第7話 お友達は悪役令嬢・後
「…先日も進言させていただきましたが、それはあくまで『夢の中』のお話ですよ」
「ですが…!」
「もし、アレクシア様が殿下のご婚約者になられても、どこかの令嬢に何もしなければ、恐れることはないのではないですか?」
「そ、それは、そうなのですが…」
「アレクシア様は私の知る限り、この国一番の淑女です。いじめなんて、陰湿な事をなさるはずがありません」
私はきっぱり言った。
以前の彼女なら少し怪しかったが、今の彼女が、そんな真似をするとは思えなかった。
「アレクシア様なら大丈夫です、私が保証しますよ」
「ミルドレッド様…!」
感極まったように、ほろりと涙を流すアレクシア様は、どんな名画にも劣らない美しさだった。
(もったいないなー。これを王太子が見てたら、即結婚の申し込みをするだろうに…)
てゆーか、まだ婚約者決まってなかったのか…と、遠い目になってしまう。
「本当に、お願いしますね!」
「かしこまりました」
夢かもしれないが、もし自分が『おかしなふるまい』を始めたら、容赦なく指摘してくれと、彼女は何度も念を押してきた。
頷きながらも、一つ疑問があったので聞いてみた。
「ですが、もし、私も一緒におかしくなったら、どうしたら…」
このアレクシア様でも、悪役令嬢になってしまうとしたら、学友になるであろう、私も怪しいんじゃ…と。
だけど、アレクシア様はあっさり言った。
「あ、それは心配しておりません」
「え?」
「ミルドレッド様は、夢の中に出て来なかったので…」
嬉しそうに、微笑まれてしまった。
(うーん…ちょっと意外?)
てっきり、私もとりまき(モブ)の中に入ってると思った。
(しかし、なるほど…)
私が有力な婚約者候補というだけでなく、彼女の夢に私が出てこなかったから…アレクシア様は、私を頼ったのか。
(それまで親しくして来なかったのに、いきなり縋って来たから、それだけ必死なんだなーとは思ったが)
転生者同士の『引きの良さ』みたいなものも、あるのかなーとか思ってた。
頭の中を整理していた私が不審だったのか、ミルドレッド様は急いで言い足した。
「ルーリエ侯爵家はございましたよ! ライナス・ルーリエ様が、学園の講師として、いらしましたから」
ひっ!――上がりそうになった声を抑える。
(物凄くありそうな話だわ…たとえ学園でも、あの兄ならばしれっと付いてくるだろう)
あれ?でも、私は出て来なかったんだよね…
「ご不快に思われるかもしれませんので、言っておりませんでしたが」――と、前置きして、彼女は続けた。
「ライナス様のお母上は、すでに亡くなっていて、ご家族は、お父様のルーリエ侯爵と弟君だけでした」
(成程、お父様が再婚しなかった世界線なのか)
私は「大丈夫です。気にしません」と笑った。
彼女はほっとして、思い出したように付け加えた。
「ライナス様は確か、『やんでれ』?枠とのことでした」
吹き出すのを、かろうじてこらえる…
(お兄様…なんてふさわしい役どころなの)
「あ!では兄も…」
「はい…ライナス様も、『攻略対象者』というモノでしたわ」
申し訳なさそうに、アレクシア様は告げた。
あの兄を攻略できるというのなら、是非してもらいたいが…アレクシア様は、顔に苦悩を浮かべていた。
「全く、私は、王太子殿下や貴族の子弟に、なんて失礼な夢を…」
「アレクシア様、ただの夢です…お気になさることはありませんよ」
「はい…」
意気消沈している彼女はかわいそうだが、おそらく同じ転生者だろうし、これからも仲良くしてもらいたいなーと思ってる。
(勿論、破滅回避のお手伝いもするし! しかし…『乙女ゲーム』の記憶だけが蘇るのって、ちょっとすごい気が…)
ヘビーユーザーだったのかなぁ。
だったら『悪役令嬢』じゃなくて、『ヒロイン』に転生させてあげればいいのに、と思う。
私の『恩恵ナシあいまい記憶』といい、アレクシア様の『乙女ゲームのみ記憶』といい、この世界の神様…聖教会の司祭様によれば全知全能らしいが、その割に仕事は雑だと思う。
ちなみに、怖いもの聞きたさに、他の『攻略対象者』について聞いてみると…
王太子殿下、3つある公爵家で、アレクシア様のハンプシャー家をのぞく残り2つの公爵家の令息。侯爵家令息×2(ここに我が兄も)、正教会の司祭、大商人の息子とそうそうたるメンバーだった。
「あと、身分を隠して留学してくる、他国の王族の方もいらっしゃったと思います」
(……あ)
思い当たるのが一人いるけど、まさかね。
帝国の皇子は、全員皇帝としての教育受けるっていう話だし、他国に留学なんて、そんなヒマないよね。
本人も忙しいって言ってたし(それなら毎年こんな所に来なくても…って思ったけど)。
王妃様の国から来る方が自然だよね。
うん。
(もし、クラウスが攻略されると、次の帝国妃は乙女ゲーの…)
ちょっと怖くなったんで、考えるのを止めた。
全知全能の神様…どうか。
今更チートをくれなどと言いませんので、アレクシア様に気を付ければいいだけ!の『明るい学園生活』を希望します。
…そんなふうに私は、己の父母の『なれ初め』を忘れたフリして、願ったりしたのでした。
…手遅れ(雑とかいうから…)。