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竜人は婚活する

作者: さゆず

 

 婚活するか。

 不意にアイシャはそう思った。

 年齢は800を越えた辺りからめんどくさくて数えていない。なんせ彼女は長命種の竜人だからだ。

 竜人だが通常は竜体の姿で過ごしている彼女は、眠ることが好きで50年眠り続けることもざらにある。


 さてそんな気儘に過ごしていた彼女は、今まで快適に過ごしていた巣穴から出て、翼を広げ空へと旅立った。




 まず始めに彼女は人族の住む国へと向かった。

 かの種族は私たち竜人に比べると遥かに寿命は短いが、文明の発達が進んでおり、アイシャも時折かの国に訪れ資材を調達したりしていた。

 さてこの国で我が子を産むなら何処がよいかとアイシャは考え込み、以前訪れた別の人族の国の食堂という場所で聞いた話を思い出した。


 1人食堂で食事をしていたアイシャに、

「いいかい!金だよ金!金があれば大抵のことは何でも安心だよ!」


 と人族の老婆が熱弁していて、彼女の周りにいたご婦人方もしきりに頷いていた。

 そこでアイシャは人族は大金を持っていれば幸せなのかと印象を持った。

 それなら弱い人族の中でも我が子を安心して産み育てれるだろうと考えたアイシャは、この国一番の大金を持っていそうな場所に目星を付け飛び立った。

 煌びやかな城の中庭に降り立ったアイシャは竜化を解き、人族と同じように人間体へと変化した。

 しかし彼女を待ち受けていたのは四方に取り囲む人族の兵士達だった。

 だが竜人の彼女は人族などいとも容易く葬ることが出来るので全く動じず、兵士の中で身なりの良さそうな者へと話しかけることにした。


「こちらに敵意はない。この国の上の者と話し合いの場を設けて欲しいのだが、頼めないか」


 その者は急いで上へと報告をし、直ちに話し合いの場を設けてもらえたのだ。


「ようこそ我がサユクムル国へ竜人のお方。私はこの国の代表である王です」

「アイシャだ。よろしくサユクルム王」

「して、アイシャ殿は我が国に如何様なご用件でございましょうか」

「うむ。実はな、我はそなたら人族と婚活を望んでおるのだ」

「……はて?申し訳ないですが今婚活と申されましたか?」

「ああそうだ」



 サユクルム国の王もといロイシュバルト王は私の言葉に一瞬言葉を失ったが、直ぐに気を取り直して、それから私に色々なことを質問してきた。


 私の衣食住をどうするか、その他に私が望むものをそれは細かく訪ねてきた。何故こんなにも質問するのだと私が答えれば、「まずは互いに知ることから始めましょう」と言われた。

 面倒だが、これも婚活のためかと私はロイシュバルト王とそれなりに交流をしていくことにした。

 あちらが用意してくれた居住地はそれなりに居心地よく、快適であった。快適な生活を提供してもらったお礼に私は人族の土地に広がる魔力脈の詰まりを整えてやった。時折ロイシュバルト王が私の元へ訪ねてきたり、その側近が訪ねてきたりくらいで、あっという間に三年は経っていた。


 呑気に紅茶を飲んでいた私はハッとし、婚活をしに来たのに何を悠々自適な生活をしていたのかと漸く気付いたのだ。

 そこで慌てた私は丁度訪ねてきたロイシュバルト王に、私の婚活はどうなっているんだ!と話した。


「もしよければそのお相手は私が勤めさせていただけませんでしょうか」

 とロイシュバルト王が、来訪の度に持参する花束を私の前に差し出しながら微笑んだ。


 しかしそれに私は口をへの字にして眉を寄せた。


「竜人と人族との子供だ。どんな事態になるか分からぬ。きちんとした医者同伴がなければそなたとはつがわぬ」


 そこで王は国一番の産婦人科医をアイシャのために手配し、アイシャの変化に瞬時に気付くようにと医者を同伴させた。


 アイシャはロイシュバルト王に紹介された医者と対面することになった。そしてかの医者が発した第一声が、



「竜人の生態は卵生ですか?胎生ですか?」


 面白かったのでアイシャはその医者を同伴させることを許可した。

 妊娠している竜人は基本警戒心が強く気が荒くなりがちだと聞くが、医者もといライアを側に使えさせることをアイシャは受け入れた。

 しかしこのライア、日中は忙しく、夜も時折帰ってこないことが多い。どうしたのかと聞けば、「仕事をしています」と言われ、興味本位で私も現場に覗いて行ってもよいか?と聞けば「我が産婦人科は個人情報厳守、そしてとても繊細な現場です。遊び半分でそのようなことを申さないで下さい」と真顔の彼女にはっきり言われたアイシャはそうか、とだけ返した。心なしか気落ちしていた。


 だがライアがアイシャの側にいる時、ライアが毎度本に何か書き込んでいる様子に興味を引かれたアイシャは彼女の本へと覗き込んだ。


「何の文字で書いてあるのだ?」

「ああ、各国共通語ではなく我が国の言葉で書いてあります」

「読めぬ」


 でしたら、とライアがアイシャに便箋と封筒を手渡した。


「これはなんだ?」

「この際ですから我が国の言葉を覚えてみたらどうですか?そうですね、送る相手は国王陛下あたりが丁度いいでしょう」

「何故そこであやつなのだ?」

「この国でアイシャ様と一番交流がある人族は国王陛下でしょう」

「なるほど」


 アイシャは手渡たされた便箋をまじまじと眺め、あっさりとライアの言葉に納得した。

 それからアイシャはロイシュバルト王と手紙のやり取りを始めるのだった。ライアに文字を教えてもらいながらアイシャは拙い文字でロイシュバルト王へと手紙を書いた。ロイシュバルト王からは手紙と共に花やお菓子、可愛らしい便箋等さまざまな贈り物が届けられ、アイシャはあの男はよく贈り物をしたがるなと思いながら受けとるのだった。


 さらに半月経った頃にアイシャは便箋を前に頭を悩ました。


「何を書けばいいのか分からぬ」

「具体的には?」

「私は代わり映えしない日常を過ごす。

 しかし奴、ロイシュバルトはとても奇妙な体験ばかりしておるではないか」



 頭を悩ますアイシャを横にライアは手帳を開き数秒考え手帳を閉じた。



「でしたらアイシャ様。アイシャ様もお出かけをされてはいかがでしょうか」

「おお!旅か!久しくしていなかったな!」

「期限を設けましょう。往復で1月(ひとつき)で帰ってこられる距離にいたしましょうか」

「何故1月なのだ?」

「………私も王都での仕事がありますから、王都から離れれるのはせいぜい1月程。こればかりは譲れませんね」

「そうか。ならばライアが予定を組んでくれ。私に乗ればかなり遠くの場所へ行けるぞ」

「ありがとうございますアイシャ様」


 表情は無表情だが、口角が少しだけ上がっているライアの様子にアイシャは気付くことはなかった。



 それからアイシャとライアはサユクルム国を転々と回り様々な村や街、自然を見ることになった。

 旅立ちの初日、ライアは大きな荷物を2つ抱えてアイシャと合流した。


「ライアは何故そのような大きな荷物を持っているのだ」

「これは私の仕事道具です。旅でも欠かせません」

「そうか。忙しいのだな」


 村や街に着くと、2人は共に行動することはなく、ライアはあちこち駆け回っているのでアイシャも好きに見て回ることにしている。そして自分で見て感じたことを手紙としてロイシュバルトに送るのだった。





 そんな月日がたち、二年後のとある日だった。



「ご懐妊おめでとうございますアイシャ様」


 ライアの言葉に目を瞬かせるアイシャ。ライアの言葉を理解するのに数分、にこりと微笑むライアを凝視し、自身の腹へと手をあてる。


「………私が懐妊、したのか」

「そうです。しかしまだ初期の段階なので胎動を確認できたら我が国の市役所に参りましょう。そこで母子手帳を受け取りに行って下さい。それと」

「ま、待て!」


 すらすらと話を進めるライアにアイシャは慌てて止めた。そんなアイシャにライアは何ですかとまたいつもの無表情の顔に戻る。


「もっとこう驚いた顔とか、喜んだ顔をしないのか!」

「私としても大変喜ばしいです。ですがアイシャ様は共に喜ぶべき相手がおられるのではありませんか。お腹の子の父親と」

「父親が誰か知ってるような口振りだな」

「アイシャ様寝言は寝て言え、ですよ」


 それからなんやかんやあって、腹の子の父親は大層喜び、すくすくと子供はアイシャのお腹の中で育っていったのだった。

 そして無事アイシャは出産し、元気な男の子を産んだ。竜人と人族との間に産まれた子はアイシャの特徴をよく受け継いでいた。

 それから子が無事に二十歳に成長すると、それから三十歳になれば息子は旅に飛び出していった。そしてそれを見届けたようにロイシュバルトが倒れた。


「ロイシュバルト、大事ないか」


 アイシャはベットへと歩みよれば、皺のある手に触れた。弱々しくもしっかりとアイシャの手を握り返すロイシュバルトにアイシャは安堵した。


「少し季節の変わり目で体調を崩してしまいました。大丈夫です。次の旅行に行く頃にはこの身体も回復するでしょう」


 二十年の月日の中で変化がいくつもあった。

 旅の仲間にロイシュバルトが加わったことだ。彼とライア、時々ライアの弟子、そして私たちの子も好奇心旺盛なので竜化し一緒に出掛けたりした。

 私たち竜人にとって二十年とはあっという間だ。しかしアイシャはとても楽しかった。その始まりはこの男と出会ったからだろう…。

 アイシャはロイシュバルトの手を自身の頬にあて擦りよった。


「必ず元気になるのだぞ。待っている」


 愛しい人族の男にアイシャは微笑んだのだった。





 しかしロイシュバルト王は回復虚しくそのまま失くなってしまったのだった。享年75歳だった。

 王位は既に前妻との子が王位についていたので、王位問題もとくにはない。

 彼の墓石を前に、アイシャは竜化した。


「どこに行かれるのですか」


 少ししわがれた声で聞きなれた声にアイシャは下を振り向いた。



「なんだ、ライアか。この国にもう未練はないのでな。ちとまた旅にでようかと思っておる」

「それは楽しそうですね。どうです旅の道中に共を付けるのは」

「それは楽しそうだな。ライアとの旅は随分久しぶりだ」



 ライアを背に乗せアイシャは空へと旅立った。途中彼女の体調に気を付けながらの旅だったが、それでも楽しい旅だった。



「それでアイシャ様は何を考えておられるのですか?」


 まるで全てを見透かしたように話すライアにアイシャは飄々とした声で応えるのだった。



「そうだな、婚活をしようと思う。次は獣人の国だ」







アイシャ1035歳

竜人で婚活の旅にでた。まずは人族と婚活することに決めた。


ロイシュバルト王

前妻との間に王子をもうける。

40代、治世も安定している頃に竜人のアイシャが突然国に訪れる。婚活と言われどうしようか迷ったが度々彼女に用意した屋敷へと訪れていきアイシャにひかれていく。アイシャとの文通が楽しみであり、アイシャとの息子をもうけた彼は王位を息子に譲り後世は穏やかに過ごした。王の部屋にはアイシャとやり取りした手紙が大事にしまってある。


ライア27歳(当時)

国一番の産婦人科医。アイシャの要望で王から配属された。いや竜種は見たことないし前例もないってば。

こと細やかに観察し、ある程度のアイシャの排卵日等を把握する。

それとなく王とアイシャを近付けようと話題にだしたり、王を頼るようにアイシャにアドバイスをする。

アイシャに出掛けるようにけしかけ色んな場所で己の腕を磨き、技術を伝え婦人科の学校を新たに開設する。彼女の功績により国の出生率が上がった。


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