110 ブンゲローゼ――舞楽禁制
嫌な展開だ。
討伐までの道筋はおろか、その足掛かりさえもまだ見つけられていない。
すでに十分、劣勢だろう。
そうだというのに、ここに来てハーメルンが新しい技を使いだしている。
月の形が上弦になった途端に、このありさまだ。
まず間違いなく、フルムーンのときにもスキルが増えるのだろう。
逃げられないことがもはや確定し、そのうえ、月は時間とともに大きくなっている。
さすがに、ヴァリーラの脳裏にも「敗北」の二文字が、少なからずちらつきはじめていた。それがまた、余計に集中を乱して来る。
一方で、逆説的ではあったが、背水の陣となったことで、味方の覚悟もおのずと決まったのだろう。レイヴンたちの攻撃が、ちょっとずつではあったが、ハーメルンの体を捉えるようになっていた。
だがそれも、はたして望ましい進展だったのかはわからない。
ハーメルンを傷つければ傷つけるほど、月の成長が増すことが判明したからだ。
もはやその大きさは、十三夜に達しようとするほどである。
再び羅刹が笛を持つ。
楽器を使わせまいと、ネヴェリスカが果敢に、相手の腕に的を絞ってレイピアを振るうが、さすがに向こうも、それには十全な注意を払っているようだ。芳しい成果は挙げられていない。
「……」
ふと、音が消えた。
耳がおかしくなったのではない。突如として、一帯からすべての振動が取り払われたのだ。
驚いて周りを見渡せば、似たような表情を浮かべた面々が、同じように相手へと視線を返している。
「――!」
口を開き、何事か叫んでいるようだが、聴覚を刺激するものは一切なかった。尋ねようにも、自分の声も相手に届いていない様子だ。
コミュニケーションの断絶。
当然ながら、ハンドサインで互いの意思を伝えることなど、日ごろから練習しているならばともかくとして、とっさにできるようなものではない。
不利の度合いが、加速度的に高まっていく。
特に、リョウスケやヴァリーラが何かに気がついても、それを周りに教えられないという点は、半ば致命的と言えた。
必死になって彼女は頭を動かす。
その意味で、この不自然な静寂は腹立たしいが役に立った。
一時は、月光を犠牲に、ライカンスロープを誕生させたのではないかと、そう思いもした。だが、ハーメルンの狙いが月の成長にあるのだとしたら、わざわざ自分から、サイズを小さくするような真似はしないだろう。それはゴールから遠ざかる行動だ。
ということは、あれは外部からの影響なのか。
答えを思いつきそうになったとき、ヴァリーラの頭は、束の間、考えることを中断した。その瞳が、レイヴンの一撃を捉えていたからだ。
彼の焔煌刀がまとう炎は、ごうごうとうなりを上げている。その剣がハーメルンの体に、深々と突き刺さったのである。
ようやく入った大ダメージ。
歓喜に一瞬、思考を途切れさせたのも無理はあるまい。
しかし、実際に戦っているレイヴン本人には、その行為の不自然さに気がついていた。これは偶然の産物などでは決してない。
(こいつ! 今、わざと食らいやがった!)
自分の手柄ではなく、図られたのだ――ほかでもない羅刹に。
それはヴァリーラが予想したとおりである。
ハーメルンの目的は、月をでかくすること。
それを達成するうえで、最初から自分の身を切り売りする必要はない。執念深く機を待ち、自ら動くのは、最後のダメ押しだけで全く十分なのである。
淡い光を灯していた玉兎は、今や燦然と輝く満月へと姿を変えていた。
狼男の完成である。
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