89 サラマンダー
不可避だ。
化け物じみた速さで向かって来るネヴェリスカから、逃げられるわけがない。
聖密光に隠された、とっておきの大技を回避する手段は、たとえどんなエネミーであっても持ち合わせていないだろう。
突如として眼前に現れた光の剣を目撃したとき、この奥義を攻略組は間違いなく知らなかったのだろうと、レイヴンは確信していた。
聖密光を使っている状態で、レイピアを手から離したことは、これまでにも何度かあった。
そのときは、このような大剣が出現しなかったのであるから、発動の条件は、エネミーに肉薄した状態で聖密光を中空に放ることだろう。万が一、攻略組が奥義を知っていたのだとしても、こんな神業を連発できないと判断しているに違いない。これは、ネヴェリスカの馬鹿げた運動性能があってこそのものだ。
のちに知ったことだが、この光の大剣は、それまでにどれだけ遺裂を使って移動しているかどうかで、刃のサイズと威力とが変化するようだ。一度でも大剣を出現させれば、その程度がリセットされる点は言うまでもないだろう。
早い話が、一回きり。
聖密光を主体とした戦法は取れないということである。もっとも、そんなことができようものなら、ネヴェリスカだけですべてが完結してしまう。攻撃も回避も、彼女より優れているプレイヤーが、別解組にはいないからである。
空中で身をよじって、ダンジョンの床に華麗に舞い降りたネヴェリスカは、今しがたの出来事に驚きつつも、てきぱきと己の遺裂を拾いあげていた。
「たぶん使い捨てだけど、最後の切り札がこいつにもあるってわけね」
言って、ネヴェリスカがレイピアを指でなぞる。
どうやら彼女も、何が大剣を生みだすトリガーなのか、理解しているようだった。
レイヴンがヴァリーラの肩に支えられながら立ちあがると、すぐさま一同はその場を離れる。妹に力仕事をさせていることに対して、ネヴェリスカは大層ご立腹であったが、さすがにほかのメンバーに代行させる余裕はない。少なくとも、15層から移動するまでは油断できないはずだ。
(マジかよ……)
そこまで奥深くに進んでいた自覚はなかったのだが、不運なことに、階段の近くには1体のサラマンダーが蠢いている。
気がつかれずに通り抜けるのは、さすがに難しいだろうか。
かと言って、迂回することなど、もっと非現実的だろう。15層を長く移動することになるのは、是が非でも遠慮したい。
戦うのは避けられないと見える。
即座にそう判断したユウトは、遺裂の力を発動させてサラマンダーを切りつけていた。
途端に、エネミーの体が硬直したように不自然に止まり、以降は震えるような微動をくり返すだけになった。
スタンしたのだ。
はっきりとその効果を自分の目で確認できる。
それと同時に、やはりジャイアントスパイダーには麻痺が通じなかったのだと、改めて実感させられた。
敵が動かなくなったのだ。
本来であれば、レイヴンがつづいて重い一撃を加えるのが、戦いのセオリーだろう。
しかし今、彼はまともに剣を振るうことができないため、仕方なく弓使いのアヤネがあとを追った。
きりりと引き絞った弦から、一本の矢が放たれる。
遺裂の名は氷華弓。
その力は、射出された矢の速さに応じて、対象を凍結させるというもの。
得物が遺裂になったことで、弓自体の頑健さが多少緩和されたため、通常時のアヤネであっても、それなりの速度が出せる。十分に戦力として数えられる武器だった。
足元に命中。
部位を狙って撃ったのだろう。
床の一部と、サラマンダーの脛から下とが、一瞬にして氷結した。
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