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第二章:行きたいのはそっち


第二章:行きたいのはそっち


SIDE:MAXIMA


倒れた青山さんは、返事をしてくれなかった。息はしているけど目を覚まさない。慌てていると男の人はどこかに行ってしまって、しばらくすると他の人を呼んで戻ってきた。たくさんの人が集まって、救急車が呼ばれたりして大騒ぎになった。私は人混みの外の、男の人の近くにいたから、ありがとうおじさん!って言ったけどなんだか怒られた。そうか、まだお兄さんだ。難しいな。


青山さんは救急車が来た頃には目が覚めて、立てないけど大丈夫、と言っていた。私は邪魔をしないように、おじ……お兄さんと端っこで見ていた。私はたぶん心配そうにしていたのだろう、お兄さんが教えてくれた。精神や神経に負担がかかったから倒れたけど、ええと……とにかくしばらく寝ていれば治るらしい。私は少し安心したけど、お兄さんは何か気になるみたいだった。


「……お前は何だ?」


聞かれたから、私は自己紹介をした。常磐第二中学の、槙島……ちゃんと言おうとしたのに、そうじゃないって止められた。なんであんなことができる?って聞かれても、何のことかわからない。お兄さんがやってたのをそのまんまやっただけだし。お兄さんは、また難しいことを言っていた。


私がやったのは、みんなができないことらしい。基本をできる人がまずいなくて、みんなできないから教えてくれる人がいない。みんなが知っていることも全然十分じゃないから、ちゃんと使おうと思ったら自分で考えないといけない、らしい。お兄さんは自分以外にできる人を知らなくて、自分が教えたことはないから誰に教わったのか、なんでできるのか知りたいって言っていた。そんなの聞かれたって、お兄さんがやってたし。見たのをそのままやっただけ。難しいことだなんて、思わなかったし。


お兄さんは不機嫌になって、一度ポケットからライターを出して、またしまった。何かと思ったけど、禁煙してるんだって。イライラしているお兄さんに何度伝えても納得してくれなくて、話にならねえ、って怒ってどこかに行ってしまった。青山さんも救急車で運ばれて、だんだん人がいなくなる。もうやることもないから、ここにいても仕方がない。一度私も家に帰った。


帰ったって、お父さんもお母さんも、私の話はあんまり聞かない。私の進路の話はたくさんするけど、学校で何があったとか、あんまり知らないみたい。おばあちゃんはたくさん聞いてくれたのに。私が小さい頃に死んだおばあちゃんは、むうちゃんはすごいね、っていつもほめてくれた。どんぐりとか、ダンゴ虫とか、そんなのを持っていって見せるばっかりだったのに。ねえ、あれ!って指を差したらちゃんとそっちを見てくれた。何を指さしていたかはあんまり覚えていないけど、ちゃんと見てくれた。


今日一緒にいたお兄さんは、初めて会う人だった。なのになんだか懐かしかった。一緒に変なものを見て、いろんなことを教えてくれる。おばあちゃんと一緒にいたとき、そうだった気がする。全然違うのに、変なの。私はベッドに潜り込んで、眠ってしまった。


SIDE:ARUMA


「剛健?特に術式の進展はないよ。君もよく知ってるだろ?」


電話の向こうのミナカタに当たり前のことを教えられた。そんなことはわかっている、と言いたかったがじゃあなんで聞いたのかと話が転がると言い負かされてしまう。知らないうちに世界が動いてオレだけが取り残されているのだ、という一番有力な可能性が消えてしまった。一番有力な割にはあり得なさすぎる話だが、そうでないとおかしい。だからそうだろうと思ったら、違う。じゃあオレは他の業界のヤツが言う通りアホなのだろうか。今度はそれが一番有力になってしまうので、あまり考えたくなかった。


ミナカタからすれば何の話かわからないので、事情を聞かれた。オレは、あくまで例えばだが、と前置きして今日見たことを伝えた。ミナカタは現場に来ることが少ないからわかるわけないが、まったく知らないヤツよりは話になると思ったのに、「ものすごい天才だったらできるんじゃないか」と輪をかけてアホなことを言う。バカ言うな、お前は大卒の高学歴だろう、と文句を言いたかったが、じゃあ他にあるかと言うとオレがアホだという話しか持っていない。ミナカタが賢くてオレがアホという構図は同じなのにそれは言いたくないから、それしかないな、と言っておいた。ミナカタは仕事の進捗を気にしている。尻尾はつかんだ、後はたぐるだけだ。そう伝えておいた。砕いた眼魔細胞の持つ、目に見えない色はわかった。町中歩いて似たようなものを探す。おそらくさほどかからないはずだ。


さほどもかからないと思っていた眼魔捜索は思ったより難航した。何を探せばいいかはわかったがどこを探せばいいかは知らないので、ローラー作戦。しらみつぶしに街を練り歩く。残像でも見つければ追跡できるから全部見る必要はない。まあ、半分も回れば何か見つかるだろう。……半分か……。


何もないのにそこそこ広くてそこそこ入り組んだ街なので、これくらいだろうと見積もっていたよりだいぶかかる、と昼過ぎには思っていた。夕方が近くなると、2、3日では終わらないことがほぼ確定した。たまたま本人に出くわさない限りそんなに早くは終わらない。まして半分歩いたら見つかるという保証もないので、下手すると日数は見積もりの数倍かかる。どんどん気が重くなって、体も冷える。まだ二月だからもうちょっと防寒を気にして、手袋とかカイロとかイヤーマフとか、とにかく持ってくればよかった。あんなものはいらんと普段思っているから気が回らなかったのだ。だからオレはいつも寒空の下にいる外回りをするサラリーマンが信じられない。そんなヤツがこの世にいるのか。いるんだろうな、そこにいるし。


もう嫌になって、せめて温まろうと自販機に小銭を入れてコーヒーを選んだ。飲む前に手を温めたい。温度があればなんでもいい、コーヒーごとの違いなんてわかったことがないので適当にボタンを押したが、何も出てこない。レバーを下げても入れた小銭が戻ってこず、自販機はもう仕事はしましたとばかりに通常営業。何しやがる!オレにとって130円というのがどんな額かわからんのか!と躍起になってレバーを操作していた。戻るわけないのに。


「ここの自販機ね、小銭を吸い取っちゃうの。そこにメモがあるから、電話するといいよ」


そう教えられて紙切れの入ったホルダーに気がついた。こんなものつけるより自販機を直せばいいのに、と思いながら一枚手に取るが、今の声は誰だろう。そう思って背後を見ると、昨日の女の子だ。にひひ、と笑ってこっちを見ていた。オレはメモ用紙を一枚手に取るとすぐに立ち去ったが、女の子は後ろをついてきた。


「ねえねえお兄さん、お兄さんは誰なの?」


うるせえ、自分の素性もはっきりさせないのにこっちのことを聞くな。女に話しかけられたって、オレはお前より10歳は年上でないと異性には数えない。できるだけ無視して流そうと生返事を繰り返したが、しつこくついてきて質問攻め。ただでも嫌になっていたので、八つ当たりで言い返した。


SIDE:MAXIMA


「ねえねえお兄さん、お兄さんは誰なの?」


青山さんは元気で明日から学校に来るし、もう安心だよ。教えてあげても返事をしてくれない。大人っていそがしいもんね、お兄さんはそうでもなさそうだけど。昨日みたいに答えてくれると思ったから聞いていたら、お兄さんは怒ったみたいだった。


「お前はこっちの質問に答えてない。まずそこからだ」


返事をしてくれた。でも、もう答えたから何もない。したことないしマネしただけ。お兄さんは早足になったから、私も遅れないようについていった。お兄さんは、すごく嫌そうにしていた。何が嫌なのかわからないけど、私に話をしてくれた。


「お前が使った剛健ってのはな、まだこの世に技術が確立していない。オレだって最低限を習得したのはつい最近だ。それを、初めてやったらできましただと?ふざけるな」


ふざけてなんかない。こんな感じかな、って思っただけだし上手にできてないと思う。お兄さんはもっと上手でしょ?って聞いたらますます不機嫌になった。


「オレは魔導師になるために20代の前半をほとんど使い切った。金にもならねえのに。今だってたいしたことはできない。せいぜい他の連中よりは小マシってのが自慢だ。オレがそれだけかけたことをそんなに簡単にやってみせられていい気がするわけねえだろ」


「あんなのすごくないよ、マネしただけだもん」

「真似したからってできてたまるか」


ついてくるなって怒ったお兄さんは、私を見ずに行こうとした。私は聞きたいことがたくさんあったから、お兄さんが好きそうなことを言ってみた。


「商店街の近くに、不思議な場所があるの。最近店ができて、全部飾りなの」


お兄さんは立ち止まって、振り返った。どんな場所だ、って聞いてきたから、興味があるんだ。私はお兄さんを案内して、アクセサリーショップ・アイに向かった。


SIDE:ARUMA


商店街の外れに、空き店舗があるらしい。つい最近まで人の出入りがなく、改修していた様子もないが、突然何か雑貨店のようなものがオープンした。そして、その店をのぞき込んで目に映るものは全て作り物だというのだ。店なんだから中が全部人工物なのは当たり前だが、さすがにそんなことを言いたいのではあるまい。幻覚、幻術の類い。それなら、霊感がある中でも鋭いヤツなら違和感程度に捉えることがある。一度見に行って、何もなければ別にそれでいい。適当にほっつき歩くのと変わらない。足を運ぶ道中、女の子が言っていた。その店に入っていった人がいる。客とか店員とかそういう話ではないらしい。じゃあ何かというと、とにかくああだこうだと言ってはいるが最後は全部「なんか変なの」に着地するのでそのイメージから動かない。口で言えと言われても困る、というのは自分も経験したことがあるので無茶は言わず、わかることだけ拾って女の子について行った。


連れて行かれたのは商店街の片隅の、路地を曲がって三つ目の角の古本屋の横。こんな場所にそんなへんちくりんなものができても誰も気にしないのだろうか。見えないヤツというのはそら恐ろしい生活をしているものだ。オレも仕事が仕事なので心霊写真とか見ることがあるのだが、赤信号を無視すればそりゃひかれるだろう、というレベルのものばかり。なんでこんなことするかというと、信号が見えないから、という理屈は見えるものからしたらよくわからないのだ。


古本屋の横には、ボロ屋があった。女の子は「あれえ?」などと首をかしげているので、そういうことらしい。何にもねえじゃねえか、と一言結論を残し、日も暮れ始めたので女の子を帰らせた。帰って勉強でもしろ、とためになることを言ってやったのに「もう受験終わったし!」と文句を言われた。ええと、受験というのはこの時期には終わっていただろうか。真剣に考えていなかったのでよく覚えていない。


女の子は、明日はどうするの?いつどこにいる?とデリカシーのないことをたくさん聞いてきた。嘘っぱちでも吹き込んで逃げればいいものを、人の仕事には口を出さないものだ、なんて言い方しか出てこなかった。またね!とふざけたことを言う女の子を帰らせて、古本屋の隅に視線を送る。掃除をする店主はそういうものが見えないらしい。奥の事務所の暗がりに何かが光っていた。

「お前もだ。帰るんだな」

光る何かは一つ瞬きしてどこかに行った。大したものではなさそうだ。あんなの全部押さえていたら日が暮れてしまう。空が暗くなり始めたタイミングで言う嫌みではないが、大方そういうことだ。一度帰ろう、この町には飯を食う場所がない。



電車で五つ行った大きめの街の宿泊施設で、ミナカタに連絡した。ルームサービスを頼んだら経費で落ちるか、という議題は「そもそももう一つ安いホテルの費用しか出ない」という余計な論争を生み、紛糾。なんでそんなケチくさい依頼元にへえこらしているんだ、こっちが現場なのに!と怒鳴ったら、「お金をもらう立場だから」という理不尽極まりない反論が返ってくる。しばらく怒っていたが、どうやらミナカタも困っている。経費がかさむと業界内であそこは高いと話が回り、客が減る。ミナカタのような弱いながらも本当に仕事のできるヤツはほぼいないので、ここの客が減れば実績が出なくなり業界全体が弱る。結果全員共倒れ、依頼元にはせいぜい出来高の報酬しか上乗せできない。ここで言い合っても仕方がないとようやく結論し、電話を切ろうとしたらミナカタが進捗を気にしていたので報告した。


「ああ、根城は見つけた。引き払ったようだがな」


眼魔は人間の視覚情報を歪める幻術を使う。ボロ屋を小綺麗な雑貨店にして人間と接触し、まあ何か企んでいたのだろう。オレの脳裏に眼魔に乗っ取られた女の子がよぎる。眼魔細胞と呼ばれる、眼魔の体から抽出した一種のコントロール装置は他にもばらまかれたかも知れない。まあそこは推測に過ぎないので口には出さず、見たものだけ教えた。


「他にも何かいたしな」

「眼魔以外にかい?」


根城になっていたボロ屋の横の古本屋にいた、四足獣だろうか。すぐに引っ込んだが、強いものではない。たまにいるんだよな、思いついたように出てくる新興の妖魔。口割けだとか八尺だとか、大して強くはないが現代に対応しているので厄介な連中。悠久の時を生きる悪魔や歴史ある伝統的なヨーカイどもと違い、おかしなところにこだわるせいでよほど見分けにくい。オレは明らかな妖魔はすぐにわかるが、小器用なヤツは悪魔でもヨーカイでも人間でも苦手で、何考えてんだかわからないことがままある。どうやら気にする範囲がまるで違うのでお互いに頭の中を想像できないらしい。そこまで話が及ぶと、ミナカタが聞いてきた。じゃあその店はどうやって見つけたのか。じゃあ、というのはなんだ?とこっちが不思議に思った。


「うん、苦手なんだろ?器用なことされるのが」


失礼なこと言うな!とこっちが言い出したのを忘れて怒鳴り、電話を切った。要は捨てられたアジトなので、時間さえかければそのうちに通りがかって見つけていた。今回の場合は、たまたま教えられたのだが……そのことについてそれ以上は特に考えない。そうか、みんなこうやって現実から目をそらすのか。そんな考えがオレの頭をよぎるが、オレはそらしていない。その点も特に考えずにすぐに忘れた。


SIDE:MAXIMA


青山さんはその日のことを覚えていないらしい。部室でしないといけないことがあって駆け込んだことは覚えているけど、何をしていたか忘れている。疲れてるんだよ、ってみんな言ってたけど私は心配だから一緒にいた。帰り道は寄りたいところがあるんだけど、寄れないかなあ。そう思っていたら、家の多い通り道に知らない店があった。赤い屋根の家と青い屋根の家……普段は隣同士にあるその間に、新しい店がある。青山さんが入りたいって言ったその店は、私が寄りたかった場所。この町には珍しいアクセサリーショップだ。


無理しない方がいいよ、って言ったけど青山さんは入りたがって、店の奥から人が出てきた。店主のヒトミさん。ヒトミさんは、青山さんに話しかけた。私のことは見えてないみたいで、話しかけていいかわからなかった。せっかくもらったのをなくしちゃって、と青山さんが頭を下げるとヒトミさんが新しいのをくれるって。何のことだろうと思っていたら、黄色い石。黒い影のような模様が、私をにらむように見ていた。


「青山さん!」


思わず叫んだ私は青山さんの手を引いて走った。嫌がる青山さんの手を離さないように引っ張って、家の間を走る。今まで見たことのない袋小路に入ったけど、私はそのまま走った。あの壁は飾り。ぶつかるように駆け込むとそのまま突っ切って、いつもの道に出た。青山さんはキョロキョロしていて、息が切れている。無理せずに帰ろう、と言うとついてきてくれた。


青山さんを送って、私も帰る。もう日が暮れて、商店街の片隅に行く時間はない。行っても何もなさそうだし……お兄さんなら何かわかるのかな、と思って明日探すことにした。


SIDE:ARUMA


迷い家という話がある。知らない家が現れてその中に迷い込むやつがたまにいる、という昔話。異次元回廊に自分のイメージを投影してうろつき、やった!とか助かった!とか思っているのであろう、「とは思う」。実際に出くわすのは偶然なので誰も検証しておらず業界全員で「だろうなあ」というバカではないかという結論を出しているので、そりゃあ周りから見たらバカに見えるだろう。どうやらここにあったアクセサリーショップ・アイとかいう店はその類、既存の地形や建物の位置関係に上乗せしたり割り込ませたりして姿を現す代物。だからここにあるのはただのボロ屋。それはもうただのボロ屋なのでテナントも入らないという救いようのない場所だ。まるでオレのようだ。残された痕跡を探ってどうやら眼魔が使っているのは有り物の転用らしいとだけわかったので、がっくり来ている。隣の古本屋にダメ元で話を聞き、四足獣がうんたらと口走ると糞を片付けていけと誰かと間違われた。出現パターン、行動パターンがあるということはわかったがそのパターンが迷い家の出現に基づくので詳しく言うと「謎」。あるらしいよ!とバカではないかという結論が残り、これでは仕事がないのも当たり前だとここは納得した。


どこにでも稀に現れるような異次元回廊が、頻繁に開いているらしい。元々そういうのが起きやすい土地で、時間系列でも何かの条件がそろいでっかいのがバカバカ開く。その結果異次元の何かが迷い込むのだろう。遙か昔に異次元に追いやられた眼魔にとっては千載一遇のチャンス、逃してなるかと復活をもくろんでいる。常日頃こんなに開くわけはないのでしばらくしのげば必要なサイズの異次元回廊が開かなくなり眼魔とはおさらばとなるだろうが、逆に言えば眼魔も必死だ。それ相応どころではない反撃があるとするのが自然、なんともならんとは言わないがなんとかなるとも言いづらい。オレだけで大丈夫だろうかとよぎるが、余計なヤツと手を組んだら人間を操るなんて眼魔の十八番、寝首をかかれたらたまらない。この業界には能力はないのに自信はあるという脳天気が山ほどいる。呼べば呼ぶほどそういうヤツが増えて邪魔になる。だからオレが送り込まれて、定期連絡がなくなれば次のヤツが来る。なんだったらミナカタが異常を感じたらオレの意思に関係なく切り上げられて次のヤツが来て、オレはそいつに眼魔の手下の疑いでぶん殴られる。「大丈夫だよ、僕がアルマ君を疑ったことがあるかい?」なんて言ってたので、たぶん容赦ない。本当に疑ったことがないならオレはまずミナカタを正気に戻さないといけない。


翌日、捜索難航再開。捜索はだいぶ前から再開しているが難航も再開した。少しでもパターンを割り出すべく駅前のベンチに腰掛けて街の地図を見る。駅の改札前に山ほど積んであったリーフレットだ。町外れの観光名所とか、だいたいの位置関係はわかる。もっとも最初の出現場所から考えて、住宅街でも構わず出てきそうだ。

「そこのお寺にね、石があるの。すごいよ、本物だよ!」

石ころに本物もへったくれもないだろう、と返事をして嫌な感じがした。オレは一人で来たんじゃなかったか?なのに聞き覚えのある声の主は、後ろからのぞき込んだ女の子。ぎゃーっ!とオバケでも見たのかという声を上げた。オバケなんてよく見るし足で散らすのに、急に出てくるオバケというのはこんなに怖いのか。これから客に優しくしよう。


得意満面の女の子は、オレに発信器でもつけているのだろうかと怪しくなるほど当たり前に現れる。女の子曰く、オレは目立つらしい。そりゃあ霊能者も魔導師も気を張らなければ力がダダ漏れ、傍から見たらああなるほどねとなることがある。でもそんなのは珍しくも腕の立つヤツだからわかる話で、仕事で現場を巡ったってまず居合わせることがない。オレは少しくらいわかるからそういうヤツもいるのだろうとは思うが、だからって追いかけられるものか。そうやって論破してやろうと思ったのに。

「こっちかなって思ったら、その変なコート!」

……一刻も早く買い換えよう。金ないけど。このコートが変だという精神的ダメージによる負荷が霊感を狂わし、もう帰りたくなった。女の子がねえねえと話しかけてくるが、もう嫌だ顔も見たくない。女の子は不服そうに口を曲げると、勝手に切り出した。

「石がパワースポットなの。この町ではここだけだよ!」

パワースポット、なんてバカみたいな名前の場所が最近はよくある。少し前まで聞かなかったのに乱立して、本当に効果があるのは偶然場所が一致したのだろうというごく少数、あとはなんでもないはずなのにみんな行きたがるので効果があるらしい。そういうのはオレたちの業界の専門用語で「気のせい」という。業界が業界なのでこういうこと言うと気功がどうたらと解釈されるが、もっとストレートに受け取ってほしい。気分転換で体調は変わる、という好例だ。もっと楽に生きりゃいいのに。


そうかよ、と吐き捨てて立ち上がるが、女の子は止まらない。気が済むまで何でもかんでもしゃべっていた。

「神宮は違うよ、初詣に行くだけ。この町ではお寺と、そこのお稲荷さんかな」

……駅前に建てられた場違いな社は、多少なり何かありそうだと思って目の端に捉えていた。歩み寄って目をこらすとぼんやり何か出ている。開発の際、これは本当に必要だから残したというところか。女の子は特にどうともないようで、自慢すらしている様子がない。

「あんまりすごくないけど。お寺はもう少しすごいよ」

なんてざっくりした表現だ。何がどうなのか一つもわからない。ちゃんと言えと言いたくなるが、職場で「ちゃんと言え」と言う上司はだいたい煙たがられる。ちゃんと言えないから言えていないのだと同窓会で会った現役社会人が言っていた。酔っ払いの戯言かと思っていたがたぶん本当にそうなのだろう。煙たい上司なんて付き合ってられないからオレはこの生活をしている。くだらねえ話を一通り聞いて、わからないならわからないを結論にすりゃそれでいい。とりあえずしゃべりたいだけしゃべらせることにした。


「学校でね、青山さん元気で、でも体育は見学だよ!心配ないって言ってたけど心配だし、それでね、昨日ね、青山さんと帰ったら新しい店があったの。女の人が何かくれようとして、サービスで……」

もういいわかった、と止めてしまった。脈絡のない話はさほどまとまっておらず、どうやら途中から友だちと立ち寄った遊び場の話になっている。こいつの両親は聞いてくれないのだろうか。ここは晩飯の食卓ではなくオレは仕事中だ。ああ、仕事中だ。そう見えないだけで絶賛仕事中だ。それでねそれでね、という女の子を黙らせる手段がなく、コンビニを指さして何か食うかと聞いてみた。ピザまん!と即答する女の子。ついでに自分のも買おうと思ったのに、こいつとおそろいのものを食うのはごめんなので特に気分ではない肉まんを買う。食えばうまいのは知っている。だが今は空腹という最高の調味料を打ち消してあまりあるストレスが目の前にいるので、うまいだろうか。


「走ったら道に迷って、出たらあそこの道で、なんにもなかったの」

なんだその話は!と怒る気力もなく最後までストレスにさらされていた。肉まんの味がしねえ。口周りを汚す女の子にポケットティッシュを渡して、ご協力どうも、とだけ言った。女の子はまだ帰るそぶりもなく、ねえねえもっと聞かせて!と食いついてくる。もっと、もなにも何か聞かせただろうか。そしてダメ押し。

「教えてあげたのに!」

てめえは今持っている包み紙が何か忘れたのか!教えてあげたというならもっと役に立つことを言え!とついに怒る。この町を見張る情報網があるはずだ、言ってみろ!ともうこっちが無茶を言う。眼魔だって無意味に眼魔細胞をばらまいたって周りが迷惑するだけ、身動きは取れないのだからとにかく手を広げている。眼魔が得られる情報が眼魔細胞からの光景だけでは、次の手が打てない。しかし眼魔は何か戦略的に動いている雰囲気があり、周りがわかる。眼魔の手先になりそうなヤツらが町中を這い回ってるとか、そんなの言ってみろ!と八つ当たりしたのに、女の子はあっけらかんと言う。

「側溝もぐら?」

……なんだそりゃ、と自然に口に出た。なんかこの町、正確には女の子の学校の、学年の近いあたりが知っている話だという。もぐらというのはイメージと違って穴をわずかしか掘らず、すでに掘られた今までの穴を作り足して巣にしている。すでに掘られた穴を這い回るだけで、ほとんど増やさないが困ることはない。開発された地域なら町という町はほぼすべての場合下水を流す溝が町中を所狭しと走っていて、ここを行き来するなら町では困らない。もちろんここにいるのはもぐらではないのだが、もぐらでないなら何なのかというと誰も知らない。くだらねえ作り話だ。奇想天外が売りの動物番組でも見てればガキでも思いつく。だいぶ前に終わったのによ。オレはこの仕事も長いがそんな話は聞いたことがなく、そんなものはいないと断言していい。そんなものがこの町にだけわいて出るとでも言うのか……そこまで言いかけて、ふと思い当たる。この町には異次元回廊が開く。おそらく土地がもともと異次元につながりやすく、最近その傾向が強まっているが普段から比較的開きやすい。偶然大きめの穴が開いたら、そこから何かが出てくることを偶然と言えるだろうか。オレはふと近くの側溝を見た。何かが動いたように見えたのは、気のせいだろうか。女の子は笑っていた。ね!なんて言うから、オレは何も言えなくなった。


「ねえねえ、お兄さんはなんでこれしてるの?」

パワースポットだという寺に案内される間、この娘は似たようなことをずっと聞いてきた。なんでこれをしてるって、最近の中学生は守秘義務というヤツの存在を知らないのだろうか。はぐらかしているとさすがに話題が流れ、どうやってなったのかと聞いてくる。どうやっても何も、もともとそこそこできたのでどう使うかを考えただけ、修行場には行ったが指導側を含めて大したヤツはおらず場所だけ借りていた。記録だけはあったのでそれを見て自分で考える。ネットで調べて河原でやるのとどう違うのだろうと思った日に抜け出した。タバコを買いに行くと言ってそれ以来戻らず、指導のヤツがオレのも買ってこいと言ったがガン無視したので、あいつはどれくらい待っていただろう。割と長いこといたのにオレはタバコを吸わないなんてことを把握していない程度の修行場だった。


まあそんなことを言ってもこの娘が聞きたい話ではない。だってこいつはさっきから陸上とか野球とかその手のスポーツの話をしている。聞いてないうちに話題が変わったのかと思ったが、そこまで聞き流してはいない。どうやらすればいいのにと思っているらしい。バカ言え、剛健を使って短距離走なんて出たらあからさま人間の限界を超えるので常識外れのドーピングをしたのかと叩かれまくる。使わなければオレの脚力は「昔は陸上部でした!」なんてヤツにはまったく敵わない。修行場にいるくらいなら家で練習してときどきジョギングしていればいい、と言われたらぐうの音も出ない運動量、大人になったら運動能力は低下の一途なんだよ。オレの場合、剛健を使いすぎるとすぐに筋肉痛が襲ってくるのでジムにも行ってないのにそこそこ維持される。いいなあ、なんて言われて納得したことはない。


あれやこれやと提案されるが、シホンシュギでミンシュシュギでコウメイセイダイと謎の言葉で塗り固められた世の中でこんなもの使ったらつまはじきにされるのは目に見えていて、特技なのに使う場所がない。結果、隅っこ。汚れ仕事で食いつないでいる。そういうでりけーとでせんしてぃぶでコジンジョウホウな、まあこちらもそこそこ謎の言葉で表される話をしてわかる相手とは思えず、寺の話を聞き出すことにした。


地元の寺なので宗派だとか起源だとか知らないのはまあそんなものだろう。寺だとしか思わないものだ。何かの英雄譚があるらしく、源平の時代にいたこのあたりの貴族だか豪族だか、そういう人物の言い伝えがあるという。寺の中にはその手の社とか納められた品とかいろいろあるが、なんでも全部ガラクタだそうだ。寺なんてそんなものだろう、オレなんて木彫りの人形からしているのだろうかと思っている。まあこういうの好きなのだろう。そういうヤツたまにいるよな。なのに一個だけ違うのが、端っこにあるという小さな石。一応なにかゆかりの物だという認識はあって、他のものと同じ並びで適当にまつってある。これだけ本物。貴族とか豪族の感じはまったくないが、あからさま違うらしい。たぶんこれの話に尾ひれがついてどんどん膨らみ、途中でどれが話の本体かわからなくなって寺とか貴族とかになって残っている。でも社会科なんて必要な分しかやらなかったオレが、この娘の話から考えたことなのでそうだと思える根拠が一つもない。むしろ当てずっぽう、何も頼りにならない。だから現物を見るべく向かっているのだ。




腰くらいの高さの石は真新しいしめ縄がつけてあって、まるで正月飾り。確かにこれだけ違う、よく見れば明らかだ。よく気がついたな、と一応上げたつもりだが「わかるよ、違うもん!」……感度が高ければそうなのだろうが、そういうこと言われるとオレが気にすると学習していないのだろうか。算数や理科なんていくら勉強したって全体の9割のヤツはそこまで使わない。だからその時間を半分使ってそういう学習をさせてほしい。オレはちゃんと社会科をせずに地元のゲーセンで学んだ。アーケードの筐体に入れた小銭の数を考えると、高い授業料だった。高校生なのに。


フリーライターのアルマです、と外ヅラ用の正職を名乗って住職に話を聞く。本職がフリーライターだと聞き込みがしやすく、中学生の親戚が自由研究すると季節外れの言い分で話を聞いた。今は2月だと途中で気がついたが、大人なんて寺の住職だろうがガキのことを見ていないもので、たいして考えている様子がない。フリーライターより中学生を見た方がいい、オレはフリーライターなのでこういう輩は信用ならないと知っている。


……石の話一直線だと勘ぐられそうなので全体を聞いた。損した。情報の密度がまったくない。要するに何も知らない。なのに長い。隣の娘が、何かわかった?と聞いてきたので、わかるわけねえだろ、と力なく答えた。だよね!と嬉しそうにするのでひっぱたきたくなったが、訴えられたくないし疲れたので休憩、日も暮れたので一度帰る。ここで帰るとこの娘は明日寺で張ってるのではなかろうかと思ったが、まさかな、と結論して駅に向かった。そういうことをしない娘なら過去二回見つけられたのはなぜだ、とはもう考えたくなかった。


SIDE:MAXIMA


お兄さんは住職さんの話を全部聞いていた。偉いなあ、大人は大変だなあ。大人だったらなにかわかるのかな、と思ったから後で聞いてみたらわかんないらしい。そうだよね。私は嬉しくなって、横で鼻歌を歌っていた。同じものが見える人といるのは、楽しい。学校の友だちには、見えるものと見えないものがあって片方の話しかできない。お兄さんは、どっちも見えてるみたいでだいたいわかってくれる。明日はお寺集合だから今日は何も言わずに帰った。卒業前でも学校は昼過ぎまであるけど、お兄さんもきっとそれくらいに来るよね。朝はしてないみたいだし。だいたいお見通しだよ、わかってるよ。




学校が終わって昨日のお寺に行くと、お兄さんはまだ来てなかった。他の友だちは一度帰って、卒業前の午後の時間を楽しむ。私も。お兄さんが来たらいろいろ教えてもらおうと思って、お寺の庭にいた。その辺を歩き回って待っていると、お社の前に女の人がいた。立て札の説明を読んで首をかしげている。真剣みたいだから、たぶん探してるのはお社じゃないと思う。


私に気がついた女の人は、運気を上げるパワースポットはここ?って聞いてきた。上がることもあるけど、限らない。でもたぶん石の話だから、教えるのがいいよね。女の人は、資格の試験の合格祈願にいいと教えてもらったらしい。大人はたくさんテストを受けないと、仕事で困るみたいでみんなたくさん勉強する。ずーっとテストかあ。気が重くなったから口を尖らせた。女の人は、お参りをたくさんしているらしい。手首についてるブレスレットは、よく見えなかったけど知ってる気がした。


SIDE:ARUMA


……なぜこんなに足が重いんだろう。寺には行くな!と心の中の小さな誰かが言っている。でも仕事なので行かないと始まらず、この町の特異な場所が眼魔も活動しやすいだろうというのも事実、足がかりになりそうなものがあれば手でも足でも伸ばすと、ボルダリングをやったことがあるヤツはヘタクソほど思う。だから行くのは確定なのだが、何かオレが見落としている不安要素があるらしく、警笛が鳴りっぱなし。オレが見落とすことなどない、見なかったことにすることはあってもそんなヘマはしない。一体何がそう思わせるのか、という疑問を吹き飛ばすものがあるなんて思わなかった。住宅街にある派手なアクセサリーショップ。店先には長身の女性がいて、こちらに気がつくと店の中に入っていった。どう考えたっておかしい、昨日肩を落としてここを通ったときはこんな派手な店はなかった。駆け寄ると、どういうわけだか店を見失った。店があったはずの場所そのものがなく、民家が隙間なく並んでいる。異次元回廊に眼魔の幻術が重なればその強度は跳ね上がる。そして今、オレが煙に巻かれた。どちらか一つならさすがにそうはならない。この時点で、両方が出現していたという仮説しか手元にはない。異次元回廊に眼魔が手を入れたからには何かをしていたはずだ。何を……?嫌がってなどいられるか、相手は小娘だ!見なかったことにしていた現実をふんづかんで寺に走った。


寺の石の前には誰もいなかった。安心した、いろんな意味で安心した。その安心はすぐに打ち砕かれる。いろんな意味で。

「お兄さん!」

寺のどこかから嫌な雑音が聞こえた。恐る恐る振り返ると、あの娘が寺の反対側、正月のおみくじがくくられた汚ねえ木の前にいた。その横に見たことのない女性がいて、こちらに気がついた。その女性が瞬きすると、目の色が真っ赤に変わって笑っていた。


身構えたオレを娘は不思議そうに見つめた。……気がついていない?背後の女性はにやりと笑って、手から黒い霧のような何かを出した。まずい!そう思うが早いか、娘は知らん顔してこっちに走ってきた。女性の伸ばした手が空振り、オレ共々何が起きたかわからないようで、駆け寄ってきた娘に聞かないといけない。最悪だ。

「……何してる」

「あそこにいたら危ないじゃん」

ばっくれていた?背後を見ずにこちらに来て、相手の正体は知っていた。ならば最初から距離を測っていて、動く前に離れるつもりだったことになる。どんなに危険な相手かわからないのか!と思わず叱りつけた。そしたら当たり前みたいに言うのだ。

「大丈夫だよ、お兄さんが来るんだし」

前にもやっつけたしね、なんて言っている娘だが、オレはお前に信用されるようなことはしていない。それ以前に信用される態度ではない!……だがそれ以前に次の疑問がわく。「前にもやっつけた」と言うと、こいつの前で対処したのは前の眼魔細胞だけ。どう考えたってオレがやっつけたのではないが、確かに女性の異変は目に出ている。ならば敵の正体は、眼魔に限定される。再び視界に捉えたとき一足で20メートルはあろうかという距離を詰めて飛びかかってきた女性に対し、こちらは応戦の体勢がなかった。目の前の娘が手を引っ張って二人してすっころばなければ捕まっていたかもしれない。とにかく初撃を避け、こちらも攻め込もうとすると、どうやらその女性はオレを見ていない。見ているのは、寺の境内に飾られた石。手元のブレスレットを引きちぎり、飾りの一つを指で弾いた。石にぶつかって弾けた飾りは、破裂音とともに消えた。女性は倒れ込み、どうやら憑き物が落ちたようだ。だが問題は次のアクション。目の前の石が、ドクン、ドクンと脈打ち始めた。



……倒れた女性を寺の住職に押しつけ、こちらはやることが山積みだ。脈動が収まった石は、一見何もないように見えるがそんなはずはない。さっきまでとは比較にならないほど活性化、まさに水を得た魚というところ。動いていないのは目に見える部分だけ、ということは……。

「下か!」

「そうだよ」

背後にまだいた娘が当たり前みたいに言った。こいつが子どもの頃からここにある石だが、地面の下に向かって根を伸ばすように大きくなっている、らしい。こんな小さい石なの変だなあ、と思って初めて気がついたときはかなりの大きさで、その後も少しずつ大きくなっているがこの娘が生まれる前から大きくなり続けていないとこうはならない、という貴重で重要な情報をなーんとなく知っているだけなので言わなかったらしい。まずどうしてそう思う、と聞かれても明確な答えがないのでいっそ言わないでおこうっと!というのが日常化してオレにも言わなかった。詳しいからわかるでしょ、お兄さんだし!って、信用する相手はちゃんと選びやがれ!口が悪くて威張るヤツほど頭の中に何もないとわからんのか!口走った後泣きたくなったが泣いている場合じゃない。まるでバトル漫画の主人公のような言葉を情けない使い方で肝に銘じ、何が起きたか考えなくては。情報源は……不本意ながら、この娘しかいない。


眼魔も通った異次元回廊は稀にこの町に開く。だからそのときに異次元の存在が迷い込み定着するが、環境がまるで違うので大して活動しない。エサもなければ空気も違うので生命を維持するのが精一杯、この町の特殊な環境だから時間をかけて成長していた。動けないヤツだからパワースポット扱いになってまつられていたのではないか、というのが今のところの仮説だ。娘はきょとんとして、石の話だよね?と聞いてきた。当たり前だ、他の話をお前にしてどうする。


あれを石ころと思っていたのがまず間違い、SFやファンタジーが好きなヤツには「珪素でできた生命体」というのは昔からあるありふれた話。あれ自体がああいう生き物、石と断定できる硬質の外皮から珊瑚に近い生物ではないかと推測できる。似たような事例もあるしな、とこぼすと娘はへえ、と感心していた。そんなのあるの?って聞かれたので、もう少し説明した。

「岩猿っているだろ?」

「知らない」

「中国のヤツだぞ」

「知らない」

「お経が苦手で」

「知らない」

……最近の中学生は西遊記を知らないのか。後になって思えば「孫悟空と言うと金髪に変身する何かと間違えるだろう」なんて余計な気の利かせ方をしたこちらにも非があるが、とにかく意思疎通ができない。こういうガキの相手はしないと常日頃決めているのに、なんでこうなるんだか。寺を出ようとして、何かに蹴躓く。掃除だけはされているのに何かと思えば、岩の塊が植物のように生えている。春だよな、と苦笑いした。




あの岩が異次元生物なら、生物の地元の素材、成長に必要な何かを与えれば鬱憤を晴らすように動き始める。ああいう生き物なので、暴れるのではない。増殖。そして成長、また増殖。この町は元から成長自体はできる環境だから、下手すると埋め尽くされるかもしれない。現状でそこまでのエネルギーを与えたとは思えないが、増え始めてから随時エネルギーを与えれば同じことが起きる。あの石が異次元から来たなら向こうからのリンク先には使いやすく、増えれば増えるほど眼魔の活動範囲が増える。それを狙って、眼魔細胞の持ち主を送り込んだのではないか、ならばすぐに対処しないとオレの仕事にも響く。このような丁寧で親切な説明をしているのに、

「やっつけるんだね!」

これで終わらせるのだ。……あながち間違いではないので怒ることもできず、こちらが黙ってしまった。道端の側溝で何かが動いたのを目の端に捉えて、立ち去る。娘が、いいの?とまだマシな質問をしてきた。よくはない。だがお前はあいつらがいない場所を知っているか?と聞き返した。どこかの部屋、私の家ならいない、なんて当たり前だろ。あいつらはインフラを巣にしているから個人空間には来ない。だからっててめえの部屋に上がって話なんかしないだろ!それこそ家族が通報する。間違いない、オレが家族ならする。だからもう会話が筒抜けなのは半ば諦めるしかない。テレパシーが使えればいいが、オレは超能力者ではない。それは魔導師や霊能者とはちょっと違う素質がいる。そんな夢みたいなカッコいい力は持っていない!「隣の芝生は青い」という古いことわざを思い出したが、今は関係ないので忘れることにした。


「お兄さんはどこに泊まってるの?私がそこに行けばいいんじゃない?」

もう帰れと言っているのについてきてずっとバカを言っている小娘。この春高校生の女の子を自分のホテルにつれてきた、なんてこの概略だけで人生が終わってしまうだろう。オレはフリーライターの仕事の方が多いから、こんなこと書かれたら人生二度と立て直しが効かないのをよく知っている。そんなことを真顔で言うのだから、まだばっくれているのだろうか。今はそれどころではなく、眼魔のもくろみを水際で食い止めなければ収拾がつかなくなる。究極言うと、あれが異次元生物で増殖させようとしている、という点から全部推測だから疑われる可能性は全部潰さないといけない。だからてめえと個室に入っているなんていろんな意味でできねえんだよ!頭の中ですませたかったが全部口に出してしまった。さすがに怒っているのはわかったようでしばらく立ち尽くし、泣かれたらどうしようと一瞬困ったが本当に急ぎなので立ち去ろうとした。そしたら、後ろから憎たらしい声がした。おにーさん!全然こたえてねえ。振り返ると、女の子はいたずらっぽく笑って曲がり角を指さしていた。

「こっちじゃないの?」

……何か知っているのか。経緯から言ってももう何も知らないはずだが、こっちだって当てずっぽうだ。苦虫をかみつぶしてついていく。いつも噛んでいるのに、こんなに苦いのは初めてだ。



国道沿いの雑貨店、そこそこ大きいところ。中学生なら何度も来ているだろう。買いもしないのにうろつくヤツだってきっといる。こんな表だった店に何があるってんだ、何かあったら広告に使われている!ともう口に出す気力もなく肩を落とす。バカ娘は得意げに店に入り、4階だよ!と言ってきた。バカ野郎、付き合うわけねえだろ。本当はそう言いたかった。店のどこかから爆発したのかというような轟音が聞こえなければ、絶対に言っていた。だが音と一緒に近くの道にガラス片が落ちてきて、どうやら上の階の窓が割れた。見上げると、4階だろうか。ああ、くそ、ああ!もう言葉にもせずに走り出して4階に向かい、エスカレーターが見つからないので困ってバカ娘に教えてもらう。オレはこいつよりバカなのだろうか。


……4階、フレグランスのコーナー。女性用の化粧品だとか、香水だとか。中学生がここに来るなら「いいなあ、おっしゃれー!」なんて言って帰るだけだ。店のヤツらに同情しつつ駆け込むと、見覚えのある光景。性格には、ど真ん中に生えて伸びていく石に見覚えがある。店員を捕まえて何があったか問い詰めると、何もわからないという。突然陳列棚が弾け飛んで窓が割れ、見たことのない石が現れて、膨らんでいった。今まさに出てきて、警察に電話したがすぐには来ない。そんな説明は途中から聞き流していた。さっきの石と色味も形も似ているが、大量に出た枝のような部分は何だ。これが生物、珊瑚に近い物なら……繁殖用の株か!珊瑚の産卵はある時期に一気に行われる。そのための形態なら、成長する環境とタイミングを選ぶかもしれない。奇想天外な動物番組の知識を総動員して当たりをつけると、ついてきた女の子がやっぱり!と言っていた。なんでわかった、まさか眼魔とつながっているのか!とこっちは疑心暗鬼だが、女の子は平気そうだった。さっき匂いがしたという。眼魔細胞が弾けたときに、嗅いだことのある匂い。この町では雑貨店の香水しかなく、この匂いが手がかりならならこの匂いのする場所に行くのがいい、と言っていた。香水なんて自然の素材と言い張っておかしな原料が山ほど使われる。強いて成長に必要な素材が集まる場所がここだった……?主張し続ける女の子の向こうにいた女性は、さっき見た。住宅街の雑貨屋の前で、店ごと消えたあの女。眼魔!と叫んだが女は素知らぬ顔で4階を立ち去った。


追いかけようとしたが女の指の動きに合わせて枝の一つが破裂し、何かを撃ち出した。目の前のコンクリートの壁を砕いたのは、どうやら種子のようだ。眼魔が人為的に撃ち出したんだから未熟なはずなのに、この威力。息をのんでいる間に女は消えていた。


眼魔を取り逃がしていい道理はないが、異次元珊瑚を始末しないと放置したら手がつけられなくなる。まして追跡が成功する可能性はもちろん、あの眼魔が本体である見込みは極めて低く、おそらく一種の影。リスクを慎重に天秤にかけた結果、わかんねえしもうどうでもよくなって目の前の珊瑚を優先した。珊瑚と言っても珊瑚にあらず、枝分かれした先端が膨らんで先に何か丸いものがのぞく。ここは海中でもないのに何が起きる?と考えてぞっとした。普通の生物同様生息域を広げるなら、これはもうさっきのように新芽を撃ち出す以外に手段はない。限られた活動しかできない眼魔が悠長なことをするはずもなく、一気に広がるなら雑貨屋どころではなく周辺のビル街が撃ち砕かれてもおかしくない。さっきの一撃を上回る威力で十や二十ではない数を撃たれるのだ、無事なわけがない。ビルなんか何個壊れても知ったことじゃないが、人が死ぬ。オレだって死ぬかもしれないし逃げても間に合うかわからない。この場で珊瑚を止めた方が生き残る望みが多いとはどういう了見だ!一人でキレてても死ぬばかりなので無理やり頭を切り替える。背後の小娘が、おーっ!っと声を上げて枝分かれし続ける動く珊瑚を眺めていた。


反応触媒が何かはこいつしか知らない。もっと言うと匂いしか知らず、かいだからって覚える必要はないのだからどれかと聞いてもわからないと考えるのが自然、今からテスターを片っ端から嗅がせるなんてするくらいならすぐに逃げる。どんな匂いだ!とダメ元で一回聞いてみた。絶対無駄なのに。

「こんなのだよ」

鼻先に突きつけられた香料の臭いは、そもそも香水なんて全部クサいと思っているオレにも体に悪そうだとわかる。なんだそれは!と怒ったら、安物のリップクリーム、見たことのないメーカーのヤツ。女の子はリップクリームを、ちょうどこんな匂い、と言って渡してきた。これで触媒の化学的分子構造は特定できた。次の問題は、化学的分子構造がオレには理解できないという点だが、これはもう記憶を頼りになんとかする。豊富な経験に物を言わせるという、言葉からは想像できない力業だ。吐き気のする香料の臭いから似たような記憶を掘り起こす。案外すぐに思い出されたのは、割と誰でも知っている物。叫ばなくてもいいのに叫ぶから、オレもたまに飲む。

「……漢方?」

「そっくりだよね」

女の子も同じ意見で、漢方薬のような感じがどこかにする。このフロアにそんなものがあるのだろうか、と一瞬頭を巡らしたが、「漢方」ではなく「ハーブ」と西洋風に言い換えればむしろいくらでもある。女の子も言っていた。以前母親の買ってきた歯磨き粉が変な味で、生薬配合と書いていて歯茎にいいらしいが何のかんのみんな苦手で使い切るのが大変だったという。いかん、真面目に聞いてみたらこれはどうでもいい話だ!この辺の取捨選択はすぐにしないといたずらに時間を食われる。だが漢方だハーブだというものは要するに薬草、ならば多少は知識がある。一番メジャーな喉の薬、こいつに刺激されて次の段階に行くなら……!がんばって考えているが、お兄さんどうするの!って逐一邪魔が入ってくる。すでに増殖活動が始まっていて他の材料も必要だからここに送り込まれたなら、対処法は漢方云々ではない可能性も高い。別の素材をどんどん取り込んでいる。だが、打つ手はある。


右手で支えた左手に力を全部集中して撃ち込んだのは攻撃白魔法。わずかに青みがかった光は陰の気というヤツだ。活性化して撃ち込む陽の気の反対、力の働く方向は沈静化だ。薬草に反応を起こす受容体の仕組みは限られ、抑制するならこれでなんとかなる!撃ち込む手段はこれしかないから許してくれ。異次元珊瑚は枝分かれのスピードを遅くして、徐々に枝先が萎み始めた。このままなんとか……と思ったら、ガシャンと音がした。何か瓶が割れたのだ。目を向けると、眼魔の分身の女。放り投げたのは別のフロアにあったと思われる安物の漢方の瓶、もうもうと煙が上がっている。ちくしょう!こんな量の反応触媒が立ちこめたらギリギリ押さえ込もうなんてもう絶対無理、一気に新芽が撃ち出されて全員蜂の巣だ。オレもかよ!文句を言っている暇もなく女は消えた。放っておいたら状況は劇的に悪化するのに全部の力を使っていて手が離せない。だって手を離したところで何も進まないんだから離さないだろう!オレが両手を使いながら手をこまねくという器用なことをしていると、警報が鳴った。ジリリリ、とけたたましく鳴り響きスプリンクラーが作動、辺り一面ビッショビショ。そして一番大事なのは、風の動きだ。

「……排煙装置か……!」

火事の煙よろしくフロアに舞った粉は吸い出され、そうでないものは水に湿る。そして異次元珊瑚は……さっきまでの頑固っぷりが嘘のように陰の気を吸い込んで縮こまって、膝の高さの石ころになった。どう考えたって誰かが消火栓のボタンを叩いたはずだ。誰かと言えば、あまり考えたくないが……あのバカ娘、そのボタンは非常時にしか押してはいけないんだ。下手したら火事現場より非常時だったのでそんなことも言えず、女の子が得意げに笑ってオレは一息ついた。



雑貨店に石が投げ込まれて、ガス爆発。そんなわけないだろうという報道で騒動は流された。異次元珊瑚は、現場に来た警察に知り合いがいるからそいつに押しつける。下っ端だが鑑識なので正解を与えれば勝手に検証して自分で手を打てる便利なヤツ。出る結論が非常識なので同僚にも言えず自分でしないといけないから、やりたくないらしい。わがまま言うな。正確にはオレの知り合いではなくミナカタの知り合いで、事件が意味分からんときはミナカタがこっそり協力しているとか。そんなことするから税務署で疑われるんだと常日頃思っているが、ミナカタの名前を出せばこいつが処理してくれる。オレはこういうのは脅しに近いと思うし、向こうは完全に脅しだと思っているが警察なんてそんなものだ。職場を恨め。


そんな協力者というか内通者というか、そいつでさえその報道はおかしいだろうと指摘するまで何も思わないのだから、たぶんごまかされている。こんなごまかし方は普通はできないから、普通じゃないヤツ。あと幻覚とか幻術を使えるヤツだろうとなると、この状況では眼魔しかいない。こうまでして隠れて、決め手を打つまでは派手に動けないのだから、向こうも苦しい。ここから泥仕合、千日手が始まるだろう。

「ねえねえお兄さん、これも頼んでいい?」

……個室は無理だが近くの喫茶店で甘い物をおごる。仲良くなったわけではない、借りを作りたくないからこれではぐらかすのだ。向こうは仲良くなった気でいる気がするが、気のせいだ。もう高校生になろうというのだから、それくらいの分別はある。そんな気がする。


最初に遠慮なく一番高いパフェを頼んだときに嫌な予感はしたがその後さらに二つ頼みやがったバカ娘は、じゃあね、また明日!と恐ろしいことを言って帰っていった。オレは自分の飯代も経費で落ちない。だからこれは自己負担。ああ、帰ろう。今日はもう疲れた、ここからやることもない。ふと足下の側溝を見た。見ないふりは性に合わない。本当は。

「お前も帰るんだな」

深い下水につながる側溝の暗がりで何かが動いた。それ以上は何もできず、オレも駅に向かって歩いていった。



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