束縛幼馴染との距離の置き方①
「冴は本当は優しいんだけど、最近は僕のせいでイライラさせちゃって……」
放課後の教室。すっかりと暗くなった窓の外を背景に、夏生は自分がおかれている状況を雪奈に聞いてもらっていた。
学校では、面倒を見てくれる優しい幼馴染を演じている冴の二面性。
いつの頃からか横暴になっていった冴に、今ではすっかり束縛されていて、ふたりきりのときは、便利な道具のように扱われてしまっていること。
以前から気に食わないことがあると暴言を吐かれていたこと。
最近はそれに加えて、冴が手を出してくることが増えてしまっていること。
冴が怖くて距離を置きたいという思いと、そんなことをして、冴をもっと怒らせてしまうのではという恐怖心。
さらには冴をこんなふうにしてしまったのは、自分が原因ではないかという疑念で、もう心がぐちゃぐちゃになりそうなこと。
夏生は、今まで心の内を誰かに聞いてもらいたくても、誰にも言うことができずに、一人で苦悩し続けてきた。
近しい友人たちは、冴の表の姿しか知らない。きっと相談をしても嘘だと思われるのがおちだろう。
誰に相談すればいいのかもわからず、もし相談できそうな人がいても、冴のことを考えると、話してよいものか迷ってしまい、結局ところ、夏生は今までずっと悩みを引きずって過ごしてきた。
けれど今、夏生は不思議と心の内を、全て吐き出すことができている。
夏生はそんな自分の行動に驚きつつも、きっと相手が雪奈だからこそ、こんなふうに話すことができているのだろうと思っていた。
目の前に座っている雪奈は、相槌をうちながら真剣な表情で話しを聞いてくれている。
雪奈だって、冴の表の姿しか知らないはずなのに、夏生の言葉を疑って話しを遮るようなことはせず、むしろもっと詳細にと、夏生の言葉を聞いてくれようとしてくれていた。
春に転入してきた雪奈と、夏生はそれほど長い付き合いがあるわけではない。それでもこれほど親身になってくれているのは、雪奈本人の性格ゆえになのだろう。
転入してきてすぐにクラスに馴染めるほど人当たりがよく、誰にでも分け隔てなく接する姿は、そのどこにも嘘はなく、雪奈のできた人間性を普段から示していた。
だからこそ雪奈は、悩みを抱えた人からよく相談を受けるのだろう。頼りがいがあり、思いやりを持って話しを聞いてくれそうだと万人から思われているに違いない。
現に雪奈は、こうして夏生の話しも聞いてくれているのだから。
雪奈は、クラス委員として半年間共に頑張ってきた夏生のことを、クラスで一番親しいと言ってくれた。
きっと夏生が悩んでいることをわかっていて、話しをきくための方便も入っているのだろう。そうとわかっていても、夏生にはその言葉が存外嬉しいものだった。
だからだろう。一度話し始めた夏生は止まらなくて、つまっていたものがとれたかのように言葉を吐き出し続けてしまう。
いくらそれなりに親しくしていたとはいえ、こんなにも重い相談をしていいような関係の相手ではないとわかっているのに、もう止めることができなかったのだ。
「気をつけてるんだけど、どうしても怒らせちゃって、むしろ冴に悪いなって」
悩みは人に聞いてもらうだけで楽になる。
そんな言葉を夏生は、これまで信じてこなかった。だって聞いてもらうだけでは、なにも状況が変わっていないから。
だから、話すだけで楽になるなんてことはないだろうと、そう思っていたのだが、実際に今、夏生は心の重荷が、軽くなったような気がしていた。
「ありがとう雪奈さん。聞いてもらえただけで、すごく楽になったよ」
だから夏生は、これ以上雪奈に頼らないつもりだった。
はじめから同情してほしいわけでも、解決してほしいと求めているわけでもなかったから。
こうして話を聞いてくれて、一時的だろうと心を救ってくれただけで、夏生は本当に満足だったのだ。
雪奈にはこの話は忘れてもらって、やっぱり自分でなんとかしてみようと、そう思えるくらいには、夏生の心は癒されたから。けれど、
「ねぇ夏生くん、私が助けてあげようか?」
その言葉に、夏生は思わず顔を上げていた。
いつものように、目を細めて笑っている雪奈と目が合う。
揶揄っているわけではないのだろう。笑いながらも、雪奈がその身に纏う空気は真剣そのものだったから。
思わず縋り付きたくなるような、どんなことでもすぐに解決してくれそうな万能感を感じて、夏生は気づかぬうちに頷きかける。
それでもなんとか踏みとどまって、夏生は首を横に振った。
「大丈夫だよ。話しを聞いてもらえただけで満足だから」
「少しでも楽になってくれたならよかったけど、まだ何も解決したわけじゃないんだよ?」
「それは、わかってるけど」
「一人で頑張ってたんだね、偉いね夏生くんは。でも、もう我慢しなくていいんだよ」
いつものフランクな言葉ではなかった。
慈愛に満ちているようなその言葉を聞くと同時に、頭に感じたあたたかな感触。
雪奈が撫でてくれているとすぐに理解し、身を引こうと思っても、夏生はそのまま動けない。
撫でてくれているその手つきが、とても優しくて、ひどく心地よかったから。
「あの、雪奈さん。これはちょっと恥ずかしいというか」
「誰も見てないんだからへーきでしょ? もうちょっと大人しくしてなよ」
そんなふうに言われてしまえば、もう身を引く理由もなくなって、夏生はそのまま、雪奈の手に身を任せたのだった。




