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第三章:子どもじゃないからね

第三章:子どもじゃないからね


SIDE:MAXIMA


進学先はよく選ばないといけない。高校に入って、みんないろんなことをがんばる。がんばればがんばるほどすごい人になる。でも、みんな有名になるわけじゃない。なれるのは少しだけ。他の人は、仕事をしたり別のことをしたり。中には、いなくなる人がいるらしい。すごくがんばって、有名になれるのに、誰かが声をかけて連れて行ってしまう。そしていなくなる。なんで急に?ってみんな驚くけど、全然急じゃない。いろんな枝分かれの中に、消えていくのが混じってることがある。どの枝分かれかはあんまり関係なくて、学校のときもある。その学校でがんばってすごくなって、最後は連れて行かれる。そんな話をおもしろがって怖がっていたのは小学生の時、中学の後の方はみんな笑っていた。私も一緒になって笑っていた。子どもじゃないしね。


高校を選ぶとき、とても怖かった。そういう枝があるのは知ってるけど、どれかは知らない。どの高校も同じに見えて、行ける場所と行けない場所がある。それはあんまり関係ないけど大丈夫な場所かは知らない。学校の中にも枝分かれがあるだろうから、どこも同じかもしれない。結局わからないから、電車で三つ行った町の堂山高校に行く。同じかもしれないし、どこか嫌な感じもする。でも、全部同じに見えるし考えても仕方がないからここでいいと思っていた。やりたいこととかないし。でも、今はそうでもない。


「お兄さんは、これが仕事なの?」

合流するとお兄さんはいつも通りビックリした顔だった。仕事だ、仕事中だから邪魔するな、って言ってるから働いてるらしい。仕事だからそう見えないだけできっと大変なんだと思う。でも、お兄さんの仕事っていつもどんなことするんだろう。除霊、悪魔祓い、霊障の原因究明、資料探し、その整理、その他出版社の小間使い……不思議な内容。二つ混じってるみたいに聞こえるけど、魔導師ってきっとそうなんだろう。

「どうやったらなれるの?」

お兄さんはつまずいて転んで、怒っていた。自分で転んだんじゃん。こんな仕事はろくなもんじゃない、腕のいいヤツよりハッタリが上手いヤツが稼ぐダメな場所だって言っていた。やれやれ、八つ当たりだよ。転んだからってさ。そんなの大丈夫だよ、がんばるから。がんばってすごくなったら、みんなビックリするよ。そしたらそんなの平気。そう言ったらお兄さんは、急に何も言わなくなって歩くのが遅くなった。私はいつもよりのんびりお兄さんについていった。駅前にあったベンチに腰掛けて、お兄さんが聞いてきた。

「……この町に変わった場所は、他にもあるか?」

普段から変わった場所は、使いやすいんだって。お兄さんは全部調べてられないし、どんな風に変わってるかも知らない。だから私に聞くのが早いんだってさ。私は正直に真面目に答えた。いつもこの町にいるからわかんない。お兄さんはベンチに座ってたのにつまづいて転んだ。起き上がったお兄さんは、そりゃそうだな、って納得していた。そんな風に言ってくれる大人の人はあんまり見たことがなくて、なんだか珍しかった。


手がかりがないから、町を歩くんだって。私はお兄さんを連れて町を歩いた。少し前まではこっちに来てくれなかったのに、お兄さんは私の案内についてきた。ケーキ屋さん、新しいスーパー、アイスクリームショップ。変わったアイスがあって、安いんだ。そう言うとお兄さんはこういうことじゃないって怒った。私が舌を出して笑っていると、お兄さんはあきれていた。日が傾いて、もう帰らないといけない。また明日、って言おうとしたら、いつもどこにいる、ってお兄さんが聞いてきた。何か聞くかもしれない、って言うから携帯の番号を教えた。お兄さんは断ってたけど、今どきこれくらい普通だよ。気にする人もいるけどさ。私はお兄さんと別れて、じゃあ明日ね、って手を振った。


SIDE:ARUMA


ホテルに戻ると、ミナカタから電話がかかってきた。向こうからとは珍しい、と一瞬思って電話に出ると「警察の人が」と言われて背筋が凍った。違う!オレは女児誘拐などもくろんでいない、携帯の番号は押しつけられたんだ!と申し開きする前に向こうが話を進めてくれて助かった。クラハシ君だよ、って言われたが誰だそれは。話を聞いていると、異次元珊瑚を押しつけた鑑識官らしい。そんな名前だったのか。そいつから、何回か見かけただけのギリギリ知り合いの男に無茶を言われて困った、とミナカタに連絡というか苦情があったらしい。そんな無茶なヤツがいるのか大変だなあ、なんてばっくれるとさすがにまずいので反省モードで聞いていた。持ち帰った異次元珊瑚をああやこうやしていると、上司のサカキさんに見とがめられて説明を求められた。普段は東京にいないサカキさんなので言い訳するのが初めてで、なんとか言いつくろったが疑い出すとしつこいから不安だという。そういうことなのでいつもと手順が違い、少しばかり公的な資料に載った。だから警察の者が調べに行くだろう、とのことだった。これからはク……クラハシ君の協力は望めない、と話が結ばれるのかと思いきや「ミナカタさんの知り合いだし」と諦められているという。お前、それでいいのか?と聞くと、「アルマ君だし」。段階を踏む過程でみんな同じことを思うのだなあ。まあ今のところはクラハシ……?は協力者だ。警察をかわすには貴重な情報、きっとそのクラなんたらがヘマをこけば芋づる式にミナカタもオレも上げられるが、今回に限り大丈夫だろう。こちらが依頼元の名前を出せば、警察どころか国家が見て見ぬふりをする。世の中そうできてるしな。


SIDE:MAXIMA


お兄さんはいつも駅から来る。どっち向きの電車に乗ってるのかも知らないけど、近くで泊まるなら二つ向こうの駅。反対側にもっと離れたら安いホテルもあるみたいだけど、そっちには行かないよね、大人だもん。こっちの電車に乗ってるんだろうなあ、と窓から眺めて改札の前で待っていると、いきなり声をかけられた。いつ降りたんだろう。待ってなくていい、ってお兄さんはあきれていた。待っててもいいよね、って私が言うと、お兄さんの仕事の話が始まった。私は、さっきあったことをお兄さんに言っておいた。


駅前で私に話しかけてきた人がいて、おまわりさんだった。交番の人じゃなくて、コートを着ていて、お兄さんと同じくらいの年齢のおじ……の人。私は学校の制服だから、気になったんだって。もう受験が終わったから学校は早く終わる。サボってないよ。そしたらおまわりさんは、怒ってるわけじゃないみたい。この制服を知ってるって。おまわりさんは、常磐二中だったらしい。常磐二中の制服は長い間同じで、おまわりさんが行ってたときも同じだったらしい。大人から見たら、中学生はまだ小さい。気をつけてね、危ないことをしないように。うん、わかった、って答えると、あとはこの辺で事件があったかっていろいろ聞かれた。私が知ってるのは少しだけだから、知らないって言っておいたよ。そう言うとお兄さんは安心して、じゃあ大丈夫だ、と言っていた。まだ話すのかと思ったけど、お兄さんはこの町でおかしなところがないか探すのが先だって歩き始めた。うーん、って言ってた私を、お兄さんが呼んだ。

「行くぞ、槙島」

……名前、知ってた?って聞くと、携帯に名前が出てくるんだって。わかっているなら名前で呼ぶだろう、ってお兄さんは待っていた。私はついていって、お兄さんの話をもっと聞こうと思った。

「ねえねえ、お兄さんは」

「アルマ」

「……?」

お互いに知ってないと意味がないだろう、って。私は嬉しくて、アルマ!って大声で呼んだ。呼び捨てかよ!って怒られたけど、決めた、アルマ。学校以外で自己紹介したのは初めてだ。私はアルマを連れて町の変なところを探す。今日あった、とびっきりの「変なこと」は言ってもしかたがないみたいだけど、私はそういうものだと思っていた。


アルマは、どんなことでもいいって言うから私は町を回っていった。ここの映画館は、ポップコーンが高いの。値段は同じだけど、少ない。駅前には、昔は食堂があったけど、なくなった。創作和食だから、味の割に高いってみんな言っていた。隣の学校は、勉強がよくできる。よっぽど好きなのかと思っていたら、楽しくないという人がたくさんいた。変でしょ?って聞くとアルマは怒った。みんな大変なんだよ、世の中おかしいんだ!自分のことみたいに躍起になって、名前ばかり大きい会社でも変わらない、出入りしてるから知ってるって言っていた。アルマは会社にも行くんだ。意外だなあ。

「楽しい?」

……アルマは、急に答えてくれなくなった。困ったように目を伏せて、どうだかな、ってごまかした。そんなの嫌だったけど、みんな大変なんだからそれ以上聞けなかった。


ここまでに連れていった場所は、なんか違うらしい。知りたいのは、きっとこうだねって考えて納得できる場所じゃない。考えたらおかしい場所。でも私は全部同じだと思っていて、見分けがつかない。仕方がないから全部見て回るらしい。日が暮れたらアルマは私を連れて駅の改札に戻った。私は窓から線路の向こうを指して、言った。あの向こうに高校があるの。私が行く場所。そうか、って言ってアルマは改札を通って帰っていった。見送ったあと、もう一度窓の外を見た。あの向こうに、高校がある。行きたいわけじゃなかった。それよりも、もっと楽しそうなことが今は毎日ある。


SIDE:ARUMA


……恐ろしく停滞した眼魔捜索。なにせ見つけちまえば芋づるなのだから地道に足がかりを探すのだが、見つからなければ永遠にこのままだ。向こうだって選択肢が限られているからぶつかるときはぶつかる。しかしそのぶつかるときが異次元回廊の開通という自然現象頼みなので、どちらから見てもコントロールできない。せめて出現しそうな場所を特定しないと進まない、ここはもう情報が物を言う。そんなことを報告すれば普通の会社なら「じゃあいつになる」とそれがわからないから困っているのだろうというせっつき方が待っているが、オレの直上の依頼元はミナカタ、ざっくり言えば現場の人間。「そんなもんだよね」と理解を示している。もちろんこの向こうに別の依頼元があって、まず無茶なことを言うだろうと予想ができるので、ミナカタは胃に穴が空く思いをしているはずだから、今度胃薬でも買っていってやろう。


そんな事務的な報告をしたついでに、クラハシとかいうのから何か聞いてるかと話題に出した。それっぽい警察がいた、と言うとビビってるみたいなので心配だからと話を濁したのだが、詳しくは知らないらしい。なにせ警察内部の情報、どんなヤツが来るのかなんて聞き出すとマジで捕まってしまう。クラハシが自発的に教えてくれないとこちらからは聞けないけど、今回は聞けるらしい。「アルマ君が言ってるんだ」と添えれば大丈夫だとか。一つもウソがないのになぜ納得いかないんだろう。誰かが向かった、という話だけは確かで、一人かそこいららしい。地元の派出所で協力を仰ぐだろうから駅前あたりにいれば会うかもしれない、とのこと。亀有の公園前でもないのにそんな交番あるのだろうか。まあ警察の段取りなんて知ったことではなく、だいたいこうとわかればそれ以上はどうでもいい。電話を切って明日に備える。時間は午前二時、だいぶ早いのにだいたい起きれないのはなんでだろう。


SIDE:MAXIMA


「ああいうのって例え話なのよ、気をつけようねっていう」

木戸さんは元ラクロス部で、高校も部活目当てで選んだらしい。小学校が同じだから消えちゃう枝分かれがあるっていう話を知っていた。「進路はよく考えなさい」っていう、道徳の教科書みたいなそういう話だから、高校なんてそんなに違わないよって。高校でもある場所にはあるんだけど、どこかは知らないから私には何も言えなかった。たぶん大丈夫だよ、そう思って笑っていた。木戸さんと、木戸さんの友だちの宮奈さんと、私。三人で帰り道を歩いていた。私は、ねえ、と聞いてみた。

「そのお地蔵さん、どう思う?」

何が?って不思議そうに聞き返された。私はこういうものだと思っていたけど、違うのかな。聞いてみると、二人ともただのお地蔵さんだと思っているみたいだった。槙島さんってこういうの気にするよね、信心深いっていうか。小さい頃によく言っていたのを二人は知っていて、私の人を「こういう人」だと思っている。聞いてもわかんなかったから、もう聞かなかった。側溝の中で何かが動いていても、私しか気にしてないし。いつのまにか話が、木戸さんの部活に変わっていた。


あの高校は部活が強いのが有名。何かの代表がたくさん出ているらしい。ラクロスは日本ではあまり知られてないけど、海外ならそうでもない。日本でもプロができれば、活躍できるかも。そういうのを聞いて、すごいなあ、いいなあって言っていた。私にはそんなすごいことはできない。テストもわかんないし運動もできない。がんばったらできるわよ、努力あるのみ!木戸さんは頼もしく言っていた。何だったらがんばれるかな。そんなことを考えていたんだけど。


「お姉ちゃんの友だちで、あの学校に行った人がいるの」


宮奈さんが言っていた。すごく足が速くて、日本代表になれるってみんなで応援していた人が、あの学校に行った。どこかにスカウトされたっていう話は聞いたけど、そこからはわからない。厳しい世界だもんね、ってみんな言っているらしい。あんなにすごいのに無理なんだ、って宮奈さんは思ったみたい。たぶん枝があるんだと思う。学校の中だからわかんないけど、木戸さんが入らなければいいんだけどな。


SIDE:ARUMA


改札から出ると、制服の槙島。なぜ着替えないのかと聞くと、帰り道で友だちと別れてここで待っていたらしい。一緒に一度帰れよ、と言っておいた。もうすぐ卒業だから会わなくなるかもしれない。こういうのは尾を引いて後腐れになるから、こんなところにいなくていい。そう言ったのに、「二人とはたくさんしゃべったけど、アルマとはまだしゃべってない」と屁理屈を言う。オレは報酬をもらえるがお前には給料が出ないんだぞ、と言ったのだが、別にいいよ!楽しそうだもん!とオレの仕事を何だと思っているのかという発言で火に油を注いだ。こいつが得しようと思えばオレの知らないところで怖い組織とつながるくらいしかない。美人局というヤツだ。別に食いついてないのに、こっちが怖くなってきた。とにかく再開した槙島プレゼンツ常盤町巡りツアー。ツアー会社なら一発でクレームに埋もれるだろうに、中学生のやることだから大目に見ないといけない。ましてこっちが頼んでいるので、声を上げてもオレが責められるだろう。


SIDE:MAXIMA


商店街の服屋さんは、不思議なほど安い。おしゃれなものはあんまりないけどお客さんが来る。なんでだろう、と聞くと、アルマが言っていた。「おしゃれなものがなくて、安くて、客が来るのがどう不思議なんだ」。よくわかんないけどあんまり不思議に思わなくなった。アルマって頭いいね!って言ったら怒った。本当なのにな。その横には、路地を挟んでコンビニ。このコンビニはね、って言おうとしたらアルマが路地をのぞき込んでいた。

「ここは?」

この路地はときどきなくなったりするの。それでね、と言うとアルマが教えてくれた。こういうのを知りたいらしい。アルマは路地をじろじろ見ていて、少し時間がかかるみたい。私、コンビニに行っていい?と聞いたら、何か買うのか?って。そんなこと聞かないでよ、って言って私はコンビニに入った。


トイレから出て、少し店の中を見て回る。一個くらい買った方がいいかなあ、と思ったけどお金はないし。アルマには頼めないから、少しだけ見て回った。そしたら、大人の人に話しかけられた。変な子に思われたのかな。万引きなんてしないよ、と言ってもわかってくれないかもしれない。その人は、私に聞いた。

「常磐二中?」

そっか、制服のまんまだ。その人は常磐二中にいたことがあって、後輩だなって思ったらしい。町には久しぶりに帰ってきたけど、篠田先生は元気かって聞かれた。だいぶ前に別の学校に行った、と言うと残念そうだった。その人はありがとうって言って、何か買おうか?って聞いたけどやめておいた。知らない人だし、それに……。一緒に店を出て、本当にいいの?ってもう一度聞かれたけど、大丈夫ですって言っておいた。その人は何か考えているみたいだったけど、何を悩んでいるのか私にはよくわかんなくて。

「槙島、すんだか?」

ちょっと汚れたアルマが話しかけてきた。入ってみたらただの路地で、たぶんたまにひずむのだと思う、と言っていた。すんだとかすんでないなんて、でりかしーがないよ!って言おうとしたら「小銭なら出すのに」って言ってた。そっか、言ってなかった。でもアルマは、小銭を出したらたぶん自分が困る。私は、大丈夫だよ!って答えてそれ以上言わなかった。一緒にいた人は、どこかに行こうとした。それを見たアルマは、その人に話しかけた。

「おい。どこから来た?」

この人は常磐二中の……って私が言おうとしたら、そうじゃないらしい。アルマはもう一度その人に、どこから来た?って聞いた。そしたらその人は走り出した。あ、速い。人混みがないならすぐに見えなくなるだろうなあって思っていたら、アルマが追いかけた。二人ともすごい速さで、陸上部の人より倍くらい速い。やっぱりそういうのをしたらいいのに、と思って私も走った。


SIDE:ARUMA


目の前の男は、とんでもない速さで走っていった。人間の限界なんてオリンピック選手から0コンマ何秒くらいしか違わないのに、中継なんて目じゃないくらい速い。見る限り肉体強化魔法はこちらの方が倍率が高いはずのに追いつけず、おそらく基礎の脚力がかなり違う。人混みの中だから加速も知れているが、商店街を抜ければまず逃げ切られる。今のうちに追いつこうにも、「人混みが苦手なのはお互い様」という決定的な要因によって追いつくには至らない。周りのおっさんやおばはんは、速いなあくらいしかわかっておらずどうやら超常的だとは思っていない。陸上なんて生で見てないから想像できないようだ。二人同時に商店街を抜けて人通りがなくなると、相手が急加速。こちらはすでに全速力だからここまでか、と諦めかけたらすっ転びやがった。誰かが足をかけた。オレよりだいぶ後ろにいたはずの槙島が、先回りしていたらしい。相手は飛び起きて逃げだそうとしたが、槙島の方が速く行く手を塞いだ。いったい何倍まで上げればこうなるのか。負担も知れたもののようで、たぶんその気になればもっと上がる。槙島は、どこから来たの?とオレが言ってたのをもう一度問いただした。そいつは、両手を開くとオレと槙島に突き出した。両手の平に、目玉。黄色く光る目が、黒い光を吐き出した。


用意していた攻撃白魔法をとっさに撃ち込んで迎撃、爆煙が上がった。人がいないとはいえ住宅街もほど近いのに我ながらめちゃくちゃだ。しかし自分の防御で精一杯、槙島に手が回らなかった。槙島!と叫ぶと、二、三歩動いただけ。わたた、とバランスを取ったくらいで困りもせずにかわしたらしい。……あっちの方が上手い。その辺はあとでミナカタにでも愚痴るとして、男に向かって構えた。男の手のひらから目玉がこぼれ落ちて、うごめく。男は倒れたが目玉がひっついてボコリと膨らみ、どんどん増えていった。明らかに成長し、力を増やしている。まずい!と力を込めてもう一度攻撃白魔法を撃ち込む。陰の気で沈静化を図るが決定打にならない。目玉はさらに膨らんで幾ばくか人間の形をし始めた。聞いていた眼魔の姿に似ているが、本体ではあるまい。眼魔細胞が増殖して、分身を作ったというところか。眼魔細胞の成長は止まらず、攻撃してもおそらく知れたダメージにしかならない。槙島に、どうするの?なんて聞かれても、パワーが足りねえんだから黙ってろ!しか言うことがない。出力を上げてなんとか押さえ込もうとしたら、眼魔細胞も平気というわけではないのか目玉の一つがこっちを見た。相手の反撃を想定していなかったのだから、オレも知れている。あわや被弾する寸前、誰かの手助けが入った。攻撃白魔法で陰の気を誰かが上乗せする。誰が、と聞かれれば考えたくない可能性しかないのだが。


槙島が眼魔に手のひらを向けて、こうだよね!なんてふざけたことを言う。なんでできるんだよ!と怒ったら、アルマだってやってるじゃん、といつもの調子。そんなバカな話があるか、攻撃白魔法「解放」は剛健に輪をかけた難技。最低限すらできるヤツがおらず目標よりも遠くに照準を合わせるという絶対条件は発想がなければ誰もたどりつかない。誰かに教わったわけないから、元から持っていたのではない。……真似た?そんなことが可能だろうか。二人がかりで撃ち込む陰の気は眼魔細胞を縮小させていった。そのとき、後ろで誰かが指を鳴らした。オレもよくやるからわかるが、ごくわずかに発生した霊力スタンが眼魔細胞を刺激したらしく、一瞬だけ活性化した。


眼魔細胞の塊は陰の気から逃れて中に浮いた。全身の目が血走り、うめくような声を上げる。目がぎょろぎょろと動いて、見ているのだろうがおそらく見えていない。そんなものが空中に浮かんでいくものだから、さすがに人目を引いた。なんだあれは!と野次馬が集まってくる。バカ野郎、来るんじゃねえ!人目を忍びたいのにオレはやるしかなかった。相手は無理をして弱っている。オレの頼りにならない霊感が、必死に叫んでいた。ここで倒せないなら、絶対に勝てない。背後の槙島に、行け!早く!と叫んだ。どうやら誰かが連れていってくれたようで、オレを呼ぶ声がしなくなるとめくらめっぽう眼魔を撃ちまくった。


SIDE:MAXIMA


アルマは大丈夫かな。目玉の塊は、見たことないようなものだった。初めて見るものだから見たことはないんだけど、あんなの見たことない。心配だから離れたくなかった。でも、周りの大人が手を引いて、離れないといけなかった。振り払おうとしたけど、できなかった。私の手を引くのは、男の人で、見たことのある人。少し前に駅前で話しかけてきたおまわりさんが、こっちだって手を引いた。他の大人は誰も止めなくて、そういうものかと思っていた。


SIDE:ARUMA


青息吐息で電話をかけてミナカタに当たり散らした。敵が強すぎて消耗が激しく、危うくこちらが力尽きてやられるかと思った。どういうことだ!なんて言うとまるで八つ当たりだが、話が違う。眼魔の力はせいぜい最下級妖魔の範囲、悪魔としては大したヤツではない。だから人間の魔導師でも腕の立つヤツなら難なく倒せるはずなのに、撃てども撃てども有効打にならずヤケクソにならないといけなかった。依頼元に言え、情報を出し惜しむなら命なんか張れるか!と怒鳴るとミナカタもさすがに困っていて、聞き出してみると言っていたからこれから動く様子。一度クールダウンすると、ミナカタ側にも何かある様子だった。今電話をかけようと思っていたらしい。クラハシから、連絡があった。誰が常盤町に行ったかわからないという。わからねえならいちいち言うな、と怒りたかったが様子がおかしい。どういうことだ、と聞いてみた。


常盤町に誰かが向かったのは確定、なにせ公文書に載っているので警察内部の人間だ。しかしそれが誰かと聞かれればわからない。名前は知っているし、たまに会っていたはずだが、印象がぼやけていて思い出せない。クラハシだけかと思えば、同じ部署の者も一緒に仕事をした者も、個人的な付き合いまではなく目の端に捉えていた程度、あれはどんなヤツだと聞かれれば誰も知らない。身元は明らかなので問題にならず、声を上げることもできないが聞けば聞くほどわからなくなると言う。そして、ダメ押し。

「……アルマ君、そっちで、おかしな人を見なかったかい?」

答える前に電話を切って走り出した。ヘボ刑事ども、役に立たねえ!どう考えたって手玉に取られている。オレは槙島の残像を追って走った。オレより遙かに高い倍率の剛健を使っていた槙島の通ったあとはくっきりと残り、それを頼りに一目散に走っていった。


SIDE:MAXIMA


おまわりさんと来たのは、あんまり来たことのないあたりの、ビルの三階。誰も使っていない空き部屋だった。私は、おまわりさんに聞いた。

「どこから来たの?」

わかっているんだね、って笑っておまわりさんは言っていた。この世界には、たくさんの枝がある。人間が作った枝。もうずっと前からそうだから、だれも不思議に思わない。自分たちで枝を作って迷い込む。すごい人ほどそこに行くようになっているらしい。役に立つからね、って言っていた。迷い込んだ人は、たまに出口にたどり着く。別の世界に出て、そこで暮らす。元の世界に戻るよりずっと前に、犬や猫みたいになって話すことができなくなって、こうなるんだ。おまわりさんが倒れて、立っていた場所には目玉の塊が浮いていた。アルマと一緒に見たのとそっくりの塊。どうしたらいいかわからないから、目玉が膨らむのに任せていた。


膨らんだ目玉は、背の高い大人くらいの、木の根っこみたいな姿になって立ち上がった。私に言うんだ。協力してくれって。大したことじゃない、アルマを適当に連れ回してくれればいい。そしたらずっとやりやすいって。危ないかも知れないけど、あんまり関係ないと思って私は言った。

「嫌だよ。ウソなんて言いたくない」

アルマだもの、って言い終わる前に、目玉の後ろで部屋の扉が開いた。蹴っ飛ばしたみたいに開いて、たぶん壊そうとしたんだろうけど私が入ったんだからもう開いてる。勢いよく入ってきたアルマが、ビックリしていた。目玉の塊がアルマを見て、アルマの方がずっと慌てていた。アルマの両手は青く光っていて、目玉の塊に向けられた。

「槙島!撃て!」

私はマネをしてアルマみたいに光を出そうとした。私の手の白い光を見て、アルマが叫んだ。

「バカ、そっちじゃねえ!」

そんなこと言われたってもう変えられない。その後は、なんにもできなかった。


SIDE:ARUMA


……いったい何が起きたのだろう。部屋に入ったときには完全に起動していた眼魔の分身。予想はしていたが未完成の塊よりも遙かに強力だと一目でわかった。ダメ元でため込んでいた力を全解放、迎撃すれば隙くらい作れるかもしれないと思ったら位置関係が悪い。向こう側にいた槙島に誤爆しないようにとなれば、槙島が自分ではじき返さないとそうはならない。だから苦肉の策、こちらが陰の気を撃ち込もうとして槙島が真似るのなら向こうも陰の気。反発すれば直撃を避けられるという算段なのに、槙島はよりにもよって陽の気を出した。これでは逆に吸い寄せられてしまう。そう思ったときにはもう半ば撃ち込んでいて、成り行きに任せるしかなかった。そして。


お互いに撃ち出した陰の気と陽の気は、強烈に引き合って真ん中にいた眼魔の分身を直撃した。一撃で相手を粉みじんに吹き飛ばしたその威力は、一人で撃つときの比ではない。「解放」にこんな使い道があるなんて、オレしか使えないのだから考えたこともなかった。実際には、眼魔を相手に劇的な効果を見せた。他の対抗手段が一つもないというのに。


オレはまた槙島に喫茶店でおごっている間必死に別の方策を考えたが、いくら考えてもこいつを連れていれば話が早い。そんなことをオレから言い出せるはずもなく、できることなら一般人を巻き込まず一人でなんとかしたい。女児誘拐なんて報道はされたくない。あの眼魔の強さは何かの間違いだろう、と考えてはいる。そんなわけがないのだ。そんなの自分にいくら言い聞かせても、推論として厳しい。そんなオレの不安を、槙島がかき消した。話の腰を折って。


「木戸さんは大丈夫かな」


友だちが行く高校に、そういう……枝?があるらしい。倒れていた刑事と思しき男は、気がつくと話すことができず獣のように走って、追いかけようとしたが見失った。あんな風になる枝があるから、教えた方がいいのかな、なんて言っているから必要ないと言っておいた。どこに行ったって当たり前にある、無理に避けていたらキリがない。怖いからって何もできないなんて御免だろう?そう言うと、アルマはすごいなあ、なんてくだらねえ機嫌の取り方をする。そこまでチョロいと思われているのか。嫌になってくるが、教えておいた。どっちに進んだって、大して変わらねえよ。当たり前にこうなってて、避けようとしたら隅っこに行っちまう。隅っこなんて行かない方がいい。槙島は腑に落ちない様子だったが、これ以上言うことはない。だがオレは一言、余計なことを付け足した。


「どうかしてるよな」


槙島は態度を変えて、アルマはすごいなあ、と言っていた。バカの一つ覚えだな。オレはふと、誰がバカなのがわからなくなった。絶対にこいつなのに。おかしなことを言う槙島が、どう不思議なのか上手く言えなかった。オレもチョロいヤツだ。明日はどうしようかと聞かれて、うん、と一瞬考えた。無理しなくていいと言っているのに、この町には変なことがまだたくさんあるらしい。区別していないからそうなるのだろう。おかしいことがどうおかしいかなんて、ガキだからわからねえんだろ?思い当たることがある。オレもそんなんだったしな。




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