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02:真神聖人

「さて、話は変わりますが、みなさんはスタンフォード監獄実験のことを知っていますか?


 スタンフォード監獄実験は、普通の、善良な、精神的疾患や特殊な偏執をもたない一般的な人々が、特別な地位や役職を与えられると、その役割にあわせて行動や人格が変化してしまうことを証明するための実験でした。


 この実験は、看守役は看守らしく、つまり偉そうな態度をとりはじめ、囚人役は囚人らしく、つまりビクビクと怯え始めるのではないだろうか、という科学者たちの期待に基づいて行われました。


 結果から言うと、この実験は大失敗に終わります。


 科学者たちが望んだような横柄で暴力的な看守、ステレオタイプな看守は誕生しませんでした。科学者たちが望んだような臆病で暴力に怯え権威に媚びへつらう囚人、ステレオタイプな囚人も誕生しませんでした。


 看守役の人たちは強く命令されなければ偉そうな態度をとろうとしませんでしたし、囚人役の人たちも実験を超えた不当なあつかいには抗議の声を挙げました。なかには、看守役の人たちからも、実験だとしてもこれはやりすぎなのではないか、という抗議の声が挙がったほどです。


 この実験の結果は、科学者たちを大きく失望させました。

 彼らは監獄実験を通して、ひとつのことを証明したかったからです。

 それは、ユダヤ人を虐殺したナチスドイツの軍人たちが悪人では無かった、ということの証明です。


 人を殺すことは悪いことです。大量虐殺ともなれば本当に悪いことです。では、第二次世界大戦当時、ユダヤ人を皆殺しにしようとしたナチスドイツの軍人たちは、全員が極悪人だったのでしょうか? ・・・常識的に考えれば違います。違っていなければならないのです。


 ユダヤ人の処刑場、ホロコーストの現場、アウシュビッツ強制収容所に勤務していた職員たちは、一番下の掃除夫から一番上の所長まで、人殺しが大好きな殺人鬼たちのあつまりだったのでしょうか? ・・・常識的に考えれば違います。違っていなければならないのです。


 彼らが従事したユダヤ人への大量虐殺行為は、たしかに悪でした。

 でも、心は? ・・・虐殺をおこなった彼らの魂は、ほんとうに邪悪だったのでしょうか?


 普段は善人として知られている人間も、銃と弾と敵があたえられれば立派な兵士に、立派な人殺しになれるものです。ベトナム戦争では、愛国心にあふれる善良なアメリカの若者たちが、地球の裏側にくらす善良なベトナム人の若者を殺すための軍隊に志願しました。志願して、立派な人殺しになりました。


 人間は自分が置かれた状況によって行為や態度を変えるものです。

 それは、平和な日本で暮らす、みなさんでさえ例外ではありません。


 たとえば、みなさんは今年の4月で二年生になりました。一年生が入学して、ひとつうえの先輩になりました。そして、ひとつ昇進しました。ひとつだけ偉い立場になりました。二年生は一年生よりも偉い。三年生は二年生よりも偉い。そんなこと校則のどこにも書かれてはいないのですが、学校のルールとは、本当に不思議なものですね。


 これは、部活動をしている生徒たちに、より顕著な傾向が見られる現象です。年下や新入部員がタメ口を使ってきたら生意気だ、とか。・・・そういうの、学生にはあるでしょう?


 三年生は二年生よりも偉いのでしょうか?

 二年生は一年生よりも偉いのでしょうか?

 いったい、なぜ? ・・・先生は、本当に不思議でなりません。


 そこで先生は、この不思議な現象を証明するための実験を考えました。

 スタンフォード監獄実験にならったもので実験の名称を、王国実験とします。

 実験内容の詳しくは、これから配るプリントに書いてありますので読んでください。


 では、プリントを配ります。

 プリントを前から後ろにまわしてください。

 枚数に不足や余りがあれば、一番後ろの列で数合わせをしてください。


 さて、実験を始めるにあたって、まず最初のひとり、王国の王様を決める必要があるのですが、これは先生が決めます。先生は神様ですからね。王権神授というやつです。社会科の授業で勉強しましたよね?


 今日は6月5日ですね。それじゃあ出席番号5番の岡田くん、今日からアナタが王様です。その命令は絶対です。・・・って、岡田くん? 先生の話をちゃんと聞いてましたか?」

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