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第五章:見えなくてもあるし

第五章:見えなくてもあるし


SIDE:MAXIMA


将来の夢。卒業文集に載せるからみんな考えた。私も。小さい頃は、おヨメさんとか適当に書いてもそれでよかったんだけど、それだと恥ずかしく思うようになったから何か思い出す。私は、この町で生まれてこの町で育ったから、町の外をあまり知らない。行ったことはあるけど詳しくなくて、テレビやネットから見えるものはお話の中みたいで、ピンと来なかった。世界って、きっと大きくて、見たことのないものがたくさんあってワクワクするものだ。でも私の見える世界は小さくて、あんまりワクワクしなかった。


「ねえねえ、アルマはさあ」


町を案内しながら、私はアルマのことを聞いた。いつもめんどうくさそうに嫌な顔をして教えてくれて、たくさん聞いた。家族は?どこから来たの?お金は大丈夫?アルマはときどき怒ったけど、なんで怒ったかちゃんと教えてくれた。私はそれを覚えておいて、また違うことを聞いた。それでもたまに怒る。


「どうしたらなれるの?」


そう聞いたらアルマは、「なりたいのか?」って聞いてきた。そう思う?って聞くと、だいたいわかるよって言っていた。こんな仕事しないほうがいいぞ、ってアルマは嫌そうにしていた。アルマはそう言うと思う。だいたいわかるよ。でも、アルマはすごいじゃん。すごいことができて、すごいものが見えて、すごいことを知ってる。すごいよ。そう言われたアルマは、なんだか寂しそうだった。嫌そうな顔もしてくれなくて、私は不安になった。


「……そうだな。余計なことができて、余計なものが見えて、余計なことを知ってる。だからこんなことをしてる」


でもな、ってアルマは言ってた。私の方を見てくれなかった。何を見ているのかはわからなかったけど、つらそうだったから、こっちを見てほしいなんて私には言えなかった。


「この歳になると、思うんだよ。何もできず、何も見えず、何も知らずに生きていった方が、よかったんじゃないかってな」


そしたらどうなるの?って聞いたけど、わからないって。もしかしたらできないかもしれない、って言っていた。私はどうしたらいいの?って聞いたけど、アルマはあんまり考えてくれなかった。


「そうだな。高校行って、したけりゃ進学して、就職して、男が捕まったら結婚して……そんなんじゃねえか?」


私には一つもわからなくて、アルマにお願いした。アルマがやってることをするには、どうしたらいいの?教えてよ。アルマは一つも教えてくれなくて、日が暮れていった。


SIDE:ARUMA


槙島はずっとぎゃーぎゃー言っていた。魔導師になる、私、なりたい!オレの困窮振りを見てなぜなりたいと思うのか気が知れない。うるさいので、この仕事をするとどう困るか教えた。こう困るという例には困っていないので、山ほど教えてやった。


「危ねえし、金にならねえし、出会いもねえぞ。結婚もできねえ」


いくら言っても槙島なので、じゃあ私なる!と叫んで聞いていない様子。真面目に相手にしなくていいだろう。この業界はそういうヤツらの集まり、真面目に考えるヤツなんてほとんどいない。オレだって周りから見れば信用のならないヤツ、こんなのになりたくないと思わせるにはちょうどいいだろう。電話のついでに話がそれたのは、きっとそのせいだ。

「……職場?みんな自営業だからなあ」


ミナカタからして個人で開業しているので安定はしていない。組織となると集まれば集まるほど怪しいヤツが絶対多数、働いているヤツも働いていない扱いされて区別がつかずみんな詐欺師扱い。そもそも業界などといういいものではないのだ。業界とでも呼ばないと悲しくなるから言ってるだけで、ここにいるということはすでにはみ出している。


就職するよりも個人事業主として契約を取った方がいい、とミナカタはマジの助言をしてくる。君ならできるだろ?って言われたので、なんでオレがそんなことせにゃならん!と怒った。すでに仕事に辟易しているのにもっと増やすのか。そう思っていたのだが。


「じゃあ誰がするんだい?」


……誰の話をしていたのだろう。その話は必要ないはずなのでたまたま話題に上がっただけだ。うっすら覚えている範囲では、オレが切り出した気がするがなぜ切り出したかは覚えておらず「なんでこの話してんだっけ?」とよくある着地点を見つけて仕切り直す。定時連絡はこちらの進捗と向こうの進行のすり合わせなので必ずしないといけない。9時に電話すると言ってたんだから時間を守ってほしいとミナカタが贅沢を言った。まだ11時だろう、細かいこと言うな。ミナカタはため息をついて、伝えることがあるから待っていたと勝手な愚痴を言い始めた。


「クラハシ君が言ってたんだけどね」


誰だ?と聞くと警察の鑑識だという。ああ、そういえばこないだ聞いたなあと思い出したら、「もう三度目だよ?」ってあきれられた。……こないだ電話で聞いたのは思い出したがもう一度聞いただろか。ミナカタいわく、以前事務所で居合わせてそのときに教えたはずだという。ああ、会った気がする。……名前まで聞いただろうか。訪ねていくと先客としていて、二十分ほど三人で同じ部屋にいた。あいつが帰った後に名前の話なんかするだろうか。「普通するだろう」という自分の固定観念をねじ伏せて、クラハ……シがどうした、とせっついた。サカキさんが京都に戻ったから融通が利く、とミナカタに連絡があった。なんのかんのミナカタとの関係は維持しないと向こうも困るらしく、オレの言い分もある程度聞いてもらえる。この二人に蹴り出されたらオレが困るので、結局もたれ合い。どこの業界も同じだ。今回は、クラ、ハシ側の言い分があるという。


最近起こった複数の行方不明事件がある。最初に高校生の女の子がいなくなって五日間、捜索範囲が広がってその中に常盤町が入った。もちろん警察が動いているので被害者を捜してオレが嗅ぎ回ったら真面目な警察官に捕まえられてしまう。オレだってそんな怪しいことをして捕まったら「なんて働き者の警察官だ」と言うしかない。だから普通は関与できないししたくない。しかし個人的な頼みであれば別で、クラハシと一緒に仕事をしている刑事が、その女の子の親戚らしい。だいぶ悩んでいて見ていられない。謝礼は出せる範囲で出すというので何かあったら教えてほしいという。そんなこと言っても、今は眼魔捜索で手一杯なのだが。


「クラハシ君が言っててね。……こないだの真っ昼間事件なんだけど……」


わかった!やる!他の選択肢がなかった。オレじゃないのにオレしかいないという状況なので、追及されたらオレが困る。光と闇の転換魔法なんてイタい名前の魔術を理解しなくても、こいつじゃないかとあたりをつけて張られたら余計な埃が出る。こんなものを埃に数えていたら世界中ゴミだらけだろう!なんてこっちの言い分を叫ぶと今度は信用をなくす。まだワイドショーが扱っているから今は引き受けるしかない。「クラハシ君が言ってて」という言い回しには何か覚えがあったが、それどころではない。とりあえず今わかる範囲のことを聞いておいた。クラハシの同僚の刑事は、女の子の叔父。その刑事もも常盤第二中学の出身だという。聞いたことのある学校だが、この近くだろうか。わかった、と電話を切ろうとしたのだが、ミナカタは最後にとびっきりの面倒を言い出した。さすがに向こうも言いにくかったようで、「ごめんよ」と何度も言っていた。そう思うなら忘れていてくれ。


SIDE:MAXIMA


「かーげーぼうしぃ、踏んじゃった♪」


近くの公園で小学生が遊んでいる。懐かしいな、私も子どもの時によくやった。踏まれたかーげが逃げてって、はーやく帰っておくんなさい♪。この辺では影踏みにこういう歌がついている。缶蹴りみたいにどこの町でも少しずつ違うから、他の町の子と遊ぶときは驚かれる。私も意味が分かんないまま歌っていた。なんで影が帽子をかぶっているんだろう、なんてたまに思うくらいで。今ではあれは帽子のことじゃないってちゃんと知っている。えらいなあ、私。じゃあぼうしって何なんだろう。


一緒に帰っていた宮奈さんと木戸さんは、なんだか懐かしいって言っていて、みんな思っているみたいだった。大人から見たら私たちは子どもだけど、もう子どもじゃないってみんな思っている。思わないようにしても、子どもじゃなくなるんだってときどき気がつく。泥んこになって公園で遊んでいたときは、今思うとなんであんなに楽しかったかわからないくらいどうでもいい遊びをしていた。でも今だってあっち向いてホイをしたら必死になると思うから、あんまり変わっていない。私たちはあんまり変わらないまま、もうすぐ大人になる。


大人になったら何が楽しいんだろう。木戸さんはラクロスで選手になるし、宮奈さんは家で教わったお華の先生になるんだって。私は……まだ決めてない。そう言って舌を出してみんなで笑っていた。早く決めたいんだけど、決まってない。一番楽しそうなことをするんだから、がんばらないといけない。アルマは今日は町に来れないらしい。お客さんが来るから、仕事をホーコクするんだって。今日も頼もうと思ったのに、明日にお預けになった。


SIDE:ARUMA


「灰色、もう少し急げないか?」

アホ抜かせ、そんなことを言いたいならSNSでDMを一本飛ばしていればいい。お前が来るから眼魔捜索は一日後送りになった。この一日は、当然オレが責任を持つ。当然というのは非常に理不尽な言葉だ。


だいぶ前からミナカタをせっついていたらしい依頼元は、報酬を出しているのだから尽力しろ、と言う。何を言うか、すでに尽力している上に報酬が少ないからもうちょっと払わせろとミナカタに怒鳴ったときに「うん、そうだなあ……うん」なんてあんながっかりしたオーラを見せられたら大した額ではないのはわかる。ミナカタの懐はオレのことも同じだ!義に厚いつもりではないのは、わかってもらえると思う。


要するにこいつら相手に命がけになる必要はこちらにはなく、金回りが良く業界への発言力がありうるせえヤツらだからオレもミナカタも付き合っている。のんびり待てと言っておいたらこちらを糾弾し始めた。オレはそういうのが下手だから、やりたくなかったのだが。

「他のヤツに頼んでくれ。頼りになるヤツが、何人かはいるだろ」

……相手は黙り込んで舌打ちをした。そんなヤツいないのは知っている。デカいと言っても手練手管の連中、内部に腕の立つヤツはおらず外部の者はできるヤツほど距離を置いていて、言うことを聞かせようと思ったら腕利きの中から極端に生活に困っている者を選ぶしかない。そもそも仕事ができる一級の魔導師の中で、そんな条件をそろえているのは世界でオレだけだ!「自慢にならない」という言葉を考えたヤツは天才なのだろう、オレは頻繁に世話になっている。


仕事は完遂してくれ、と言って依頼元は帰っていった。ええ、あなたにも幸運を。ラーメンつけ麺チャーシュー麺、と嫌みを一つ言って送り出すと、あの手のヤツらなので殴りつけることもできず苦い顔をした。殴られたらもう一発殴らせるという噂も聞くが、向こうがヤケになって殴り合いをすることになったら警察に喧嘩両成敗にされてしまう。昔は乱暴だったというヤツも相当数いるし、たぶんあまり変わっていないだろう。思ったよりもずっと早く終わって、時間を持て余した。眼魔捜索自体は急務なので、常盤町に向かう。終電までに宿に帰ればそれでいいしな。


夕方に駅に着き改札を出た後しばらく突っ立っていて、ライターを取り出して火をつけたとき、何を待っているのだろうとようやく気がついた。今日は来ない予定だったから、槙島にそう伝えた。そもそもが毎日付き合わせるような話ではなく、来ないのならば一人ですればいい。……電車の中でそう思っていたのに10分ほど待っていた。ただでも少なくなった時間を余計に浪費して、ようやく仕事にかかった。


とはいえ近在の施設の類いはだいたい見たから、それこそ土地勘が必要になってくる。電話しようかと一瞬よぎったが、呼ばない方がいい。卒業前だ、時間の方が大事だ。……ああ、呼んだってうるせえし。ここを間違えるんだから疲れているのだろう、今日は余計な対応で特に疲れているからありそうな話だ。とはいえどうすればいいという妙案はなく、何かが動く側溝を視界の端に捉えてなんとかならねえかなあと思案していた。


側溝もぐらとかいう適当な名前の怪異は、側溝の中にいるのではっきり見えず正体がわからない。いること自体は結構開けっぴろげなので見えるヤツは見えるだろう。だからそんなうさんくさい名前がついているわけで。何度か捕まえようと思ったのだが、最近の側溝ははめ殺しになっていて持ち上がりすらしない。マンホールなら開けられるだろうが、オレはマンホールを開けているよそ者がいたら普通は通報されるものだと思っている。オレの普通は世間の普通と基準が違うようなので、大丈夫だろうか。……やめておこう、オレの普通は基準が違うが「オレに都合が悪いこと」に限りだいたい世間と同じだ。むしろ世間の普通はオレが基準で逆にしてあるのだろうかというほどやりたいこととばっくり分かれて食い違い、オレが基準みたいだから何をしてても都合が悪い。ただの自意識過剰だ!そう思っていた時期が、オレにもありましたよ。


だからあんなに当たり前にどこにでもいる眼魔の情報源に触れることもできず、依頼元を通して警察に協力させようかと思っても依頼元が動かない。「我々がそんなことをしたら変だろう」という普通の理由だ、どうかしてやがる。クラハシなんて警察だろうが権限自体はただのヒラなので口利きしたら共倒れ、調べりゃすぐにわかるだろうに調べることができずにほったらかし。せめて側溝がどこにつながってるかくらいわかんねえかなあ……と思っていたら、何か聞こえてきた。


にゃあ、という鳴き声がして、道端を野良猫が通った。猫なんて飼ってないのに鳴き声は最近聞いた気がする。ああ、あれだ。公園の裏手の河原。ドブ川から、橋桁の下に住み着いてるんだろうなあという感じの猫の鳴き声がした。整備されたのはだいぶ前のようで汚くて苔だらけの雑草だらけ。橋の近くでは下水でも垂れ流されてるんだろう……と考えが及んで、気がついた。側溝は雨水を流す。いちいち浄水場なんて送る必要がないから、そのまま川に入る物もある。今は知らんが昔ならその分岐もまず間違いなくあった。側溝と下水と川を猫の鳴き声がつないで、これだ!と声を上げた。周りに人がいたのでだいぶ恥ずかしく、そそくさと立ち去った。


……中学生あたりまではふざけて河川敷に降りることもあったが、さすがに高校に入ってからはそんなことはしていない。ましてドブ川、降りたところで捨てられたエロ本くらいしかないような場所に踏み込むのはいろんな意味で抵抗がある。コートが黒くてよかったし、傷がついてよかった。買い換えるしかない。それはそれで痛手だが、それを補ってあまりある収穫があった。下水道の出口には、次元の歪み。大きくはないが、強い。おそらく頻繁に開き、方向からして下水の中に向かう。ここを起点に異次元回廊から迷い込んだ異物が側溝にあふれ、くだらない都市伝説が生まれる。まず間違いなくここが連中の発生源、それさえ見つけ出せば捕まえることもできる。あとは、いつ連中がここを通るかだが……どうやって見張ろうか、センサーにかかるとは思えないし監視カメラは置けない。どのみち金がないのでその手の初期投資ができず、自分でできる範囲でしないといけない。一番簡単なのは、見ていること……ずっと?もぐらの都市伝説よりよほど背筋が凍った。いったん次元の歪みと現実から目を背け、橋の上に戻ろうとした、そのとき。次元の歪みが、ブンと音を立てた。こいつが開いたわけではなく、なんというか、共鳴。どこかから広がった波紋が、この歪みの中に見えたのだと思う。波紋は、どこか近くに異次元回廊が開いたから起こったのだろう。こういう町なので、たまに開く。気にしていられないと思っていたのだが、橋の上に戻るとそうは言っていられなかった。


どこかから、女の声。小さいが、悲鳴といった方がいい。街灯の照らさない暗がりに、何かが見えた。見たことのあるような制服の女の子と、あとは数がいるがよく見えない。制服の女の子は、シルエットしか見えないような人影に、どこかに押し込まれていた。おい!と声を上げ、走り出す。光と闇の転換魔法を発動し、カメラのフラッシュのように一瞬だけ照らした。自分の視界のためだったが、どうやら人影は驚いて散っていき、女の子に駆け寄ったときには一人もいなかった。手を貸して、倒れた女の子を起こす。制服が制服なので一瞬驚いたが、槙島ではない。同じ中学だろうか、卒業前で浮かれているなら夕方を過ぎてから帰るかもしれない。オレは疑問もなかったが、女の子は怯えていた。大丈夫だ、もういない。そう言い聞かせたのだが、そういうことではないようだ。


「あ、あの……!カエデは……!」


カエデ?誰のことかと思えば、もう一人いたらしい。オレが見つけたときにはこの子しかおらず、すぐに助けたが周りにいる様子はない。話を聞くに、彼女は友人と一緒の帰り道で襲われて、相手が何かはわからなかった。もみくちゃにされている間に友人を見失って、悲鳴を上げるとオレが駆け寄ってきた。……まずいな。次元の歪みの波紋は、近くに異次元回廊が開いた可能性が高い。かなり近くに、かなり大きく。このあたりに、人間が通れるくらいと言われればそれを否定する材料はない。彼女の友人……木戸カエデはその中に連れ込まれた。異次元回廊がどこにつながっているかなんて予想もできない。誰も行ったことのない異次元がどんな場所かなんてわかる方がおかしく、オレだってわからない。そんな展望を素直に伝えられるはずもなく、宮奈アオイという少女には大丈夫だと言うしかなかった。


公園で、わかっていることを全部聞いた。できれば適当にごまかして自分でなんとかしたいところだが、宮奈アオイだってそれでは納得しない。どう考えたって相手はただの変質者ではなく、人間の仕業とか気のせいでは説明がつかない。まして友人が連れ去られたとなれば夢だったなんて言って引き下がるわけもなく、こちらがヤケになって協力を頼むしかない。この町にオレがべったづきになっているのは業界で一番うるせえ連中が知っている。見過ごしたなんて話になって言いふらされたらこっちの仕事は食い扶持の足しにもならず、オレだって寝覚めが悪い。しかし大した話が見つからず、本当に何があったかわからない、と思っていたときにダメ元で聞いた情報が手がかりになった。

「あいつら、どこから出てきた?」

宮奈アオイは、ええと、と考えて道を見渡した。後ろからなのは確実で、右手は川。左手の、あんまり離れてないところなんですけど……と困っている。そこには飛びかかってくるような道はない。……道はない。あるのは、民家のブロック塀の脇にある側溝の蓋。ずらされて置きっぱなしになった蓋は、長い間置いてあるという感じがしない。目をこらして、すぐさま指を鳴らした。バチン、と必要以上に大きな音が鳴り、側溝の下で何かが飛び上がって逃げていった。宮奈アオイは、目をぱちくりさせて驚いている。オレは宮奈アオイに聞いてみた。

「側溝もぐらって知ってるか?」

……はい、と答えた宮奈アオイは、オレの話を信じられないようだった。よかった、この町にはまともな中学生もいる。


ここからはオレが木戸カエデの行方を追うしかない。宮奈アオイは動揺していて、放っておくとか帰らせるが効かなさそうだ。これに関しては、オレよりも適任のヤツがいる。あまり呼びたくないが、年頃が同じで制服が同じとなれば、他に頼める知り合いがいない。槙島に電話したらデカい声で出るので携帯を落としかけた。うるせえ!といつもと違う意味で怒鳴りつけ、同じ年頃の女の子が襲われたと事情を話す。ついでに側溝もぐらについて知っていることが少しでもないか聞いてみたが、知らないらしい。あいつらを追うとなればあいつらの正体とか、どんな連中か情報が少しでも欲しいというのに、ほとんどない。くそ、と頭を抱えていると、槙島が聞いた。


「アルマはわかるの?側溝もぐらって、誰?」


わからねえから聞いてるんだ……!と怒鳴りかけて、気がついた。「誰」とはなんだ?あいつらは側溝の中を這い回り、はっきりした姿は誰も知らないし見えない。オレでさえいることがわかる程度で、そこに何がいるなんてことはわからない。しかし、槙島は当たり前に聞いた。「誰?」。それは、相手が人間でなければ絶対に使わない言葉だ。お前には見えるのか、と聞くと、アルマは見えないの?と聞き返された。どれくらい見えるという認識自体が食い違っている。しかし今はそんなことはいい、槙島には何が見えるのかを聞きながら、合流しようと電話を片手に移動する。自宅の自室にいた槙島は、宮奈アオイの名前を伝えると驚いたようで、電話の向こうで明らかに何かが壊れた物音を立てて玄関を飛び出したようだ。その間、電話越しに槙島の言い分を聞いていた。


側溝もぐらは、二つの目があって爪が長く、指が五本。毛深い以外は人間と大まかに印象が同じだという。しかし、暗闇の中にいるので顔自体は見えない。人間から離れている者と、さほど離れていない者がいる。大昔からいる側溝もぐらは、おそらく離れているという。まず間違いなく人間をベースにした変異体、異次元に迷い込んだ者が戻ることができず順応した姿だろう。しかし、いくらこの町でも行方不明者が出れば緊急事態で警察が動き、大騒ぎになる。さすがにそんなことは頻繁にはなかったはずだ。ならば人間ではない、人間のような何かが側溝もぐらになった。思いつくことを全部槙島に問いただす。何かが吸い込まれたとか、なくなったなんて話は聞いたことないか?人間の特徴を大まかに示す何かが異次元に吸い込まれて変質していった、というかなり無理のある仮定だが、もうこの町にありえないなどという言葉は通用しない。例えば?と聞かれたので、無理やり例を挙げた。夢とか、霊魂、あるいは……影!槙島は思い出せないようで、えーと、と言って悩んでいた。そして最初に答えたのは、槙島ではない。宮奈アオイだ。なんでこっちの方が速いんだよ!なんて後で言っておく。宮奈アオイは、この町にある影踏み遊びの歌の節が気になったという。


♪影法師、踏んじゃった。踏まれた影が逃げてって、早く帰っておくんなさい……。


決まりじゃねえか!この町では、影が逃げていく、あるいは影から何かが吸い出されるという現象が頻繁に起きる。人間が通れる大きさの異次元回廊が開くことは滅多にないが、人間の要素をだいたい含んだ影が吸い込まれて向こうで変質し、固有の生物になる。本体がないから自我はなく、這い回るだけ。しかし、今まではその程度のことしか起きなかった。なぜ木戸カエデをさらっていった?そのとき、思い出した。もはや忘れかけていたついでもついでの仕事。警察に任せようと思っていた管轄外の依頼が、頭をよぎった。


この近辺では、行方不明事件が数回あった。クラハシの友人の親戚は高校生の女の子だが、小柄で非力なので乱暴されていないか心配だと言っていた。頻発する行方不明事件の詳細を全て聞き出すことはできないが、だいたい同じような小柄な子どもを中心に狙われている。いったいどこの変質者だ……というのが警察の見解で、オレもそう思っていた。だが、もしかすると大事なのは「小柄」という点ではないか?異次元回廊が大きく開いたところで、あちら側に物理的に引っ張り込むのは骨の折れる仕事、下っ端では無理がある。だから連れ去る相手が質量として小さいことが絶対条件、そういう相手を探している。なぜ自我を持たない側溝もぐらがそんなことをする?それはもう「誰かが糸を引いている」以外になく、誰が引くとなれば異次元の向こうの異形の者、人外の力の使い手がいるとすれば話が早い。そんなヤツがオレには、心当たりがある。人通りの多い道で合流した槙島に宮奈アオイを押しつけて、オレは急いで引き返した。オレの失敗は、その急ぐ姿を二人に見せていたことだ。オレもいい加減、どうかしている。


持てる霊視能力と第六感をフル活用して次元の歪みを探す。今、ヤツらは側溝の出入り口をいちいち使わない。掃いて捨てるほどいる側溝もぐらとは違う使い道があるから、人間をさらったのだ。すでに何人か連れていかれていて、そいつらを送り込むなら、路上。あたりをつけて探していると現れたのは、長い黒髪の少女。こんな時間だというのに中学校の制服、槙島の学校と同じもの。つまり、宮奈アオイとも同じ制服だ。木戸カエデか?と聞くと、少女は笑い始めた。当たらずしも遠からずというところか。ここにいるのが本人なら、とりあえず後のことはいい。


「人間を使えれば、便利だもんね。手元に置いておきたいけど、ダメかしら?」


いいだなんて言うわけないのは向こうもわかっている。オレは警戒していたが、木戸カエデがそこまで手を入れられた様子はなく、おそらく幻術にかかっている。それ以外に、何があるのか警戒しながら探っていた。すると、探るまでもなく木戸カエデは手の内を明かした。


「出口が小さいから、これしか出せないの。やっと一つ。偶然は待ってられないしね」


木戸カエデが取り出したのは、黄色い小石。嫌というほど見覚えのある眼魔細胞を指で弾き、足下で爆発させた。煙の中から現れたのは、女。異次元回廊に垣間見える雑貨店の、女店主だった。


「強くはないけど、だいぶ助かるわね」


眼魔の影は、異次元回廊から出たものでなければ力が出ない。過去にやりあった中には強い者も弱い者もいて、全員が眼魔の分身なのに個体差が大きい。見る限り、無理して現れた眼魔の影は大した力を持っていないが……だからと言って弱いかといえば、そうとはいえなかった。


「あなたには、大人しくしてほしいの。生きてても死んでてもいいけど」


いくら死にたくないなんて言っても生かしておく眼魔だとは思えず、両手をパンと合わせて力をため込んだ。しかし、眼魔の影は笑って一つ手を叩いた。


「じゃあ、カーニバルね」


合図を受けて側溝の蓋が開き、黒い人影が周りを走り回った。人間離れしたもぐらたちも、木戸カエデも、人間に近いであろう影もあり、めまぐるしい。こないだ上手く行きかけて味を占めたようで、似たようなことをするからには策を練っている。一瞬考えて目の前から意識が切れ、眼魔を見失った。圧倒的優位にあって逃げたはずはなく、この中にいる。しかし、いるという事実以外はどこかわからない。耳に届くのは歌声ばかり、「影法師、踏んじゃった。踏まれた影が逃げてって……」。邪魔な側溝もぐらを散らそうと、光と闇の転換魔法を発動したのだが。


一瞬反転した光と闇は、ほとんど効果がなく側溝もぐらが走り回る。こちらが驚いたが考えれば簡単な仕掛け、眼魔は視覚情報を操るのだから例えオレに幻術をかけれなくても側溝もぐらたちの目から光を遮断するくらいなんでもない。そのため光による威嚇はここでは意味をなさず、他の方法で撹乱を見抜かないといけない。他の方法で簡単に見抜かせてもらえる甘い相手であろうはずがなく、こちらは手詰まり。側溝もぐらを牽制し続けるが、時折背後に気配が迫る。あからさまな殺意に、慌てて振り向くと眼魔の影が消えていく。どうやら主戦略は消耗戦、しかも体力ではなく神経をすり減らして集中が切れるのを待っている。もとより我慢強いとは言えないオレにとっては一番恐ろしい手で、長期戦になれば絶対に耐えられない。わずかずつ距離を詰める眼魔に、こちらはむき出しの戦意で耐えているが意図的に出した瞬発的な怒りは長く持たず、眼魔の気配を見失った。背筋に寒気が走る。この機を逃すヤツであるものか。致命的な一瞬に、オレが言葉を失ったとき、パチン、と音が鳴った。


拙いながらも指を弾く音。オレもたまにやる、即興霊力スタンだ。オレが迎撃のために右手にため込んでいた攻撃白魔法の陽の気は、同じ陽の気に反応して手元の動きがブレた。何しやがる、邪魔だ!反射的に叫ぼうとしたが、それよりも早く「戻り」があった。周囲の側溝もぐらたちが、陽の気の作る波動を多少なりとも反射してオレの元に返してくる。そして、右斜め後方から一際大きな戻り。かなり大きなエネルギーを持つ何かが、陽の気の波動を大きく押し返した。オレは振り向くと、何も見えないまま全力攻撃を仕掛けた。その一撃をまともに食らった眼魔の影は、長く伸びた爪が間一髪オレの目の前をかすめて倒れ、燃え上がった。青い炎が眼魔の影を焼き、オレの額をようやく汗が流れる。あまりにも危うくて、何も考えていなかったとようやく気がついた。駆け寄ってきた槙島と、走り抜けた宮奈アオイ。その先には、木戸カエデが倒れている。その他にも、数人。小柄な中学生や高校生が、4人ほど。クラハシに聞いていた行方不明者の数と同じで、その中には見覚えのある女の子がいた。携帯で、クラハシから送られていた花見か何かの写真を出す。件の刑事と一緒に写った女の子と見比べて、ついでの仕事がなんとか片付いたと安心した。


SIDE:MAXIMA


……大丈夫?って心配していると、アルマに叱られた。危ねえだろう、って言って立ち上がって私の頭をぽんと叩いた。アルマは感心してたみたいで、ギョグンタンチキの仕掛けなんてよく知ってたな、って言ってたけど何のことだろう。あとで調べようと思うけど、ギョグン……覚えてられるかな。倒れてる人が何人かいて、同じくらいの歳の中学生や高校生。大きかったら向こうに入れないし、小さすぎたら役に立たないからこの辺になるんだって。アルマは説明しながら、どうやって通報するか悩んでいた。何回か警察や救急を呼んでるから、何度も呼びにくい。そうだね、って言うと少し怒ったけど、宮奈さんが止めてくれた。私がします、って電話をかけてくれて、アルマは倒れた人たちが何かされていないか調べていた。長めの電話が終わって警察が来る間、アルマはギリギリまで調べていて、私と宮奈さんはしゃべっていた。槙島さんは、なんでこんなことしてるの?って聞かれて、ようやく言えた。


「私、これがしたいの!」


警察が来る前に、アルマは帰った。ホントのことを聞かれても答えられないからつらいんだって。よくわかるよ、私も思うし。でも、と私はつい口に出した。


「大丈夫かなあ」


SIDE:ARUMA


「大丈夫かなあ」


槙島が何かを心配していた。何かあったか?と聞いてみたが、わからない。上手く言えないという。オレが見る限り、異常はなさそうだが……何か思い当たったら連絡するように、と槙島に言って一度立ち去った。どうしてオレはこうも脇が甘いのだろう。彼らが異次元で何もされていなかったとして、「向こうに何も残していないか」はここではわからないのだ。




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