第六章:お別れが早すぎて
第六章:お別れが早すぎて
SIDE:ARUMA
オレは、思い違いをしていた。警察というのはグズでトンマな勘違い集団だと思っていたが、そうではない。せっかく居合わせた中学生に通報を頼んだのにこの辺でオレがうろついていたという話をどこからか聞きつけて、過去の通報や雑貨店の爆発事故と紐付け、オレが関係していると断定した。特徴をつかめば即ローラー作戦、だいたいの行動パターンを推測してもうお縄。こいつがいつもうろついているからこいつを捕まえればいい!と考えたらしい。なんて有能なんだろう。
留置所に入れられたが最後もう申し開きすらできないので派出所で食い下がる。オレたちの業界では「こういうことになったヤツは見捨てろ」が定石、みんなで芋づるに疑われたら全員検挙される。検挙した方がいいヤツの方が圧倒的に多いから文句も言えず、被害を最小限に抑えた方がいいというお江戸の火消しのような考え方で全員動く。ミナカタだってここで出張るとこの業界のめ組たちに怒られるので身動きできないどころかまずオレが連絡できない。クラハシという知り合いは鑑識なので完全管轄外、オレは生涯最大の窮地を迎えていた。違うんです!なんていうと「何が違うのか」を説明できないから半ばだんまり、これで乗り切れたらその方がおかしい態度を取り続ける。何かないか!逆転のウルトラC!と思っていたら救いの糸が垂れた。派出所の外から、女の子の声が聞こえた。
「アルマ、何してんの?」
……声をかけてきた槙島、もとい地元の女子中学生。最近知り合ったよそ者の成人男性はこれで不審者確定、署轄の刑事に引き渡される。アホー!と怒ったが警官にどやされ連れていかれた。目の前に垂れた救いの糸は有罪確定の決定打となり、オレが何言ったってもう無理だ。抵抗するのもアホらしくなって捕まっていた。
SIDE:MAXIMA
おまわりさんがアルマを連れてっちゃった。明日はどこに集合するか聞いてないから帰れないや。アルマって電話かけても出ないんだよね。着信がほとんどないから一つか二つしか音が鳴る番号がないように設定してるんだって。後は出ても勧誘だから、電話はこっちからかけれればいいって。「霊感商法は霊感のないヤツにしろ!」って怒っていた。誰にしてもいけないと思う。
どうしたらいい?っておまわりさんに聞いても、こっちでやっておくから帰りなさい、って言われるだけでどうしたらいいかわかんない。助けた方がいいのかな。でも助けようとしたら怒ってたから任せておこう。大人だしね。私は今日やることがなくなって、ヒマになった。
河川敷にあるグラウンドで、どこかのサークルが練習していた。ラクロスのチームの中には、木戸さん。近くに宮奈さんがいて応援していて、私も横で見せてもらった。宮奈さんは、木戸さんのことが心配らしい。病院に行った後特に何もなくて、スポーツドリンクを飲んだらだいたい治っていた。でも不思議な話だったから、本当に大丈夫かわからなくて今日は見に来たんだって。たぶん大丈夫だよ、アルマも言ってたし。そう言っておいたけど、何か気になるみたいだった。
少し前に、宮奈さんと木戸さんはショッピングモールに行った。特に何か買うわけじゃないけど、見て回っておしゃべりしていた。ショッピングモールの端っこにはお洒落な小物を売ってる店があって、パワーストーンだからお守りになるんだって。お寺の石みたいな大きさじゃないけど、ブレスレットにしたりネックレスになってたり。木戸さんは、手首につけるアクセサリーが気に入ったらしい。ラクロスの選手で、試合の前に絶対勝とうと思ってこれを外すといいプレーができるって言ってる人がいて、それとそっくり。気持ちの問題だから、って珍しく買ってつけていた。そういえばたまに手首にそういうのが見えていた。それで、宮奈さんはそれがなくなったのが気になるらしい。
木戸さんはだいぶ気に入ってたからあの日もそれをつけていた。その後倒れているところを見つけて、気がついたときにはそれがなかった。大事につけていたからそのあたりを探したけど、みつからない。やっぱりあの日は、何かあったんだって怖がっていたらしい。木戸さんは元々気持ちが強いからすぐに気にしなくなったけど、たまに手首を見て「そうか、ないんだ」って感じになっているらしい。私は、練習が終わった木戸さんが来たら、みんなでショッピングモールに行こうって誘った。同じものはないかもしれないけど、木戸さんはその選手と同じくらいすごくなるんだから違うものでもいい。気持ちの問題だよ、って言ったら明日みんなで行くことになった。アルマが電話に出ないから明日どこに行けばいいかわからないし、明日だけ。買い物が終わったら、もう一度電話して言っておこう。そう思って、みんなで駅に集合する約束をした。
SIDE:ARUMA
……オレの人生は終わりだ。魔導師の業界は信用が全くないのに、魔導師で捕まったなんて詐欺師にしか思えない。オレはそういう同業者を「ああ詐欺師だなあ」と思ってきたのでまず間違いなく詐欺師扱いだ。加えて女子中学生を付け狙う異常性犯罪者の疑いもかかる。ここまでされるとフリーライターにも戻れない上に、狙っていた少女がアレだと思われている。んなわけねえだろ!と必死になって言い返したのが運の尽き、もう決定的に疑わしくて言い訳も出てこない。ここからブタ箱送りだろうか。業界はもちろん、依頼元に至ってはこういうヤツは関係ない、知らない!と言いたがる薄情者なので、たぶん終わりだろう。そう思っていたら、救いの糸。今度はああいう当てにならない糸ではない。ナイロンザイルのような救いの糸!もう糸ですらないくらい頼もしい。垂らしてくれたのは神でも仏でもなく、人間。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いだった。
アルマさんですか?と刑事に聞かれて、今は多少物腰が柔らかくても取調室で殴られるのだろうと思っていたら、派出所内で揉め始めた。なんだかオレを解放しようと思っているらしい。なんで?こんなヤツは会ったことないし見たこともない……いや、思い出した。見たことだけはある。クラハシから送られてきた写真で、女の子と一緒に写ってたおっさん。要するに助けた女の子の親戚だ。昨日の顛末を定時連絡でミナカタに話を通して、クラハシ、この刑事と伝わってからオレが捕まった。なんでも署に話が来たときに自分が行くとなにげなく言い出して駆けつけ、何かの間違いだ、という話にしようとしている。残念ながら間違っているところが一つもないのでしない方がいいが、オレにとっては止める理由がない話なので傍観していた。どうせ聞いてもらえないしな。刑事は容疑者を署に連れていき、向こうで落とし所を見つけると言ってオレを連れ出した。移動する車の中でも、なんでまたこんなに聞き分けがいいのか不思議だった。こんなことしたら首が飛ぶぞ、まあ止めはしないが。
「アルマさん、ご迷惑をおかけしました」
やたらにかしこまるのでむしろ怖い。所詮は警察、直接会ったことはないのだからいつ手のひらを返されるかわからない。信用しないでおこう、と思っていたらそうは行かなくなった。
「……あの町は、どこかおかしいでしょう」
……?正直言って見るヤツが見れば怪異だらけ、どう見たっておかしい町だ。ありえないレベルとは言わないが珍しい怪現象がすし詰め状態、異次元回廊が開くごとに増えていって収拾がつかない。見えないヤツはここに平気で住んでいるのだからたくましいものだと思っていた。むしろ見えないヤツしかいないからああなっているのだろうと思ったら、何か知っているらしい。そう言えばクラハシの知り合いの刑事は近くの中学校の出身だったはず、何か知っているのかと聞くと、子どもの頃は見えたらしい。
刑事だって子どもだったので目に映るものはこういうものとだいたい思っていた。小学校の中程から見えなくなってきて、霊能力なんて子どもの方が強いと知識がなくてもだいたい思うもの、自慢にもならないことだと思っていた。だが、刑事として仕事をして世の中を広く知れば知るほど、あの町は何かおかしかったとなるらしい。だから親戚の子がいなくなったときも周りが不思議がるほど心配して、クラハシはなんとなく知っていたので気を利かせたようだ。そりゃあもう怪奇だらけで、あの町だけで特集本が出せると言ってもすぐに納得した。一応本物かな。
刑事は大したものが見えたわけではなく、なんとなく噂にあるものがなんとなく見えていた程度、それ以上でもそれ以下でもない。だから、寺の岩がどうとか夜道の通り魔がどうとか、そこまで詳しくはない。そして、刑事は言うのだ。
「町のどこかにあったでしょう、大きく出る場所が」
……どこだ、と聞いたがそこまではわからない。まだ小学校に入る前くらいの頃に、何かに気がついた覚えがあるが何だったかは覚えていない。稀に近所で工事があったら、道が広くなるだけで前の光景を思い出せないように、おぼろげ過ぎて何かあったことしか思い出せないらしい。まあ仕方があるまい。ガキの頃の記憶なんてそんなもの、霊視となればなおさら。むしろよく覚えていると感心する。それだけ印象深かったのだろう。そして、刑事は署で見てほしいものがあるという。
「……一度来てもらうのは、それもあるんです。私にはわかりませんが、不安で仕方がなくて……」
この刑事は、一応本物だ。その手のものが見えなくなってもう三十年ほども経つが、霊視はかなり難易度の高い能力でできなくなった後も危機察知の感覚は残ることがある。「虫の知らせ」と呼ばれるそれは、オレたちのような業界のヤツでなくても不思議なほどよく当たる。この刑事が言うのなら……見ておいた方がいいだろう。車は署に走り、飯は出るかと聞いた。「長丁場になるようなら、出前を取ります。私のおごりで」と刑事は言っていた。……あのカツ丼、普段はおごりではないのか。
警察署の一室に通されると、落としたペットボトルとかちぎれたキーホルダーとか、関係のありそうな証拠品が並んでいた。関係ありそうといっても片っ端から集めたのでまとまってはおらず、まあそのうちゴミだったと結論されて保管だか廃棄だかされるのだろう。ガラクタどもを前に、刑事に聞いてみた。
「これか?」
「……いえ……」
だろうな、と付け加えて刑事を急かした。刑事は、本当はいけないのでご内密に、と言ってファイルを取り出した。被害者の所持品の一覧。この中に何かありそうだと言うのだが、何かはわからない。特に不思議だとは思わないんですけど、と数人のヒラ刑事に混じった男が言っていた。ええと、見覚えがあるぞ。……クラハシ!今ようやく名前を覚えたので、クラハシ側は「……そうですけど?」って感じで驚いていた。お前は特徴がないんだ、もっとおでこの広いドジ刑事で頭をピシャンと叩きたくなるヤツの方がかわいがられるだろうと言っておいたのだが、こいつの上役は若い頃そんな感じで苦労したといつもぼやいているらしい。それくらいでいいんだ、とすぐに結論して証拠品のファイルを受け取る。そして書いてあるものに目を通すのだが、おかしなものはなさそうだった。しかし……何か腑に落ちないというのはオレも同じ意見で、それを言葉にできずに困っていた。自分の上役は若いときに手術後退院してすぐに無茶な仕事をさせられて大変だったといつも言っている、と勝手にしゃべっているクラハシを黙らせようとしたのだが。
「……喘息薬は?」
病院の話から、薬が目についた。喘息持ちの中学生が、吸入器を持っていたらしい。吸入器はあるのに喘息薬がリストにない。使い切った?使い切っても平気なくらいの薬のために吸入器を持ち運ぶだろうか。発作が起きたら困るから持ち歩くわけで、遅くなったときのために多めに持つのが自然、仮に出かけるのが近所だから一回分しか持っていなかったとして、出かけたのは近所なのか。往路の途中でなくなっているならすぐに帰るべきで、喘息持ちにとって必需品の喘息薬なのに、吸入器を持って薬を忘れるなんてそんなことあるのか。そう言いながらオレは、部屋の入り口を閉めて鍵をかけた。そして全員に向き直る。
「名乗るのが遅れた。アルマだ」
オレをここに連れてきたサエグサという刑事を始め、クラハシ、ノナカ、ホリグチと順番に名乗った。同調圧力というヤツで、なんとなしに名乗らないといけない雰囲気で自己紹介。そして。
「ええと……」
最後の一人が名乗る前に全員が一瞬止まった。走り出した相手の動きの起こりを押さえて剛健を発動、すぐに捕まえたのだが手首がぐにゃりと曲がって力が抜ける。糸の切れた操り人形のようなそいつは、まるで骨抜きのタコ。今までここに立っていたヤツが骨のない人間なんて奇怪な生物であるはずがない。しかし、実際にそうだ。溶けるように消えていった最後の一人を前に、他の連中は言葉をなくした。まあ気にするなと言っておく。……仕事の手が足りないということはあるまい、どうせどこからともなく入り込んでまた混じる。それよりも、とファイルを開いた。おそらくそうではないかとあたりをつけるとようやく見える。全員が、なくした物があると証言していた。もちろん一つや二つではなくさっきのガラクタに混じっていて返却されたものもある。しかし全部が見つかっているわけではなく、全員何かが見つからないと言っていたようだ。断定はできないが、予想はつく。助けてくれた刑事の手前、もう少し裏を取るが……なくなっていると確定している喘息薬はステロイド系、オレはこの手の薬には商売柄詳しい。常備薬の副作用を大して調べもせずにオレに丸投げする輩は多く、いつも否応なしに調べている。ホルモン系の薬剤は自律神経に強く働いて……眼圧が上昇する。何かが流れ込むわけだ。もしかすると、エネルギーを供給する何かが。すぐにも飛び出したいのをこらえて、急ぎで調べを進めた。
SIDE:MAXIMA
土曜日の朝、ショッピングモール。私たちは表で待ち合わせて、みんなで店を見て回った。前のを買った店もいいけど、次のを買うんだから他の店の方がいいかな。三人でおしゃべりしながら見て回って、お金もないのにキラキラしたショーウインドウをずっと眺めていた。私は一度トイレに行って、鑑の前で携帯を見た。かかってきていない。何回かアルマに電話したけどつながらなくて、留守番電話を聞いてくれる気もしない。明日なら出るかな。駅で待っていてもいいし、日曜はそうしよう。今日は木戸さんの買い物の日だから、待たせないように二人のところに戻った。
テナントに入った専門店。何回歩いてもどこに何があるかよく覚えていない。木戸さんも宮奈さんも、私より少し覚えているくらいで、あの店はたぶんあっち、と言っていた。こうやって三人で出かけるのは、最後かもしれない。学校が変わったら、みんな会わなくある。ちゃんと会おうねって言ってても、みんな会わなくなるらしい。三年も一緒にいたのに、忘れちゃうなんて思えない。でもみんな、卒業の時はそう思っていたって言っている。それって仕方ないよね、って言われても、私たちはまだ卒業してないからピンと来なかった。
専門店の中には、新しい店があった。たまに入れ替わって、新しい店ができる。見たことないけどよさそう、入ってみよう!って宮奈さんも木戸さんも言っていて、私は止められなかった。この店は、飾ってある。店の中も、外も、人も。入らない方がいいと思うけど、最後のお出かけとどっちが大事なのか、私にはわからなかった。
SIDE:ARUMA
喘息薬、ハーブの匂いのお守り、トルコ石の欠片、花粉対策の塗り薬。全部が全部なくてもどうにかなってしまい補充が聞く程度の代物、全員諦めたらしい。なぜ疑問に思わん、と怒ったところで普通は疑問でもない。落としたと言われれば仕方ないですませるものばかり、さらには当人たちは自分がなくした物しか知らずこれほどどうでもいい物なら盗られたなどとは思わない。喘息薬が目に……眼に与える影響から逆算するとどれもこれも怪しい。ハーブは漢方、つまり薬草と同義。次元の向こうにある成分とない成分があるとすれば必要とするかもしれない。トルコ石はこちらを起源とするエネルギー源、使うわけではなく方向のあたりをつかむコンパスといったところか。負担の低減を考えるならアレルゲンのブロック薬だって必要な場合があり、向こうの環境がわからない以上否定する材料はない。もし何かわからない物があるとすれば、カレンダー。町内会の福引きか何かでもらった卓上カレンダーは、眼魔どころか人間だって使わない。なぜこんなものを必要としたのか。デザインも素材も安物としか言いようがなく、オレならもらってもその場に忘れて帰る。覚えていたって忘れておいて置いて帰る程度のそんなものがなぜ盗られたのか。サエグサという刑事は、一度休みましょうと悠長なことを言ってきた。気がつけば朝、もう日が昇ってだいぶ経つらしい。最後に飯を食ったのは日付が変わる前でクラハシなど今日は帰る予定だったから泣きながら寝ている。根性なしめ、なんていつもは冗談で言うことが本気になってしまいようやく追い詰められていると自覚した。今日は日曜ですし……とバカなことを言うサエグサは、カレンダーを指さした。部屋にかけられていた負けず劣らずの安物。2月の29日だ。そうか、今年はうるう年か……とよぎってようやく気がつく。オレはなんてバカなんだ、と。
傍から見るとオレは、弾けるように動き始めたらしい。自分ではよくわかっていないが、刑事たちに天文の資料をよこせと叫んで部屋のファイルを全部あさり、見る間に散らかしていった。そして頭をフル回転、資料が手元に来た頃にはもうだいたいつかんでいた。
「……今年は何年だ!」
こんなことを毎年言うのだから人間はオレのみならずみんなバカなのだといつも思っていた。しかし、こと眼魔に限りそうではない。次元の向こうでこちらの時間の流れは想像がつかず、何かからタイミングをつかみたかったではないか。季節がわからなくとも西暦さえ続いていればわかることはいくらかある。例えば、星の配置。これは魔術において重要な要素なのにすでに廃れて人間の魔導の歴史からはなくなっているが、眼魔は千年以上前に異次元に追いやられた。当時であれば、人間でも考える者がいた。そこから逆算して、星の動きを予想した者もいただろう。眼魔がそれを知っていたなら、「今年は何年」という情報は戦局を左右する分岐点、もしかしたら最重要ポイントだ。資料と照らし合わせて、愕然とした。火星が地球に最接近するなんてどうでもいい天文ショーだと思っていた。火星。それは遙か古代から、凶星として知られている。
部屋を飛び出そうとしたが、ここは常盤町から駅三つ分離れた警察署、交通手段がないならむしろ時間がかかる。車を回せと警察相手とは思えない乱暴な命令を飛ばし、わずかに待つ時間があった。眼魔はどこで、何を企んでいる?思わず携帯を手に取ったが、何をしようとしたのだろう。ミナカタに連絡するようなタイミングではなく、思い当たらない。携帯の待ち受けには、珍しくも留守番電話の記録があった。何かと思えば、バカ娘。槙島の残したメッセージが、一応残っていた。
SIDE:MAXIMA
モールの中で迷っちゃった。いつも来るモールだし、見たことない店があってもどこにいるかくらいわかる。だから新しい店がたくさんできたんだなあと思っていたら、全部同じになった。見たことのある店がどんどんなくなって、同じ店が並んでいる。さっきのアクセサリーショップと同じ店が並んでいて、一つも違う場所がない。宮奈さんも木戸さんも、何かおかしいって焦っていた。店の中から女の人が出てきて、二人は慌てて声をかけた。どうなってるんですか?モールがこんなことに、って話を聞こうとしたけど、私は近寄れなかった。私は指を鳴らすのが上手くない。でも、たまに隙間みたいなものが通るのがわかって、べしってかっこ悪い音を鳴らした。
たくさんあった同じ店が、ぼやけて広がって上に吸い込まれていく。店は天井にまとまって、全部消えてしまった。宮奈さんと木戸さんは、何が起きたかわからないみたいだったけど、目の前の女の人が目玉だらけのオバケになって悲鳴を上げた。
「合わせただと?お前はなんだ?」
目玉のオバケは、アルマと同じようなことを私に聞いて驚いていた。でも答えてるヒマはなくて、宮奈さんと木戸さんが逃げるのを手伝わないといけない。アルマのマネで体を強くして思いっきり走り出して、まだ寒いけど上着を脱ぐ。一番大きい目玉にかぶせると、オバケは急いで上着を払った。目玉がたくさんあっても、半分見えないのは嫌だよね。少しだけ時間があったから宮奈さんと木戸さんの手をつかんで、少しだけ離れた。私ってかっこいい、闘牛士みたい!って言いたいけど、なんかそれどころじゃなくて、ショッピングモールにいた人がみんなオバケを見て驚いている。襲われるかもしれないから集まったら危ないけど、人によってはよく見ようと近くに来る。目玉のオバケは、あんまりその気がないみたいだけど。
「見たければ見ていろ」
目玉のオバケは、近くの雑貨店にミミズみたいな手を伸ばして石をつかんだ。飾りにしてあった水色の石。浮かび上がって、店が吸い込まれていったあたりに来ると、何かを見つめていた。そのとき、光の弾が飛んできてオバケにぶつかった。少しだけひるんだオバケは、私をにらんだけど私じゃない。私じゃないなら、決まってる!
「アルマ!」
知らないおじさんたちと一緒にモールに来たアルマは、私に叫んだ。
「逃げろ!」
SIDE:ARUMA
なんてことだ、フルパワーで撃ち込んでもこの程度。よりにもよって極端に人口密度の高い場所に開きかけた異次元回廊もこじ開けようと思えば、できるかもしれない。向こうにあるトルコ石をこっちから引き寄せて位相差を本体ごと通過するつもりだ。周りの刑事にとにかく全員連れ出せと叫んで、もう一度エネルギーをためる。倒せなくとも本体召喚を阻止すれば勝ったのと同じ、眼魔のもくろみは潰せる。こちらに重点を置くなら不可能かどうかはやってみないとわからない、と思っていたのに。眼魔の目玉がこちらを見ると、吸い込まれるように意識が遠のいた。目の前を通る歪んだ光景、虹色のシャボン玉のような幻想。脱出しないと、とよぎったのを最後にオレの思考は止まる。かろうじて目に映る眼魔の姿は、異次元回廊を開けるべくもう一度浮かび上がっていった。指一本動かないどころか何も考えることができず、死人でもまだもう少し役に立つような、そんな状態。眼魔の前に、亀裂が広がって向こうから何かが迫る。怒りに燃える単眼が近寄ってくる。絶望的な光景を前に、危機すら感じることができずに見ているしかなかった。そのとき。
「アルマ!」
我に返って自分の顔を思いきりぶん殴り、正気に戻る。痛え、殴りすぎた。オレを呼んだのは、やはりというかなんというか、この二週間横にいづっぱるバカ娘。槙島は逃げなかったらしく、周りの連中がもう誰も近寄れなくなったこの状態で寄ってきて地団駄を踏んでいた。とっとと逃げろ、と言っても嫌だという。言いやがったな、だったら。
「じゃあついてこい」
槙島は迷わずうん!と返事をした。少しは迷え。オレは槙島に反対側に走るように指し、地べたから眼魔を挟むように左右に散った。眼魔はこちらに興味を持たず、異次元回廊の先しか見ていない。バカめ、タカくくりやがった。これがお前の運の尽きだ。オレは思いきりため込んだ陽の気を解放、周りが白く光る。それを真似た槙島は、とっさに陰の気、青を出す。正反対だな、都合がいい。オレが手首を返して力を込め、陽の気は陰の気に変わる。槙島側が反動で変化して、陰の気を陽の気に。ドン、と力の流れが変わって周囲の店の陳列棚が倒れた。もちろん眼魔が気にするほどのものではない、しかし。
槙島の切り替えた気の波動を受けて、オレがさらに陰の気を陽の気に、それを受けて槙島は陽の気を陰の気に。だんだん速くなる陰陽の入れ替わりは、そのたびに強烈な衝撃を生む。最初はせいぜい警報が鳴るレベルだった波動はみるみる大きくなって次元を揺らしねじ曲げて、もう光すら直進しない。眼魔が気がついたときには異次元回廊のすぐ向こうに巨大な目玉が迫り、どうやら手が離せない。点滅を繰り返して加速度的に強くなった波動は、ついに次元に亀裂を生んだ。元から異次元回廊が開き眼魔がこじ開けていたとなれば馬鹿げているが不可能ではない。かろうじて通れる大きさだった回廊が壊れて眼魔の本体が無事であるはずがなく、ギャア!と悲鳴のような声が聞こえて次元の向こうに戻り、亀裂は閉じていった。落ちてきた眼魔の……分身は、目玉をこちらに向けて怒りを見せた。
「おのれ、おのれ……おのれ……」
妙に気合いのこもった怒りの眼差しに、身震いがした。そして力を使い果たし、溶けて消える。もしこいつが少しでも、余力を残していたら……先ほどの攻防を思い出して、胸をなで下ろした。しかし、終わりではない。眼魔の目にこもった怒りが、まだ手はあると告げていた。異次元回廊が開く町と凶星が近づく今のタイミングにおいて、本体が生きていれば手の打ちようはある。そして……本体が死んだとは、オレには思えなかった。
「アルマ、やったね!大丈夫?」
オレに話しかける脳天気娘。もうこいつに、やってもらうことはない。
「もう来なくていい。帰れ」
……なんで?と不思議そうに聞かれた。当たり前だろう、あとはオレがやる。そう言っているのに何が信じられないのか、待ってよ、やめてよ!とまとわりついた。刑事を呼びつけて被害状況を聞く間も、あまりにうるさい。耳につくんだよ、お前の声は。
「アルマ、聞いてよ!私も行きたい!」
「来るんじゃねえ!」
……大人げなく怒鳴って恥ずかしくなり、刑事と一緒に立ち去った。向こうには友人が二人ついている、心配あるまい。モールを出るまで、後ろから聞こえてくる女の子の泣き声に意識を取られないように、何も考えなかった。




