32 アヤネ
リハビリがてらのレイヴンが選んだ階層は、8番目のフロアだった。
ここならば水場のおかげで、飲料の確保に困らないし、そのぶんだけ、獲得しなければならない戦利品の数も抑えられる。
まさに、うってつけの狩場だろう。
何度かウンディーネとの戦いを無事に乗り切り、己の状態を確認しおえたレイヴンは、自分が病み上がりであることを思いなおし、一層に戻ろうと考えていた。
ダンジョンの中は、室温の変化が外よりも穏やかである。
特に、第1層はその傾向が顕著であり、昼夜を問わずに白塔にこもりっぱなしのプレイヤーたちからは、寝床として重宝されていた。
少し早いが、レイヴンも無理をせず、同じ場所で体を休めようというのである。
その帰り際、レイヴンは階下へと向かう途中で、女性の声を耳にする。
なんてことはない、気合を入れるための掛け声だ。
音のする方向は、通路を右に曲がってから離れた辺りで、8層へと移りたいレイヴンとしては、やや遠回りになる形だろうか。
これまでのレイヴンならば、戦っているだけだろうと見過ごすところだが、別解組に助けられた一件から、思いもよらぬ状況というものが本当に起こりうるのだと、彼は学習していた。
どうしても気になってしまう。
念のためにと、注意深く耳を澄ましてみれば、やはり相手の様子がおかしい。
無数の戦闘音に交じって、助けを求める悲鳴のようなものが聞こえて来るではないか。
さすがに、ここまではっきりとしていれば、救援に行かざるをえないだろう。
(まさか、羅刹か……?)
何度もここには来ているが、あちらから嫌な気配を感じたことは一度もない。
しかし、あれから調べたところによれば、どうやら8層にも罠場はあるようだ。ゆえに、万が一の可能性もある。
危機感を抱いたレイヴンは、全速力で現場に急行していた。
やがて見えて来るのは、メデューサとゴブリンの群れ。そして、彼らに囲まれるようにして座っている、一人の少女だ。
ひとまず、相手が羅刹でなかったことにレイヴンは安堵し、次いで、素早く状況の把握に努めた。
(……メデューサにやられたか)
ウンディーネと同じく女性を模したエネミーである。外見の醜さは、ウンディーネ以上だろうか。
象徴的な攻撃は、なんといっても石化だろう。
実際に、体が石にされるということはないが、その目から放たれる赤い光線を浴びてしまうと、途端に筋肉が硬直して動かなくなる。その感覚は、まさしく石化と言ってよい。
(足に食らって動けなくなったってところだな)
レイヴンとしては、メデューサを脅威に感じたことはあまりない。
石化の攻撃も足元ばかりに撃って来るので、狙いが読みやすく、そのために回避も容易だったからだ。防ぎようのないウンディーネの雨のほうが、よほどレイヴンにとっては対処が困難だった。
だが、その速さのないプレイヤーにとっては、ほとんど天敵と呼んでさしつかえないだろう。一度、石化されたら最後、あとは今のように集団からなぶり殺しに遭うだけだ。
まずは、少女の周りを片付けなければならない。
手早くレイヴンは少女のもとに近づくと、彼女に棍棒を振りおろそうとしているゴブリンの1匹を、即座に切り殺した。つづいて、剣を大きく横に薙いで、隣にいた2匹も仕留める。
残りはゴブリンだけで3匹。
(とりあえず、間に合ったみたいだな……)
横目で少女の無事を確認したレイヴンが、不安になっているだろう彼女を一応は励まそうと、つたない作り笑いを浮かべて声をかける。
「安心しろ。これなら俺でもどうにかなる」
赤い光。
メデューサが石化の光線を放ったのだ。
(……)
どうせ狙いは足元だろうと、レイヴンは剣を使ってそれを防ぐ。
流れるような美しい動作だった。
「さてと、どうしたもんかね……」
当然のように石化を捌いたレイヴンに対し、メデューサが驚愕の表情を浮かべていた。
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