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第8章 再開の呼び声

その夢を見てから、蒼太は日常の“ノイズ”に気づき始めていた。

 水の匂い。誰もいない場所で鳴る水音。スマホに届く通知のない“震え”。


 何もかもが、微細な異常をまとって彼の日常を削り始めていた。



 ある朝、大学の研究棟に向かう途中、蒼太は異変に気づいた。


 校門横の掲示板。そこに貼られた新入生歓迎ポスター。

 その下の余白に、マジックで小さく書き込まれた文字があった。


「みずみに、きて。わたし、まだそこにいる」


 一瞬で血の気が引いた。誰が、何の目的で。

 この大学に“水見村”を知っている者など、もういないはずだった。


 掲示板を見上げたまま、背中に冷たい汗が流れた。


 そのとき、背後から誰かが話しかけてきた。


 「ねぇ、先輩……“水見村”って、知ってますか?」


 振り返ると、そこにはひとりの少女が立っていた。


 ショートカットの女子学生。小柄で、首元に学生証をかけている。

 “深谷 梨花”と名札には書かれていた。


 その声に、覚えがあった。

 ──夢の中で、自分を井戸に誘った“あの少女”だ。


 「……どうして、その村を知ってる?」


 彼女は笑った。あまりにも自然に。


 「ふふ、私、ずっと前にあそこに行ったことがあるんです。……家族旅行。小さい頃。でも、そのあと、誰に聞いても“そんな村はない”って言われた。おかしいよね?」


 蒼太は無言で頷いた。


 「……ねぇ、先輩。見ませんでした? 夢の中で、水の中に誰か立ってなかった?」


 「……お前は、何者だ?」


 彼女は唇に人差し指を当てた。


 「しーっ。……まだ“選ばれてない”から、教えられません。でも、先輩が“また行く気”なら、今度は“ちゃんと”案内できますよ?」



 その日の午後、研究棟の一角で蒼太はふと足を止めた。


 資料室に残された、地域民俗研究サークルの古い文献。

 表紙は茶色く変色していたが、そこに貼られていたラベルは明らかだった。


『水見村の祭祀と“祈りの構造”について』


 まるで、誰かが“読め”と言わんばかりにそこに置いてあった。


 震える手でページを開くと、見覚えのある図が現れた。

 “水神の碑”。そして、“願いを通す儀式の構図”。


 けれど、その下に書かれていた手書きのメモに、蒼太は凍りついた。


『祈りを封じた鍵は、再び開かれる。水は時を越え、記憶された者のもとへ流れ込む。』


 記憶された者──


 それはつまり、自分だ。



 夜。

 帰宅した蒼太は、無意識に風呂の水を抜いていた。


 ふと、湯船の底に、水に濡れた紙片が落ちていた。


 拾い上げると、それは和紙のように薄く、墨でこう書かれていた。


「次の“願い人”は、君」


 手から力が抜け、紙片がふわりと床に落ちた。


 だが、そのまま紙は濡れた床に“消えるように”溶けていった。



 数日後、大学構内で深谷梨花に再会した。


 彼女は言った。


 「そろそろですね。水、満ちてきてます。……もう“枠”が決まる頃なんです」


 「枠?」


 「願いをかける人。沈められる人。そして──鍵になる人。……前と同じ構図。これ、循環だから」


 「……やめろ。俺はもう終わらせた。村は消えた。もう誰も、戻れないはずだ」


 「そう思ってましたよね。でも、あれは“水面の反射”を割っただけ。底までは、届いてなかった」


 彼女は言う。


 「水は、ね。祈った人が“願いを忘れた瞬間”に、また動き出すんです。

 誰かが願ったことの意味を見失ったとき、それは……もう一度、形を変えるんです」



 そして蒼太のもとに、再び届いた一通のメール。


差出人:mizukami@mirrorlink.jp

件名:『君の願い、届いてます』


 添付された動画ファイルには、蒼太自身の姿が映っていた。


 井戸の前に立ち、呟く声。


 > 「……お願いだ……あいつを助けてくれ……俺じゃなくて、あいつを……」


 それは、“水の底で叫んだあの瞬間”だった。

 他に誰が録っていた? 誰が“保存”した?



 蒼太の周囲は、静かに、水を湛えていく。

 再び、“村の構造”が、都市の中に出現しようとしていた。


 循環は、終わっていなかった。

 いや、むしろ、今が本番なのだ。


 なぜなら、“願い”を一度叶えた者は、“次の祈りの器”として選ばれる。


 そしてその祈りは、**都市の中に拡がる第二の“水見村”**を、密かに生み出していく。

水は都市に侵食を始めた。

“次の願い人”の出現により、新たな井戸、新たな封印が開かれようとしている。


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