3.鮮やかな街の影
マリスが押すとからから車輪が周り、私を乗せた車椅子は屋敷の外へと向かっていく。
玄関に辿り着けば、騎士のような格好をした金髪の中年男性が、手を振ってこちらに歩いてきた。
「おっ、マリス先生とセイラお嬢! お散歩ですかな?」
「うわぁ……うるさいのが来たネ」
「露骨に嫌そうな顔しないでくださいよ」
「おや、僕は顔を見せていないはずだヨ?」
売り言葉に買い言葉。
いつものことながら、2人は相性が悪い。
この騎士様はお父様の過保護により雇われた人で、屋敷の警備を任されている。
名前は、アルバート・リィム。
私もマリスも、騎士様と呼んでいるので名前を呼ぶ機会は無いけれど。
太陽のように明るく豪快な騎士様、月のように静かなマリス。
相性なんて一目瞭然だろう。
それでも騎士様が勝手に仲良くしようとしているので、毎回こうも喧嘩が起きる。
「マリス、それより散歩に行きましょ」
「そうだ、騎士様の相手をしてる場合じゃあ無かったネ」
「む……、まあ留守は任せてくれ! 楽しんできてな、お嬢」
「はい、ありがとうございます」
私はにこりと笑い、騎士様の横を通り過ぎてマリスが車椅子を外へと進める。
そういえば、お父様はなぜ騎士様に屋敷の警備を任せているんだろう。
私専用の護衛にでもしそうなのに、実際のところ散歩に行くときはいつもマリスと2人。
……まあ良いや、それより散歩だ。
ワクワクとした面持ちで、私たちは屋敷の外へ向かうのだった。
次に目の前へ広がったのは、鮮やかな街並みだった。
白を基調とした建物に、カラフルな旗や屋根の鮮やかさが混ざり合う。
あちらこちらから食べ物の香りが人を誘い、活気のいい声が響いていた。
大通りの石畳を車椅子で進みながら、私は周りの屋台に目を輝かせる。
あっちは串焼き肉を売っていて、こっちには可愛いアクセサリーが……!
見るだけで楽しい、外がこんなにも輝くものだなんて、転生するまで知らなかった。
憧れないなんて強がっていた前の自分を、私は後悔していた。
あの影によって、私がわかりやすいよう全てが脳内で自動的に翻訳される。
年月の数え方も、お金の価値も、言葉も、いちいち気にしないで済むのがありがたい。
ほとんど気兼ねなく楽しめる今が、私は幸せだと思えた。
……そう。 私は、これでも幸せ者なんだ。
ふと、車椅子が路地の前で止まる。
マリスも同じことを思ったのか、私と同じく路地裏へと顔を向けていた。
暗がりの中で鎖に繋がれ、虚ろな顔をした者たちが、小綺麗な服を着た男に鞭を振るわれている。
全て人間ではなく、耳が尖っていたり、獣の耳を持っていたり、角や尾を持っていたり。
奴隷の扱いを受ける彼らは、いわゆる魔人や魔物と呼ばれる存在。
そして彼らがこのような扱いを受ける光景は、世界にとって普通のものだ。
──17年前、勇者は命と引き換えに魔王を討った。
遥か昔、愚かな行いを繰り返した人間は魔法という力を剥奪されていた。
しかし現れた魔王を討つため、勇者とよばれた者にのみ再び力は与えられたのだ。
勇者亡き今、その力は世界へ散り散りになり、アルスとディロという存在を誕生させた。
全ては、世界に残った強い魔物や魔人を倒すため。
しかし、弱い魔物たちは奴隷として人間に利用されることとなった。
負けた弱者は勝った強者に従う、当然の摂理と言えば聞こえはいいかもしれない。
……それでも、これはあんまりだなんて思ってはいけないのかな。
「…………行こウ、お嬢様」
「マリス、あの子たち」
「どうにも出来ないサ、お嬢様が気にすることは何もないんだよ」
見えない彼の顔が、どこか優しく笑っているような気がした。
どうすることも出来ず、奴隷の少年が地に倒れ伏すのを横目に映しながら、私は押されるままに街の中へと戻される。
耳には、未だ呻き声がこびりついている。
早く街の喧騒で消してしまいたい一心で、また屋台へと目を泳がせた。
「逃げろ──!!」
刹那、つんざくような悲鳴が耳を貫いた。