第7話 その依頼、断れません
ギルドマスターの部屋は、ギルドの二階にあった。
「帰りたい」
私は階段の前で立ち止まった。
「まだ何も始まってねぇだろ」
肩の上で、クロがため息をつく。
「でもさ」
「なんだ」
「偉い人に呼ばれるって、だいたい怒られる時じゃない?」
「お前の場合は違う意味で怒られそうだけどな」
私は少し考えた。
「依頼失敗したかな」
「してねぇだろ」
「結晶、割れてない?」
「割れてねぇ」
「森、壊してない?」
「壊してねぇ!」
クロがぴしゃりと言った。
「とにかく行くぞ」
私はしぶしぶ階段を上がる。
重たい扉の前で、私は少しだけ緊張していた。
「入れ」
中から低い声がする。
私は扉を開けた。
部屋の奥の机の向こうに、一人の男が座っていた。
年は四十前後くらいだろうか。
肩幅が広く、落ち着いた雰囲気の人だ。
この人が――
「ギルドマスターのヴァルドだ」
やっぱり。
私はぺこりと頭を下げた。
「リリアです」
クロは私の肩で小さくあくびをした。
「猫連れか」
ヴァルドがちらりとクロを見る。
「相棒です」
「勝手に決めるな」
クロがぼそっと言う。
ヴァルドは少しだけ口元をゆるめた。
「……面白い組み合わせだな」
そう言って、机の上の書類を手に取る。
「魔力結晶の回収依頼」
あ。
この前のやつだ。
「報告書は読んだ」
ヴァルドは静かに言った。
「魔力が暴走しかけた」
「はい」
「だが、結果的に安定した」
「そうみたいです」
正直、私にもよくわからない。
でも直ったから、よかったと思う。
ヴァルドはしばらく私を見ていた。
少し考えるように。
「普通なら」
ゆっくり言う。
「そこで終わる」
私は首をかしげた。
「終わる?」
「爆発する」
「え」
爆発。
そんなに危なかったの?
クロが横で小さくため息をついた。
「だから触るなって言っただろ」
「だって直せそうだったし」
「直ってねぇ。運が良かっただけだ」
ヴァルドはクロを見てから、もう一度私を見る。
「……運、か」
そして椅子にもたれた。
「リリア」
「はい」
「依頼を一つ受けてみないか」
私はぱっと顔を上げた。
「依頼?」
「ああ」
ヴァルドは机の上に一枚の紙を置く。
地図だった。
「街の北にある遺跡だ」
遺跡。
なんだか冒険者っぽい。
「最近、魔力が不安定になっている」
「不安定?」
「調査に向かった冒険者が、何人か失敗している」
クロの耳がぴくりと動いた。
「失敗?」
「装置の暴走や罠でな。幸い死者は出ていないが」
私は地図をのぞきこむ。
街から少し離れた場所だ。
「やることは簡単だ」
ヴァルドは言った。
「遺跡の奥にある魔力装置の状態を確認してほしい」
「確認ですか」
「触らなくていい。様子を見るだけでいい」
私は少し考えた。
調査依頼。
危険そうだけど、面白そうでもある。
「どうだ?」
ヴァルドが聞く。
私はうなずいた。
「やります」
その瞬間。
「待て」
クロが低く言った。
「やめとけ」
私はクロを見る。
「え?」
「その遺跡」
クロのしっぽがゆっくり揺れる。
「魔力が妙だ」
「妙?」
「古いんだよ」
ヴァルドの目がわずかに細くなる。
「ほう」
クロは小さく舌打ちした。
「嫌な感じがする」
私は少し考えてから、笑った。
「でも」
クロを見る。
「失敗するのは得意だよ?」
クロは顔をしかめた。
「それ自慢すんな」
ヴァルドはふっと笑った。
「決まりだな」
そして地図を私に渡す。
「無理はするな」
「はい!」
私は元気よく返事をした。
部屋を出たあと、私は地図を見ながら言った。
「遺跡かぁ。楽しそうだね」
クロは私の肩の上で、小さくため息をついた。
「……ほんとに行くのか」
「うん」
「絶対なんか起きるぞ」
「大丈夫」
私は笑う。
「なんとかなるよ」
クロは深いため息をついた。
「……その“なんとかなる”がな」
私は首をかしげる。
「?」
クロは小さくしっぽを揺らした。
そして、低い声でつぶやいた。
「今回ばかりは――」
「嫌な予感しかしねぇ」




