第3話 お兄様ズはチート
お誕生日の1日前、お祖母様が大量のプレゼントと共にやって来た。
毎年のことだが、記憶が戻った頃は、それらの荷物を載せて、国境線を越えて来たのか…と、ドン引いた。
(馬車何台分なのかと…)
最近になって、帝国とロータスには転移陣が設置されていて、それを使って大半の荷物を持ち込んでいることを知った。
(でもそれって、緊急とか、貿易の為の稀少な品物を運ぶやつじゃ…)
…そう思ったが、口には出さなかった。
ロータスも、帝国に恩を売れれば嬉しかろうし。多分。
ちなみにこの転移陣、運べるのは荷物だけで、人とか生き物はダメだとのこと。
そりゃそうよね、何せ陣があるのは王宮だし…。
兵隊とか暗殺者が入ってきたら大騒ぎだ(それだけじゃすまない)。
「人の出入りが可能なら、毎日会いに来れるのに、残念だわ」
とは、お祖母様のお言葉。
父も母も私も、内心どうあれニコニコして聞いていた。
我が家の玄関に、高く積まれた箱には、服や靴、帽子にアクセサリー。
これだけで、私の1年分のよそ行きが余裕で間に合ってしまうが、恐ろしい事に、父も母も独自に私を飾るのを楽しみにしてる。
当然、毎年着られない衣類が出てしまうが、それらは一、二年後、城下に売り払われる。
中古扱いになるけど、王都の服飾組合は手ぐすね引いて待っている。
「帝国の流行も分かりますし、稀少な素材が使われれていることもあります。幾ら払っても、惜しくありません!」
組合主催オークションは、商会やデザイナー、服屋、生地屋等で、激しい争奪戦になるらしい。
そこで得た利益は、ロータスの孤児院に寄付している。
なるべく高く買い取ってもらえれば、多方面でハッピー!になれるので、皆頑張ってほしい。
(年々高く積まれるギフトボックスに、正直、気が遠くなるけど、私も頑張るよ!)
城下に卸していいものかどうかのチェックは、最初は私だ。
以前、国宝級の宝石が、さりげなく帽子の飾りに混じってて、執事(第3チェックポイント)が笑顔を引きつらせて避けていた。
私とお付きの侍女(第1チェックポイント)も、メイド頭(第2チェックポイント)も、どんどん目利きになっている気がする…。
まぁ、お祖母様や父母のプレゼントは(量と質を考えなければ)普通だし、笑顔を見せるのは苦痛じゃない。
お兄様たちの、貢ぎ物に比べれば…
兄様ズも、毎年積まれる箱の中身を知っているので、さすがに服飾品はプレゼントしてこない。
代わりに、『どこでこれを手に入れた!?』と叫びたくなる一品を寄越す。
「この間、視察に行ったフォールの洞窟で見つけたんだよ」
宰相の下で働く長兄ライナスは、ベテランの冒険者でも入りたがらない魔窟の名を軽くのたまった。
私の目の前には、歌うように揺れる淡い光を放つ水晶(普通水晶は自ら光らない…)があった。
「ミルドレッドの部屋に合うと思って…」
サラリと額にかかる飴色の髪をかき上げ、白皙の頬をわずかに染め、どこか色香を漂わす、ライナス兄様はチート魔術師の22歳。
『自動マッピング』と『魔物除けレベル∞』という、迷宮攻略者が喉から手が出るほど欲しがっている魔法を持っている。
元から才能はあったが、仕事の合間に数々の洞窟や迷宮に潜ってるうちに、レベルが天元突破を起こしたらしい。
動機が『妹への誕生日プレゼントを探すため』と聞いた時の、『魔術師の塔』の長の顔は、今でも語り草だという。
(その妹として、魔術師界隈では有名になってしまってると聞いた日には…もう、もう)
…私には大した魔力もないので、生涯『魔術師の塔』に入ること等ないのが、唯一の救いである。
「あぁ確かに、その神秘的な光は、ミルドレッドの繊細な美しさを際立たせるね」
ニコニコ笑っている美形その2は、次兄ハウルだ。
父上譲りの輝く金髪、亡き母親譲りの瞳はアクアマリンな20歳。
王国の『婿にしたい貴公子』ナンバーワンは、今年も彼のものだろう。
次兄のプレゼントは、猫のぬいぐるみだった。
この兄にしてはマトモな…と意外に思ったが、マトモな物など兄がくれる訳がないのだ。
「ミルドレッドは去年、『シャー』を飼いたいって言ってただろう?」
『シャー』とは前世の『猫』によく似た動物で、こちらでは絶滅危惧種で山の奥でひっそりと暮らしている。
猫が大好きだった自分は、9歳の時プレゼントされた動物図鑑(豪華フルカラー、研究者向けの本格的なヤツ)を見て目を輝かせてしまった…
…その結果、「分かった、獲ってくるね!」と明るく言って立ち上がった次兄を、泣いて引き止める羽目になった。
(大好きな動物が自分のせいで絶滅したら、罪の意識で気が狂うわ!)
その結果、次兄が持ってきたのは『ゴールディオン』の毛で作った、『シャー』によく似たぬいぐるみだった。
最初は素直に喜んだが、手触りが…違う。
何か異様にモフモフフカフカしていて、一度触ったら手を離しづらい。
「は、ハウル兄様。『ゴールディオン』とはいったい…」
「んー、大丈夫だよ、ミルドレッド。『ゴールディオン』はたくさんいるから!君が気に病むことなんて何にもない生物だからね」
一度は信じた、その説明で。
いや、説明は正しかった。『ゴールディオン』はたくさんいる、らしい。
ただし、中央地帯より遠方、極北の地に…
次兄は騎士団にいるので、任務で姿を見ない事はよくあった。
以前、ふた月位いなくて、今回は長いなと思った時も……アレだ。
あの時、次兄はオーロラの見えるという極北へ旅立っていたらしい。
「騎士団には、休暇届けが出ていたようだ」
お父様に聞いたが、何でもないことのように返された。
極寒でしか暮らせない生態から討伐対象にならないだけで、『ゴールディオン』が獰猛な『魔物』だと聞いたのはその後だ。
動物図鑑に載っていなかった筈である。
そんなものが大量にいるのが、極北地帯である。
(騎士が、王国の騎士が、国も王様も守らずに何をしてるのよーー)
強いというのは聞いていたが…それでも、問題は別の場所にある。
「…ハウル兄様、ライナス兄様もです」
「なんだい、ミルドレッド?」
「どうしたの?」
「私は、お二人がいなくなったら、どうすればよいか分かりません」
マジに、二人がどこぞの迷宮だか、辺境から帰って来れないことだってあり得たのだ。
(それも母の違う妹のために…)
意図せず、涙目になってきた。
二人が動揺する波動が伝わって来る。
「「ミ、ミルドレッド、どう…」」
「…ですので、なるべく、なるべく、危険な場所には立ち入らぬようお願い申し上げます」
心からの願いだったが、二人は『何だそんなことか…』というふうに、肩から力を抜いて笑った。
「大丈夫だよ、ミルドレッド」
「心配はいらない、ミルドレッド」
「「僕が君を残して遠くへなど行く訳がないのだから」」
それが信じられたらなーと、私は遠い目になる。
(信じるには精神年齢が高すぎる)
どちらの兄も、悪気がない。
ゆえに怒れない。
ゆえに直らない。
もう勘弁してぇーーー…