04:リア充爆発しろ
配られたプリントを前にして、教室のなかは奇妙な沈黙に静まりかえった。32名、それぞれの思うところは一様ではなかったが、自分たちの担任教諭、真神聖人が、またまた奇妙なことを言い出したぞ、という感想だけは皆が同じであった。
そもそも彼は、英語の教師だ。日本史や世界史といった社会科科目の教師ではない。だというのに、口を開けば地球の温暖化現象がどうの、過去にあった歴史上の事件がどうの、果ては聖書の解釈だとか哲学の教えだとか、ジャンルを問わずに語り始める癖をもつのだ。
彼を表すのにふさわしい言葉がある。
変人、その一言で語りつくせるほどだ。
この無駄話さえなければ良い先生なのに、というのが大方の評判だ。
仕方がない、と手を挙げたのはクラス委員の成瀬鳴海であった。誰かが止めなければ、このホームルームは永遠に続いてしまう。
「真神先生、質問です。この実験は強制参加ですか? それとも実験に参加するのは希望者だけですか? 希望者だけならホームルームを終わらせたあとで話を続けて欲しいのですが。みんな、塾や部活の予定もありますし」
「もちろん、強制参加ではありません。先生は生徒の自由意思を尊重します。ですが、一部は強制参加になります。具体的には説明書の7番、王国実験のことを教室の外の人間に知らせる生徒には故意、過失を問わず神罰がくだります。この部分ですね」
「つまり、僕たちは実験のことを教室のそとで話さなければ良いんですね?」
「はい、その理解で構いません。みなさんが塾や部活、それからゲームや動画配信を見るのに忙しいというのなら、このホームルームを終わりにしましょうか?」
「終わりで良いかな、みんな?」
成瀬鳴海は周囲の賛同をたしかめるかのように、クラスメイトをぐるり見渡す。
六月の始めとは思えない暑さと、校長よりも長い話にうんざりした顔が大半だ。
途中から、あるいは最初から聞くのをやめて、スマートフォンを弄っている生徒も多い。授業中にスマートフォンで遊んでいても減点はしないし、それが原因で泣きつかれても加点もしない、真神聖人はそういう教師であると生徒には知られている。
「それじゃあ・・・」と成瀬鳴海の口が言いかけたところに挙がる手があった。
岡田王子。彼はクラス行事に乗り気なやつじゃあないのに、どうして?
「先生。命令というのは、どこまで有効なんですか?」
「すべてです。生殺与奪を含めたすべての命令が有効です。わかりやすく言うなら、死ねと命令されれば、その人は死にます。生きろと命令されれば、その人は生きます。生きかえれ、というのは王様の権利を超えた命令なので、これは無理です。そうですね・・・人体をつかって物理的に可能なことのすべて、と表現するのが正しいですね」
「ふぅん」と岡田。
納得しているのかしていないのか、配られたプリントに目を通しながら彼は指を折りながら考える。・・・1人、足りない。
「学校の先生が、生徒のことを奴隷とか言っちゃうのは、さすがに不味いんじゃねーの?」
手を挙げることもなく声を出したのは、不良グループのリーダー、工藤邦明だった。
話の腰を立て続けに折られ、成瀬鳴海が表情にかすかな苛立ちを見せる。
こういうときに限って、意見が多い邪魔な男だと。
「不味いですね。教師として、大変によろしくありません。ですから王国実験のことは秘密でお願いします。・・・と、プリントにも書いてあるのですが、出席番号1番、相田亜衣さん、さっそくSNSに投稿ですか。『うちのクラスのせんせー、王様実験とか、やべーこと言ってて草。あたま終わってる』と」
相田亜衣のスマートフォンを弄る指が止まった。下を向いていた視線があがる。視線の先には、SNSで小馬鹿にしたばかりの担任教師の目があった。
「え? 鍵付きなんだけど?」
そこじゃあないだろ。と岡田王子は思う。
教壇のうえにある真神聖人は、スマートフォンを手にしてはいない。
「先生は残念です。こんなにも早くルール違反者が現れてしまうなんて。相田さんに降す神罰ですが、どうしましょうか。そうですね。インターネットの昔のスラングで、こんなのがありましたっけ。・・・出席番号1番、相田亜衣さん爆発しろ」
爆竹を使ってカエルを上手に爆破するにはコツがある。目の前にたらせば、なんでも餌だと反応して呑みこんでしまうカエルだが、石などの異物と判断すれば胃袋ごと吐き出してしまうのだ。そうでなくとも導火線についた火は、カエルの体液で簡単に消えてしまう。上手に爆破するコツはまず、爆竹を小さく切り刻むことだ。爆竹を切り刻んで練り餌が3、黒色火薬が7の割合で配合する。こうするとカエルは火薬を吐き出さなくなる。こうして胃の中にカエルを爆破するのに十分なだけの火薬を呑ませ、それから火種を食わせるのだ。破裂する。
人が、爆発した。
胃袋のなかから始まった膨張は、人間の目で捉えられる速度ではなかった。
腹部が膨れ上がったように見えたのは一瞬だけ、つぎの瞬間には皮膚が裂け、圧力におされた血液が人体の外部へと激しく噴き出す。弾けた肉が、砕けた骨が、糞の詰まった腸の切れ端が、相田亜衣を中心にして教室のなかの四方八方へ飛ぶ。誰にも逃げ場はなかった。
人の認識が追いついたのは、そのあとだ。
血や、肉や、内臓や、普段目にすることのない皮膚の下に収められているグロテスクの塊たちが、手に、顔に、制服に、学校の机に床に、赤々と塗りたくられた、そのあとだった。
悲鳴の声はあがらなかった。
爆発で胸からしたを無くした本人さえ、胸からしたを無くした相田亜衣の床に転がった頭さえ、状況を理解していなかったに違いない。理解できないという表情で、瞳だけがまばたきを繰り返している。
人が死ねば悲鳴があがるものだと思っていた。
映画のなかではそうだった。
現実は、困惑だ。
人間の血と、肉と、内臓に全身がまみれてしまったとき、どうすれば良いのか、脳が判断に戸惑うのだろう。感情が反応に困るのだろう。
誰かひとりが悲鳴をあげれば、主体性のたりないほかの誰かも悲鳴をあげはじめるのだろうが、その勇気ある最初のひとりが居なかった。
生徒31名が血の雨のなかで言葉を失くすなか、自分だけが一滴の血にも汚れてもいない真神聖人が口を開いた。
「人体の六割は水分だと言いますが、本当だったんですね。先生も、ここまで人間が飛び散るものだとは思っていませんでした。こんなに汚してしまって、掃除当番の人にはちょっと悪いことをしてしまいましたね」
その声が、あまりにも呑気なものだから、いつもの雑談を語るような口ぶりだったから、誰も彼もが悲鳴をあげる機会を失った教室は、また奇妙な沈黙に静まりかえり続けるのだった。




