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第一章:私の町には

第一章:私の町には


SIDE:ARUMA


町はそろそろ夕暮れ時、今のところ何もつかめない。この町には厄介者を追いかけてきた。依頼元は偉そうな大手なので、一刻も早く捕まえろ、と物腰柔らかな言葉で言ってくる。文面しか知らないので会ってしゃべったら口調は上からだろう、いつものことだ。そんなヤツらとは関わりたくなかったが、しぶしぶというところ。依頼自体は非常に深刻かつ厄介、というまさに関わりたくない取引先だった。関わった以上仕事はこなすが、すぐに終わるものでもない、と思っていた。


オレが追うのは、普通の相手ではない。普通の相手ではないのにその手の連中の中では普通のヤツ、というややこしい相手だ。特別厄介というわけではない。だが全体がもう厄介なので厄介なのが普通なのだ。この手の説明が伝わるとは最初から思っていない。業界のヤツら以外は、オレのことをアホだと思っている。オレはアホではない、少し言葉選びが下手なだけだ。


まあとにかくバイオリズムが違うので、夕方とか深夜とか、そういう時間に出てくることが多い相手だ。こちらもその時間にあわせて活動するのが定石だが、人間にもバイオリズムがあって、個人差も大きく活動できる時間がみんな違う。例えばオレは、朝に非常に弱く早起きしようとすれば半分くらい失敗する。正確には起きているが決定的に遅刻する10分前まで惰眠をむさぼるので、遅刻はしないが余裕はない。ましてまだ何の手がかりもない中始発で常盤町まで行くのはさほど意味が無く、到着したのは8時前だった。いくら冬でもお天道様はもう空高く顔を出して働いている。こんなことをするたびに普通に就職しなくてよかったと胸をなで下ろす。きっと二ヶ月もすればストレスで上司と殴り合うだろう。ごくまれに知り合いにそんな話をこぼすと、あきれられるのが普通だと思うのだが妙に納得される。こいつら何を考えて働いているのだろう。


そんな超常的な就業シフトは想像がつかないので、自分にできる方法で食い扶持を稼ぐ。こんな時間から働くので、成果は絶対に上げないと言い訳もできない。幸いというかなんというか、オレの業界は真面目に働いているようで何もできないヤツらが結構いる。そういうヤツはかなりの割合で、今まで会った中で成果を上げているヤツは、あいつとあいつと……業界全体はかなり広いのに数えることができてしまう。オレをこの町に送り込んだミナカタというスピリチュアルカウンセラーは、何もできないということはないが弱っちい。それでも成果は出している方で、一応できるから仕事にはなっている。そんな程度だから相談される内容を全部こなせるわけではないので、時折同業者の自分よりマシなヤツに依頼を出すことがある。それがオレだ。オレだって別によくできるわけではないが、ミナカタから見ればまだマシなので仕事を斡旋してくる。君じゃないと対応できないんだ、アルマ君!なんていつも言っているが、オレをおだてたってお前に借りた先月のメシ代はすぐには戻らねえぞ。今回の仕事はメシ代がチャラになって、さらに収入にもなるおいしい話だ。絶対に成果を上げよう。この先数ヶ月は生活ができる。秋口にはこの状況に戻っているだろうが、そんなうまい話はゴロゴロ転がっていないのだ。


常盤駅からまっすぐ歩いて堤防沿いに出る。きゃいきゃい言いながら中学生たちが通った。ガキというのは何も考える必要がなくてうらやましい。オレもそんな風に生きていたい。悲しいかな、ガキの頃何も考えなかったから今も考えずに生きるしかない、というのが実態だから苦労しているのだが、じゃあ何を考えていればよかったのかと聞かれると見当もつかない。人生をもう一度やり直したって同じことになるだろうから、そんな想像はするだけアホらしい。何かおかしなことはないだろうか。あるいは、おかしな場所とか。入り口さえあれば、芋づる式に全体がわかることもある。とにかく街をほっつき歩いてそういうことを探した。


SIDE:MAXIMA


常磐第二中学の校門前で、忘れ物に気がついた。カバンの中がゴミ箱みたいになっていたから全部出して詰め直したけど、筆箱を入れた覚えがない。シャーペンや消しゴムは借りればなんとかなるけど、ちょうどいいやと思って入れていたリップクリームはそうはいかない。乾燥する時期だから、ないと気になる。どうせもう少なかったから、一度引き返してコンビニに買いに行った。


商店街の真ん中くらいにあるコンビニに、多分売っていると思って駆け足に通り抜けた。いつものヤツがあるかはわからないけど、仕方ないか。雑貨屋、服の安い店、コンビニ。……少しだけ気になって、立ち止まった。前までここには路地があったけど、なくなっている。路地って、なくなったりするんだっけ。でももうすぐ授業が始まる。あんまり時間はないから、急がないと。あんまり選ばずにリップクリームを買って、学校に戻った。シャーペンと消しゴムは友だちに借りて、その日買った変な匂いのするリップクリームは、あんまり使わなかった。


常磐第二中学には、週に一回部活が休みになる日がある。水曜日は大会の近い運動部くらいしかやっていなくて、だいたいみんな帰る。文化部なんていつも半分くらいしか来ていないけど、この日は決まりだからってみんな帰るのが普通だ。ラクロス部の木戸さんは、部活なのにあり得ない!って言ってるけど、手芸部は半分くらい来たらいいって思ってるのが普通だから、普通ってたくさんあってみんな違うのだろう。だから本当は部室には行かない。行っても誰もいないし。でも、誰かいたらいいなと思ってのぞいたら、青山さんがいた。熱心だなあと思って声をかけようとしたけど、なんだか夢中になって手元で何か作っていた。何だろう。邪魔しちゃ悪いから帰ろうと思ったけど、何を作っているのか気になった。

「槙島!」

びっくりして飛び上がりそうになった。手芸部の顧問の中田先生は声が大きい。運動部じゃないからそんなに元気じゃなくていいのに、あんまり抑えてくれない。手芸とかわからないのに顧問をすることになって、気が立っているんじゃないかってみんなが言っていた。先生に怒られてすぐに帰ろうとしたけど、先生は部室ものぞき込んだ。青山さんを見つけた先生は、私と一緒に帰るように言った。怒られたくないから青山さんの手を引いて階段を降りた。青山さんは何もしゃべらなくて、なんだか手が冷たかった。


「ひどいよね、青山さんはがんばってるのに」

私は青山さんと一緒に校門を出た。青山さんは落ち込んでいるのか、ずっと目を伏せている。私が一年の時にいた顧問の篠田先生は女の人だった。大学を出て12年間この学校にいる、と言って先輩たちに教えていた。先輩たちは篠田先生に敬語も使わなかったけど、篠田先生を嫌いだという人はいなかった。篠田先生は私が一年の夏に産休で休んで、次の春にはどこか違う学校に行った。その夏からずっと中田先生が顧問だから、本人が嫌がっても学校は変える気がなくて、中田先生も手芸部の部員もみんな困っていた。中田先生だってやりたくないんだから変わってもらえばいいのに、来年もやっている気がして、青山さんの部活の時間がすごく心配だった。


早く帰ろうと思って、少し近道した。何かの工場の裏は見通しが悪いけど、たまに使う。その真ん中あたりで、青山さんは脇道に入った。どうしたの?と聞いても返事がなくて、歩き方がフラフラしている。脇道の途中で立ち止まって、横を見た。路地があった。見たことがない路地。見たことがないというか、ここでは見なかった。商店街の中にあった路地が、脇道に来ていて、見たことのある傷や落書きがたくさんついていた。青山さんが入っていこうとしたので、叫んでしまった。


「ダメ!」


青山さんがゆっくりとこっちを見た。おでこに大きな黄色い……何かが開いていた。瞬きをしたのを見て、ようやくそれが目だとわかった。青山さんの顔は全然変わらないけど、その目は大きく開いて、私を見ていた。何かが吹き付ける。風じゃないのに、目を開いていられない。目を閉じて、また開くと、目の前に青山さんがいた。黄色い目が、私を見ている。息が止まりそうになった。たぶん声も出せない。でも、声を出そうとする前に、頭の上を何かが通った。誰かの腕が伸びて、青山さんの額をつかんでいた。


「出たな眼魔。詰めが甘いじゃねえか」


私の後ろに、知らない男の人がいた。男の人が手を離すと、手がバチバチいって青山さんの額の目を引っ張っている。たぶん、はがそうとしているんだと思う。青山さんが片手を上げると、私たちの周りに何かが集まった。ヒュンヒュンいって周りを回るけど、何かはわからない。男の人は一度手を離すと、パチンと指を鳴らした。パン!と大きな音が鳴って、周りを回っていたものが遠ざかった。もう一度、今度は手を握って突き出したら、ドン!ってもっと大きな音がして、遠ざかった何かはどこかへ逃げていった。


「鎌鼬か。土着妖怪に頼るなんて、だいぶ参ってるんだな」


男の人は青山さんを見ていたけど……青山さんじゃない何かと、しゃべっていたんだと思う。


SIDE:ARUMA


オレが探している相手を見つけたときには、もう何かが始まっていた。正確には見つけたのは探している相手ではない。脇道をのぞき込む女の子だった。さっきあの道は見たが何もなかった。何を見ているのかと思ったら、ダメ!と叫んだので、嫌が応にも気になった。そして女の子に吹き付けたのは、霊圧。かなり強いものだ。起こせるとしたら、人外のものだろう。駆けつけると大当たり、オレは探していた悪魔と対面した。取り憑かれた女の子の額の目はまさにそいつだ。有無を言わさずつかみかかった。


「出たな眼魔。詰めが甘いじゃねえか」


眼魔。何百年も前に大騒ぎを起こして異次元に島流しにされた悪魔の端くれ。低級もいいところだが、低級だからといって人間より弱いなんてことはない。同業者が何人かやられ、その中にはまともな対処ができるはずのヤツも含まれていた。これ以上霊能者をいたずらにぶつけまくってケガ人が増えても困る。だからアルマをぶつけてほしい、というミナカタへの依頼だった。人を何だと思っているのか。被害が出ている以上オレもミナカタも異論は唱えず、仕方なしに追っていた。


眼魔はどうやら弱っているらしい。土着妖怪に頼らなければいけないのがいい証拠、普通なら悪魔はそんなものより強い。そして弱っているからこそ危険で手段を選ばず、目的を達成しようとする。眼魔の暗躍を知って送り込まれた同業者が、あるトラップにかかって数人重体、オレにお鉢が回ってきた。人を何だと思ってやがる、それくらいできるけどよ。


問題は、すでに人質を取られていることだ。いくら眼魔が大した悪魔ではなく、さらに弱っているといっても力尽くで奪還させてくれる相手ではない。強引でも構わないと言われたところで現場の実働員がそれでいいと思うわけもなく、オレもその例に漏れない。それでも対抗手段はないわけではなく、その一つを試そうとしたとき。


「仕方ないなあ」


眼魔は、取り憑いた女の子の声でそう言うと、カバンを放り投げた。そして手首のアクセサリーをずらして握りこむ。途端に霊圧が跳ね上がり、オレが一瞬戸惑った隙に躍りかかってきた。体が女の子でも、襲ってきたのは眼魔だ。とても受け止められるものではなく、用意していた対抗手段は回避にしか使えなかった。オレは居合わせた女の子を抱き上げて、一気に眼魔の背後に回った。しかし、両手が塞がっている今そのまま攻撃はできない。眼魔に取り憑かれた女の子が振り向いた。


「へえ。肉体強化黒魔法、剛健。それもかなりの高出力。すごいじゃない、人間なのに」


手の内の一つを見られて、選択肢は俄然狭くなった。いのいちに発動しようとした肉体強化魔法は、当然一番有力な手段だ。奇襲はもうかけられず、こちらの手はだいぶ割れたと言っていい。オレは女の子を下ろすと、逃げろ、とハンドサインを出して眼魔と向き合った。剛健を発動し飛びかかるが、捕まえるどころか反撃されてしのがれた。不意打ちであれば仕留められただろうが、来るのがわかっていれば肉体など5倍やそこいら強くしたって悪魔相手に戦えない。敵は、反応速度以外は人間とは比較にならない。ましてダメージの残る攻撃はできない。眼魔が使っている体は、知らない女の子なのだ。


眼魔が再び襲いかかってきたとき、一か八か次の技を発動した。思い切り手を打ち鳴らし一瞬だけ手元が光る。額の黄色い目は閃光に驚き、視界を失った。光を生み出し闇を裏返す、光と闇の転換魔法。オレは光が収まらないうちに女の子の手をつかみ、手首のアクセサリーを引きちぎった。奪い取ったアクセサリーには、黄色い石がついていた。なるほど、これが依頼元の言っていたヤツか。眼魔細胞。眼魔の体から作られた宝石のような塊は、別位相にいる眼魔の本体とつながり、その力を送り込む。前任の同業者たちがこのトラップで早々にやられていき、情報だけは回っていた。オレはつまんだ指から思い切り力を流し込んだ。眼魔細胞が破裂して粉々になる。ふん、と鼻を鳴らすが……女の子の額の目は、相も変わらず笑っていた。何が起きているのか、考えるよりも早くオレの体を何かが貫いた。膝に力が入らず、崩れ落ちてしまった。


這いつくばって後ろを見ると、女の子のカバンが転がっていた。取っ手にはアクセサリー。真ん中に、似たような石がついていた。眼魔の目は女の子の声で語った。

「そっちは囮。本当はあっちを使っているの」

エネルギー源と受信機?くだらねえ手を使いやがって!そんな負け犬の遠吠えは、叫ぶのも馬鹿らしい。肉体は無傷だが、別のものがやられた。すぐに回復する程度だが、一瞬でというわけにはいかない。すぐには立てず、無理に立っても動きは絶対に鈍る。もとより危うい相手なのに、これではまともに戦えない。自分の手の内にある手段を全部思い出して頭をフル回転させる。しかしこれではどれも満足にこなせず、まるで有効ではない。苦し紛れに立ち上がってにらみつけるが、眼魔の目を持つ女の子はカバンに歩み寄った。眼魔細胞を手元に置かれたら、本当に終わりだ。体が壊れることを覚悟で剛健を発動しようとした、そのとき。オレのすぐ横を、疾風のような何かが走り抜けた。オレの目に映ったのは、弾丸のように走り抜ける女の子の背中だった。


女の子は、カバンについたアクセサリーを引きちぎって走り抜けた。眼魔の目が見開いて、驚きの色を浮かべている。捕まえようと眼魔が躍りかかるが、女の子は身を翻して宙を舞った。何が起きている?その動きはもう人間のものではない、まして中学生の女の子にできるものであるはずがない。もしこんなことができる人間がいるとしたら、世界に一人だけ。オレだけのはずだ。体も砕けよと繰り出した肉体強化魔法がなければ、絶対に実現しないものだ。派手に避けたくせに着地をミスった女の子に、もう一人の背中から眼魔の触手が伸びてアクセサリーを弾いた。それを奪おうと眼魔が再び突っ込んできたが、女の子は無駄に一回宙返りして眼魔細胞の真上を舞った。


着地とともに踏みつけて、かかとに力を一点集中、蹴りと同時に破裂させた。いくら物理干渉したって砕けるはずのない眼魔細胞が粉々になって、眼魔に取り憑かれた女の子の動きが止まった。額の目がぐらぐら泳ぎ光や闇を吐き出して、そのまま力が抜けて倒れると、額の目は消えていた。さっきの女の子は倒れたその子に駆け寄って、大丈夫?青山さん!と叫んでいた。これが常盤第二中学三年二組、槙島夢宇。オレの生涯唯一の相棒との出会いだった。




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