第6話 お友達は悪役令嬢・前
「本日は、お招きいただき、有難うございました」
軽く会釈すると、この屋敷のお嬢様は鷹揚に頷いた。
くるくると巻かれた金髪と、ガラスのような青い瞳。
私のような庶民ライクな『なんちゃって令嬢』と違い、西洋人形のような整った顔立ちの、絵に描いたようなお姫様だ。
斜め後ろにさりげなく頷くと、後ろに控えていた侍従さんが、持っていたバラの花束を彼女に捧げる様に見せた。
「まぁ!こんな、まるで紅茶色のバラは初めてよ!」
陶磁器のような頬が、薄紅く染まった。
お世辞でなく、本当に嬉しそうな様子に私も嬉しくなる。
「他国よりいただいた花の株が、ようやくこちらに根付いたものです」
「ルーリエ侯爵邸には、本当に珍しい物が多くて、羨ましいわ…」
ため息交じりに囁かれたが、笑顔でスルーした。
珍しい物ならまだいいが、珍しすぎる≒『この世に一つしかない』類の物もあって困ってますとは、口が裂けても言えない。
二人でテーブルに着くと、メイドさんがカチャカチャとお茶やお菓子をサーブしてくれる。
最初に招待主が口をつけ、次に客である私がお茶を飲んだ。
「美味しい…!」
思わず声が出る。
味も良いが、さっぱりとした柑橘系の匂いがいい。
我が家でも美味しい飲み物は出るが、スパイシーな物とかミルクティーよりで、こんな風なフレーバーティーっぽい物はあまりない。
招待主――アレクシア・ハンプシャー公爵令嬢、10歳は、ふふふと可愛らしく笑った。
「ようやく、ミルドレッド様を驚かせることができましたわ」
「そんな…」
「この紅茶は、クラークス公国の物です。王妃様からいただいたのよ」
「そんな貴重なものを、私などに…」
クラークス公国は、帝国とは逆方向にある、お隣さんだ。
我が国の、王妃様の出身国でもある。
「先日、お誕生日でいらしたでしょ? ルーリエ邸が、贈り物でいっぱいになるのは知っておりますわ」
あぁ…そりゃ評判になってますよね。
転移陣のあるお城からウチまで、馬車を連ねて運ばれるんだもんね…。
「何を贈っても霞みそうなので、我が家で味わっていただこうと思って」
「大変…嬉しゅうございます」
相手の事情を慮って、相手の好みの物を贈る――贈り物はこうあるべきよ!
さすが、我が国で一番の高位令嬢だと思う。
でも彼女にはおそらく、私と共通点がある…
時候の挨拶も終わり、一息ついたところで、アレクシア様はおもむろに切り出した。
「…ミルドレッド様、次の王妃様のお茶会には参加されますか?」
えーっと…
「私まで、そのお誘いが届いていないので、おそらく…」
…父、もしくは兄達が、お断り申し上げていると思われます。
皆まで言わずとも、アレクシア様は察したしく、ふうっとため息を吐いた。
そして、自分のティーカップに手を伸ばしたのだが、カップとソーサーでカタカタカタカタ音を立ててしまっている。
「次も、ミルドレッド様がいらっしゃらないと…わ、私が王太子殿下の、こ、こ、こ婚約者になってしまいそうで…!」
「アレクシア様っ!」
私はあわてて立ち上がり、震える手を取り、ティーカップから離した。
こちらへ来ようとする侍女たちを目で制して、彼女の背中をさする。
「アレクシア様、お気をしっかり持ってくださいませ!」
「有難う…でも、でも、私は…婚約者になるわけには…!」
「…ですが、アレクシア様以上に、殿下の婚約者にふさわしい令嬢はいませんわ」
実際、彼女は、身分も年回りも王太子にぴったりで、そのために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。
「アレクシア様も、殿下を好ましく思っておられたではありませんか…?」
「それは…殿下は賢く、見目麗しく、我が国が誇る王太子殿下ですので、私だけでなく、他のご令嬢方も皆、殿下をお慕いしております」
…だったらいーじゃん、とは思うのだが、彼女には彼女なりの事情があった。
「でも、わたた…私は! 殿下と婚約すると破滅してしまうんですっ…!」
…アレクシア様は、乙女ゲームの『悪役令嬢』だったのです。
2年前、初めて会った時のアレクシア様は、ちょっとタカビーで、『おーほっほっ!』とか笑う、普通の公爵令嬢サマだった。
場所は、お母様のお友達のガーデンパーティー会場。
子供達に用意された別席で、隣り合わせた彼女は、私の挨拶を聞くなり立ち上がり、胸を張って宣言した。
『あなたが陛下のお気に入りの、ルーリエ侯爵令嬢ね! でも残念ね、王太子殿下と婚約するのはこの私よ!』
はぁ、どうぞご勝手に…という感じだったが、『陛下のお気に入り』という、ただの噂にしても恐ろしいフレーズを聞いてしまったので、ことさら念入りに、その気がないことをアピールさせていただいた。
『まぁ、なんということでしょう!そんな根も葉もない噂がたっているなんて』
『私は美しさも家柄も、何一つアレクシア様にはかないません』
『王太子殿下に、一番ふさわしいのはアレクシア様ですわ!』
分かっていただけたのか、上機嫌の彼女に、それ以降絡まれることはなかったのだが…1年後、ハンプシャー公爵邸への招待状をいただいた。
お国の、筆頭公爵家からの誘いを、『断ってもいいんだよ?』等と、のたまう兄達に、笑顔で首を振り訪ねて行くと、以前のフリフリハイテンションとはすっかり趣が変わって、上品な佇まいの、大人しやかなお嬢様が出て来た。
そして、挨拶もそこそこに…
『私は、王太子殿下の婚約者に、なるわけにはいきませんの!代わってくださいませ、ミルドレッド様!!』
と縋りつかれてしまった。
なんでも、10日ほど前に王妃様のお茶会で転びそうになり、王太子に助けてもらったという。
その際、どアップになった王太子の顔を見て、
(素敵!さすが好感度ナンバーワン攻略対象者ね!)
の声が頭に木霊して、ショックで倒れてしまったそうだ。
『その他にも、貴族学園で「私」がどこかの令嬢に意地の悪い振る舞いをしたり、恐ろしい真似をしたりする情景が、頭の中に浮かんでは消え、最後は王太子殿下に……!』
「君は私の妃にふさわしくない!」と断罪され、国外追放されたのだそうだ。
えーっと…
(それって何の『乙女ゲーム』?)
だよね…。
詳しい設定とかは分からないが、すぐ思い当たるくらいの知識はあったので、自分か近しい誰かがやっていたのかもしれない。
乙女ゲームとは、『王侯貴族たちが集まる学園で、身分の低い令嬢が王子を射止める』という、シンデレラストーリーだ。
その中で、ヒロインをイジメる王子の婚約者は『悪役令嬢』等と呼ばれていて、ラストはシンデレラの姉よろしく悲惨な目に合う。
つまり、アレクシア様は、自分が『悪役令嬢』役になった夢を見たらしい。
…後編は夜にUPできるかとー