう。
そう、少女の瞳を、助けを求めない高潔なそれを痛いほど知っている
だからこそ、自身はそれを否定したいのだ……彼女こそは救われるべきだ、と。
────嗚呼、これは残心で、何の意味もない行為で、ただの自己満足だ。
後悔はあるだろう。
どうしようもない未来が待つだろう。
ここで終わるはずだった少女も、きっと断罪するだろう────
──それでも、その心残りが俺の背中を押して止まない。
ようやく、身体の震えは収まり……心は定まった。
今度こそ、お前の手を掴むと────すでに、答えは出ていたのだから。
そして、俺は全てを投げ出し────血溜まりに倒れる少女へと歩み寄った。
◆◇◆◇◆
〈二〇二五年 七月二十三日 御加実市 御加実第一高校〉
蒼穹を分けた雲が、煙のように天を衝く炎天下。
その熱と区切られた冷たい教室の中で俺は聞きたくもない担任の小言を聞いていた。
クラス全体に向けた長期休みに入る前の決まり文句が、耳から脳を経由せず耳へと抜ける。
「──────では、節度を持った学生らしい生活を心がけるように」
ホームルームが終わり、涼しい教室内は解放された熱気に支配された。
明日から夏休み、それも高校生になって初めてのだ。
浮足立った室内は、俺の冷えた体をさらに冷めさせる。
────そんなことを言っているが、実際浮かれているのは俺も同じだ。
「ねー、最近さ。ヤバい事件多くない?御加実市郊外の廃ビルで爆発だってさ」
「うわ、マジ近所じゃん。あ、これもこれも……作家連続殺人ってヤバ」
前の席の女子二人が何やらスマホを見ながら会話しているのが聞こえる。
申し訳ないと思いつつ、画面を盗み見るとニュースサイトが映っていた。
「せっかくの夏だってのに、怖いね~」
「でもさ、こういうの怪談とか都市伝説とか、夏の定番でしょ……?」
どうやら、令和の女子高生は、事件や事故も夏を感じるスパイスにしかならないらしい。
このまま、デバガメしていても良いが……なんだか虚しくなってくる。
そんな悔しさをバネに席を立ちあがって、さっさと出口に向かうことにしよう。
「ま、間下部くん!あ、その……これから期末終わりに皆でカラオケいくんだけどいかない?」
と、決意をした瞬間にそれを邪魔する声が俺を引き止める。
振り向くと編み込まれたおさげを揺らす女子、クラスメイトの宮部さんがいた。
彼女は学級委員を務める真面目な生徒だが、容姿整っており意外と男子人気が高い。
「すまん、これから部活なんだ。また、機会があれば誘ってくれ」
「そ、そう。急に誘っちゃってごめんね。それじゃ、また」
誘われたこと自体はありがたいが、きちんと断る。
宮部さんも少し顔が赤かったので、苦手な男子に義務的に誘ったとかだろう。
ただ、彼女には悪いが俺が言っても空気が悪くなるだけだ。
そう、俺は中学時代、現実ではありえない経験をし、俺の友達や知り合いは何故か半グレや見た目は怖い人間ばかりになった。
当然それは、すぐに校内に広まり、俺に話しかけてくる人間はいなくなった。
まあ?俺だって、別に友達欲しくてたまらないというわけではない。
ましてや、ラブコメ主人公みたいに綺麗なヒロインと付き合いたいというわけでもない。
まあ、部活はあるし、最低限の人間関係が維持できていれば大丈夫なタイプなのだ。
「──さて、行きますか」
俺は今度こそ静かに教室を出る。
廊下に出ると冷房から解放され、ほんのひと時の心地よい温さを感じた。
そして、ため息を吐くように呟いた俺は部室へと歩を進めるのだった。
◆◇◆◇◆
「──────クク、今日も不穏な風が吹いておるのぉ?」
俺の所属する部活は、オカルト部という結構怪しい部活だ。
古い扉から中に入ると、少しかび臭いエアコンの匂いがする。
目に入ったのは、床に張られた魔法陣、そして本棚が小さな部室に所狭しと置かれていた。
この部活の実態を物語っているようだ。
「普通にめちゃくちゃカラッとした陽気だけど」
そして、窓際で不穏な風とやらを感じているのはノワール=リヒテン=シュバルツという名前の異世界の御姫様である。
ぶっちゃけるとただの痛い中二病で姫やら何やらは、すべて彼女の設定だ。
彼女の本名は山田佳奈、オカルト部の部員である。
「にしても、窓際に座ると危ないぞノワ子──あと、暑いから閉めろ」
「おい、貴様……っ!妾の高貴なる名前を略すでないわ!?我が盟友だとしても容赦はせんぞ!」
そう、言いながら窓際から降りたノワ子は窓を閉め、憤慨しながらこちらに歩み寄る。
そのままパイプ椅子に座ったノワ子は頬を膨らませて、怒っていた。
「へいへい、そっちの漫画取ってくれ」
そんな文句を無視し、俺は気の抜けた声で言う。
ふと彼女の顔を改めて見て、やはり無駄に美少女だなぁと心の中で呟く。
まあ、調子に乗りそうなので言わないが。
「うぬぬ……!ならばもう一度行ってやろうッ!!我が名はノワール=リヒテン=シュバルツ、闇を統べる姫で──────」
「はいはいノワ子。あ、さっきコーラ買って来たけどいるか?」
「……いる」
ノワ子は口を尖らせているが、やはり賄賂には勝てなかったようだ。
もし無かったら、永遠と語りに付き合わされるからな……買っといてよかった。
そしていつもの通り、ノワ子の戯言に付き合いつつ、漫画を流し読む。
オカルト部とは名ばかりで実際は、上記の流れを繰り返すことがほとんどだ。
「────おや、もう付いているのかい。早いね、君たち。」
そんな中、扉を開けて美声を放ったのは、俺のマブダチこと伊高陽介である。
三百六十度どこから見ても、イケメンである。
本来は毛嫌いするタイプの人間だが、彼も校内で事実無根の良からぬ噂が広まっている。
なので、濡れ衣ブラザーズ(?)として親近感を覚えているのだ。
「ようやく来たのか。妾をあまり待たせるなよ」
「部活以外はやること無いからな」
ノワ子の意味わからん発言は放置し、陽介に反応する。
「ああ、そうだね。でも、良かったのかい?誘われていたじゃないか、カラオケ」
「地獄耳かよ……行かないに決まってるだろ。てか、俺を誘う理由なんて陽介以外ないし」
そう、このいけ好かない茶髪の美丈夫はこの学校では途轍もない人気を誇る。
俺と彼の仲がいいのも周知されており、俺は大抵陽介のダシにされる。
「うぬ?盟友、妾を裏切ってカラオケに行くつもりだったのか!?」
「そうだね。ナギト狙いの子もいるだろうし」
「ハイハイ……つっても別にカラオケとか、気まずいだけだろ。俺は、こうして部活してる方がマシなの」
そういう慰めは必要ない。
だが陽介はそういう無駄に好青年なところが憎めないのだ。
そのモテを少しでも俺に分けてほしい。
「ほほう……妾がいる場所を好きと、愛しているというわけだな」
「公開告白かい?良いね、嫌いじゃないよ」
「ああ、ついでにこのゴスロリが消えれば、もっとハッピーだ」
当然のように誤解を生むノワ子に、苦笑いを浮かべて返す。
そう、この心地よい会話こそ、俺がこの部活に求めていることである。
偶にUFO呼ぶのも悪くないけどね。
「────で、今日は珍しく活動があるんだろ」
「ふふ……よくぞ聞いてくれた!」
そして、話が一段落したタイミングで俺はノワ子に、今日の活動について聞いた。
今日はその偶に、の日であった。
しかもおそらく、企画者は不敵な笑みを浮かべるアホの姫である。
「────今夜、この学校で組織が〝百鬼夜行〟が起こなおうとしている。我々の使命はその阻止だ!」
「……あー、つまりどゆこと?」
予想通りの不安が俺を襲うが、神妙なキメ顔でいうノワ子は得意げであった。
そう、結局オカルト部の〝らしい〟活動はノワ子か部長持ち込みしかない。
実はこのオカルト部の活動は結構本物を引き当てることもあるのだが。
「──つまり、真夏の夜の肝試しってことさ」
「そんなことだと思ってたけどよ……肝試しって小学生のイベントかよ!?」
「ふ、どうせなら部長も呼ぶか──さ、楽しい百鬼夜行の始まりだのぅ!!」
やめろ、あの人が来れば肝試しが心霊体験になっちゃうから。
ていうか、阻止するんじゃなかったのかよ。
────そんなこんな騒ぎつつ、一旦解散して、また夜に高校で集まることとなった。
そして、俺たちの夏休み初日はゆるりと始まりをつげる。
──それが、命を賭けた戦いの入り口であったことは露知らず。
◆◇◆◇◆
〈御加実市 郊外〉
都心から少し外れた場所にあるファミレス。
学生が騒ぐにはちょうどいい立地にあり、平日でも人の多い店────のはずだった。
「……本当に来るんスか?」
「ま、来なかったらそれはそれで、だろ」
場違いな二人組が、注文もせず席に居座っていた。
着崩したスーツ、整った顔立ちの金髪の男、口元に傷が無ければホストに見えるだろう。
対面にはコートを羽織った青の混じった翡翠髪の目付きの鋭い女、マフィアにしか見えない。
彼らの纏う雰囲気に、店に来ていたお客はすぐに出てしまった。
当然、新しい客など入ることもない。
店内が絶海の孤島と成す中、そこに一人の学ラン姿の少年が割り入った。
「────お久しぶりですね、ライカさん」
店内に入った男子学生は、すぐに近寄りがたい二人組の方へと向かう。
本来の客であるはずの見た目である彼が、この場で一番の異質となっていた。
切りそろえた短髪を揺らした彼は、笑顔で二人へと話しかけ──ライカと呼ばれた女の対面、傷の男の隣に座る。
そして、おずおずと来た店員にアイスコーヒーを頼んだ。
「遅ぇな?」
「申し訳ありません。こちらも少々忙しい身でして」
すでに、待ち合わせの時刻をとっくに過ぎていた。
にも関わらず飄々と謝る彼に、ライカは切れ長の眼を突き刺す。
「ともかく本題に入りましょう。連絡の通り、依頼したいのは〝狩り〟でして」
「……狩りだァ?アタシらを使うには持ったいねぇだろ」
少年の視線にライカの鋭い目が更に鋭利となっていく。
だが、それを軽々と受け流した彼はストローでコーヒーを一口啜る。
「今回狩るのは獣ではなく、【空想現界人】ですよ」
「【空想現界人】は不可侵の〝ゲーム〟から出てこねぇんだろ────舐めてんのか?」
場の空気が凍る……試すような笑みを崩さない少年を、ライカは威嚇する。
しかし、気圧されるのは一部始終を盗み見ている店員だけで、部下も少年も涼しい顔だった。
「────いいえ、全く。ただ、【空想現界人】の全員が参加しているわけではない」
少年がそう言うと一つの写真、金髪の少女が映ったそれをテーブルに置いた。
「ハ、なるほど。で?アタシらをただで動かそうってワケじゃねぇよな?」
「もちろんです────これが報酬の前金、本報酬は獲物と交換です」
さらに付け加え、彼が封筒を差し出す。
ライカは訝しげにその封筒を取り、その中身を確認すると────
「──ハッ、癪だが……どうやら、本気らしいな。相変わらず狡いな、『約定』のリザロさん?」
「彼女はとある高校に逃げ込んで……ま、場所に関しては封筒に入ってますので」
まるで、全てを予期していたかのような少年、リザロの態度に、嘲笑を浮かべライカは噛みつく。
だが、破格の報酬に受けないわけにはいかない彼女は、油断なく余裕を崩さない。
ライカは話の途中にも関わらず写真を持って立ち上がった。
彼女は去り際まで、殺気を放ち続ける。
両者の在り方は根本的に合わない、なおかつお互い油断できない相手であるからだ。
「依頼受けちゃっていいんスか?」
「嫌だ……が感情を優先して断るほど、アタシは落ちぶれちゃいねぇさ」
聞こえていると分かっていながら、ライカは部下の男も問いかけに応える。
そして、去っていく彼女にリザロは目を細めて、コーヒーを飲み干す。
「────貴方にも期待していますよ。帝国派の名手『四色雷葬』のライカ=ティエリさん」
既に聞こえる筈のない距離でリザロは呟く。
その言葉を聞いていたらしいライカが、遠くで中指を立てていた。
そんな様子を彼は目を細めながら静かにただ見ているだけ。
「さてと────思ったより楽しいことになりそうですね」
時刻は午後七時、すべてを隠す夜はもうすぐ。
──約定の魔術師は薄い、しかし不気味な笑みを浮かべるのであった。
◆◇◆◇◆
〈御加実市 御加実第一高校 部室棟 4F〉
──夜も更けたころ、御加実市の都心部はネオンの光が昼と見紛うほどに輝いていた。
御加実第一高校は少し都心から外れた場所にあり、校庭の裏には山がある。
故に辺りは暗く、校舎自体割と雰囲気だけはある。
────遠目にも、都心部の夜景が見える。
もう一度集合した俺たちは校門を越え、校舎への不法侵入を成功していた。
そして、既に階段を上り、俺たちは四階まで来ていた。
「どこから校舎のカギを持ってきたんだよ。陽介」
「フ、企業秘密さ」
鍵の出所は気になるが、これ以上追及するのも怖いので放置しよう
ともかく、夜の校舎を探索していたが、思ったより何も起こらなかった。
「んで、お前はなんでさっきから黙ってんだよ」
「……だ、黙ってはいない!妾を誰だと心得る盟友!?我が名は────」
「怖いんだね」
「────怖くないわい!?」
陽介の真名詠唱キャンセルに、ノワ子は目を剥き懸命に拒否する。
そのキャラで、怖がりとかギャグだろ……まあ、俺も舐めてたが、校内は思ったより雰囲気がある
「雰囲気はある。けど、部長が来てないから安心はできるな」
「部長はオカルト適性が半端ないから……普通にUMAとか怪異とか呼んでくるからね」
そう、しみじみとこれまでの活動を振り返る俺と陽介。
この部のオカルト要素のすべてを締めるのは、他でもない部長なのだ。
彼女の他校にも知れ渡るオカルト好きで、部員は大抵肝試しやらに付き合わされる。
そして、百鬼夜行やらUFO不時着現場やらに遭遇するのが、活動の定番なのだ。
今回は部長がいないので、そこは安心だろう。
「フハハ、妾は闇を統べる姫だぞ!お化けの百や二百など──────きゃ!?」
「可愛い悲鳴を頂きました」
「乙女モードに入ったね」
そう、誤魔化すように声を張るノワ子だが、近くで物音がしたため可愛らしい悲鳴を上げた。
これ見よがしに俺たちが茶化すため、耳まで真っ赤になってしまったようだ。
「……こ、こほん、ともかく行くぞ。もうすぐゴールの部室────」
「────ん、何か物音がしないか?」
先に俺の耳に入ったのは俺たちのものではない、何かを叩くような音だった。
そう、咳をしてなかったことにするノワ子の発言を遮ってしまう。
「警備員とかかな?その場合は逃げた方がいいかもね」
「……お、お化け?い、いや別に怖いとか──────」
そう予想し、階段の曲がり角で身を隠そうとする陽介。
そして、確かに聞こえてきた物音にノワ子も青ざめていた。
──徐々に、その音は大きくなっている。
「────先輩がいないはず、だろ……でも、これは」
────どん、どん、と肥大化していく打砕音は、まるで不安を煽るように体を凍らせていく
すでに、冗談を言い合っている精神状態を過ぎており、俺たちは黙る。
ただ立ち尽くすことしかできず────それでも、音は大きく、なっていく。
──────やがて、バキリと天井へヒビが刻まれた。
ミシミシと物体に重さがかかる音がした……そして──────
「──────ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
コンクリートの天井が割れ、狂気に染まった叫び声が俺たちの体を震わせた。
──命を賭けた戦いの入り口は、すぐそこに迫っていた。




