第4話 従兄弟は帝国の皇子様
「ミルドレッド、久しぶりだな」
お祖母様と一緒に来た、二つ上の従兄は、無駄に整った顔にニヤッとした笑みを浮かべた。
私は無言で、兄からもらったぬいぐるみを差し出した。
「うわ!なにこれ気持ちいい!」
何の警戒心もなく、『シャー』のぬいぐるみを受け取った彼は、その手触りに驚きの声を上げた。
「ハウルお兄様からのプレゼントで…『ゴールディオン』の毛で作られてます」
彼は『ゴールディオン』が、『何』であるか知っているらしい。
ぬいぐるみを抱きしめようとした手を急いで遠ざけ、顔色を変えた。
「え…マジ。これ本当に『ゴールディオン』の毛? ……ハウル殿、色々ヤバいなぁ」
目が泳いでいるし、口調は重い。
人の兄をサイコパスみたいに言わないでと思うけど、実際ヤバいし、ヤバい人はもう一人いるから、もうどうでもいい。
恐る恐るぬいぐるみを私に返して、彼は向かいのソファに座った。
部屋のドアの側に、彼の侍従が立つのが見える。
ちなみにドアは空け放してある。
「相変わらず愛され度がすごいな、お前」
「自覚してるんだから、言わないで」
だよな、と目を細めて彼は笑った。
ハチミツ色の明るい目の色と、暗い黒髪がアンバランスで、危うい効果を醸し出して、13とは思えない色香が漂ってくる。
帝国の宮廷で、風紀を乱してないといいが、確実に乱しているだろう。
「お前の婿は大変だよな」
「普通に結婚…できるかしら」
思わず真面目な口調になってしまった。
相手も表情をひきしめた。
「普通…は無理だろ。どう考えても」
「そうよね」
あっさり否定されてしまった。仕方ない。
「お前は、あの二人の兄貴と父親しか知らないだろうが、帝国には、こじらせているせいか、輪をかけて危ない爺さまもいるぞ」
「お祖父様…」
話は少し聞いているし、うず高く積まれた祖母のプレゼントの中に、ちらほら入っている怪しい光を放つ、法外な宝飾品の出所はおそらくその人だ。
「俺がこうして、お祖母様に付いてロータスに来てるの、バレたら監禁されかねん」
「かんきん…」
「自分より先に、お前に会ったってだけで、軽く裏切者認定だよ」
彼、帝国の現皇帝の第二子、クラウス・ベルテン・カスケード(本当の名前はもっと長い)が、祖母様に付いてウチに来るようになったのは3年前からだ。
最初は荷物に紛れていたらしいが、今ではお祖母様の連れとして、ただし国としてはお忍びでやって来る。
「まぁバレた時は、お前に結婚を申し込みに行ったって言えば、多分許され…いや逆効果か?」
「…絶対、止めてよね。帝国の第二皇子と噂になんかなったら、今よりもっと未来が閉ざされるわ」
「それは言い過ぎだ。それに、お祖母様は、結構その気だぞ」
「まさか…」
「俺と結婚させれば、帝国に連れ帰れるからな」
「それだけで…」
「それだけで」
クラウスに大きく頷かれて、眩暈がしてきた。
否定したいが、しきれないリアリティがあった。
「じゃなきゃ、隠してロータスまで連れてこないだろうよ」
「…孫かわいさだと思ってた」
「孫はかわいいが、いつでも会える俺とお前じゃ、重さが違うんだろうよ」
従兄だとかそーゆーのは、殿上人にはどーでもいいのかー…
「それに…おい、ちょっと来い」
クラウスは後ろを振り返って、侍従の少年を呼んだ。
急ぎ過ぎず遅れず、優雅に彼の横に立ったのは、濃い茶色の短髪に同色の瞳の、彼と負けず劣らずの美少年だった。
部屋に控えているメイド達の頬が染まっている筈だ。
「こいつはアロイス・フーバー。今回の俺のツレだ」
美少年が恭しく、チョコレート色の頭を下げた。
「初めて見る人よね? クラウスの新しい付き人?」
「この旅だけな。帝国の法務大臣の息子で、公爵令息だ」
ぶっと、吹き出すのをこらえた。
お茶を飲んでなくて良かった。
「な、なな何で、そんな御方がここにぃー…」
「祖母様の意向だ。お前の見合い相手だろう」
さらっと言うなー!
「要は帝国に連れて帰れれば、相手は誰でもいいからな」
「ひどい!」
「そうは言うが、ちゃんと好物件を選んでるぞ。アロイスは見た目だけじゃなく頭もいいし、護衛の真似が出来るくらい腕もたつ。フーバー公爵はちょっとお堅いが、何代も大臣を務めた家で、皇帝妃も出している。家格にも問題がない」
「そんな名家のご子息と、私が釣り合いません!」
悲鳴のように抗議したが、クラウスは首をひねった。
「お前は俺の従妹だ。問題なかろーが」
「ウチはロータスの侯爵家です。私はただの侯爵令嬢です!」
何を今更…と、呆れた声がした。
「あのなー、帝国の人間と結婚するなら、お前は皇帝の姪だ。前皇帝の孫だ」
「じゃあ帝国には行かない!」
「お前なぁ…」
会話が途切れたのを見計らったのか、ハスキーな声が耳に入って来た。
「あの…ご挨拶申し上げてよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだな」
彼はニコッと笑って、あろうことか私の前に片膝付いた。
「改めまして、アロイス・フーバーと申します。ミルドレッド様にお会いすることができて、大変光栄に思います」
右手を胸に当て、最上級の礼を取る相手を私は呆然と見ていた。
メイド達の黄色い悲鳴をBGMに、やめてー!と叫びたいのを抑えて、あわてて立ち上がる。
「お立ちください、フーバー様。私のような者の前で、お膝を付くなんていけません!」
「どうか、アロイスとお呼びください」
「アロイス様!お願いですから」
ようやく立ち上がってくれたが、立ち上がる際、ごく自然に手を取られていた。
頭一つ上にある美麗な顔を見上げると、妙に嬉しそうである。怖い。
「あの、アロイス様」
「何ですか? ミルドレッド様」
「お祖母様には、私の方から説明しておきますので、よろしければここからは賓客として、当家にご滞在ください」
「…それは、婚約者としてでしょうか?」
違うわ!
どうしてそんな発想になる?!この人怖い!!
「あー待て待て」
仲裁に入ってくれた(?)クラウスの背中に急いで逃げ込んだ。
「アロイス、気が早すぎだ。こいつにプロポーズするなら、きちんと段階を踏め。今日のお前はまだ顔見せだ」
「…はい、クラウス殿下」
私はほっとしてソファに崩れ落ちた。
しばらく立てる気がしない…。
何で帝国の公爵令息と婚約せねばらん…
いや、第二皇子よりマシか?
それにしても、皇帝の姪として結婚など冗談ではない。
「それにしても急ぎ過ぎだ。何がっついてんだよ」
座り直したクラウスがぼやく。
ひどい言葉遣いだが、これでも父母その他の前に出る際は、美しい宮廷言葉で話す。
私は歳の近い身内だから、いいらしい。
扱いが雑だ。私も雑に対応できるからいいけど。
「憧れていた姫に、実際にお会いできて、嬉しくてつい…」
ヒィ…とした悲鳴が口の中で湧いた。
私のどこに憧れる要素が…『姫』?そうかお母様か!
帝国の姫への憧れだな!?
似てなくて残念でしたね!いや、少しは似てるんだけど…
「絵姿で、見慣れてんだろうよ?」
「とんでもない!実際の姫は何十倍も生き生きとして愛らしい…」
「そりゃ絵よりは生きてるよ…」
………今
何か、不穏な単語がなかった?
「…ちょっと待って」
「うん?」
「…絵姿って何よ?」
「あーお前知らなかったか。帝国にはお前の絵姿が、たくさん出回ってるぞ」
「な、な、なによそれぇぇぇぇーーーーー!?!」
私の悲鳴を聞き付けて、駆け付けたお兄様ズに、帝国の皇族と貴族は連行されていった。
叫んだ私に罪はない…
…『じゃあ帝国には行かない!』の言葉に、遠い空の下の、某前皇帝陛下が正体不明の痛みで胸を抑えました。この言葉を吐かせたのがばれたら、第二皇子様マジに監禁です。